第2話「私はマイペースな奴なんだからね」

 サトシの家は結構近くみたいなので待っててあげるから着替えて来なよって言ってあげたのね、私。でもサトシは要約すると『上映時間の関係で着替えに戻っていたらお昼ご飯が映画の後になってしまうので私に迷惑をかける』みたいなことを言葉足らずにウダウダ言ってたと思う。


 いやいや大丈夫、私はバッチリ家で食べて来たから! って言っちゃうほどデリカシーのない女でもないし、かといって生憎こちらはウダウダ言葉を選んで気配りするような女子力を持ち合わせていないんで、特に反論もせず『はい、よーいドン』って思っきし手を叩いたら、サトシは一瞬で来た道を猛ダッシュしていった。


 ヤバい、面白い。陸上部のサガなのかしら。


 とりあえずサトシはお昼食べてないっぽいことが判明されたんで待っている間になにか簡単に食べられるものでも買っといてあげようかな。


 そう思って駅の売店に入ってみたはいいんだけど、彼の好き嫌いなんて知らないからイマイチなにを買って良いかがわかんないんだよね。まあ、無難に焼きそばパンあたりを買っときゃいいか。好き嫌いはいかんよね。


 あと適当に飲みもんとか取ってレジでスマホをかざしてチャリン。買い物袋を引っ提げて店から駅前の通りに出たらもう全力疾走して戻って来るサトシの姿が見えた。


 いくら何でも早すぎでしょ! 


 そこら辺を軽く走ってきただけなんじゃないかと疑ってしまったけど、見るからに上も下も着ているものがさっきと違うので私は事実を受け入れるしかなかった。サトシの前世はきっとチーターなんだ。


「悪い……待っている間、退屈させてしまったのではないか」


 いやいや、退屈する暇もナンパされる暇もなかったし。伊織と違って愛想ない顔の私が1時間くらい放置されたからってナンパされる保証はないけれども。


「全然待ってないよ。それよりも口開けてくんない?」


 私がちょっと悪戯心でそう言ってみただけなんだけど。あー、サトシ素直に開けちゃった。なんかの雑誌で誰かに意味の無い行動を指示されたとき、何の疑いもなくやっちゃう人ってMっ気があるとか特集でやってた気がする。


 私に負けずの仏頂面で不器用そうなサトシがMってのも想像できないけどね。


「んー、もう少し大きく開けて」


 そう言いながら買い物袋の中でこっそり焼きそばパンの中身を取り出した私は『えいっ』と少し手を伸ばして顔一つ分私より背の高いサトシの口の中へそれを突っ込んでやった。


「もがっ! んごっ、もぐもぐもぐ……」


 うわっ……3口で食べた。流石は男の子。


「これで映画終わるくらいまでは我慢できるでしょ?」


「俺のために買っておいてくれたのか? ありがとう、今お金を……」


 サトシは財布を取り出したいのか細い手でズボンのポケットを弄っている。なんとまあ律儀な奴。


「お金はいいよ。……いいってば、アンタ私が映画のチケット代を払おうとしてもどうせ受け取らないでしょ」


 映画は私が見たかったやつだし、伊織との繋ぎ役が成功するとは限らないから今のところただ奢ってもらうだけなんてなんかヤなんだよ、私もね。


「いや、それは元々貰いもので。それに誘ったのも俺だから」


「男の子がそんな一々細かい事を言わないの。あと、はいこれ。走って汗かいた分ちゃんと飲んどきなよ」


 キャップをシャッと外して彼に手渡してあげたのは私が最近ハマっているペットボトルの水出しコーヒー。いやほんとこれ美味しいんだって。コーヒーなのに喉が乾いているときでもお茶感覚でゴクゴク飲めちゃう。


「まいったな……なんだか、さ」


「調子狂う?」


 肯定の代わりに苦笑いするサトシ。まあ、私は自他ともに認めるマイペースな奴なんでそこは堪えてやってよ。



 そんなわけで、ちょっと出発までゴタゴタしちゃったけれど私たちは電車に乗って映画館のある二つ先の駅に向かう。会ったばかりの男の子と車内で並んで座るなんてちょっと変な気分。でも、なんかサトシの顔をチラと眺めてたら、前から知っている人みたいな感じがするんだよね。そんなわけないのに。


「この映画ってさ、泣き系のガチな恋愛ものなんだけどこういうの好きなの?」 


 サトシは見るからにお喋りが苦手そうだし、私もそれほどガンガン喋るタイプではないんだけど、ゴトゴト揺れる電車の中で私の問いかけに彼が無理に答えようと必死になってる姿を見るのは妙に楽しい。


「女の子はこういうのが好きだって聞いたから……。俺は映画とか殆ど見ないし、最後に映画館に行ったのは小学生の頃のアニメとかだった気がする」


 やっぱりね! そんな気がした。


「ぶっちゃけ興味ないんでしょ? 恋愛映画なんてさ」


 答え辛い質問をすると取り合えず苦笑いでごまかすサトシがこれまでで一番苦々しい顔をしていたので、図星だということは一発でわかった。


 嫉妬なのかと言われたら全否定はできないんだけどさ、伊織に繋いでもらうために興味のない映画のチケットまで準備するなんてね。そんなに良いもんかねえ、癒し系の可愛らしい顏って。


 溺れている男の子を川に飛び込んでまで助けた彼の正義感を称えて伊織のちょっとキワドイ写真でも見せてあげよっかな、なんてスマホに保存してある写真をスライドしていたらちょっと楽しくなってきた。この無防備にもはだけたパジャマ姿なんてどうだろうね。


「見る?」


「え? 何を?」


 隣に座るサトシへ見えるようにとスマホを横に向けた際に指が画面に当たって次の写真に移ってしまったのか、表示されていたのはまさかの寝ぼけた姿の私。


「こら、やっぱり見るな! 今のは忘れなさいっ」


 勝手に見せられたサトシには非も罪もないのだけれど、その上私に頭まで叩かれたのに『ごめん』と謝る彼はやっぱりMっ気があるのかもしれない。


 そんな他愛もないやり取りをしていただけなんだけど、気がついたらあっという間に目的の駅に着いちゃってたんだよね。

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