第4話「伊織が追試をクリアしないとね」

 あれからちょいちょいフリードリンクをお代わりして山盛りポテトを摘まみながら伊織と雄太を合わせるための作戦会議が大いに盛り上がった。武史はそんなにベラベラ喋ってくれるタイプじゃないから、殆ど私が一方的だった気もするけどね。


 結局ギリ夕飯の時間に間に合ったくらいに自宅へ帰ってきたんだけど、父からの不在着信が7件くらいあったんで、またヤイヤイ言われるんだろうなあ。


「ただいま~」


「あら、意外と早かったのね」


 意外とって何さ。少しは父に気を使ってやったのよ。


「私が花の高校生だったときは親に嘘八百並び立てて夜遅くまで遊び倒したものよ」


「自分の子供に自慢することじゃないでしょ。真似したらどうすんの」


 いつもおっとりしている母も少女時代はやんちゃだったらしい。私は夕飯の準備をしている母のそれこそ意外な一面に少々驚きながらも、ヤイヤイ言ってくる筈の父は一体どこにいるのだろうかとリビングを軽く見渡した。


「あれ、お父さんは?」


「優香が電話に出ないもんだから、お酒を飲んで不貞腐れて寝ちゃったわよ」


 あら、そうなんだラッキー。耳栓代わりに使おうと取り出していたイヤホンをそっと鞄に戻す。


「あっ、お姉ちゃん! ねえ、どうだった? どうだった?」


 そこそこ母の手伝いはするものの、料理は一向に覚えず上達もしない伊織はいつものようにお皿の準備と配膳だけ手伝っていた。妹に包丁だけは持たせたくないという母の意見に私も賛成なんだけどね。おっちょこちょいすぎるのよ伊織は。


「だからそんなんじゃないってば」


「えー、でも男の子と合ってたんでしょっ?」


「そう言われると、一応そうなるんだけど……まあ後でゆっくり話してあげるよ」

 

 出かけに伊織から貰った千円分くらいの相手はしてやんないと。


「うんっ! 楽しみにしてるね、お姉ちゃんっ」


 父がいない食卓は感動する程に落ち着いた静かな空気が流れていて、代わり映えのしない効率重視で作った母のご飯を3人で食べた。非効率という欠点を除けば恐らく私が作った方が美味しいと思う。


 その証拠に父とかはたまに私がキッチンに立ってやると、これでもかというくらいはしゃいじゃうからね。


 

「伊織ー、約束通り来てあげたよ」


 お風呂を上がったあとに濡れた髪をバスタオルで拭きながら伊織の部屋に立ち寄った。


「もうっ、お姉ちゃんそんなにゴシゴシすると髪の毛が痛んじゃうよ」


 伊織はそう言って弄っていたスマホを机の上に置くと、椅子から立ち上がりパタパタと自分専用のドライヤーとブラシを取って私の髪を乾かしてくれた。私はキューティクルとかそんなに気にしないけど伊織にブローニングされるは本当に好きなんだよね。


「あのさ伊織、6年前にアスレチック場で双子の男の子と一緒に遊んだの覚えてる?」


 髪の毛をガッチリ掴まれて後ろを向けない私は目だけ端に寄せてそう言った。


「もちろん忘れるわけないよー、ゆうたくんとさとしくんだよねっ」


 伊織の表情は見えないけど、そのちょっと高揚している声からやっぱり何かしら特別な思いがあったのだと感じる。


「雄太は合ってるけどサトシじゃなくてタケシだよ武史―――」


 ちなみに言えば私も間違えたけど……やっぱり妹よ、お前もか。


「あっ、えっ、えっ! ひょっとしてお姉ちゃん」


 ブラシを上から下へ流していた伊織の手がピタリと止まる。伊織はいつもポヤポヤしている子なんだけど流石にピンときちゃったか。


「うん、今日は武史のほうだけだけど一緒に遊んでたんだけどね。あの子たちアスレチック場で一緒に遊んだあのときのあと、遠くに引っ越しちゃったみたいなんだけど、最近またこっちに戻って来たみたいなのね」


 ドライヤーとブラシをベッドの上に放り投げた伊織は私の座っている椅子をクルリと回して私と対面する。キラキラ目を輝かせるのは良いんだけど、私の髪の毛まだ半乾きだよ。


「どうだった? さとしくん―――じゃなかった、たけしくんはカッコ良くなってた?」


 む。まあ格好良いと言えばそうに違いないけれど。会った後でそんな風に言うのはなんか照れ臭い。


「仏頂面なのは相変わらずだったけど、それなりに……ね」


「いいなぁ、久しぶりに私も一緒に遊びたかったよぅ」


 やっぱりそうだったんだね。6年前のアンタ、初めて会ったのに別れ際には泣いちゃうくらい仲良くなってたもんね。


「そう言うと思ってまた4人で遊ぼうって予定を立ててきたよ。雄太の方も伊織に会いたがっていたらしいしね」


 そのときの伊織の反応は『会心』と言うべきだった。会心の笑みとはまさにこういう顔なんだと。


「本当っ!? お姉ちゃん本当!? いつ、何時? それはいつですかっ!?」


 私と違って2人きりだと伊織が変に意識しちゃうといけないから、武史と相談して4人で再会しようと決めたんだ。


「ええとね、武史が陸上部のエースで部活忙しくて予定パツパツだったんだけど、夏休みにちょっとだけ休養日があるからその日に4人で最近できた水族館にでも行ってみようってね」


「水族館! 夏休み! お姉ちゃんもうすぐだねっ」


 飛び跳ねて喜んでいる伊織に水を差すのは気が引けるんだけど、残念な報告もあるんだよね。


「ちなみにあんたが追試に失敗すると、水族館に行く日は補習日と被っちゃうから」


「はうっ!」


 一転して凍り付いた伊織の表情はまさに痛恨。本当に残念だけど、もし補習になっちゃったとしたらそれをサボるのは姉として見過ごせないから。


「だからちゃんと追試に合格しないとね。幸村のカテキョだけじゃ心もとないし、私も教えてあげるからさ」


 今は大学に行っている賢い従兄妹の幸村が、昔から週一くらいの頻度で私たちの勉強を見てくれているおかげもあってそこそこ偏差値の高い女子高に姉妹揃って合格できたんだけど、伊織にとっては背伸びし過ぎた受験だったのか赤点回避だけで精一杯なんだ。


「お姉ちゃん、ほんとにありがとうね。わたし頑張るよっ、今日からもっと頑張って追試の勉強するよっ」


 私はヤル気になっている伊織の頭を優しく撫でながら、そうだそうだ、と思い出してスマホを操作する。


「一応LINEの連絡先も教えといてあげるよ」


「えっ! LINE? ちょっと待って、ちょっと待って」


 伊織が慌ててベッドに向かうが、アンタがベッド投げたのはドライヤーとブラシであって、スマホは机の上だ。


「あった! 机にあったよ」


 ええと、確か雄太の連絡先を伊織のLINEに入れるには……えっと確か、左下の+から連絡先を送れば良いんだったよね。武史も私以上にLINEの操作に疎かったのでポテトをもぐもぐしながら雄太の連絡先を私のLINEに入れるのに2人で四苦八苦したことを思い出す。そうだ、ついでに武史の方のも送っといてあげよう。


「ほい、ちゃんと伊織のLINEに送れてる?」


「んー、うん。来たよきたきた。よっし、絶対追試合格しなきゃだからちゃんと勉強するよ―――っと、でもその前に折角だしゆうたくんとお話ししよっ!」


 せっかくヤル気になったのに早速LINEかと微笑ましくも半分呆れてしまった私は用も済んだので自分の部屋に戻ろうとした、その時だった。


「はろはろ~。ゆうたくんお久しぶり~、伊織だよー」


 おい、ちょっと待て! 6年振りだってのになに普通に電話してんのこの子。


『あっ、伊織ちゃん。お久だねー』


 しかもビデオ通話だし! 雄太も普通に挨拶しちゃってるし……天然なのか、妹&弟のコミュ力には驚愕だよ。変に意識しちゃうかな、なんて心配するどころの問題じゃなかった。同じ双子なのにこうも感覚がズレているもんなのかなあ。伊織って結構人見知りするタイプだと思ってたんだけど。


 伊織の部屋を出る際にこっそり伊織のスマホから覗き見た6年ぶりの雄太の顏は兄の武史と全然違って格好良いというよりも中性的で可愛い顔をしていた。

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