エピローグ

 コートを羽織り、出口へ向かいながらすれ違う社員に会釈する。


「お疲れ様です」

「お疲れ様です。あれ、榎舟さん、今日は早いですね」

「高校時代の同窓会があるんですよ」

「あぁ、そうなんですか。楽しんできてください」

「ありがとう」


 会社を後にして、帰路を急ぐ。

 同窓会に行くと言った直後に家路につく自分が少しおかしくなる。

 VR同窓会だからな。


 冬の夜空を見上げる。

 サクラソウを卒寮してもう五年になるのか。

 知り合いはもう、サクラソウに残ってないだろう。卒寮直前に中学一年の子が入ってきたけど、あの子も遍在者ではなくなっているころだ。

 だとすると、今ネリネ会を引き継いでるのは何代目なのか。

 先輩たちと会うのもかれこれ七年ぶり、三依先輩や屋邊先輩、ブルーローズは八年ぶり。

 懐かしいな。


 あれこれ考えながらアパートの自室に入り、パソコンの電源を入れ、起動するまでの時間を利用してコーヒーを淹れる。

 ネリネ会VRのロゴが表示されるのを見て、俺はVRヘッドセットをつけた。

 途端に、目の前には見慣れた、けれど、もはや懐かしさを感じるサクラソウがあった。

 周囲を見回すが誰もいない。


 時刻表示を確認すると開場から十分ほど経過していた。ちょっと遅刻だ。

 ログイン表示を確認すると、ずらりと知った名前、知らない名前が並んでいた。

 VRだけあってキャパが無限なのと、遍在者は世代交代が不定期なため、過去のサクラソウの寮生すべてに招待状が出されている。一応、ネリネ会の歴代会長の在籍期間で区切って個別に同窓会もできる仕様だが、今回は全員だ。

 コントローラーを操作して自分のアバターをサクラソウの敷地へと進める。

 庭を見回すと男子側の縁側に屋邊先輩がいた。


「屋邊先輩、お久しぶりです」

「ん? あぁ、榎舟君か。久しぶりだね」

「こんなところで何をしてるんですか?」

「戸枯さんからニャムさんとニャムさんの子供たちの写真や動画を貰ってね。ちょっと眺めていたんだ」

「へぇ、ニャムさんが子供を産んだんですか」


 そういえば雌猫だった。


「でも、写真も動画も後で見てくださいよ。会場に行きましょう」

「そうしたいのはやまやまだけど、中はカオスでね」

「カオス?」

「行ってみればわかるよ。僕は一目見るだけで疲れた」


 何、どうなってんの。

 怖いんですけど。

 サクラソウの中を見る。廊下は無人だ。各部屋の扉は閉まっている。

 屋邊先輩のアバターが立ち上がった。


「榎舟君なら収拾が付けられるかもね」

「買いかぶりすぎですよ」

「そうでもないさ。君はいろんな意味で有名人だから」


 ハードルが積み上がる。

 屋邊先輩と一緒に恐る恐る中へと入る。

 会場となっている会議室は屋邊先輩の言うとおりカオスだった。

 人が多い。四十人はいる。

 ログイン表示を再度確認する。あ、スクロールバー出てるわ。

 よ、四十三人……。


「お、榎舟じゃん、ようやく立役者が揃ったな」

「笠鳥先輩、お久しぶりです。久しぶりついでに場所を変えませんか? この密度だと会話ができないでしょう?」


 あちこちから話し声が聞こえる。ブルーローズは演奏してるし、なんか麻雀をやっている人がいるし。

 笠鳥先輩が会議室を見回して笑う。


「それが、昔取った杵柄というか、普通に話ができるんだよな。遍在者の時は二人と同時に別の話題で話していたりするだろ」

「まぁ、ありましたけど。この状況は――聞き分けられますね」


 もう五年も経つのに、頭の情報処理能力が衰えていない、だと……?

 人体の神秘にちょっと驚いていると、他者のアバターをすり抜けて女性が近づいてきた。


「相真君だ。私のこと覚えてる? 元カノだよ」

「忘れませんよ、三依先輩。偽恋人だったのも覚えてます」

「よしよし、思い出を改変してたりはしてないな。それにしてもよくやった。ネリネ会をよく実現したよ」

「歴代の会員と七掛のおかげでもありますけどね」

「そんなこと言って、AとBとC―Dを繋げたのは相真君と七掛ちゃんの功績でしょうが」

「――あ、えのちゃん先輩だ!」


 新たにやってきたのは由岐中ちゃんだった。


「半年ぶりです、えのちゃん先輩」

「半年ぶり。まだふらふらしてんの?」

「人聞き悪いですね。ちょっと旅行が多いだけですよ」


 同じA世界勢である由岐中ちゃんとは度々顔を合わせている。フリーランスの翻訳業を始めた由岐中ちゃんは稼いだお金であちこちを飛び回っているのだ。

 たまにお土産を渡しに来ては風のように去っていく。


 俺に気付いた人たちがぞろぞろやってくる。鴨居先輩や玉山先輩、茨目君を始めとした後輩たち。

 会議室から再び逃げ出そうとした屋邊先輩が戸枯先輩と古宇田先輩に見つかって追いかけられていた。

 会議室に笑い声が木霊している。


「おう、愛弟子、元気してたか!?」


 演奏を終えると同時に鬼原井先輩がダッシュで突っ込んできた。

 当然VRなのですり抜けるのだが、立ち位置を合わせてゲームコマンドからベースを呼び出し「夢の二人羽織りベース!」と演奏を始めた。

 仕方がないので、俺はVRヘッドセットを一度外して、近くに置いておいたエレキベースを取りだし、音を拾えるように繋ぐ。


「お、めっちゃ上手くなってる。感心、感心。師匠は誇らしいぞい」

「仕事が忙しいのでバンド活動は週一ですけどね」

「バンドやってんだ? 今度聞かせろー」

「CD音源があるので演奏が終わったら送り付けますよ」

「よっしゃ。エロい音出そうぜぃ」


 もう二十代半ばなのに全く変わらないな、この人。

 感情モーション『やれやれ』をしながら招田先輩が歩いてきた。隣にいた仲葉先輩は由岐中ちゃんに捕まっている。


「相真、うちのエロベースがごめんね」

「ブルーローズ復活したんですよね。A世界でもCDが出回ってますよ。俺も買いました」

「お買い上げありがと。D世界分の売り上げはネリネ会の活動資金に振り込めるようにしてあるよ。ネリネ会VRを利用させてもらって音を合わせているからね」

「自由に使ってやってください」


 まぁ、もうじきネリネ会VRも必要なくなるかもしれないけど。

 ベースを弾き終わると同時に二人羽織状態を解除した鬼原井先輩が俺を振り返る。


「それにしても、真っ先に七掛ちゃんの所に行くかと思ったんだけど、こんなところでのんびりしていていいの?」

「……それ、私も気になってましたねぇ」


 のんびりと同意したのは由岐中ちゃんを連れてきた仲葉先輩だった。

 仲葉先輩が会議室の奥を振り返る。

 奥にいる一団は他の参加者とは少し毛色が異なっていた。年齢層が広く、男女混交で、会議室のカオス感を眺めて楽しそうに酒を飲んでいる。

 そんな一団の中にいる七掛を見た招田先輩が集団の正体を言い当てた。


「さっきまであの中に古宇田もいたから、歴代のネリネ会かな?」

「正解です」


 俺も半数以上は名前しか知らないが、歴代ネリネ会の集団だ。


「七掛先輩が榎舟先輩の所に来ないのも珍しいですよね」


 茨目君が不思議そうに俺と七掛を見比べる。

 戸枯先輩が俺に顔を寄せてきた。


「卒寮後の事は詳しくないんだけど、七掛ちゃんとどこまでいったの?」

「七掛から聞いてないんですか?」


 同じB世界出生だから、俺と仲葉先輩たちみたいに会ったりするかと思ったんだけど。

 まぁ、俺も七掛とのことは話してないしな。

 言ったら騒動になるのが目に見えているから、今日まで黙っていたわけだし、七掛も同じだろう。


「七掛とはいつでも会えるから」

「え、どういうこと?」


 戸枯先輩のみならず、俺の知り合いは全員が疑問に思うだろう。

 俺はA世界人で、七掛はB世界人、気が向いた時に会うのは難しい距離だ。それこそ、このネリネ会VRがなければ。

 だが、俺は大学を出て社会人となった今も量子関係の研究をして――たどり着いた。


「ようやく、他世界に物質を送る事が出来るようになったんですよ」

「……え、つまり、顔を合わせる事が出来るようになったってこと?」

「はい。それで、この間B世界に行って七掛の両親に挨拶してきました」

「……衝撃の技術革新に、衝撃の近況報告を重ねられたんだけど」


 情報を処理しきれない、と戸枯先輩が呟いた時、七掛がネリネ会のOBの元を離れてこちらに歩いてきた。

 俺は挨拶モーションで片手を挙げて、七掛に声をかける。


「ネリネ会の相談は終わった?」

「終わった。各世界の代表者で一度話し合いたいと。私たちは技術的な面も含めて意見役に納まる」

「了解。それじゃあ、ここらで皆に言っておくか」


 俺は七掛と並んでみんなに向き直る。


「結婚式に招待してもいいですか?」


 笠鳥先輩が笑い出した。


「行くにきまってんだろ。玉山、鴨居、屋邊、余興を考えるぞ」

「高校時代を思い出すなぁ」

「ゲーム大会とかやったな」

「あぁ、僕もか。余興、余興ねぇ。B世界ならニャムさんにまた会えるからもちろん行くけど」


 ニャムさんとの再会ついででも屋邊先輩が来てくれるのはうれしいけどね。

 茨目君が由岐中ちゃんを見る。


「後輩組で何かやろうか」

「二次会のセッティングとか?」

「うーん、B世界が会場だと保田と相談かな」


 いつの間にかB世界で結婚式を挙げることになってる。

 まぁ、いろんな都合でB世界で挙式するつもりだったけど。


「新曲作るぞ!」

「二曲作ろう。一曲は式の時、もう一曲はベースソロでエロイ奴。あ、使いどころは我が愛弟子に任せるぜ!」

「曲名はデンファレがいいですかねぇ」


 招田先輩が宣言し、鬼原井先輩が余計なひと言を加え、仲葉先輩がおっとりと話を進める。

 戸枯先輩と三依先輩が顔を見合わせた。


「友人の結婚を聞くと、青春が終わった感が強く出るね」

「悲しいことに、社会人だよね。でも、うれしい話でもある。複雑だ」


 あの、お二人とも、周囲の三十代勢から熱い視線が向けられて胃に穴が開きそうなのでやめて。

 でも、このイベントごとに全力なノリはあの頃から何も変わっていない。

 七掛が俺を見上げた。


「青春の先は、どう?」

「この上なく、楽しい」


 ――世界の壁よ、ざまぁみろ。


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住む世界が違う僕らのサクラソウ 氷純 @hisumi

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