19.アライブ
巨大なバジリスクの機体が生き物のように横たわる。足の股の辺りの装甲が割れ、中から見える巨大な人工筋肉が余計に生々しさを感じさせる。
擱坐した三日月のコクピットからケイスが飛び降りた。
リックがちょうど三日月の真下で、他の隊員と尻餅をついていた。
「さすがに、死ぬかと思ったぜ」
青い顔してケイスを見上げると
「これが、ナオミだって?」
ナオミの脳槽が入ったタンクをケイスに手渡す。
NAOMIと中央に書かれた文字。
ケイスは震える手で受け取ると、黙って司令部のある方角に歩き出す。
中身を確かめるまで信じられないと言う気持ちと、このまま確認したくない気持ちが交差する。あの美しく圧倒的な存在感のナオミの肢体を思い出すと、胸が潰されるようになり吐き気をもよおす。
もし最後に、ナオミがそれを望まなかったら?
ケイスは自分がリプレイスメントに換装された時のことを思い出す。遠い間隔と感情、動かない体。地獄のリハビリ。そして、人ではなくなってしまった自分の存在。
ただ、結論の出ない思考を抱いたまま、司令部の方へと急いだ。
「ケイス!アイヒマンがそちらに行った!逃げるんだ、ケイス!」
司令部からの通信が脳内に響く。ゾフィーの声。
「早く奴を、アイヒマン大佐を拘束しろ!罪状?!解読したファイルで幾らでも起訴できる」
司令部の方は、何か混乱しているらしい。
「ケイス、そいつを持って隠れていろ。向かえに行く」
ヴァレンティナからも通信が入る。
ジープと数台の兵員輸送車が土煙を上げて、こちらに近づいてきた。
ケイスの前で急停車をすると、武装したモータードレス兵達がケイスに銃口を向けながら取り囲んだ。
その後ろにアイヒマンの姿が見える。
同じ士官候補の訓練生だと思ったが、モータードレスはリック達が使用している三菱製ではない。
アイヒマンの私兵部隊と呼ばれていた奴らだった。
ケイスがアイヒマンに向かって何か言おうと一歩踏み出したところで、銃声が鳴り、ケイスががっくりと片膝をついた。
ナオミの脳槽タンクを抱え込む様にして倒れ込む。
アイヒマンの震える唇が歪み引きつる。
コクピットから降り立ったケイスを、重装備のアーマードレス部隊が取り囲んでいた。
拡声器を持ったアイヒマンが冷たく言い放つ。
「そのタンクをこちらに渡して、体と脳の接合を切りたまえ、ケイス」
大口径のアンチマテリアルライフル(対物ライフル)、50BMGEの銃口がずらりと並ぶ。ケイスのリプレイスメント装甲を軽々と打ち抜くその巨大ライフルの一つから煙が出ていた。
「何故だ?」
ケイスがアイヒマンを睨み付けた。
「貴様があのバジリスクと呼ばれるテロアーマーと通じていたのはわかっているんだ。観念したまえ」
甲高い声で話すアイヒマンが引きつった笑いを浮かべた。
「もっとも、君達のおかげで良い実験データが取れたよ。その点ではかけた費用に見合った結果を出したとも言えるな」
「まさか、ナオミも・・・」
ゆっくりとケイスが立ち上がる。腹に空いた銃創の痛みはないが、着弾したときの衝撃は凄まじく、脳にはまだ衝撃の余韻が残っていた。
ナオミの入ったタンクを後ろにかばう様に持つと一歩踏み出した。
「撃ちますか?」
ケイスの腹に穴を開けた隊員が聞く。
「少し待て」
アイヒマンが言うと
「貴様がバジリスクの共犯者だったと証言しろ。そうすれば、ワトソンだけは助けてやろう」
ケイスがもう一歩踏み出す。あがった土煙がケイスの怒りを表しているようだ。砂を含んだ風が吹いた。
ケイスの持つタンクについたダイオードが光った。
「アノ ヘンタイ ヤロウ ブットバセ」
モールスを読み取ったとたん、ケイスがアイヒマンに向かって一息に踏み込んだ。
「撃てぇ!ケイスもタンクも跡形もなく吹き飛ばせ」
アイヒマンの上げた声は悲鳴に近かった。
ケイスがタンクを再び抱え込んで前方に飛んだが、その間に左足が膝から吹き飛ぶ。ケイスの体は風に舞うぼろ切れの様に空中でのたうった。
ナオミの入ったタンクにも数発命中して亀裂が走る。
ケイスは倒れこみつつ、それでも確実に、アイヒマンの顎に拳がヒットする。アイヒマンの顎がサックリと割れ飛び、付近には赤いしぶき。
「ざまぁみやがれ!」
口蓋から青い液体を吐きつつ倒れ込むケイス。
「これでいいかな。マスター(ナオミ)」
倒れ込んだケイスとナオミの下に青いシミが広がっていく。
飛び交う銃声と、遠く、リックの叫ぶ声が聞こえる。
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