しおりのこと

@utsunomiya_ayari

第1話(完結)


 彼女は自分の見た限り完璧な文学少女だった。

 このご時世に肩甲骨の辺りまで伸ばした濡れ烏のような色の髪を三つ編みにして、顔には読書のしすぎで目が悪くなったのか、これまた文学少女でございといわんばかりの黒いセルフレームのぶっとい眼鏡をかけて、放課後帰宅を促すアナウンスが流れるまでずっと図書室のカウンターで読書をしている。


 彼女はいうまでもなく、もちろん図書委員である。

 図書委員というよりはなんだか歴史のある街角に立つ古書肆といった風情である。

 きっちりと学校指定の通りに制服を着こなし、そのやや長すぎるとも思えるスカート丈は、昔の不良をも連想させられたが、尻が見えそうなほどスカートの丈を上げているちょい悪女子生徒よりも何か神秘的な感じがして、フェティッシュな感じのする黒いストキングを履いている辺りは、色っぽいとも思ったものだ。


 さて懸案であるところの胸の大きさについてはここでは触れない。各自想像の翼を羽ばたかせていただきたい。

 彼女は週に二回ほど図書カウンターの花を変えている。

 普段図書室に来る生徒も少なく、誰も気にしていない様に思われたが、司書の先生の意向からか常に花は花瓶に飾られており、その花は白百合の事が多かった様に記憶している。

 花粉が散るのを防ぐために雄蘂は落とされていた。しかしその強い甘い香りは図書室中に広まり、なんとなく眠気を誘うようでもあり、自分なんかも時々春の麗らかな日の元借りた本を開いたままうつらうつらすることが度々あった。


 そんななか、彼女は自分の方を見つめて、本に開き癖がつかないか注意しようかという視線を漂わせてくることもあり、その都度自分は、彼女の視線に気付かないふりをしつつも、寝ていませんよというかぶりを振っていた。


 図書室というのは本来本を読むための場所で、大英図書館の職員も、最近は勉強しに来る学生や、シナリオライター見習いの若者が、本も読まず黙々と作業しているとぼやいているのを何かの本で読んだことがある。

 そんな嘆きは海を渡ろうとも変わらない様で、普段図書室になど誰も、自分や図書委員ちゃん等の他には誰も……来ないのに、テスト前に自習をしに来る連中だけは中間期末テストの折りには現れ、黙々と勉強したり、その他大多数は小声で噂話などにうつつを抜かして、大して勉強もしないのに、図書室に屯して勉強した気になっていると

いう人が多いようにも感じた。


 自分なんかも真面目に読書に励んでいるわけではなかったが、そういう日常を浸食してくる異質な人間に対しては、ファストフード店でやれ等と、思ってちょっとは怒りも湧いていたものである。

 その他の時期の平常運転時にも、一番まっとうな使い方としての、学校の図書室で本を借りるような生徒は、そうそういなかったので、そういう意味では図書委員の仕事というのも暇だったのかも知れないが、誰にも邪魔をされることなく読書に精励している彼女はなんとも幸せそうに見えたものだ。


 彼女との特に会話もないものの、本を通してというか、本のある空間を共有しての一年で自分は自分なりに、読書に集中しているとは言いがたい、不純な彼女の観察記をつけていた。 入学して、なんとなく図書室によって。まあこの時点では自分も最初のテストに備えての勉強をするぞと、本を読むこと以外の「不純」な動機で図書室を訪れたので、これまたなかなか人のことをいえたものでもないのだが、そんな初めて訪れた時には、入学式で見かけてそのクラシックなスタイルがなんとなく目にとまっていた彼女が図書カウンターに鎮座在していたのには驚かされた。


 だって図書委員なんて仕事、自分からやりたがる人間がいるとも思えなかったし、あまりにも彼女が本を読んでいる姿が様になりすぎているのでちょっと可笑しくなって笑いそうになってしまったものだったが、色の白くて、存在感すらやや薄く感じさせる彼女がただ幸せそうに本を読んでいる姿は、百年も前からそこにあったかの様になじんでいて、自分なんかもそれの姿に感化されたのか、本を読んでいる彼女となんとなくその場を共有したかったのか、本の好きな彼女と友達になりたいという様な薄らとした欲求もあって、自分も図書室に通う様になってしまっていた。


 さて、話が大幅に横に逸れたが、自分が言葉を交わすこともほとんどなかった中で、盗み見というと人聞きが悪いが、観察していた彼女の読書遍歴に注目してみよう。

 入学して最初の春にはジャン・コクトーの詩を読んでいたので、詩が好きなのかと思った。 詩が好きな人間というものには未だ嘗て出会ったことがなかったので、新鮮な驚きがあった。


 夏には三島由紀夫を読んでいたので日本文学が好きなのだろうと思った。

 三島由紀夫なんて読んだことがなかったので、そもそも読書経験自体が国語の教科書以外にはほとんどなかった自分には、何が書いてあるのかは想像も出来なかったが、川端康成と共にノーベル文学賞の候補にも挙がっていたというゴシップ的な豆知識だけは持っていたので、おそらく大変に難しい内容なのだろうと推察された。

 ノーベル文学賞って難しい本がとるものなんだろうというイメージしかないのである。

 秋にはバロウズを読んでいたので、過激なのがお好きなのかと思った。

 まあバロウズが過激だろうというのは、名前すら知らなかったので、バロウズ何する人ぞとネットで調べた知識で、ドラッグ文学みたいなことが書いてあったので、やっぱりイメージだけでボンヤリと凄い支離滅裂なことが書いてあるんじゃないだろうかという想像だけが、お餅の様にぷくーっと膨れていった。

 冬にはオスカー・ワイルドを読んでいたのでビアズリーなんかが好きなのだろうと思った。 オスカー・ワイルドは近所の宇都宮美術館で昔「オーブリー・ビアズリー展」というのがやっていたので、イラスト入りの本を眺める機会があったので、なんとなくその独特のイラストから、よほど繊細な話を書く人なのだろうというイメージはボンヤリと持っていたのである。


 入学してからの一年の付き合いというほどでもない付き合いで得られた情報がそれであった。彼女は気に入った作家の作品をじっくりと長期間にわたって読む様であったが、合間合間に読書の息抜きの読書何ていう、自分にはちょっと理解のしがたい事もしている様で、お堅い「ジュンブンガク」なんて奴以外にもSFやファンタジー、新書なんかも合間合間に挟んで読んでいる様だった。


 彼女の一年を通してみると、毎日が読書漬けのようであって、そのためかどうかは知らなかったが学校のテストの成績が張り出されると、万年中の上か、調子が良くて上の下といった自分の成績とはずいぶん遠い、有り体に言えば雲の上のような場所に名前があって、自分の成績が大してあがらないのをよそに、ああ、読書ばかりでなくて勉強もしているんだなと保護者のような気持ちでその名前を眺めていた。誰目線なんだ。


 読書をすると成績が上がるみたいな研究があるよというのはテレビなんかで見たことがあったけれど、自分の大したことのない成績を眺めてみると眉唾物だったが、彼女ぐらい、勉強する暇もないほど読書に励むと、脳の現在の科学力でははかれない部分が活性化されて、授業だけ聞いていれば成績はぐんぐんと伸びていくのかも知れないという、相反する納得感とも不合理とも取れない結論を見た。

 まあ、大して勉強もしない自分が曲がりなりにも、僅かであっても平均より上の成績を取れているのはこうして毎日の様に図書室によって、あまり集中していないものの読書をしているおかげなのかも知れないということで、結論づけることにした。


 結論。

 読書はボケ防止によい。

 さて、彼女の名前は、これまた読書好きだというのを名は体を表すといった感じでベタだが「栞」さんといった。人の名前にベタだの何だのと口を挟むのも実に失礼な話だが、名前を予想せよと問われたら十人中九人がこの名前を挙げて、残る一人は「栞里」と答えるのではないかと思われた。勝手な自分の妄想である。

 そんな名前にもなんだか非常に親しみを覚えた。


 彼女は図書委員としてだけではなく、文学少女としても完璧なのではないかという考えが自分の中にむらむらと夏の入道雲のように沸き上がったのは、彼女のことを知ってからそれほど経っていないときで、これまた仕方ないことのように思われた。

 彼女の容貌を見れば誰だってそう思う。

 自分だってそう思った。


 彼女が三島由紀夫を読んでいるのをみて、勝手に感化され、よし一丁自分も日本文学とやらに挑戦してみようじゃないかと思いたち『仮面の告白』がミステリーっぽいタイトルなので、これなら入りやすいだろうと深く考えずに手にとって、彼女の所へ行き貸し出し申請を行った。彼女は滅多に来ない客に驚いていたようで、分厚いレンズの向こうで黒目がちな瞳をしぱしぱと明滅させ、ほんのりと緊張した様子で手続きを取った。


「三島由紀夫お好きなんですか?」

「いや、読んだことないけれど君が読んでいるのを見て気になって……」

 そういうと彼女はやや上気したように顔を紅潮させて、三島はいい作家です。きっと気に入りますよといった。

「面白いかな?」

「面白いんですよ、三島由紀夫という人は天性の詩人です。文字を追っていると海潮音が胸に響いてくるのです」といった。

 彼女の語る三島由紀夫の感想は何を言っているのかは今一つ理解できなかったが、思わず彼女の胸に視線がいってしまったが自分は悪くない。



 彼女と時折会話をするようになったのはそれからである。

 そんな見た目通りというか、なんとなくやや内向的な空気をはらんだ彼女であったが何時の頃からか、自分以外の生徒と会話をしているのを見ることがあった。


 あれはたしか折口という男だった。

 彼女となんとなくいい雰囲気になっていたと思い込んでいた自分はちょっとショックだった。彼女と他の生徒が楽しそうに話しているのを見て、別段格別の付き合いがあるわけではないのに、ちょっとばかり失恋に似た感情を抱いてしまった。


 くそう、お幸せに。と思いながらその様子を眺めていた。

 そして夏休み。

 折口と自分が二人だけで誰もいない図書室にいた。

 図書室の空調は三十年落ちだそうで、ギリギリ平成に入った頃につけられた骨董品である。なんとなく湿った生暖かい空気がむんむんと噴出されていた。貴重なのかどうかは分からなかったが、個人の収集できる量からはほど遠いほどの万巻の書を集めた図書室にしては、図書の保管に悪いコンディションなのではないかと推察されるほどの湿気と熱気であった。


 自分は彼女もいないし、なんとなく敵視しているわけではないけれど、ちょっと同席する気にならない折口と一緒の空間で自習するよりは、浮気な要素が多いとはいえ、空調がしっかりと効いた自室で勉強した方がいいだろうと思い、帰ることにした。


 夕日がガランスに燃えている。

 止まらぬ汗を手拭いで拭きながら図書室の扉を開けると、彼女がいた。

「やあ、もう帰るよ」

「神林さん帰られるんですか、今日は先生ももうお帰りになるそうだからそろそろ閉めようかしら」

「折口君がいるよ」

「折口さんですね、分かりました。彼も本が好きですね」

 今日は本を読まずに勉強していたことを考えて、なんとなく彼女を裏切った様な心持ちになってしまい仄かな罪悪感を感じた。



 翌日も図書室に向かった。

 盛夏の頃なので紫外線がビリビリと皮膚に刺さり痛い。

 制服が汗で濡れ、皮膚が透ける。

 なんとなくだが乾いた汗から甘い様な香りがするのは何だろうかと不思議に思いながら、自転車を漕ぐ。

 学校に着き、非常通用口から来客用のスリッパを取り出して、そのまま図書室に向かう。

 図書室には既に栞さんと、折口がいた。

 二人はこちらに視線を泳がせると、栞さんは「こんにちは」と声をかけてきたが、折口はぷいと視線を背け、勉強しているのか読書をしているのかは分からなかったが手元の本に視線を落とした。


「神林さん。帰りでいいので少しお話しできませんか?」

 彼女は色白の肌の下から血圧が上がっているのか仄かに上気した様に肌を薄桃色に染めて、なんとなく恥ずかしそうに顔をこちらに向けた。

 その様子に思わずドキッとさせられる。

 自分もなんとなくそわそわして、小さい声で「はい」と答える。

 一体何の話があるというのだろうか。

 彼女の方からこうして話題を振ってきたのは、自分の覚えている限り初めてのことである。 なんとなくウキウキとした気分になると同時に、やや緊張してきたではないか。

 とりあえず温い風しか吹いてこないとはいえ、いくらかマシだろうと思い、折口とも図書委員とも距離をとった、図書室の端の方のエアコンの下の机に勉強道具を広げるが、なんとなく今日の勉強ははかどらないであろう事は察せられた。

 それは温い風しか吹かないため、サウナの様になりつつある図書室の居心地の悪さのためではないと思う。



 その日何度か折口の視線を感じたが、無視していた。

 折口も図書委員の話しと何か関係あるのであろうか?

 そんなことをボンヤリと考えつつも、徹底的に無視して鉄面皮を保っていた。やがて下校を促すアナウンスが流れると、折口はやがてしびれを切らした様に帰って行った。


「神林さん。施錠の先生がいらしますので、図書室もそろそろ閉めなくてはならないので帰る準備をしていただけますか」

「あ、はい」

 間の抜けた返事をすると、のそのそと広げ散らかして何一つ頭に入ってこなかった数式に思いを馳せながら勉強道具をしまう。

「あの……司書室まで来ていただけませんか?」

「あ、はいはい。さっきの話しね」

 わざわざ彼女が司書室に呼び出すというのはなんだかとても重大なことの様に思えた。司書室などに入るのは初めてのことである。

 自分を司書室に招き入れると図書委員は後ろ手で司書室の鍵を閉めた。

 夕日の逆光で表情が読み取れないが、大分緊張しているらしいことが分かる。

 夏の暑さから来るためのものだけでなく吐息が荒く、なんだか大して読んだこともなかった日本文学特有の湿った色っぽさというか、艶めかしいエロティシズムを感じた。

 吐息が激しくなり、胸が上下する。

 その動きが、足元に落ちた影にまで反映される。それほど激しく心臓は鼓動を打っていた様なのである。

 閉架の貴重だが誰も読まないであろう、古くて分厚い本が山と重なった司書室に二人取り残され異様な緊張感が空間に漲る。

 暑い。

 汗が止まらない。

 喉が渇く。

 首筋から胸に流れ込む汗がこそばゆい。

 そしてとうとう図書委員が口を開く。

 彼女はいつもそうして本を大切そうに抱えていたときと同じように胸を抱いていた。


「折口さんから恋の相談を受けたのです……」

「折口君から栞さんに?」

 なんとなく衝撃を受ける。

 そもそも栞さんという内向的な人物に恋の相談というのは中々想像できない。

 そして、なんとなく失恋に似た感情を覚えた。

 しかしなんで、自分にそんな相談をしてきたというのだろう?

「折口さんがですね……その、何というか、えーと……」

「おめでとう、栞さん。折口君に告白されたんだろ。本好き同士趣味も合うだろうから応援するよ」

「えっ、いやっ、違うんです!」

「違うって何が?」

「折口さんが好きなのは、私じゃなくって、その」

「じゃあなんで栞さんに、相談を?」

 図書委員はこれ以上は無理だというぐらい縮こまり、夕日の中でも分かるぐらい紅潮してね震えながら叫んだ。

「折口さんが好きなのは、神林さんなんです!」

 図書委員は別に折口から好意を寄せていたわけではなかった。

 折口が好意を寄せていたのは自分だったのである。

 彼女はそれを手助けしたに過ぎない。

 ショックである。

 今度ばかりはショックであった。


「折口ってそういう趣味の奴だったの?」

 思わずいつもはちゃんとつけている「君」が抜けてしまったが、衝撃である。

 いつも一緒にいたといえば言い過ぎになるが、それでもなんとなく図書室の仲間というか、話したことはほとんどないものの、何というか連帯感というか仲間意識を覚えていた人物である。

 それがよりによって自分に好意を寄せているなどというのは予想外のことで、これは衝撃というよりほかない。

「折口が、本当に?」

 もう一度確認する。

 もう見ているこっちが哀れになるほど図書委員は恥ずかしそうにしている。

 そりゃそうだ、こんなことを言わされる身にもなってみたらいい。

 自分だったらごめんだ。


「あの……それでお願いがあるんです」

 図書委員が今にも消え入りそうな声で細々と喋る。

「付き合ってやって欲しいといわれたところで、いくら何でもそれは……」

 頭に手をやって掻きむしる。

「あの、折口さんに信用されてこういうことを託されたのに、私は卑怯な人間です。でもやっぱりこう言わないと後悔すると思うのです」

「え、何?」

 これ以上ややこしくなるのは願い下げであったが、図書委員があまりにも哀れなので一応聞いてみることにする。

「折口さんの事は、断って欲しいのです」


 は?


 と、いう文字が頭を満たす。

「じゃあやっぱり、栞さんは折口のことが好きだったの?」

「いえ違うんです。私が好きなのは……と、いうと語弊があるのですが」

「え、何、怖い」

「私が好意を寄せているのは神林さん、あなたなんです!」

 ちょっと待って。

「私たち、女の子同士だよ!?」

 そうである、私、神林こと、神林詩織はまごう事なき女の子である。

 栞と詩織。

 同じ名前同士シンパシーを感じていて、私の方でも彼女に好意は寄せていたが、それは友情に近いものであって決して「恋」とか「愛」とか、二つ併せて「恋愛」等というものではなかった。


 彼女の心の底から湧き上がる仄かに上気して、全身から吹き出てくる好意が夕日の日差しと混じり合い目に突き刺さる。

 文学とは深遠なテーマである。

 夏休みでも、律儀に飾ってある白百合の強烈な甘い香りと夏の暑さにぶわっと湧き上がる汗の匂いと混ざり合い合い図書室に充満する。

「お友達……お友達だよね私たち?」

 微かに震える声で栞さんに問いかける。

「私のことなんか友達だと思ってくれていたんですか!」

 彼女が吃驚した様に、というかあからさまに吃驚して叫ぶ。

 それも大変嬉しそうに。

 というか驚愕と嬉しさの混ざり合った興奮した様子での叫びであった。

 こんな大きな声が出せたのかとこっちが驚く。


「私、恋愛とか分からないし、女の子同士でとかそういうのはもっと分からないし、でもどうしよう。好意を寄せて貰っているっていうのは素直に嬉しいけれど……」

「あっ、恋愛とかそういうのじゃ全然ないんです。私友達とか全然いなくて、小中とずっと一人で本ばかり読んでいたので、神林さんが声をかけてくれたのが嬉しかったんです」

「そうなの?」

「だから、私嬉しくなっちゃって、それから名前の読みも同じって知って、ずっと神林さんのことばかり考える様になって……でも同性からこんなこといわれるの気持ち悪いですよね」

「気持ち悪くはないけれど、驚いてはいます……」

「あの、だから神林さんが折口さんと付き合っちゃったら遠くに行っちゃうんじゃ無いかって思って、苦しくなっちゃって……」

「大丈夫だよ、私も断るつもりだったんだもの。私みたいなの好きになる男なんてよく趣味が分からないし、それにまだそういうの早いって思うし」

「それじゃあ」

 栞さんがポッポと体から熱を発しながら目を潤ませ、胸の前に腕を組んで、上目遣いにこちらを見上げてくる。

「とりあえず、お友達から。改めてお友達から始めましょう」

「はい、お願いします!」

 なんだか変な話になってきたがなんだか頭がクラクラとしてきてしまう。

 この司書室の黴臭いとも埃臭いともとれない、古本独特の匂いと白百合の花と女の子の汗の香り。


「あの、詩織さんって呼んでいいですか?」

「いいけれど、私も栞さんって呼んでいて紛らわしくない?」

「いいんです。そっちの方が仲良くなれそうですし」

「そう。じゃあよろしくね栞さん」

「はい、詩織さん」

 図書室のドアがガラリと開き男の先生の声がする。

「おい、施錠するけれどだれもいないな!」

 慌てて栞さんが叫ぶ。

「今出ます。図書室は閉めておくので大丈夫です!」

「じゃあさっさと帰れよ」

 またガラリと扉を閉める音がする。

「じゃあとりあえず一緒に帰りませんか詩織さん……」

 栞さんがてを握ってくる。

 私は頭がぽーっとしてきた。

「うん、よろしく」

 とりあえず、これからも図書室に通うことになるだろう。

 だがそれは今まで無かった秘密を孕んでである。

 どうなっちゃうんだろう私は……。


(了)

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