第3話「サトシじゃなくてタケシだね」

「いやあ、見事なまでに豪快に寝てたねえ」


 駅の売店で買ったパンとコーヒーだけではなんだったので、チケットの代わりとしてサトシにジュースとポップコーンも上映前に買って無理やり渡したんだけど、それに全く手をつけることなく映画の予告が終わった頃にはこいつは既に寝てた。


 悔しいからポップコーンは2つとも私が食べてやったけどね。


「……面目ないとしか言いようがない」


 私的には評判通りの切なすぎるストーリーにガチ泣きして大満足だったんだけど。


 結局120分の映画が終わってからようやく起きてくれたサトシと一緒に来た近くのイタリアンのチェーン店で、気まずそうに謝っている彼に私はフォークでパスタをクルクル巻きながらジト目で追撃しているわけ。


「恋愛映画に興味ないって言ってたしね、無理もないか」


「本っ当に申し訳ない」


 ハンバーグの上に掛かっているトマトソースが鼻についてしまいそうな勢いで頭を下げているサトシを見ると少し可哀想な気にもなってしまう。


 だって陸上部のエースで練習とかもキツイだろうに、たまにしかない休養日に溺れた子を助けて、遅刻しそうになったから走って、着替えるためにまた走って……それこそ寝ちゃっても無理がないよね。


「うん、いいよ。わかった。伊織にはすっごい良い人だからって太鼓判押しといてあげるから」


 いい奴なのは確かだし伊織にとっては初めての彼氏だから、なんだかんだ言ってサトシだったら安心できそうなのよ、姉としてもね。


 本当にそう思って言ってあげたんだけど、サトシはフッと顔を上げてフルフルと首を振っていた。


「違うんだ。俺は話すの苦手で言葉足らずだから、あのとき誤解されているってわかってても上手く説明できなくて……だから今日落ち着いて話をしたくて映画に誘ったんだ」


 誤解? サトシが伊織を好きってことが誤解? あれ? あら、あらあらあら。


 それって、もしかして!?


「妹さんに会いたがっているのは俺の双子の弟の方なんだ」


 って! 一緒じゃん! 繋ぎ役には変わんないじゃん!一瞬、私にもとうとう時期が来たのかってまた思ってしまったじゃんさ。


「……なんでやねん」


 思わず関西弁で突っ込んでしまった。


 そっちの双子の弟の好きな子が私の双子の妹で繋ぎ役に姉と兄が合うなんてそりゃ『なんでやねん』だよね。


「もちろん、俺だってもう一度会いたかったし」


「ん?もう一度って」


「やっぱり覚えてなかったのか……キミは優香だよな?」


「え、うん」


 今更ながらだけど、彼に名前を呼ばれた。


「たった一日のことなんだけどな……6年前の小学生のときに近くの山にあるアスレチック場で俺たち兄弟と、優香と伊織の4人で朝から日が暮れるまでずっと遊んだことがあったんだ」


 ―――あ。


 6年前の夏休みに行ったアスレチック場で出会った双子の少年たち。そこで初めて知り合ったはずなのに、まるで旧来の友人のごとくあたりまえのように朝から晩まで共に4人でその日を過ごしたんだ。そして最後はまだ一緒に遊んでいたいと別れを惜しんで伊織が泣き叫ぶ。


『大丈夫、優香たちの家はうちと近いみたいだから2人で遊びにいくよ』


 結局残りの夏休み中、私と伊織はどこにも出かけず家で待っていたのに2人が来ることはなかった。


 そんなあの日の思い出が私の頭の中にフラッシュバックする。


 あっ。


 ああっ!!


「俺たちは引っ越す前に一回だけでも行っておきたいって親父に無理言って連れて行って貰ったんだけど―――」


「あー! 覚えてるっ! 覚えてるよっ! あのときのっ!!」


 確か私たちも家族で行ってて、伊織がターザンロープから落ちそうになったところを弟のユウタが助けてくれたことが切っ掛けでめっちゃ仲良くなって、ついでにお互い同い年の双子だったから話も盛り上がって、お昼も一緒に食べた―――そうサトシだ! やっぱあんたサトシじゃん!


 なんかどっかで見た顔で、どっかで聞いた名前からサトシっぽいって勝手に名付けていたけどサトシで正解だった。


「サトシとユウタだよね!?」


「タケシだよ、武史。弟の雄太は合ってるけど……あのときも俺はタケシだって言ってるのにサトシサトシって二人とも」


 サトシじゃなかったタケシだ。ニアピンだっだね惜しかった!


「しょうがないじゃん、あの頃はタケシといったらサトシだったじゃんね。超懐かしいんだけどっ」


「でも、家も近くだからってまた遊ぼうって―――あ、さっき引っ越したって」


「ああ、あのときはとても楽しかったから俺も雄太も泣いてた伊織にそんなこと言えなくて、……でも最近またこっちへ戻ってこれたから」


「それで話が変わるけど、うちって小さい頃からお袋がいなくて、親父一人だから本当は家のことを手伝わなきゃいけないんだけど、俺は部活ばっかりしてて家の用事は全部代わりに雄太がやってくれてたんだ」


 サトシ―――じゃなくて、武史の言葉を聞いているうちにあのときのことが鮮明に頭のなかで蘇ってきた。確かに雄太は優しくて思いやりのある男の子だったよ。


「だからその恩返しってわけじゃないけど、せめて兄として伊織ちゃんに会いたがってた雄太のために約束くらい取り付けてやろうと、、、勇気を出した」


 ヤバい。


 懐かしい思い出と、さっき見たとびっきり切ない映画と、兄の代わりに家の事を頑張る雄太の思いやりと、不器用ながらに弟のために勇気を出した武史の優しさがごっちゃになって、なんか泣きそうになってきた。


「私んちもあの後に引っ越して住所変わってたのに、どうやって私のこと見つけたの?」


「部活交流のある学校の人たちに聞いてまわったんだ。でもそこに優香や伊織はいなかったみたいで、もうあとは女子高しかないなって、毎日ランニングの途中で女子高に寄るようにしてた」


 もう私の心の中はホロホロだった。しかも私ってばようやく見つけてもらえたのになんか勘違いしてタピオカなんて買いに行かせちゃって、最悪じゃん。


 それなのに、諦めずに再び学校まで来てくれたんだよね。


「あんた不器用そうなのに……頑張ったんだねえ、武史」


 心底そう思った私は精一杯の気持ちを込めてそう言うと、ようやく肩の荷が降りたのかずっと固い表情だった武史が初めて柔らかい笑顔を見せてくれた。


「ありがとう……って、ところでさっきからずっと優香の鞄からスマホが鳴っているような気がするんだけど気のせいか?」


 いいんだよ、そんなことはどうでもいいんだよ。まだ日も暮れてないし、そのうち父のスマホのバッテリーも切れるから。


 それよりも私たちの再会の祝福と、伊織と雄太を合わせてあげる作戦会議の方が大切だよね。

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