それはありふれた冬の日の話

石田夏目

それはありふれた冬の日の話

六畳半に男一人


あるのは小さな机とギターとエアコンだけ。


けれど歩いて行ける距離にコンビニやスーパーがあるし

駅まで歩いて20分ほどだ。

なにも不自由なことはない。


机の上のマルボロの箱からタバコを一本取り出しライターでカチッと火をつける。

ふぅーと白くたなびく煙をはくと気持ちが

落ち着くようなそんな気がした

こいつとは高校生の頃友達と遊び半分で吸ってしまってからの長いお付き合いだ。


灰皿にタバコを押し付けおもむろに立ち上がりギターを手に持つとてきとうなコードを

弾き鼻唄混じりにうたいはじめた


歌詞も今思い付いた適当なもののはずなのに不思議と涙か出てきた。

あいつが好んでいた優しくも切ないメロディーライン。

あぁ俺らしくもない。

俺はもっと激しくて明るい曲が好きだった

はずじゃないか

いつの間にか染まっていたのだな。


あいつがいなくなってもう何年たつのだろう

同じ夢を見て田舎から上京して暮らしはじめて何年たったのか

あいつの持つ全てのものに

憧れてそして嫉妬した。

俺にはない天性のものがあいつにはあった

一度聞いたら忘れないその耳も

聞いたらずっと胸に残るその甘い声も

全部。

こいつは音楽の神に愛された人間だ。

そう感じた瞬間羨ましさと同時に

激しい絶望感に襲われた

俺はこいつみたいには一生なれない

どう頑張ってもこいつみたいには…


その瞬間耳元でそっと悪魔が囁いたのだ

そうだこいつがいなければなんて


俺は悪魔の声に従ってしまいそうになった

けれどあいつは笑ってこう言ったんだ

俺たち絶対プロになろうな

お前にはその才能があるよって

才能なんて欠片もないよ

ただ音楽が好きなだけ

それにすがっているだけなんだ。

やめてくれそんな風に笑わないでくれ

俺はそんな人間じゃない

お前みたいなそんな…。


小窓を開けると冷たい風が一気に吹き込み

からだがぶるっと震えた

急に寒くなったなぁ

そうかもう冬か。


お前は冬が一番好きだったよな

寒いのに外に出てよく駆け回っていたっけ

今でも馬鹿だなと思いつつそんな日々がまた

戻ってくればいいのに思うよ


俺はなんとか元気に暮らしてる

細々とだが音楽で食ってけるくらいにはな

なぁまた戻ってきて前と変わらない

馬鹿な音楽話で盛り上がろうぜ。


ギター優しくボロンと撫でると

あいつが隣にいて微笑んでくれるようなそんな気がした

これは冬の日のない気ない日常の

ありふれた1日

そしてまた冬が終わり春が来る

そんな日の話

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それはありふれた冬の日の話 石田夏目 @beerbeer

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