王都≪歓楽≫編

第7話:第一章は【王都】に着くまでにすべきだったとかいう後悔

Comming soon……。

味を占めました、もう一度だけ……。やらせてください!


*  *  *


 壁面をこれでもかと、煌びやかに飾るステンドガラス。


 着色された柔和な光が差し込んで、ひたすらに静謐な空間が広がっている。そこに僕は一人……。


「また独りって。まるでさっきまで誰かといたみたいな」




 お前が? 僕が?




「私がおりますよ。ええ」


 荘厳な声が響いた。


 何か言いかけて、頭の痛みに手を当てる。冷たい、水? 手に、水が付いている?


「その慌てよう、教会での復活は初めてでしょうね」




 教会じゃなくて、協会なら。




「はて、馬も魔術師の契約も取れなかったという事ですかな?」


 つまり、救急車で出来るだけ家の近くの病院に、輸送してもらう裏ワザ。


 あながち、間違いじゃないけれど。


「いえ、僕は【王都】の真ん前まで自力で来たはずです」


「自力で……。そんな事が出来るのを私は一人しか知りません。それはそれは、お強いんですね」




 あははは。


 カイトのメニューは見ないでくださいね。スライムで一度死んだだなんて、とても。




「じゃあ、何かあって一度亡くなったと?」


 教会、僕は死んだはずだ。


 水の溜まった石の浴槽。浅い水の中ら、僕はゆっくりと立ち上がる。不思議と、濡れていない。


「水……、復活のために?」


「水は、生命の源ですから」


 教会に入ったことは無い。あっと、前の世界で。


 けれど世界遺産として見た大聖堂に近いんじゃないか。アーチ状の屋根に、所々に見える彫刻群。違いは向こうに無い蒼い鉱石に囲まれて、水の中にいるような空間。


「まだ、頭が痛いです」


何かが、出そうで出ない。


「衝動でしょうね、すぐに思い出します」




「キュッキュキュ、っぎゅ!!」


 スライムの……、声?




「いや、思い出しましたよ」


 空間を支配する蒼が、僕の頭を冴えさせる。






 +話は山を下り、【王都】に向けて草原を歩いていた時まで遡る。+






「ゆーうしゃさんっ、どうして貴方は勇者なのー?」


「それはねー、僕にもよく分かってないんだよー」


「あー、そーだったかー」


 ひひひひ。えへへへへ。




 2人の歪な会話を、緑に茂る草原は和ませてくれる。




「ねー、テレンダさん」


「なーにー、勇者さまー?」


「その、勇者様って呼び方、僕もあんまり何だよねー。やめてくれるかな」


「えー、分かったよ、勇者様」




 って、おい。


「テレンダさん? 聞いていましたよね、分かったんですよね?」


 背後から、殺気に限りなく近い人の気配を感じる。一定の距離を取りながら、今に僕を暗殺しそうなそれが、あの山賊の娘テレンダに違いなかった。


 まあ、【暗殺者アサシン】が基本職ジョブだから、わざとだろうね。


「だったらさあ、そのさん付けも止めて。調子狂う」




 ああ。テレンダだ。




「でも僕ら、会って1日経ったかどうかだよ!? 気を遣うでしょうよ」


「フツー、気を遣ってる相手に、気を遣うから何て言わないわよ」


 ド正論。


「じゃあ、何だったら良いのさ」


「テレンダ様」


 即答だった。


「じゃあ、テレンダ様……、王都に着いたらどうなされますか?」


 少しの間があったと思う。そして、彼女はキレた。


「冗談が分からないのっ?」


 堪忍袋の緒が切れた、という風だった。


 背後からドタドタと足音が近くなり、気付けば向かい合っている。肩をガッチリと掴まれ身長的に下からギロリと睨まれる。




 蛇に睨まれた蛙、どこか懐かしい言い回しだ。




「貴方が私を連れてきたのよ? どう繕っても、貴方が私利私欲のために私を生かしたのよ」


 どうやっても、いつかは行き当たる軋轢を。今僕らは、その不安故に隠すことも出来ずにいる。


 女子との話し方さえ、忘れてしまった僕に。




 それは、少し重すぎだ。




「彼女を生かすか、殺すか。勇者様が決めてくださる?」


「え? 姫様、何を言って」


「助かったのは、貴方の所為です。今はどんなに非力でも、将来勇者になられるお方、仲間を見定めるのも貴方。どうなんですか?」


 エグくて、とても凄く、気持ち悪い。


 生殺与奪と仲間に成るということ、それが間違って交差してしまっている。本当は、仲間ってこう作るものじゃない気がする。






「彼らと一緒に、行きたかったの?」


「それも、ある。そう言うべきなんでしょうけど」


 テレンダの手から、一気に力が抜ける。


 その眼は、どこか遠いところを見つめている様だった。


「本当は、あの力をこの身に浴びたかった。可笑しいでしょう、笑っても良いわ」


「笑いはしないよ」


「多分、私にしか分からない。あの神々しい光に灼かれたい、希死念慮とは違うの。あの、世界と向かい合っているような、圧倒的な力を受けてみたい……。もう私には、何にも残ってないしね」


「そんな……、今から作っていけばいいだろ?」




 フフフ。そう、彼女はどっちつかずの笑みを浮かべる。




「ねえ、カイト?」


 ああ、僕の名前。


 カイト・イム・カリダットだったか。


「貴方はどうして、私を生かしたの?」


「可愛い」


 即答する。


「え?」


 男勝りで、女子にも憧れるカッコいい女性。で、優しいんだろう。この人となら、多少ぶつかりながらも、切磋琢磨してやっていける気がしたから。


 総称して、


「可愛いから、じゃ駄目かな?」




 少し足りない。でもそれはまた、いつか聞けばいいのかもしれない。




「まあ、アンタじゃ。そんなところか」


「何だよ、そんなところって?」


 あれ、テレンダさんの顔が赤くなってないか。いや、なっている。(反語)


「何よ。顔に何か付いてる?」


「テレンダも、照れんだね」


 ああん?




 あっ。


 カチッと、押してはいけないスイッチを押してしまったのではないか。いや、押した。(反語)




「ゆーしゃー様、どーしてスライムも殺れないの?」


「テレンダ様、どういう事でしょうか。わたくしめ程度では、到底理解に及びませんが」


「よく見てよ、この草原。スライムだらけだよ!?」


 【王都】目前の草原の中で、攻防が始まった。


 緑の至る所に、青や赤や黄の遺物が目立つのは、しかも動いているのはそういう事だ。触れずにスルーしようとしていた、出来たはずだった。


 あの一言さえなければ。




「でさあ、今私、罠かけたんだよね」


 いつの、まに。


「えっと……、足がついてるか確認したいんですけれど」


 頭が、空を向いたまま動かせない。序でに云うなら、全身が固められている。


 羽交い絞め、外してくれない!?


「痛い痛い痛いですって!」


「こんな、一回身体強化かけただけのか弱い女の子に、痛いですってハハッ」


 笑止!!


「か弱い? 女の子? 何かのまちがッツタイ痛いですって」


「今ちょうど、上質なスライムがかかったのよぉ」


 上質なスライム、初めて聞きました。


「戦いなさい、早く!」




「キュッキュキュ、っぎゅ!!」


〔死因:スライムの体当たりによる、謎のクリティカルダメージ〕




 一生消えない、癒えない心の傷……。


「嫌です、いやだいやだッテ痛い痛いッツ」


 無力のままに引き摺られていく。足が浮いて、草の頭を凪いでいく。


 ことごとく僕は、非力だ。


「キュキュッキュ」


 嗚呼、ヤツ等の声。悪魔の声。


「さあ、戦いなさいよ」


 目の前に、彼女のスキルで造られた罠と噛み突かれた一匹がいる。青い、まるであの時と同じ。違うのは戦いを強要されているという点ぐらいだった。




「さあっ!」


 前と同じように、小ナイフを構えて睨みあう。目があるのか特別な機関があるのかは知らないが、奴も僕を敵と認識したに違いない。プルンッ、そう揺れた。


「前はよくもやってくれたなぁ!」


 コイツ、多分違う個体だけど。


「キュキュッキュ」


 タイミングが良いだけで、言葉が届いたわけじゃない。


 ナイフを握る手に今一度力を入れて、思い切り振りかぶって……、ざぶりと。




 土が、下手糞なゴルフのドライバーみたいに削られた。




「どうして? 罠まであって、それでも駄目なの?」


「そう言う問題じゃないんだ。余計に、やり辛いし。心のトラウマを、この半透明なゼラチン質に投影してしまうんだ、スライム故なのかもしれない」


「ああっ、もういいわ。私がやる!」




【山賊の七つ道具:ガラ・デ・オソ




「キュキュッキュ、っぎゅ!!」


ガラスとガラスを無理やりすり合わせたような、いやな音がした。


「ごめんカイト、罠。溶けちゃった」


「ですよねぇ、こうなりますよね」




ガツンッ!!




 途轍もない衝撃に、最早、痛みさえも覚えずに。僕は、数えきれない死を増やした。




〔死因:スライムの体当たりによる、謎のクリティカルダメージ〕




********






「はっ、ハアはあはあ」


「大丈夫ですか? 魔物との戦いはトラウマになりますからね、幾らも天才と呼ばれる方も1つや2つは持っていると聞きますし。良かったら、うちのシスターがお話を聞きますが」


 塩を塗り込むだけですよ!?


「チームキルでした」


「?」


「仲間殺し、です」


「それは、それは……。それは」


 徳の高いであろう教父様でさえ、苦笑い。




 その沈黙を、蒼が満たす。




「【渓谷ノーコンパーラ】はご存知でしょう。冒険者の方たちなら、まして貴方なら。では、その異名は知っておられますかな。いや、幾つかの方が良いですかな」


「{出逢いと別れ}{喜びと悲しみ}{始まりと終わり}、ですかね?」


「ええ、そう呼ばれる一つの所以ゆえんは、教会の干渉外であること。これが大きい。勿論、もっと深い意味を持っているでしょうが。つまり渓谷の向こう側での死、これは冒険者でも、復活不可」


「本当の、死ですか」


「本当は、毎回が本当ですけれど、ね」


 そう言って、教父は壁面に振れる。彼の触れた光が、歪曲し、空間に歪が生まれ出るようなイメージが見えた。そうして振り向いて、


「貴方を気に入りました。だから、勝手ながら忠告させていただきます」


そう言って、羊皮紙のような紙に名を記す。


「まだ、役に立つ。価値の無くなる前に」




ムエテ・ポル・クリンシア。




「この王都から早く出立してください。此処はもうすぐ、陥落する」


「はい?」


「そういう、匂いがするんです」


 そう悲し気に、教父は言った。僕はそれを冗談と聞き流すわけにもいかずにただ、


「嫌です」


 子どもみたいに、茫然とそう言った。


 言うしか、なかった。


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