第6話

 お盆が明けて、十七日から部活の練習が再開した。今日は、甲子園準々決勝があっている。履䕃高校は第三試合目だ。ちょうど部活の時間と重なっている。

「翔太の試合見たかったとに」と哲二はずっと愚痴っていた。


 野球部と時間が被っていた。グラウンドに行くと、すでに手前側を野球部に確保されていたから、おれを先頭に縦に並んでなるべく端を通ってグラウンドの奥に向かった。

 途中、向井と中村とすれ違った。二人とも中学のとき野球部で一緒だった。

 確実に目があったが、気まずそうな顔をされて、すぐに視線を外された。向井とは今同じクラスだが、一度も会話をしたことはない。


「なんや、態度悪かな」


 哲二がすれ違いざまに言ったのが後ろから聞こえた。


 サッカー部がまだ集まりきれていない内に野球部の準備運動が始まった。手足のストレッチから入り、腹筋や腕立て伏せ、スクワットなどの筋トレが終わると校庭を出て学校の周りをランニングして戻ってくる。十周しているらしい。サッカー部はのランニングはグラウンド使用範囲を五周するだけだ。


 おれたちがコート整備をしてストレッチをしている間に、野球部の練習が始まった。

グラウンド中に響く掛け声、ボールがバットに当たる音、ミットにボールが入った音。この間までなんとも思っていなかった音が、今日はやけに耳に入ってくる。耳障りだ。気にしないようにしようとすればするほど、音が耳に流れ込んできた。


「順平?聞いとったとや?」


 慎太郎に名前を呼ばれて、意識が戻った。


「ごめん、気が散っとった」


「今から五対五でフットサル形式の試合ばするけん、チームで別れて。順平はあっちの裕也と智大がおる方な」


 言いながら慎太郎が親指を後ろに向けて立てた。裕也と智大と一年生四人が輪になって座っていた。サッカー部は現在二年生六人、一年生九人の計十五人しかいなくて、フットサル形式で試合をしないと人数が足りない。


 チームと合流して、ポジションや交代のタイミングを話し合った。

 試合を始めると、さっきまであんなに耳に入ってきていた野球部の音が全く気にならなくなった。

 三対四で前半が終了する間際、ゴールを狙える距離でおれはフリーになった。


「裕也、こっちパス!」


 おれに気づいた裕也が、綺麗な弧を描いて的確にボールを回した。慎太郎がディフェンスで迫ってきたが、おれは軽くかわして、ゴールキーパーの哲二と対面した。


 ボールをゴール目がけて蹴ろうとしたとき、何かが飛んできてサッカーボールの近くで跳ねた。

 避けようとしたことで蹴る場所がずれて、ボールはゴールポストの横に転がっていった。


「なんしよっとや、順平!」


 裕也がコートの後ろから叫んだ。


「いや、今なんか飛んできたとって・・・・」


 おれが振り返ると、野球部の方向から誰かが小走りでこちらに向かってきた。


「すみません、ボール、当たってなかですか?」


 見たことない顔だったから、たぶん一年生だろう。


「当たっとらんけど、危なかやっか。犯人は誰や?」


「すみません。自分っす。あ、上田って言います。失礼しました」


 上田と名乗った一年生は、帽子を取って深々とお辞儀をすると、ボールが転がった方へ走っていった。


「あがん一年生のおったとばいね。めっちゃ球の飛んだな」


 哲二が感心したように言った。おれは「そうやな」と頷いた。野球部のバッターボックスはグラウンドの四角に構えていて、今ボールは対角線の四角の手前まで飛んできた。ライトの頭上を軽々超えたきれいなホームランだった。


「大丈夫か?順平」


 慎太郎が心配そうな顔で寄ってきた。続けて裕也や智大も来た。


「当たっとらんけん、大丈夫。再開しようで」


 おれの言葉に集まっていたメンバーがまた同じところに散らばっていった。

 試合が再開しても、おれはさっきほど集中できないでいた。控えのメンバーと交代してからは、試合を見るフリをして野球部の練習に目を向けていた。上田くんは隅によって何人かの部員と一緒に素振りをしていた。

 体幹がブレず、ここまで空気を切る音が聞こえそうなほど、キレのあるスイング。美人やイケメンが平凡な顔つきの人の中にいると目立つように、一緒に素振りをしている部員が小学生がバットを振っているのかのように見えるほど、上田くんのスイングはきれいだった。


 野球部の練習が守備練習に変わって、素振りをしていた部員も一斉に切り上げてバットからグローブに持ち替えた。


「上田、さっさと動け」


 土田の叫ぶ声がした。上田くんは元気よく「はい」と答えて、ラスト、と言わんばかりにバットを構えた。実際にボールが飛んでくるのを想像しているかのように間をおいて、思い切りバットを振った。


 あ、今のはホームランだな。


 思ったのと同時に鳥肌が立つのを感じた。目の前を新幹線が通り過ぎていき、通り過ぎた後も風の余韻が残るような速さだった。


 なんだよ、あの一年生。


 顔が自然とにやけた。


「順平、チームチェンジばすっぞ。はよ来い」


 裕也に呼ばれてコートに目を戻した。いつの間にか試合は終わっていた。スコアボードを覗くと、どうやらおれたちのチームは負けたようだった。


「なんか、さっきからよそ見ばしすぎじゃなか?」


 裕也の鋭い視線を受ける。裕也は変に勘がいいところがある。

「そがんことなかよ」と言ったおれの目はきっと泳いでいたと思う。

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風に乗れ ちえ @kt3ng0

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