第5話「面倒臭いのは御免だよね」

『武史さあ、もちょっと面白い写真とかでも送ったりできないの? スタンプでもいいしさ』


 学校の昼休みに、折角LINEのやり取りを始めたってのに基本的にこっちから送ったメッセージや写真に対して短い反応しかしないというか出来ない武史に私は業を煮やしてそう送信した。


 伊織なんてのっけから勉強そっちのけで雄太とLINEどころかビデオ通話でわちゃわちゃ楽しそうにしているのに。伊織もそうだけど雄太も雄太で凄いんだよ、たまに私にもビデオ電話かかってくるもの。それで雄太の声と全身から溢れ出すのんびりした空気にめっちゃ癒される。


 ちなみに補足すると雄太も私たちみたいに兄弟で同じ学校に通っているらしい。


『むっ、それはどういったものが適切なんだ』


 むっ、じゃないよ。ちょっとは雄太のコミュ力を分けて貰って欲しい。コミュ力をつけ過ぎて逆に『ウェーイ』みたいな軽い男になっちゃったらドン引きだけど。


『なんでも良いよ。そこら辺にある何気ない写真とかでも良いし』


 するとちょっと時間が空いたのち、メッセージと一緒に写真が送られてきた。


『雄太のつくった弁当』


 わっ、凄い、雄太お弁当とか作れるんだ男の子なのに。そういや武史んちって父親だけらしいから雄太が頑張って料理を覚えたのかなあ―――って、殆ど食べ終わってるじゃん! 空に近い弁当箱の写真を送られてきても反応に困るから。


『あと、ずっと前から欲しかったランニングシューズ』


 ああ、ゴメン。そっちは私の方がスポーツとかあんまやんないんで全然わからないや。


『45点。まあそんな感じで日々精進するように、あと雄太のお弁当は食べる前のヤツを今度送ってね』


 流石に一応料理が出来る女子としては男の子なんかに負けらんないからね。



 そして放課後になってもうちょっと武史にちょっかいを出してやろうかと、鞄からスマホを取り出そうとしていたら同じクラスの面倒な奴が私に絡んで来やがった。


「ねえアナタ! この前の休日に隣町の映画館で男子高の陸上部の子と一緒にいるところを見たって子がいるんだけど!』

 

 名前はみやびっていうんだけど、確か苗字は石黒だっけ。とにかくこの子は入学初っ端から美琴をパシリにしようとしてたんで私が止めたんだけど、それを切っ掛けになにかと私に絡んでくるのよ。


 私は逆にアンタを助けてやったんだよ。美琴は中学校の頃から知ってるけど、あの子見た目に反して怒るとかなりおっかないんだからさ。


「あー、確かに武史と一緒に映画を見たけど、だからどうしたってのよ」


「やっぱり! やっぱり! 最近いつも校門の前を走っているあのイケメンは私が先に目をつけたんだからっ」


 知らんがな。


「別にそんなんじゃないから」


 私は面倒なのは嫌なので、雅が想像しているのとは違うことを告げてさっさと教室を出ようとする。


「待ちなさい、待ちなさい。アナタが彼氏じゃないのは信じてあげるけど、じゃあどうして一緒に映画なんて見てたのよっ」


 ちょっと……追いかけてこないでよ。下駄箱まで来たってのに開放してくれる気配がない。アンタの鞄はまだ教室にあるはずだよね?


「もうっ、ただアイツの弟と私の妹の間を繋いでやるためのお礼みたいなもんだからっ」


「……姉と兄を介して弟に妹を紹介するなんて変な話ね。確かアンタの妹って2組の伊織って子よね? それでそのお相手はあくまでも武史っていう人の弟なのよね? それなら良いのよ、それならね!」


 変な話だってのは私自身そう思わなくもないけど……。


 結局校門のところまで付いて来た雅はそんな偉そうな言葉を私に与える。まあ、これで解放されるなら許してあげても良いんだけど、運が悪いことに面倒な奴がいるときに限って更に面倒なことが起きるのよね。


「あっ―――」


 急にさっきまでと全然違う黄色い声を上げた雅が乙女のような目をして凝視している先を見ると、ランニング中の武史がちょうど私たちの前を通りかかっていて私に気がついたのか走る速度を緩めて止まろうとしていた。


「優香すまない。俺、男子高だから女の子が興味ありそうな写真が取れなかった」


 多分昼休みのLINEの件だと思う。相変わらず武史は言葉が足りないし脈略もないからあの時は私が誤解しちゃったんだよ。あと声を掛けてくれたのは嬉しいけど、今だけはスルーして欲しかった。


「武史さんっ! 私、雅って言って優香ちゃんと仲良しなんですぅ~。是非私ともお友達になってくれませんか?」


 あ、見事に利用された。アンタからはちゃん付けどころか名前呼びされたのも初めてなんだけど。……しかも驚くほどにぶりっ子だった。


「ん、……ごめん、部活が忙しくて遊ぶ暇とかもないから」


「じゃあっ、じゃあせめてお近づきの印にLINEの交換だけでもっ」


 ヤバい、笑けてくるくらいに雅が食い下がっている。これだから肉食系女子は強いんだよね。


「あの……俺はLINEも苦手なんだ」


 ありゃりゃ。武史ってば滅茶苦茶押しに弱そうだと思ってたけど、意外とガン拒否とかするんだ。


「えっと、えっと……それなら―――」


「諦めれば? これは全く脈ナシだよ」


 ちょっと涙目になってきている雅の肩を私がポンと叩いてやると、彼女は『チクショー』と叫びながら校舎の方へ走って行ってしまった。私の言い方も酷かったかもだけど、これ以上食い下がったとしても好転する雰囲気が無かったからね。


「武史は身持ちが固いんだねえ。どうせ今、彼女とかいないんでしょ? だったらLINEくらい教えてあげたら良いのに」


 私が肩を竦めてそう言うと、武史はまたやってしまったのかという感じでちょっと困った顔をしていた。


「いや、ほら、俺は45点だから……そんな奴とLINEしても面白くないだろうと思って」


 45点……あっ、昼休みに武史から送られて来た写真を見て私がダメ出しした奴だ。その瞬間に、雅が醜態を晒しながら去って行ったのは2:2:6の割合で私に一番責任があったことが判明した。


 流石に『チクショー』って言わせたのは可哀想だったかもしれないと、私は校舎の方に目を向ける。


「あのさ、ゴメン。45点っていうのは私のちょっとした意地悪だったんだよ。だからね、やっぱあの子にLINEくらい教えてあげれば?」


 表情に乏しい武史の反応を推測するのは中々難しいのだけれど、ちょっと困っていた顔が結構困っているような顔にもなって、心なしかムッとしてい感じにも見えた。


「……優香がそう言うなら」


「なら私から雅にアンタのLINEを伝えとくよ。それよりも長話になっちゃったけど、部活の練習中なんでしょ? 学校に戻らなくても大丈夫なの?」


「む、、、結構やばい」


 ほらね、その顔は結構ヤバそうって思っている人のソレじゃないよ。本当に武史って無表情なんだから。


 再び走って行く姿を手を振って見送ったあとに、私も雅と直接LINEをしたことはなかったけれどクラスのLINEグループからあの子のIDを引っ張り出してからちゃんと武史の連絡先を送ってあげた。


 私は面倒臭いのは御免なんだけど、不器用な武史が面倒事に挑戦する姿を想像するのはちょっと楽しいだよね。 



 さて伊織の勉強も見てあげないとだから、私も家に帰ろうかねえ。


 帰る道すがらピロリンと鳴るスマホを確認すると、雅から殊勝のメッセージが返っていた。


『神! アンタ今月一杯は神にしてあげるっ』


 夏休みに入るまでの短い間だけど、私はあの子にとって神へと昇格したらしい。

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