第6話「幸村も可哀想だね」

 毎週土曜日は3つ年が離れた大学生の従兄妹の幸村が私たち姉妹の家庭教師をしてくれる日。幸村は親戚で家も近くて秀才なので中2くらいから定期的に勉強を教えてもらったんだよね。もちろんその時の幸村は高校生だったけど、塾の講師以上に教え方が上手だった。


 なんせあの常に赤点ギリギリな伊織を受験前の集中特訓で今の通っている女子高に叩き込んだくらいだからね。肝心の伊織は受験が終わるとすぐにカテキョを週一に戻してしまい追試すら危うい体たらくなんだけど……。



「さあ、今日は家庭教師の時間だぞ……ってあれ、もう既に伊織もいるのか。珍しいな」


 花も恥じらう乙女の部屋だってのに幸村はノックもせずに入って来た。親しき仲にも礼儀ありでしょうに。


 ちなみに幸村は私と伊織の2人の勉強を同時に見てくれるので、カテキョの日は伊織も勉強用としても使えるパソコンデスクがある私の部屋でやることになっているんだけど、基本勉強嫌いな伊織はいつもなら幸村が部屋まで呼びにいってようやく勉強開始となるはずのところが、既に私の部屋で教科書を開いている上に「ふんがー」と自主的に勉強している伊織の気合の入れように幸村も少し驚いている様子。


 幸村はちょっと困惑しながらも、いつものように私の机にはペットボトルの水出しコーヒーを、苦いものが苦手な伊織の机にはそっと苺ミルクのジュースを置いてくれた。


「ありがとね。勉強を見てくれるだけでも悪いのにいつも差し入れまでくれて」


「いいって、いいって。叔母さんには高校時代から多すぎるくらいの駄賃を貰ってるからな」


 幸村の家はそれほど裕福じゃなくて高校からはバイトをする予定だったらしいんだけど、バイトをする代わりに私たちの勉強をみてやって欲しいという母の提案があったらしい。


「2人の勉強を1時間づつ見るだけでコンビニとかなら6時間は働かないといけないくらいのお金を貰えてるから、余った時間を自分が勉強する時間にも使えるし、本当に叔母さんには頭が上がらないよ」


 いやいや、この伊織の受験を成功させたっていう奇跡的な大功績があるんだからもっと貰ってもいいくらいだと思うんだけどね。


「ちなみに伊織はなんでこんなにヤル気になってんの?」


 幸村はせっかく出している伊織のヤル気を削がないように私に小声でこっそり聞いてくる。


「ああね、ほら、今度の追試に失敗すると補習で夏休みがパーになっちゃうから」


「なるほどね。それはいかんな、夏休みは俺が伊織を遊園地に連れて行ってやらないといかんし、俺も気合を入れて勉強を教えねば!」


 おい、そんなの初耳なんだけど……私も一緒に連れてけよ。


 まあこんな感じで異性としてなのか、妹みたいなものとしてかはわからないけど、幸村は伊織の事をめっちゃ可愛がっていてこっちがヤキモチを焼きたくなるくらいの好意が感じられるんだよね。幸村は凄くモテるのにいつも女っ気がないってのもそれが関係しているのかもしれない。


 でもアレだ。伊織がヤル気を出しているのは最大の理由は単に補習を回避したいだけってワケじゃないんだよ。後になってショックを受けないように今の内に伝えておかねばと、手招きして幸村の耳を私の口元に近づけさせた。


「……あのね、伊織って別の男の子と遊びたいからこんなに頑張ってんだよ」


「なん……だと!?」


 せっかくさっきまで小声で喋ってたのに、急に青ざめた幸村が大きな声を出すもんだから今まで勉強に集中して気づかなかった伊織が幸村に気づいてしまう。


「あっ、ユキお兄ちゃん! もう来てたんだねっ! 早く勉強を教えてよ~、お願い~、追試が危ないんだよ~」


「……ダメだ、伊織。追試を失敗して夏休みはガッチリ補習を受けた方が、結果的には学力が上がるはずだ。勉強なんてするなっ」


 ヤバい、幸村が滅茶苦茶なことを言いだした。


「えっ? なんでそんな事言うの~。嫌だよ、ヤだヤだ~。夏休みは大事な用事があるんだからっ」


「あんっ? 伊織に大事な用事なんてものが存在するわけがない。そんな破廉恥な妄想なんて捨てて大人しく補習を受けろっ」


「ハレンチって意味がわからないよぅ。夏休みは水族館に行く予定なのに、補習なんてしてたらダメなんだよ。ゆうたくんだって楽しみにしてくれてるんだから~」


「ゆうた!? 水族館!? はあっ? おいおいおいおい、伊織お前なに言ってんだ? そんな馬の骨みたいなやつ俺は知らんぞっ」


 幸村は興奮して喉が渇いたのかペットボトルのコーヒーをがぶ飲みしている。でもそれ私のなんだけど。


「ゆうたくんは馬でもないし、骨でもないからっ! そんなこと言うなんて、ユキお兄ちゃん最低だよ! 嫌いっ、もういい、自分で勉強するからっ」


 すると伊織はおでこに巻いていた自家製のハチマキを再び締め直して再び勉強に集中しており、対する幸村はまるで魂が抜けたようになにかブツブツ言っていた。


「最低……嫌い……ゆうた……水族館」


「おおーい、幸村ー。 大丈夫?」


 これは駄目なヤツだ。幸村の目の前で手をフリフリしてみたけど、一向に反応がない。



 結局この日の幸村は全く使い物にならなかったんだけど、私は別にそれほど勉強しなくてもいいし、伊織は一人で頑張ってのでそれほど問題はなかった。


 でもね、途中でオヤツを持ってきたお母さんが、


「あら幸村くん、一体どうしたの?」


「あー、……伊織に振られちゃったみたいだからそっとしておいてあげて」


「あらあら、まあまあ♡」


 どこか嬉しそうに微笑んだのが傍から見て面白かったんだよね。

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姉もね。~双子同士の恋愛事情~ あさかん @asakan

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