方舟に唯一を乗せろ~弓とおでんの攻防~

四葉くらめ

方舟に唯一を乗せろ~弓とおでんの攻防~

お題:ノアの方舟、弓、おでん


「では、これより会議を始める」

 男とも女とも判断のつきづらい声が、空間に響いた。

 ソレは老齢であった。

 皺が濃く刻まれた顔、真っ白でつやのない髪、しゃがれた声、そして耳の周りには補聴器代わりの『奇跡』――小さな光のリングが浮いていた。

 ソレから得られる情報のすべてから、ソレが大変なよわいを重ねていることが読み取れる。

 しかし、それも当たり前の話である。

「それで――?」

 背中に天使の翼らしきものが生えた存在が声を上げる。

「今日はどうしてわたくしたちを集めたのかしら。『始まりの』」

 そう、ソレは『始まりの神』であった。

 数ある神の中でも最初に顕現した神であり、この世界の原形をたった一柱で作った存在でもある。

 ソレは神の中でも最も位の高い存在であり、雌雄の区別のつく前の存在であり、名前という概念に当てはめることが失礼になるような存在であり――故に『始まりの』は老いていた。

 『始まりの』は周りを見回した。暗闇の中には自分の他に7の柱がおり、全員が『始まりの神』の次の言葉を待っていた。

 火の神。

 水の神。

 風の神。

 土の神。

 天の神。

 冥の神。

 生命の神。

「知っている者もいるとは思うが――」

 そして、始まりの神が口を開く。

「この世界はじきに終わりを迎える」

 その言葉に驚いている者はいない。

「ま、そろそろそうなる気はしてたがな」

 中年男性の身なりをした火の神が、伸ばした無精髭を片手でいじりながら諦観したように言い、

「どんな星を見つけてもぉ、あっという間に食いつぶしちゃいますしねぇ、人間は」

 成人より少し若いぐらいの身なりをした水の神が、わざとらしく肩をすくめて溜息を溢し、

「やはり人間など、私たちが介入して滅ぼしておくべきだったか」

 長い耳に金色を髪を持ったいわゆるエルフと同じような見た目の風の神が、人間への怒りをあらわにしながら目を閉じ、

「お前さん、すぐそういう武力行為に出ようとするのう……」

 一方でドワーフの見た目の土の神が風の神の極端な反応に苦笑いをし、

「わたくしは好きですよ、人間。愚かで救いようがなくてかわいいです」

 最初に『始まりの』に話しかけたお嬢様然とした天の神が、背中の翼を揺らしながら微笑し、

「人間、多い……。冥界はもうキャパオーバー……」

 少年のような冥の神が、眠そうな目をこすりながらつぶやき、

「くっくっくっ、来たのじゃな? 〝選択〟のときが……」

 幼女の姿をした生命の神が、楽しそうな笑みを浮かべながら『始まりの』に問うた。

 生命の神の言葉に、また7柱の神の視線が一点に――『始まりの』に集まる。

 その視線を受けて『始まりの』はゆっくりと頷き、この終わりゆく世界で最後に神々が決めるべきことを発した。



「議題は――方舟に何を乗せるかだ」



 その方舟は、人間たちの間では『ノアの方舟』という名で知られているが、実際のものは伝承とは若干異なっている。

 伝承の方は神の起こした大洪水から、世界中の種族を守るというものであるが、神のノアの方舟はそこにあらゆる種族、文化、物体を乗せ崩壊する世界から異世界へとそれらを運ぶ。

 しかし、たとえ神が作るような巨大な方舟であったとしても、すべての物を詰め込むことはできない。どうしてもそこには〝選択〟が必要になってくる。

 それをこれからこの7柱の神と『始まりの』神が話し合って決めるのである。



「ふむ……あと入れられそうなものは6つか」

 『始まりの』が目を閉じて何かを確認するようにそう言った。

 恐らく、方舟の残容量を見ているのだろう。

 生物はすべての種を選んだ、鉱物などの自然物も大概は入れられた。人工物に関してはその数が多くてまだまだ入れられていないものがある。

「皆の者よ。最後に何を入れるべきか」

「私は弓を入れるべきだと思う」

 弓、それは私――風の神が下界に伝えたものの一つであり、本来は狩猟など生きるための手段として用いる聖なる道具である。

 人間どもはこれを諍いなどに使っていた時期もあって憤懣やるかたないが、弓自体に罪はない。

 私自信が再び生み出すこともできるので、後回しになってしまったが、できるなら人間の作ったものを持っていきたい。

「俺は『さつま揚げ』を提案するぜ」

 それに対して、火の神が手を挙げて発言する。

 さつまあげ……とはなんだっただろうか。確かいわゆる『東方』と呼ばれる地域由来の食べ物だった気がするが。

「さつま揚げってのは魚肉のすり身を油で揚げたもんでな、『おでん』っていう料理に入れて食うんだよ」

「おでん?」

「地球の日本ってところの料理だ。いわゆる東方系って呼ばれてるやつの一つだな。冬に専用の汁で煮込んで食べるんだ」

 煮込み料理か。ということは、

「ポトフ、みたいな?」

「あー、まあ味は違うが、雰囲気的には似てるか? ほら、こんなやつだよ」

 そうして火の神が指を鳴らすと、私たち神々の真ん中にテーブルと鍋、そして人数分の椀が現れた。

「もう調理済みだから食えるぜ。『始まりの』も食ってみな」

 そういう火の神に促されて、私たちはみな鍋を囲む。

 どうやら説明によると、今はさつま揚げしか入っていないが、本来は様々な具材を入れるものらしい。

 そして個人個人で好きな具材を取るのだ。

「ふむ、確かになかなか美味しいな」

 感触はほどよい弾力を持っていて食べやすい。また汁の味付けも、慣れていないので少し不思議な感じだが、十分美味しい部類に入る。ただちょっと甘くて大人がずっと食べ続けるのは難しいようにも思えるが……。

「そういうときはですねぇ、このからしを使ってみるといいですよぉ」

 そこで水の神がからしを渡してくる。これは確か以前方舟に入れることが決まったものだったか。チューブに入った『練りからし』と呼ばれているものだ。

 水の神の椀を見てみると、からしを椀の隅に出し、さつま揚げにちょんちょんとからしを少しだけ付けて食べている。

 私も同じようにして食べてみると、確かにからしによってあまじょっぱい汁にアクセントが付き、これなら大人でも飽きずに食べることができるだろう。

 くっ、これは負けたかもしれないな。

 『始まりの』を見た。

 すると『始まりの』は口をもぐもぐさせながら「うん……うん……」と小さくうなずき、やがて――


「確かに、このさつま揚げという食べ物は必要だ」


 そう言って、さつま揚げを方舟に積むことが決まる。

 ……まあ、仕方ないか……。でも次こそは……!

「じゃあ次はあたしだねぇ。あたしはこれぇ」

 そう言うと今度は水の神が指を鳴らす。

 するとまたもや鍋の中に具材が現れた。

 なにこれ?

 細長くて、真ん中には丸い空洞がある。くりぬいたという感じでもないし、最初から何かを軸にしておいて、その周りに具材を巻き付けて焼いたような?

「さっすが風の神! これはねぇ、『ちくわ天』って言って竹のまわりに魚の切り身を巻き付けて焼いたものなんだよ☆」

 ふむふむ。なるほ……ちょっと待て。

「これもおでんの具材なのか?」

 水の神が鍋の中にこの『ちくわ天』とやらを出現させたということはそうなのだろうが……。

 でもちくわ天は魚の切り身を焼いたもの。さつま揚げは魚の切り身を揚げたもの。ジャンル的に似すぎていて、同じ料理に入れるのはどうかと思うのだが……。

「そだよー。まあちくわは煮込まずに生とか、しょうゆにつけて食べたりもするけどね」

「さつま揚げだってするわ」

 何を張り合っているのか、火の神が口をはさんでくる。

「じゃあ余計に同じではないか!」

 いや、美味しいけども!

 食べてみたらこれはこれで穴が開いていることで触感が異なっていたりしてさつま揚げとは違うんだけど!

 ちくわ天を食べ終わった私は勢いよく首を『始まりの』へと向ける。

 すると『始まりの』は口をもぐもぐさせながら「うん……うん……」と小さくうなずき、やがて――


「確かに、このちくわ天という食べ物は必要だ」


 そう言って、ちくわ天を方舟に積むことが決まる。

 くっ……でも次こそは……!

「次はわしじゃのう」

 今度は土の神がパチンと指を鳴らす。

 なんとなく嫌な予感がすると思ったら、またもや鍋の中に新たな具材が出現する。

 っていうかこれさっきのちくわ以上にさつま揚げに似ているんだが。色とか同じなんだけど?

 しかし形はというと寧ろちくわに似て細長く、真ん中には穴の代わりに野菜――ごぼうが刺してある。

「おい、地の神。これはさつま揚げとどこが違うのだ言ってみろ」

「なんじゃ、風の神の目は節穴か? 真ん中にごぼうが刺さっておろうが。これは『ごぼう天』というんじゃ」

「いらないって! ごぼうは方舟に積むし、さつま揚げもさっき積むことが決定しただろ!? なんでここでごぼう天なんてチョイスしてくるんだよ! アホか!?」

「お前さん、確かにエルフとドワーフの仲が悪いという設定はわしらの仲が悪いのを反映しているが、だからってそんな邪険にしなくともよいと思うがの」

「いや、エルフとかドワーフとか関係ないから! 単純にこのチョイスはないっていうだけだから!」

 ああもう美味いなちくしょう! 魚の切り身の旨味とごぼうのえぐみが調和していて、くそぅ、私好みの味しやがってぇぇえ!

 『始まりの』を見る。

 すると『始まりの』は口をもぐもぐさせながら「うん……うん……」と小さくうなずき、やがて――


「確かに、このごぼう天という食べ物は必要だ」


 そう言って、ごぼう天を方舟に積むことが決まる。

 くそっ、ごぼう天強いな……、っていうか美味いな。流石土の神。ごぼうの出来も最高だった。

「では次はわたくしですね。わたくしが提案するのは『魚河岸揚げ』ですわ」

 そうしてパチンという音と共に、鍋の中にさらに具材が追加される。

 うん、もう驚かないぞ。

 見た目は大まかさつま揚げに似ているが箸で持ってみた感触が違う? 弾力が小さい気がする。

 食べてみるとスポンジのようにふわふわしていて噛み切りやすく食べやすい。

 これは魚のすり身だけじゃなく別の物も入ってるな……。

「これは……豆腐か……?」

「ええ、その通りですわ。魚河岸揚げはすり身と豆腐を合わせたものですわ。この感触が最高に美味しいのですよね」

 う、まあ分かる。

 さつま揚げとは違った触感。それにこの若干の甘味は豆腐から出ているのだろうか。うん、子供受けしそうである。

 いや、でも結局のところ魚のすり身だろう!?

 もう十分じゃないかな!?

 そろそろ弓を入れてくれてもいいじゃないかな!?

 キッともはや恨みの念すら入っていそうな視線を『始まりの』に送る。

 すると『始まりの』は口をもぐもぐさせながら「うん……うん……」と小さくうなずき、やがて――


「確かに、この魚河岸揚げという食べ物は必要だ」


 そう言って、魚河岸揚げを方舟に積むことが決まる。

「はんぺん……」

 気づけば鍋の中には白い三角形の物体があった。

 い、今指を鳴らした音が聞こえなかった気がしたんだが……?

 神というのは多くの奇跡を指を鳴らすことによって行使する。

 もちろん、指を鳴らさずにその意思のみによって奇跡を行使することも可能ではあるが、効率は悪いし、時間もかかる。それに疲れもする。

 でも、奇跡を行使したであろう冥の神の顔には疲労の一つもありはしなかった。

 この冥の神が出した『はんぺん』なるおでんの具材は一体なんなのか……!

 っていうか私、もはやおでんの具材であることを疑わなくなってきたな……。

「にしても冥の神よ。これは一体、何でできておるのだ?」

「……魚のすり身に山芋とかが練り込んである」

「なるほど、こんどは山芋か」

「……あとは卵白も入ってるって聞いた」

「なるほど、それに空気を混ぜ込むことによってこのふわふわ触感を出しているのだな」

 でも何かほかにツッコむべきところがあるような?

 なんだろうか。卵白、山芋、そして魚のすり身……。

「いや、だからこれも魚のすり身じゃん! さつま揚げファミリーってことでまとめていいじゃん!

 っていうかこれらを全部同じ料理に入れてたやつらって頭おかしいだろ!? 全部魚のすり身だぞ!? 同じ原材料なんだぞ!?」

「そうは言っても実際好んで食べられているのですから仕方ありませんわ。まあもちろん本来は練り物の他にもお肉や大根、こんにゃくを入れたりしますけれども」

 ほら! 今『練り物』って言ったじゃん! 全部練り物カテゴリじゃん!


「確かに、このはんぺんという食べ物は必要だ」


 そう言って、はんぺんを方舟に積むことが決まる。

「ってちょっと待てや『始まりの』ぉ! まだそっち見てないんだけど!? 今までの流れ的にせめてジャッジするのは私がそっち向いてからにしてくれないかなぁ!」

「最後は儂じゃな」

 指を鳴らした音が聞こえたと思ったら、またもやさつま揚げによく似た練り物が姿を見せる。

「っていうかさつま揚げと何が違うのこれ? 丸いだけじゃない?」

 生命の神が出したそれは球形をした小さなさつま揚げだった。

「くっくっくっ、その通りじゃ。これは『ころ天』。さつま揚げを丸くしたものよ」


「確かに、このころ天という食べ物は必要だ」


 そう言って、ころ天を方舟に積むことが決まる。

「こんのクソジジィィィイ! あんた今なんも考えずに決めただろ!? 雰囲気だけでころ天にしやがってぇぇぇぇ!」

「うおっ、風の神が暴れだしたぞ!」

「やばいですよぉ! これじゃあ下界が大変なことに!」

「皆、力を合わせて取り押さえるのじゃ!」

「あー、もうなんでわたくしがこのようなことを……」

「ねむい……」

「くっくっくっ、風の神は面白いのぉ」

 そして、その暴風たる風の神を横目に『始まりの』神は――


「ころ天、うま」


 おでんを食べていたのだった。



 なお、この日、世界中で突如として出現した大嵐が大被害をもたらしたのは、また別の話である。


   〈了〉

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方舟に唯一を乗せろ~弓とおでんの攻防~ 四葉くらめ @kurame_yotsuba

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