【隠者】のニート勇者と、【世界】の最強姫君 ~無職でも魔王討伐は出来ますか!?~

庭花爾 華々

王都招集編

第1話:5年来の外出は、異世界転移と胸を張ろう!!

 天使たちが舞い降りる姿を描いたステンドガラス。


 着色された柔和な光が差し込んで、ひたすらに静謐な空間が広がっている。そこに僕は一人立って、嗚呼……。


「また独りに戻ってるじゃねえか」


 一人ごちる所に、


「私がいるじゃないか。ふふふ」


 荘厳な声が響いた。


 僕はその可笑しさにクスっと笑ってしまって、失敬。その声が広間を響いていく。残響。


「ついに、偽物が此処まで辿り着いたか。それこそ本物の届かなかった場所までよく来たものだ」


 よく喋るなあ。魔王というからには、もう少し雰囲気を醸し出そうとしてくるのかと思っていた。いや、


「堅苦しいのは良くないな」


「では、早速始めようか」


 二人が向かい合う、代表と代表が見つめ合う。


疑似聖剣セウド・エスパーダ・サグラダ……」


 右掌が熱くなる。これだ、いつもの感覚だ。


「それじゃあ私は切れないよ?」


 魔王は微笑む。玉座から身を起こし、傍らの剣を手に取った。差し違えるつもりらしい。


「行くぞ!」


 その一声で、二人は走り出す。そして、黒白の閃光が……。




「待て!!」


「は?」


 魔王は明らかに恐れていた。その唇が重々しく開かれ、僕の今の今に通った入り口の門を見つめている。っくっく、る。はい?


「何かが、巨大な何かが迫ってくる! いけない、これは良くない。絶対に勝てない、嗚呼。どうして、どうして貴方様がこちらに、契約の方は? え、ガチふぇ?」


 魔王の動揺が半端ない。


 というか、僕もそれかそれ以上に動揺していた。


「来る!!」


 魔王は走り出した。玉座の向こうに、秘密の通路でもあるんだろう。僕はと言えば、固まっていた。入り口を凝視するも、目で捉えられるかどうか。


「あの人だ」


 最強の姫君、それは世界の称号の所持者。破壊と創成を司りし、神に最も近しい存在。


 扉が一瞬光った、気がする。次の瞬間、


「やあ、勇者君。おっさきーー」


 陽気な声と、花の香りが通り過ぎていた。姫様だ、魔王が……。殺される!


「姫様ダメ! それ勇者の役割だから、ダメですってっ!」


 魔王の断末魔が、事の終わりを告げていた。


「あらまーー」


どうして僕は、勇者になったんだ?




_っは。


「はあ、夢か」


 何ちゅう夢を見るんだ。もうそろそろ、部屋を出たほうがいいかもしれない……。




_前夜談(終わり)



              *     *     *



 【魔王の間(Entre el diablo)】、


 それは魔王城の中で、最も辿り着くことが難しい空間である。




 「当たり前だな、魔王(diablo)は魔物たちの王だから。ラスボスって事よ」


 「無駄口はいいから。早く説明してくれ」


 「はいはい」




 尤も、魔王城に入るという事は、魔物の巣窟である、魔界アンティクポルを縦断する。


 その手前、人間界インター・フィレンツから、中央平原メディオまで平穏無事に到達することが最低条件となるわけだし。そもそも。




 ≪勇者に成れなかった人間に、中央平原は渡り切れない≫




それが知る人ぞ知る、この世界の絶対的ルールの一つである。


まあ正しくは、中央平原の中央、正確にそれは平原を分断していると言われている存在。物体?




{出逢いと別れ} {喜びと悲しみ} {初まりと終わり}




 幾つもの呼び方がある、【渓谷ノーコンパーラ】が通さない、という伝承によるものである。


 その名は幾らでもあって、さして意味は無いんだけれど。 




「だって……、いや」


 つまり、何が言いたいんだって問われると。




≪魔王討伐とは人類の宿願で在り、つまり誰も達成できた試しが無い≫




「ほう? 面白そうじゃないか」


「で。解ったろう、つまりなッ」




 祖父に当たる爺は、かわいい孫に対して鬼の形相になった。


 さっきまで、あんな得意げに喋っていたのに、人の豹変ぶりとは恐ろしいものの一つである。




 ……、嗚呼、人ってホント怖い。




「この5年間、一度も日を浴びずに部屋に籠っていたお前じゃあ、絶対に無理だって話じゃよ!!」




 その勢いと言えば、入れ歯が向こうの壁までめり込むんじゃないかってぐらいだった。と言っても、爺は一本も歯を失っていない。おそろしい、村長の貫禄……。


 その前に、蛇に睨まれた蛙であった僕だった。




「い、いま。爺、お前いいきったな? 無理だって、言い切っただろ!」


「ああ、言い切ったさ」


「かわいい孫に対して。まして、哀れな哀れな爺ちゃんっこに向かって、アンタ無理だと言い切れるのかっ!! 婆ちゃんなら、ばあちゃんならこんな時」




 あっ。爺の顔のしわがみるみる増えていく。アニメの盛り上がりで巨大化する敵キャラみたいに、目の前で怒りに打ち震えている。ヤバイ、死んだかもしれない。




「その婆ちゃんは、もう死んだ」


 しぼんだ声だった。


 そうだ、婆ちゃんは一週間前に死んでいる。それは5年の間に感情の擦り切れた僕でも、心の堪えるものがあった。爺なんて、僕の何倍の時を彼女と過ごしてきたはずなんだ、想像し難い。




「安らかだったよ、本当に」


 そうか、安らかだったか。


 僕はそれを自室に籠って祈ることしか出来なかったから。。本当に僕は、外に出ることが怖くなっていた、別の生き物になってしまったみたいだと、思っていた。




「だから」


もうカレーを作って運んできてくれる優しいケイちゃん、はいない。




「ワシは決めた、お前をどんな手を使ってでも引っ張り出すと。アンがいる間は、そのままにしておいても良いと思っていた。でも、駄目だ。お前は、自分で決断できない人間だ。いや、そうなってしまったと言うべきなのかもしれない。少なくとも、このままじゃ駄目なんだ」




 ああ、人って怖い。外が嫌だ。

「それだって、アンタの自己満足だろう」そう、誰かが囁いた。

 けれど、さあ。


 今回はもう。




「爺ちゃん、何歳だっけ」


「もう、60歳だなあ」


 そうか。人生100年時代とは云われるようになったけれど、60になってたか。早いな。で、本当に60歳の体つきじゃねえなあ。


 タンクトップが筋肉の形に盛り上がり、別の理由で全身の血管が浮き出ている。


「そうか、バリバリ村長やってるもんな。婆ちゃんもいないし、甘える先もねえもんな」


じゃあ。


「外で働こう、かな」


「本当か!?」


「うん」




 僕の観念した、という形になった。


 つい顔を綻ばせた爺を見て思う、ホント60歳の体つきじゃねえなあ。ていうか、形も変わってね? 僕の知ってる爺ちゃん、こんな髪なかったし。めっちゃ爺の髪黒くて生き生きしてるし。


「これでアンも喜ぶ、墓にお前の良い報告が出来るぞ」


「で、さあ。そのことなんだけれど」


 アン、先程からの呼称。先ず、婆ちゃんはあり得ない、恵ちゃん。恵子さんだったから。


「婆ちゃんのフルネームって、何だっけ? ごめん、5年間も籠ってたから」


「本当に恩知らずだな、まあ機嫌も良いからいいだろう。アンのフルネームは」


うん、だから誰だよ?




「アンナ・**・*****」




 OH……。聞き間違いかな? 


「お爺ちゃんの方は?」




「カリム・イム・カリダッド」




 おっふ。


 さっきほどからの違和感、恐怖と戦っていた異世界の説明。余りにも突拍子の無い話を、さも自分の冒険談の様に話す、カリム。


「どうしたカイト? 顔色が悪いぞ、まるで知らない名前だったって風じゃないか。まあ、取り敢えず、これを渡しておかんとな」


 ばさりっ、紙のすれる大きな音がした。




≪スライムでも理解できる!?  超初級冒険者入門!!≫




 絶句した。僕の部屋の床に落ちたのは、黄色いタウンワークじゃない。まして今の時代だ、インターネットのプリントアウトというのも有り得る話だけれど。




『初めに。


 この本をお読みの読者様は、きっと今までの自分を変えたい!! このままじゃいけない!! などと意気込んでおられることでしょう。素晴らしい!! その調子です、最初も最後もあるのは貴方の意志、その高い志なのでゴザイマス!! この本をお読みになれば、そんな貴方を勇者様に昇華させてくれること間違いなし!!!! まずは、ページをお捲りになって!




 ……、どうか、噛ませ犬にはならないで』




「爺、いやカリム! さっきまで散々無理って言ってたじゃないか、まして勇者何てって。」


「冒険者になることは誰にだって出来るZO!!」


「ZOじゃねえ、おい! 仕事見つけるって言ったじゃないか、働くって」


「おう、ソルジャーなりハンターなり。今は、王立勅撰騎士団何て選択肢もあるぞ!」


「あんなに死ぬぞ死ぬぞって」


「冒険者には【教会】があるから、死んでも大丈夫。それともアンナの横に墓を作ってやろうか」


「嘘だろ……」




 やはり爺は爺じゃない。こんな男気溢れる野郎じゃなかった。まして、かわいい孫を死に急がせるような人間じゃあなかったぞ。


 何だよ、【教会】って。【魔王の間】・【魔界】・【人間界】・【中央平原】・【渓谷】・【勇者】ってまるで、情報を詰め込み過ぎた異世界転生物じゃねえか。




「まあ、取り敢えず村をでろ!」


半ば蹴りだす形で、村長カリムは僕を追い出した。その景色も全く知らず存ぜぬだったから、籠る部屋は既に失っていたことになる。


 厄介払いをする様に、カリムは荷物を持たせて行ってしまった。少しその頑強な背が曲がったことを、僕はこれから故郷の思い出にしようと思った。




 こうして、知らない世界に僕一人。


 部屋に籠っている間に、世界は変わってしまったという事らしい。暴力的なまでに、根底から異世界になっていたらしい。果たして、僕が転生したのか。


 それとも、世界が転生してしまったのか。




「兎に角、こいつに頼る他なさそうだな」


 と、押し付けられた異世界版タウンワークをぼうっと見る。


 さらば、安寧。そしてこんにちは、新しい世界。


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