第二十三話 ポストレター

 

 

「君が、中村太紀くんかな?」

 その声に思わず俺は振り返る。

 一体誰だ?

 知り合いなんてほとんどいない俺は、その色白の優男みたいな大人を思わず睨んだ。

「あ、警戒をしないで欲しいんだ。中村太紀くんがあってるかな?」

 再度男が言うので俺は素早く頷く。

「僕は はん 影木 えいき。伴慶樹の兄なんだけれど、慶樹の事は知ってるかな?」

「同じクラスだから」

 こんなに年の離れた兄がいたのか、と思いながら俺は伴の兄を見る。琉玖と央雅のように五つどころじゃない。十歳くらい違うんじゃないだろうか、俺はそんなことを思いながら見ていた。

「それなら良かった。実は、君に届けものがあってね」

「届け物?っていうか、なんでこの場所、知ってんの」

「場所は事前に央雅くんに聞いたんだ。もしかしたら住所とか知ってるかも、と思って聞いておいて良かったよ」

 そう言ってニッコリと微笑んだ。

「そうなんだ」

 央雅なら空き地のことを話しても不思議じゃない。でも、俺とは会ってくれなかったのに、どこかで俺以外の人となら普通に会っていたのか、と思うとなんだか胸が苦しくなった。

「慶樹が、ポストレターっていうのを計画していてね」

 伴の兄が続ける。

「よくあると思うんだけれど、十年後とかじゃなくて一年後、渡したい人に慶樹が渡すっていうポストレターの企画らしくてね。渡す日付と、君の名前が書いてあったから」

 白くて少し丸みのある封筒に青色の文字で「中村 太紀へ」と書かれている。

「これを、君に届けに来たんだ」

 そう言って伴の兄が笑う。

「わざわざ、ありがとうございます」

 俺は小さく礼を言って、悩んだ末にすぐにその封筒を開けた。


【太紀へ

 慶樹が一年後友達に渡すポストレターをやりたいって言うんで、俺も乗ってみることにした。理由はなんだろう。

 照れくさくて言えないけれどいつも本当にありがとう。央雅のことも含めていつも助かっている。

 俺にはない発想で二人、三人でたくさんのものを作り上げて来た事も良い思い出だよな。

 というわけであんまり書くのも俺らしくないし、上手く言えないけれど、レターの中に一緒にいれとく。

 塩分より、糖分が大切だから、本当に。

 これからも、宜しくな。ずっと親友でいてくれよ、太紀

         琉玖】


 泣きそうになるのを必死で堪える。封筒の中から出て来たのは、細長い便だった。いつも琉玖が持ち歩いているいつもの瓶。形が独特で透明で、その中にたくさん詰まった色とりどりのこんぺいとう。

 ああ、どうしてだろう。

 出会った時からあいつはこんぺいとうや瓶を大切にしていた。

 それはきっと筆のように、何か琉玖にとって大切な思い出があるのだろう。

 思い出をいつだって大切にして、大事に道具を扱うくらいだ。

 同じものを買ったのだろうか。いや、最近琉玖がこの瓶を使っているかは見ていない。

 細長い便がいつものものから変わったとしても、こんぺいとうを取り出す琉玖にまたかよ、としか俺は言わなかっただろう。

 これは、同じもの?それともいつも使っていたもの?

 いやこれは琉玖が大切に使っていたものに変わりない。

 だからこそ、俺にくれたんだ。

 自分の大事なものを、俺にも、大切にしてほしいと。

 まるでその瓶が粉々に砕ける未来を知っているようで、ゾッとした。

 これはある意味で琉玖の形見だ。残らなかった筆の代わりになる。

 俺は大切にぎゅっと、抱きしめた。

「渡せて良かった」

 そう言って笑う。

「笑っていられるんですね」

 俺は思わず捻くれた言葉を出してしまう。

「うん、だって僕が笑っていることが役目みたいなものだからね」

 優しく穏やかに、全てを覚悟しているように。

「俺には無理です、笑えません」

 手紙にもう一度目を落とす。

「大切な人間がいなくなって、笑う事も、前を向く事も」

「人だから、時間は誰にだって必要だよ」

 彼も俺のいる柵に手をついて、町を見下ろす。

「中村くんにとって大切な人間だったから、すぐ前を向けなんて、誰も言わなかっただろう?」

 緑さんと、母さんのことだろうか。

「立ち直り方は人それぞれだよ。もっと時間が必要な人だっているかもしれない。でもね、そのあと自分がどういう行動をするかは決める事が出来るんだよ」

 俺は思わず首を傾げる。

「どういう行動?」

「ずっと閉じこもってくよくよするのか、それとも誰かの為に動くのか、未来は無数にあるんだ。例えばそこで挫けてしまって死ぬことを選んでしまったら、その人の未来は閉ざされてしまうし、周りも嘆き悲しむだろう?空元気をしなくたっていい、それは時間が解決するからだ。でも過去は変えられない。今後どうしていくかは、君が決める未来なんだ」

 俺は小さく頷いた。

「俺の未来……」

「僕や誰かが決められるわけじゃないんだ、残念ながらね」

 そしてその瞬間、唐突に悲しそうな顔をする。

「僕が人の運命を、決められたら良かったんだけれど」

 俺は「そうですか?」と口にしていた。

「まあ、誰かが死ぬ未来を回避出来るなら越したことはないけど」

 俺の言葉に弱気な微笑みで頷き言う。

「もし悩むなら、僕のお店においで」

 胸ポケットからスマートに名刺を取り出して俺に渡す。

「なにこれ」

「駅前にあるパンケーキ屋。中村くんの家から近いってわけじゃないけれど、美味しいパンケーキと一緒に君をお出迎えするよ」

「パンケーキ……」

 俺はなんでみんな甘いものが好きなんだよ、と思いながら名刺を見る。

「えっ、じゃあ今お店の時間じゃ……」

「まあ個人のお店だからね。多分、明空さんがそろそろ怒っているかもしれないけれど」

 舌を出しておどけてみせる。こういうところが遺伝している兄弟なんだろうか。

 俺はそんなことを思いながら「じゃあ、時間が空いた時に……」と返事をしていた。

 その答えに「うん、待ってるよ」と言ってニッコリとした微笑みを残しながら去っていく。

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