光の海月

もざどみれーる

光の海月

「アイツ、最期まで馬鹿だったなあ」

 まさか告別式の時にこんな言葉を吐くなんて、我ながら実に辛辣だと思った。そして、自分でも実に意外だった。しかしまた、私の心に巣くっている本音を、これほどまでに正直に表している言葉もなかった。


 三日前、親友の和泉いずみが突然死んだ。自殺だという。享年27。聞くところによると、パラオにある湖での溺死だったそうである。私の記憶に間違いがなければ、その湖は多くの海月クラゲが生息していることで知られているはずであるが、一体なぜ和泉がわざわざそんな場所で死ななければならなかったのか、私には皆目見当もつかない。彼が最近になって離婚を迫られていたことは知っていたけれども、そのことと海月の湖とが、私の中ではどうしても結び付かないのだ。

「和泉にとって、あの湖は一体何だったのだろう?」

 当然のようにその疑問が頭をよぎりはしたものの、まるで一筋の呼吸の運動のような滑らかさでスッと消えていった。──分からないことがあまりにも多すぎるのである。

 ひょっとして、彼はジェリーフィッシュレイク──これがあの湖の名称である──に何か特別な感情を抱いていたのかも知れない。もちろん、別に理由らしい理由などもなく、発作的に死んだ先がたまたまこの湖だったという可能性だって十分にある。いやむしろ、その方が自然だとさえ言えるのかも知れない。しかし、生前の和泉の性格を思い合わせる時、私はそれが偶然とは思えない理由も持ち合わせているのである。

 彼には、一種のロマンチスト的な側面があったのだ。

 

 ロマンチスト的な人間に共通しているのは、何をいてもその敏感さである。

 和泉から直接聞いたところでは、彼は通勤電車に押し込められる度に「人間の無意味さ」を感じていたのだという。

古西こにしにも分かるだろう、あの貪欲さが」

 私の名を呼びながら、かつての彼は私に同意を求めるような言い方をした。

「みんな知らん顔をして澄ましているけれども、胸の内じゃあ一体どれだけの数の人間を殺しているか分かったもんじゃない」

「いや、そんな人間ばかりじゃないだろう」

 と私が言い終えるのも待たずに、和泉はグッと顔を近づけてきては、その冷たい視線で私の視界の中心をハッと占めた。

「人間に価値なんてないんだ。無意味なんだよ」

 だから和泉は死んだのだろうか。「無意味」な人間が蔓延する世の中に耐えられなくなって、ついに自ら命を絶つという選択をしたのだろうか。──美しい光を、天国的な光と慰めを、儚い海月たちの「意味」に求めて。

 確かめようのない疑問が私の頭の中で何度も繰り返される。けれども、今となっては、もう二度と分かるはずもない。

 ただ、これだけは言える。

 私にとって、和泉は決して無意味な人間などではなかったのだと。そして、だからこそ私はこれからも絶対に、絶対に自殺という手段を選ぶことはないだろうということを。 

「なあ、和泉。──お前、最期まで本当に馬鹿だったなあ」

 閉じた私のまぶたの裏に、熱い水の悔しさが滲む。

 彼もまた、心のどこかでは独りで悔しがって、最期の涙を縷々るると流していたのかも知れない。



 今まで、本当にありがとう。──孤独な私の、たった一人の友へ。



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