春告げの迷い子 終章

 昼下がりの船着き場は、多くの人で賑わっていた。

 リヤナを経由して王都へと向かう船が出るとなると、人々も一気に活気づく。その喧騒の中をランファはクルルと、それから狼と並んで歩いていた。

「ランファ、ここにいたのか」

 多くの人が行き交う中、手をあげて沙南が近づいてきた。ランファが足を止めると、少し先で狼も立ち止まった。クルルが傍に来た沙南にすり寄っていく。

「沙南さん! お仕事はもう片付いたんですか?」

「いや、もう少しここに留まることになりそうだ。後始末があるからな」

 疲れた様子の沙南が肩を竦めた。あの後、沙南は自分のことを監察史だとランファたちに名乗った。王都直属の特殊な役職のため、基本は身分を明かさないらしい。

 今回は鏡や雅宗の一件もあり、特別だということだった。

「もう大丈夫そうだな」

「はい、私もクルルもすっかり元気です!」

 鉱山で意識を失ったランファはあの後丸一日眠っていた。その間にも事態はランファや沙南の予測を大きく越えた展開を見せていた。

 山賊と共に雅宗を捕えたことで、領主である呂真も捕縛された。

 彼らは山賊と手を組むことで、一年前の事故を利用して鉱夫を監禁し、新たに見つかった鉱脈で強制労働させていた。そしてその輝光石を他国へと横流しして利益を独占しようと目論んだ。山賊討伐の結果、その実態を沙南が暴いたことになったのだ。

「トウシュクは、どうなっていくんでしょうか?」

「そうだな。しばらくは色々あるかもしれないが、じきに新しい領主も派遣される」

 信頼の厚かった領主の裏切りに、トウシュクの町は揺れた。

 しかし、鉱山事故で死んだと思われていた行方不明の鉱夫の多くが生き残っていたこと、結果的にあの事故で閉山寸前だったはずが、新しい輝光石の鉱脈が見つかったという吉報を受けて、人々は傷つきながらも前に進もうとしている。

「ランファは、次は王都に向かうのか?」

 心配そうに覗き込んでくる沙南に、ぐっと手を握りこんでランファは頷いた。

「私、決めたんです。クルルのために、神獣の巫女を見つけます」

「その、ランファが、巫女じゃないのか?」

「沙南さんまで、そうやって狼さんと同じことを言うんですか!」

 頬をふくらませて不貞腐れた。沙南は少し離れたところでランファを待つ狼へと目を向けた。倒れるランファを受け止めたのは狼だった。腫れ物でも扱うかのように抱え上げて宿まで運び、その後もランファが目覚めるまで付きっきりだったという。

 ランファからすれば、自分を巫女だと言って聞かない狼の存在は頭痛の種だ。おまけに、目が覚めてからも当たり前のようにずっと着いてくるのだ。

「沙南さん、あの人どうにかしてください」

「まあ癪な話だが、並みの人間よりも腕だけは立つ。クルルを連れている限りおかしな気も起こさないなら、おまえの旅の安全にはちょうどいいだろう」

「でも、あの人のこと捕まえなくていいんですか?」

「まあ、鏡も無事に戻ってきたことだしな。山賊討伐にも一役買ってくれた。今回に限ってはあいつの協力も大きいから、特別措置ということだ」

 桟橋の方で出港を知らせる鐘が鳴った。

「そろそろ船が出るようだな。船賃分の謝礼は弾んだし、道中気をつけろ」

 しゃがみこんでクルルの頭を撫でる沙南に、ランファは笑みを返した。

「はい。沙南さんもどうかお元気で」

「おまえのおかげだ、ランファ。この町もきっと本当の意味で、長く冷たい冬を終える」

 沙南に手を振って船に乗り込もうとした時、遠くからランファの名前を呼ぶ声がした。振り返ると、町の方から父親を伴って明鈴が手を振りながら、こちらに走ってくる姿が見えた。狼に先に行くよう促して、ランファは桟橋の途中で足を止めた。

「ランファ、これ、持って行って!」

 駆け付けた明鈴は息を整えながら、ランファの手に何かを握らせた。手を開いて渡されたものを見て、ランファは目を瞠った。

「これ、こんな大事なものもらえないよ」

 それは明鈴が大事にしていた首飾りだった。輝光石が太陽の光を受けて煌めいている。

「いいの。あたしにはもうこれ以上に大事なものが傍にあるから」

 そう言って隣に並ぶ父親を見上げた。

「ランファさん、本当にありがとうございました」

 そう言って頭を下げる父親と明鈴に、ランファは慌てて手を振った。

「顔をあげてください! 私は何もしてません。山賊討伐のときだって、足手まといにしかならなかったし」

「でもランファさん、すごく大活躍だったんでしょう」

「それも本当はよく覚えてないんだよね……」

 頭をかいて苦笑を浮かべると、明鈴が両手を握ってきた。

「前にこの場所で、やらなくちゃいけないことがあるって言ってたよね。ランファなら大丈夫、きっとできるわ! どうか、ランファとクルルの旅路に幸多からんことを」

「ありがとう。絶対に大切にするね」


 見送る人々を残して、トウシュクから船が出た。

 河岸の沙南と明鈴たちに、ランファは何度も何度も見えなくなるまで手を振った。岸を離れ、船は滑るように河を進んでいく。

 船べりに体を預けて、ランファは自分の手を見つめた。明鈴の手の温もりがまだ残っているような気がした。

 力強い言葉。自分を真っ直ぐ見つめる瞳。手に感じる温もり。

 そのすべてが、ランファの心を励ました。これから先、何があるのかランファにもわからない。それでも、きっとこの日を忘れることはないだろうと思った。あの冷たい闇の中で大ばば様の声が聞こえたように、いつかの自分を支えてくれる。

 顔を上げると、青い空に小さな鳥がさえずりながら飛んでいくのが見えた。里で春を告げる鳥として親しまれている鳥だった。暖かな陽光にランファは目を閉じた。

 長く厳しい冬は終わり、今、ようやく春が訪れたのだった。

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四神黎明譚 コトノハーモニー @kotomoni_info

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