第5話
朝十時四十分。おれは、テレビを点けてスタンバイしていた。
甲子園九日目。八月十三日。サッカー部の練習はお盆で休みだった。
おれたちの島では、お盆は、家族みんなでお墓に行く。提灯を灯し、火が消えるまでお墓に居続けるため、朝から行って帰るのは陽が暮れてからだ。
慎太郎の家に集まって一緒に応援をしようとなった。哲二は最後までしつこく誘ってきたが、おれは断り通した。坂の下に怪訝そうな顔をした哲二を置いて、逃げるように家に帰った。どうやら、裕也と勝も行かなかったらしい。
家にはおれ以外誰もいない。母さんと父さんはお墓に、姉ちゃんは友達と遊びに行っていて留守だった。
翔太の試合は第二試合目だ。
前の試合が長引いているようで、あと一回分待たなければならない。
おれは、ソファに踏ん反り返ってテレビをボーッと観ていた。
ピッチャーもバッターもランナーもみんな泥だらけだった。野球のユニフォームはサッカーよりも布が多い。この灼熱の日差しと気温の中、ユニフォームや帽子の中は汗と熱気が充満しているに違いない。
どこの誰かもわからない高校球児の試合をぼーっと眺めていた。当たり前だけど試合に出ている選手はもちろん、ベンチも応援席もみんな必死な顔をしていた。
勝利が決まった学校の応援団が歓喜の合奏を始めた。試合終了後の整列が終わると、勝利した学校の校歌を全員で合唱する。
中学のとき、甲子園に出場したときの練習、と言ってグラウンドに整列し野球部の何人かで大声で校歌を合唱したのを思い出す。うるさい、と土田によく怒鳴られていた。
テレビの中から、サイレンの音が聞こえてきた。第二試合が始まる音だ。
おれは、「履䕃高校」の校歌合唱で整列した選手一人一人がテレビに映るのを注意して見た。
注意しなくても、わかった。
写真で見た翔太に比べて、映像で見る翔太は記憶のままだった。二重の大きな目も、少し下がり気味の眉も、リスのような前歯も。
でも、体格は全く違った。ユニフォームの上からでもわかる腕や足や胸の筋肉。身長も一八〇センチは確実にある。並んでいる選手の中でも上位五人には入るほど高く目立っていた。
小学生のときは、おれよりも細くて小柄だった。今では、身長は七センチ以上は差をつけられ、きっと筋力は足元にも及ばない。
顔は知っているのに、全然知らない人に思えた。
両者の校歌合唱が終わり、試合が始まった。履蔭高校は先攻。翔太は、九番だった。
甲子園常連の強豪校なだけあって、早速、一打順目からワンアウト一、二塁になった。
四番の男は、翔太よりも体格が良く、身長も高かった。おまけに、アップで映った顔は勝と同じくらいイケメンだった。
相手校のピッチャーが投げた内角低めのボールをバットの芯でとらえた。いきなり、ホームランで三点奪取。
次に、哲二と同じくらい熊のような体格をした五番バッターがヒットを打って塁に出たが、六番、七番と立て続けにアウトになり、表裏交代になった。
履䕃高校の守り。マウンドには、翔太が立っていた。実況が『一回戦で今大会最速の一五五キロを叩き出した須田。彼のピッチングに注目が集まります』とアナウンスしていた。
ピッチャーが振りかぶった瞬間、場内は静まり返り緊張が走る。テレビの前の視聴者もにまで、その緊張が伝わってくる。
翔太の放ったボールが、キャッチャーミットに入った。時速一五〇キロ。最初から、飛ばしてきやがった。
その後も翔太の好調なピッチングが続き、相手は一度バットをかすめただけで、三者凡退で表裏交代になった。
履蔭高校の攻撃は、八番からで、ボールを打ち上げてしまいアウトになった。続いて九番、翔太が、バッターボックスに入った。
向かってきたボールめがけて、バットを振った。
遅い。
ボールには少しかすめてファールだった。
相変わらず、バッティングは下手くそだなぁ、とおれは思わず苦笑いしていた。
翔太はそのまま空振り三振になり、次の打者も一塁に到達する前に刺され、スリーアウトチェンジになった。
翔太が小走りでマウンドに入った。
へなちょこなバッティングとは打って変わって、正確なピッチングでストライクを奪っていく。
おれは、思わずテレビを消していた。
これ以上、平静な気持ちで翔太のことを見ることはできなかった。
試合は、十七対五と圧勝に終わったことはネットニュースで知った。記事を開いていないのに見出しだけで何度も「須田」という文字が目に入ってきた。
今日ほど、現代に生まれたことを恨んだことはない。
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