04.ジュージュツ

 ヴォーグの表紙から抜け出してきたような美人と、格闘場に向かう士官候補生の間で評判になっていた。


 ケイスはさして興味もなく、リックの言うことを話半分で聞いていた。


 退屈な座学の後、がやがやと徒党を組んで行くと、格闘訓練施設、植物性マットレスを敷き詰めた道場(ドージョー)に、彼女は待っていた。


 広い道場の中央に完成されたフォルムを持つ彫像のように立ち、落ち着いた不思議な目の色で候補生達を見ていた。


 無駄な肉のないすらりとした容姿。モデルのように細く背の高い体。


 黒の訓練用タイツに、同じ黒のノースリーブが、肌の色と良く合っていた。ブルーネットの髪は後ろにまとめてアップにしている。


 小さな顔、切れ長の目を贅沢な長いまつげが自然に優美に装飾していた。


 およそ、格闘教官とはほど遠いイメージ。


 筋骨隆々としたゴリラを想像していたケイスにとって、意外な容姿の持ち主だった。


 ユダヤ人とアフリカーナのハーフという話がどこからともなく聞こえてきた。


 さも自信ありげに、黒い顔に真っ白な歯をニヤニヤさせながらリックが最初につっかかっていった。


 この後、ゆっくり相手してやるから、そこで見学してな。


 リックがそんなことを彼女に言い放ったのをケイスはぼんやりと思い出す。


「馬鹿者!」


 およそ細身の彼女が発したとは思えない大声も大声、大喝が施設内の壁を震わせた。


 素手で今から殺し合いを始めそうな、そんな勢いだ。


 左の上腕に入った「可憐」という漢字の入れ墨が隆々と盛り上がり、呼吸がスッと緊張感を増す。


 と、スルスルとリックに近づくと、遅れ気味にタックルに入ろうと腰をかがめたリックの体が前に少し出た瞬間、巨漢の黒人はあっという間に反対側の壁まで飛んでいった。


 飛行距離八メートルといったところだ。


 踏み込みかけたリックの頭のあたりに軽く触れるようにして、側面に回り込んだようだったが、その後がわからない。


 最後は腕を逆手に取るようにして、前に押し出すと、ふわりとリックの体が中に浮かんだ。


 そのまま、マット敷きの道場内を泳ぐように飛んで、逆さまのまま壁にぶつかると、床までずり落ちる。


 視線を彼女に戻すと、ケイス達が入ってきたときと同じように、道場の中央に自然な形で立ち、呆然と自分を見つめる訓練生を見回している。


「おい、そこの!あのデカ物を医務室に」


 凛々とした声でケイスに向かって言った。


 それでも、しぶしぶとケイスはリックノ方に歩み寄り、ようやく起き上がりかけたリックに手を貸した。


「なにがあった?」


 落ちたときに打った首筋をさすりながらリックが聞くのに


「わからん」


 とだけケイスは答えた。


 どやどやとうるさかった訓練生の集団が、おとなしく彼女の前に正座するのを横目に見つつ、リックを抱えて道場から出て行く。


 あれだけ飛んだ割には、軽い脳震とうですんだのは、普段のシェイプアップのおかげなのか、手加減されたのか。


 リックは医務室で休んで、次の座学から参加すると言うので、ケイスは格闘訓練に戻ると、ちょうど二人組にわかれて組み手の稽古が始まったところだった。


「どうだった坊や?」


 自分とそれほど年齢の変わらない若い教官に坊やと呼ばれて一瞬ムッとするが、少尉待遇の教官の手前、すぐに敬礼と報告をする。


「ご苦労。今日のおまえさんの相手は私だ」


 その後、さんざんに投げつけられ、締め上げられたのをケイスは思い出す。間接が悲鳴があげるというのはこういうことを言うのかと。


 周りの連中が気の毒そうに自分を見ているのがわかった。


 ケイスも、候補生になって二年以上経つ。


「よし、貴様すじがいいぞ」


 荒い息を付きながら、両手を畳みについ呼吸をしているケイスを見下ろして、ニコリと微笑んだ。


 天窓から漏れる光の中、そういえば、あの微笑み。キッチンで見せたあの笑みと同じだとケイスは思う。

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