エピローグ

 

 こうしてまた一人になった。

 空き地の風。

 町はちっぽけだ。まだ明るい。

 これが夜になるとどんな町になるのか、俺はちゃんと見たことがなかった。

 一度三人でじっくりと見てみたかった、と思う。

 あの琉玖が描いたこんぺいとうが舞うような夜空の絵を思い浮かべながら。

 三人で星を見れば、きっと楽しかったに違いない。

 あの星は、と央雅が知識を披露して、それを俺と琉玖が聞く。

 それでも今はなんの意味もない。

 空き地は俺たちの秘密基地であり、一人になってしまったからにはもう誰に秘密する事もないただ俺一人の空間だからだ。

 大きく息を吸って、はいた。

 心地良い風を切るように、俺は空き地からマンションへと下り坂を全力でダッシュした。

 あの頃三人で駆け下りることが当たり前だった、出会ったばかりの俺たちを思い出しながら。

 病気をして走ることは極端に少なくなったけれど、今でもあの日は脳裏に焼き付いている。

 大切な思い出。

 風が心地良い。

 下り切ると俺は瓶からこんぺいとうを一つ取り出して口の中に放り投げる。

 甘い。口に広がる甘さ。

 俺はマンションまでさらに全力で走ると、そこはもういつもの俺の家だった。

 俺は溢れそうになる涙を堪えてエレベーターに乗る。

 久しぶりに押す「7」という数字。いつぶりだろう。覚えていない。僕は深呼吸して「701」を通り過ぎる。

 今日も眩しいほど晴れた空が俺を照りつける。俺は外階段の手すりを掴む。ぎゅっと掴んで俺はあの頃に戻る。

 「ぼく」がワクワクしていた、あの頃に。

 一階まで止まることなく器用に階段をぐるぐる、ぐるぐると降りていく。この風を切る爽快感が好きだった。

 そして三人で駆け下りる空き地からの下り坂も好きでたまらなくて、どれも大切な俺の記憶なのに、瞳から水滴が零れ落ちる。

 あの頃、俺たちは出会ったんだ。

 あの頃の俺たちは、毎日が楽しくて、出会ったことに本当に感謝していて、それなのに。

 お前たち二人は今、俺を置いてこの世界から消えていく。

 俺はポケットにしまったガラス瓶を取り出す。一階まで降りたので上を見上げ、そのガラス瓶をかざす。眩しい。太陽は本当に眩しい。

 そして俺はあの八枚のアニメーションのように、このこんぺいとうが星になれば良いのに、と思った。

 あの時間を切り取って星空に二人がいれば。

 視界が霞んで俺は真っ白い闇に包まれる。思わず、こんぺいとうを一つ取り出して口の中にいれた。

「なんでだよ」

 なんで塩分より糖分なんだよ、大人に憧れているのに、こんぺいとうが好きなんて子供みたいじゃないか。俺は考えつくだけの悪態をつく。

 そしてこんぺいとう——砂糖菓子を砕いた。

 止まらない。止められない。お前たちは本当に、俺の大切な友達だったのに。

 この世界に存在しないことが、本当に悲しい。

 このこんぺいとう、すっごくしょっぱいんだ。

「バカヤロウ——」

 生きてさえいれば。

 生きてさえいれば、俺はこれ以上何も望まない。

 出会ってからずっと、俺は二人を中心に生きてきたのに。

 生きてる俺に出来ること。

 二人のぶんまで前を向いて、生き続けることだ。

 今はまだ気持ちの整理がつかないけれど、それは俺がやらなくちゃいけない大事なことだと思う。

 そしていつか俺が人生を全うしたら、二人して出迎えてくれ。














※脳腫瘍(小児がん)は成美堂出版の「全部見えるスーパービジュアル脳・神経疾患」にある廣瀬雄一さんの解説

 脳外科医澤村豊さんのサイト上に書かれている「上衣腫」を参考

 また「小児がん」ドキュメンタリー等も参考に執筆させていただきました。

 そして神経膠腫=グリオーマなのですが、子供らしさも残しておこうとあえて両方読んでしまったような形にしています。

 それ以外で間違えているところがあったら、申し訳ありません。

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水と花は白く砕いて、夜に君を探す 久栖 鳴 @mei_konoha

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