08-1.出撃
銀黒色の咆吼が冷たい空を灼き大地を穿つ。
カーボンとチタンの複合装甲に覆われた凶器。そびえ立つ鋼の城。
逃げ惑う動力甲冑(モータードレス)の装甲騎士達。
石灰色の空から雪が舞い降り、赤く染まった大地を覆い隠す。
ドカンッと鋼鉄を穿つ音。
ケイスがまた一人、右手に内蔵されたスパイクで、鋼鉄のタンクを真上から貫き通す。
極限まで増幅され、補助電脳によってサポートを受けている彼の反射神経は、九ミリの小さな銃口の動きすら緩慢だ。
足下を走り回る戦車は、まるで子供の頃に作ったおもちゃの様。
一両を潰す度に、脳に快感が走り、次の殺人衝動に駆り立てる。
時速一五〇キロで走り、近距離から連続して放たれる一二〇ミリ鉄鋼弾を、全高二〇メートルの装甲巨人が忍者さながらのアクションで避け、碗部に装備されたスパイクでその砲塔から貫き通した。
決して質量が軽いわけでない。巨人が踏みしめた大地には、身長二〇メートルの巨人の足跡がしっかりと、深い穴を穿っている。
アドレナリンは常人の致死量を軽く超え、更に薬物によって創造された超極興奮(トランス)状態。
自分の体が二〇メートルの巨体となり、厚い装甲に覆われ、左手には多層構造の円筒型のタワーシールド。
人だった時にはモータードレスを着ていても不安だった九ミリや一二ミリ口径の着弾衝撃は、蚊に刺される程度にしか感じない。
ラインメタル社製、一二〇ミリ滑空砲が戦慄し、形成炸薬弾(HEAT)が装甲と盾を打って弾かれても恐怖とは感じない。
既存兵器では搭載不可能な厚い特殊装甲。それを支える巨大人工筋肉(ソフトアクチュエーター)から得られる、無限とも思える巨大な力と傲慢とも言える自信。
リプレイスメントで強度を増した肉体を、さらに全高二〇メートルの装甲の巨人へと換装させられた、屈辱と狂喜。
「重傷者の脳をサイボーグ化、リプレイスメントで救うことが、このプロジェクトの最終段階ではない」
アイヒマンは嬉々とした表情で言って新たな訓練メニューを公開した。
彼にとってはケイス達は実験材料、歩く脳(ウォーキングブレイン)だった。
「巨大なロボットは、人間以上の運動性能と機動性能が発揮できなければ、兵器として意味をなさない」
「ゲームやアニメに登場するもっさりとした動きの人型兵器など、現代の戦車やヘリ、航空機にとっては驚異ですらない」
ロバルト・アイヒマン博士の言葉だ。戦車に多足歩行ユニットを取り付けて運動性能を格段に向上させ、更に独自に動力甲冑(モータードレス)の基礎理論を生み出したこの道の権威。リヒャルト・アイヒマン、ケイス達をリプレイスメントにした大佐の義理の父。
リプレイスメント化により、高度一万メートルからの落下にも耐えられるようにパッキングされた脳を、全高二〇メートルの多重装甲を着込んだ人工筋肉(ソフトアクチュエーター)で動く巨人に換装される。脳は巨人に直結され、巨人の身体を自分の身体のように感じ、動かす。薬物と素子(デバイス)によって、脳の限界性能以上の反射や神経伝達を可能として、巨人を自分の体と同じように、いや、今まで以上の運動性、機動性まで引き出すことができる。通称ブBA(ブレインアーマー)プロジェクト。
医科学士官として地位を確実に上げているアイヒマン大佐が嬉々として取り組んでいる、それがこのプロジェクトだった。
「ハハハ!ゴリアテ降臨だな!機甲師団ごときは虫けら同然。海中で原子力船水空母を単騎で撃沈できるモンスターに君たちはなったのだよ」
ヒステリックな笑いとともに、アイヒマンがさも自慢げに叫ぶ。
脳だけの存在になったケイス達リプレイスメントはリハビリがある程度完了すると、今度は、巨大な人型機動兵器に換装され、訓練と呼ばれる実験を強制された。巨人の体が自分の身体のように動かせるよう、新たなリハビリと訓練、様々な実験が繰り返される。
そして、今日が初の実戦場における実験だった。
目標は国境沿いに展開していたソビエト第二〇国境機甲師団。世界でも五つの指に入る機甲師団と言われ、特に戦車、歩兵、装甲ヘリの巧みな相互連携と運用にかけては各国の士官が教練を受けに来るほどの実力だ。
角の大きなサイのマークを師団章。俗に、彼らが走った後はぺんぺん草も生えないと言われるほどの苛烈な大火力による攻撃によって、敵軍を圧倒する。
広い雪原に全長四〇メートルの陸上装甲型の巡洋艦、ランドクルーザーを中心に展開している。
第五世代の二〇四式フォバー戦車、五〇台が左翼と右翼に展開。こいつは六本の足も装備。ひっくり返っても虫のように起き上がり、脚部のを使用して数十メートルをジャンプする。最も搭乗員への衝撃から使用頻度は少ないが、超重量級の戦車がノミの様にジャンプして高速移動する様は圧巻だ。
空には、ソビエトの誇る戦闘ヘリ、WZ201ガンシップが二五機。対地はむろん、VTOL程度の航空戦力なら迎撃も可能。
モータードレス兵と通常歩兵は各々、装甲輸送車で運ばれている。
それを、初陣のブレインアーマー三機で蹂躙することになる。
デジャブー。ケイスにとって、ナオミと多くの仲間が奪われた、忌まわしい記憶の再現。所属章を隠蔽しての奇襲攻撃は例のテロ部隊と行為の質は変わらない。しかし、脳内で活性し続ける麻薬物質は彼を邂逅にひたらせることはなく、ものすさまじいトランス状態。
独BMW社製、ブレインアーマー「リヒター」。独国内で初めて独自開発されたブレインアーマー。全高二〇メートル、総重量二五トン。
巨大なカーボンナノチューブ製の人工筋肉(ソフトアクチュエーター)を、第二次大戦の戦車(タンク)のように分厚い多重装甲で覆い、非核エネルギー以外では最強と言われる二フッ化キセノン性バッテリーを動力としている。背部ブースターは戦闘機のエンジンを流用しているが、詳細は非公開。
BMWがまだ自動車が主力産業だった頃のなごりが残る美しい曲線と、心理戦も考慮されプレッシャーを周囲にまき散らす精神圧迫系デザイン。ボディはグレーと深いグリーンのコントラストで迷彩が描かれ、肩にチューリップの形をしたマーキングが施されている。頭部カメラはゴーグル型、逆三角形のシャープな形に、アンテナ搭載の大きく尖った耳がついている。
碗部に搭載された、直径二〇センチ、長さ三メートルの鋼鉄製のスパイクと、右腕のマニピュレーターに握られた、巨大な四五ミリサブマシンガン、ヘッケラー& コッホ社製のMP7BA(エムピーセブン)※BAはブレインアーマー仕様の略。左手には炭素繊維とチタンを何層にも固めた筒型のタワーシールドを装備している。
両手にどでかい凶器を携えた超重量級の巨体が、時速一五〇キロメートル超のスピードで、走り、飛び、転がり、突き刺し、鉄鋼弾を至近距離でばらまく。
背部のブースターと、脚部を利用したジャンプで、高度二〇〇メートルまで上昇し、WZ201ガンシップ(スズメバチ)をもスパイクで叩き落とす。
左肩装甲に下弦の月のマーキングをつけたリヒターが、二〇四式から放たれた一二〇ミリ成形炸薬弾、上空へ弧を描くとんぼ返りで避け、綺麗に弧を描きながら、直上から四五ミリを叩き込む。空き缶を射的する様な音が連続して、内部から轟音。戦車がひしゃげる。
それも見ないうちに、横合いから放たれたミサイルに対応。重力をまったく無視した方向へ、ブースターの過激な噴射で転身すると、ミサイルの送り主、複座のコクピットに左手のスパイクを突き立てる。コクピットに血がしぶくのがはっきりと脳内のインターフェースに映し出される。
女性タイプのリプレイスメント。"メイサ"と名乗った彼女の機体のマークだ。西ドイツの施設の二番目の使い手。線の細い、物静かなイメージとは裏腹に、過激なまでの機体操作。
神経反射は気が狂う直前まで昂揚。身体にかかる負荷を全く無視したアクション。多重装甲とアブソーバーであらゆるショックから守られた、唯一の自分の肉体、脳(パーツ)。
装甲を纏った巨大な悪夢が蹂躙する中、それでも機甲師団の布陣はなかなか崩れなかった。
ランドクルーザーを中心として、前衛、左翼、右翼の戦車が連携して、撃破された部分は各々が補い合う。
最新鋭の一二〇ミリ滑空砲をリヒターに向けてタイミング良く一列に並べ、三連射。回避行動に移る間には、近接信管に切り替えたミサイルをガンシップが放ち、追撃を防ぐ。隙あらば、ランドクルーザーから二四〇ミリの予測射撃が来る。かろうじてかわすと、足下には巨大な墓穴が掘られている。
ケイスはタワーシールドを接地して、数台の二〇四式から放たれた鉄鋼弾と形成炸薬弾の連打を防ぐと、四五ミリでを数台に浴びせる。
機体に無数に付けられたレーダーとセンサーの一つが、背後からの危険(アラーム)を告げる。
脚部アクチュエーターと背部のブースターが全力で機体を上空へとキックする。上昇感は電気信号のフィクション。自分の体勢や位置を把握する程度に脳に送られる。
轟音。
今いた場所に、幽界への真黒な口蓋。大地に底なしの大穴が穿たれる。〇コンマ一秒遅れていたら、ケイスの機体はその穴で削壊していたはずだ。
ランドクルーザーから放たれた、二四〇ミリ砲弾の予測射撃は、上空へ待避するケイスの機体を、空間を灼きながら、後、五発追っていった。
三六〇度が”見える”ケイスの脳が、ランドクルーザーをマークする。
全長四〇メートル、全幅一〇メートル。中型といえども、ホバークラフトとキャタピラを併用して走る陸上の巡洋艦は、巨人となったケイスから見てもやはり壮観だ。
戦車技術を応用したメルセデス社製の大小数千枚の重厚な装甲板。しかし、直撃すれば二四〇ミリ砲弾はリヒターを空間ごと削るだろう。
全高八メートルの位置にあるランドクルーザーの艦橋は、無数の銃座に守られている。
機銃弾の雨の中から突然襲ってくる大口径砲弾を、バーニアを小刻みに使いながら、空中で舞うように避け、弾幕の中に隙を探す。
銃座から放たれる機銃弾はどうということはないだろう。特にドイツ製のリヒターはこれでも運動性能を削り、装甲に回している。
しかし、ケイスの技量では二四〇ミリの連続発射が避けられない。援護だ。援護が必要だ。
「援護を!」
ケイスが叫ぶ。同じように脳内に殺戮衝動が荒れ狂う、トランス状態の二名が聞いてくれるとは思えない。
「了解。少し待って」
しかし、メイサの声。ケイスが二番機を視覚の隅で確認する。激しい攻撃の間を縫ってこちらに来ようとしているが、弾幕が厚い。
と、無線から歌が聞こえる。
賛美歌だった。神が弱きを慈しむ歌。すべてを許し、共に分かち合う歌。
出撃前から、狂気ともつかない叫びを上げていた、一番機。
ケイス達には無いはずの目。それでも、目を合わせられない狂気を放つ。
アイヒマン大佐曰く、最高のブレインアーマー使い。
既に数十両と数十機を血祭りに上げ、とっくに弾倉を使い果たしたMP7BAは放りだし、片手には今殺したばかりの兵士達の肉塊を掴んだままだ。
スパイクはあらぬ方向にひしゃげているが、それでもその凶器の性能は失われていない。砲身を向けた二〇四式に慈悲すら与えぬ一撃を加え、後ろ向きに二〇〇メートル近いとんぼ返りを打つと、二四〇ミリ砲弾の五連続発射を簡単にかいくぐる。
ガリガリと機銃の放つ一二・七ミリ弾を装甲版で跳ね返しながら、ランドクルーザーの直上へ。まるで血塗られたグレーの石像のように、艦橋の上に一瞬立ち尽くす。
ランドクルーザーの二四〇ミリの砲塔はもう使用できない。
銃座が狂ったようにリヒターに銃弾を浴びせる中、むしろ緩慢な動作で、一番機はスパイクを艦橋に突き立てた。
賛美歌は続く。高く、意外なまでに美しい声で。神に慈悲を請うように。
ゴツンッ、ゴツンッと金属を打ち叩く音。二度、三度、四度と続けられ、巨大なランドクルーザーの動きが停止した。
司令部を失った機甲師団が壊滅するまで、それからそう長くはかからなかった。
辺りに巨人(リヒター)の三機以外、動く者が無くなった時、雪原にゆっくりと静寂が戻ってくる。
ケイスの機体は片膝を付いた状態で、人工の肺が荒い呼吸を続けている。師匠(ナオミ)の教え、へその下を意識しながら、ゆっくりと肺で吸い込み、腹ではき出そうとするが、人工の体では意味がないとも思る。
一番機は黒い彫像の様に、夕日を浴びて立ち尽くしていた。賛美歌を鼻歌に。子供のように楽しげに笑う声が聞こえてくる。世界は美しい。最高だ。最高だよと。
メイサと名乗った彼女の二番機のその巨体は、膝を抱えて蹲っていた。甲冑を着た巨人が、頭部を装甲のついた膝の間にに抱え、嗚咽する声が幻聴のようだ。涙など出ないというのに。
やがて味方の巨大な回収機が、その巨大なシルエットで赤い夕焼けの空に大きな影を作りだした。
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