第2話:救急車は無暗に呼んではいけません!!

 「思い返してみれば……」


 カイトは蔑視に近い、村人たちの視線を思い出していた。


 まるで、卑怯者を見るような。または前科者か受刑者を見るような、恐れと蔑みが交じり合った目。




 嗚呼、人って本当に怖い。




「お前が部屋に籠っている間に……」


 爺はそう話し出した。


 彼が僕を隠すように、村人たちにいつも通り接して歩いたことが、僕を何事もなく村から出せたとも思われた。


「勅令があった、冒険者を村から出せと」


 勅令、それは【人間王エンディミオン】直々に、冒険者を招集するお触れ。聞こえはいいが、戦時下の赤紙の様なものだろう、厭々村を出た男も多い。特に、所帯持ち。


「王都はやっきになっている。よっぽど魔王を危険視しているのか。何にせよ、近年の勅令は何かおかしい」


 悔しそうに、爺は言った。その結果が、僕の引きこもっていた5年の間に、村からほぼ全員の男を奪っていったという事らしい。


 残ったのは、爺を含む老人と病人。特に爺は外に出られなかった。


「最後の若い男が、お前だ」


 どの道、僕に時間は残されていなかったと知った。


「パン屋のバーバラ、俗にいう恐妻バーバラも行ったさ」


「え? あのバーバラさんが」


 うん、誰だろう。


「帰って、来なかった」


 その力は男譲り、っていうか村最強の女。前世はミノタウロス、来世はバーバリアンだと噂されていた、らしい。


 強そう。


「オットーが病気で、代わりに勇んでいった。今年中に勇者になって、魔王の野郎を刈り取ってやるってね」


「それから何年?」


「2年、音信不通だよ」


 ん? 村最強の女が帰ってこなかったって、僕なんかの話じゃないだろ。やっぱり数合わせにしたって、僕なんかじゃ……。




 と、気が重くなる午後だった。


 平原が見渡す限り続いている、黄金の地平線。その間に全く障害物が見えないことが、一層僕を憂鬱にさせてくれる。


「どうすれば、良いんだろう」


 今の気持ちを表現するなら、寝落ちして知らない無人駅で降ろされた感じだろうか。見渡す限りの田園風景、的な。


 まして、此処は日本でも今まで生きていた世界でもないんだ。


「取り敢えず、使えそうなもの……」




【冒険者入門書】、スライムでも分かるの文字が引っかかるけれど。


【小ナイフ】・【金貨】が数枚・【食料:2~3日分】・【水の入った小瓶】




「わぉ、何もないな」


 懸念すべきは食料と水。食料は最悪、2~3週間は無くても生きていける。が、水は3~4日で死んでしまうという(ネット調べ)。




 早速、ネット民の知識が生きただろうか?




「つまり、それが取れる場所、あとは睡眠もないと」


 日は傾いていない。ただ、もう午後に入って少ししているから、猶予があるとも言えない状況と思われた。第一、王都の位置というのが分からない。


「日本で言う、東京だろ」


 上京、何て言葉があるくらいだ、恐らく同じ感覚だろう。


 しかし、この世界に上り下り、という概念があるだろうか。そもそも中世ヨーロッパみたいな村の外観だ、文化レベルが高いとは思えない。せいぜい、馬? では、目印もないぞ。


 ばさりっ、手から何かが落ちた。異世界版のタウンワーク。


「そうか、その為の入門書じゃないか」






『冒険者入門;第一部「まずは王都を目指しなさい」




 はい皆様、お元気でしょうか! その高い志、片時も離しちゃなりませんよ!!


 恐らく皆さまは、旅の準備を済ませ、早い方は村や町を飛び出したところか。それとも、その前夜と言ったところでしょうか。


 まず目指すべきは、王都の一択です。


 これは武器の調達と、仲間集めが捗るから。人によっては、そこで冒険者について講義を受けたりすることもあるそうです。何にせよ、あらゆるサポートが揃っているのが、王都なのです。


 そして最も重要なのが、


 ≪王による洗礼の儀式リエロ・ディ・メンティラス≫、で御座います。


 はい、皆さま初耳だと思われます。


 これを受けて初めて、貴方は正式な冒険者になれる訳なのです。この際に受け取る冒険者証、ペンダントがあれば、通れないところを通れたり、装備を安く仕入れることも可能になりますしね。』




「洗礼の儀式、初耳だなあ」


 所謂、新入社員研修会みたいなものだろう。正直、魅力は感じないが、装備を安く済ませられるところなんかは得も多い。




 ……、で?




「大事なのはどうやって行くか何ですけど!?」


 つかなけりゃ意味ねえよ。


 武器調達、仲間集め。王だあ、洗礼だあ。チゲえ、そりゃあ王都がどんなに大切かは分かるよ。大事なのはどう上れば良いの? どこに王都はあるのってことでしょうがっ。




 黄金の平原に、一人の唸りがひたすらに響いて消えていった。


「え? 本当に何にもないの?」


 ページを捲っても捲っても、王都への行き方に限って載っていない。




≪経験値を積んで、能力を向上させるためにおススメモンスターとは!?≫


「何だよ、経験値って」ゲームかよ。異世界転生と転移、それをゲーム世界と関連付けるにしては、まだ安直すぎるだろ。




≪魔王の討伐は、勇者じゃないと出来ない……。何故?≫


「これは行き過ぎ!」




≪【渓谷】の攻略と、勇者になるための資質とメリット≫


「これも早いなあ。っていうか、渓谷って何だよ」


爺の曖昧な説明を思い出した。そして勇者の資質……。まあ、此処までも至難の業らしいから、杞憂なのだろうけれど。




「え? 本当の、本当に……。何もないのか」


 暗黙の了解。電車何て小学生でも乗れるのに……、本当に乗れないの? 駄目ねぇ。




『*一応、万が一のために載せておきますが。




 この世界の王都とは、人間界及びこちら側の中央平原の、果てにあります。と言っても、広さもそれなりなので、端っこというニュアンスでもないですが。


 聞かされたことがるでしょう、王都に歩いて行こうなんて不可能に近いことです。冒険者志望の皆様は、必ず馬車か転移魔法を用いて下さい。


 馬車なら、中規模な街に。


 転移魔法は覚えようとは思わず、高尚な魔術師に交渉を持ち込むことです。


 ただ、どんなに手持無沙汰であっても、命や知。魂。あとはツケにする、とは言ってはなりませんよ』




 中規模の街なら、馬車。


 転移魔法は、高尚な魔法使いに頼め。覚えようとは思うな。ただ、契約の際には気を付けよ、か。




「で!?」


 その声も、黄金の平原は吸い込んでいってしまう。日が傾き出していた。


「街も無い、まして人影一つない」


 退路は断たれた、進路も今、見失ってしまった。




 絶望だ、これこそ終わりだ。部屋に居れば味わうことなかった、懐かしい味だ。




 キュキュッキュ。


 頭に嫌にガンガン響く音だった。ガラスとガラスを擦り合わせた様な、高音が近くで聞こえた。


「キュッキュキュ。キュ」


 今度は更に近くから。


 茂みが、揺れる。


 中から、どろりとした液体状のものが、こちらに向けて流れてくるのだった。


 高さは膝くらい、その大きさはクッションを思い出される。半透明な青が、倒された穂を映している。僕はこういう生き物? を、見たことがある。実物じゃない、ファンタジーだ。


「スライム、なのか……」


「キュキュッキュ」


 タイミングが良かっただけで、多分こちらが認識できているわけじゃない。


「こうやって生で見てみると、キモイな」


 あくまで個人の感想です……。


 モンスター、魔物。そう呼ばれるからには、人の敵であるわけだ。実際、僕も籠っていた時、仮まくってレベル上げをした覚えがある。


「レベル上げという概念があるかは、分からんが」


 ストレス解消ぐらいには、なるだろう。そう言って、小ナイフを手に取る。


 こう向き合ってみても、大して怖くない。さすがスライムと言うべきだろう。


「ごめんな」


 そう言って、思い切り小ナイフを振りかざす。体重はあるから、小ナイフは勢いをつけてスライムにブッササリ……、そうに。


「キュッキュキュ」


 ああ。


 別に、可愛いって思ったんじゃない、今もキモいだけだけれど。


「お前、何にもしてないもんな」


 僕は傷つきやすかった。本当に脆い脆い奴だった。まるで、最弱のスライムみたいに、一方的に傷ついてきた、だから引き籠った。痛みは、分かるよ。


 虫には痛覚が無い、そうじゃない。


「皆が皆、生きているじゃないか」


 ナイフの切っ先が、スライムの表面に当たったが。表面張力みたいに、少し凹んだだけだった。


 が。


「キュッキュキュ、っぎゅ!!」


 ガラスとガラスが、互いを傷つけあった様な。濁った高音が耳に届いたかと思えば、


 ガツンッ!!


 途轍もない衝撃に、最早、痛みさえも覚えずに。僕は、初めて死んだ。




〔死因:スライムの体当たりによる、謎のクリティカルダメージ〕




 渓流を下る様な感覚だった。


 それは川に揉まれて死にかけた、幼少期の記憶を呼び起こさせた。ただ、不思議と気持ちが良い。心地よい流れに、身を任せていく感覚。


「あちゃー、死んじゃったか」


不意に、横を陽気な声と花の香りが通り過ぎた。様な気がした。


今の僕はただ、流れに身を任せていた。生命のエネルギーの、中にいた。




「おい!! またかかったぜ、お客さんだ!!」


 お客さん。かかったぜ、の言葉。


 明らかにマッチしない羅列に、こんがらがる。逆に考えれば、それくらい意識が戻ったってことじゃないか、と思った。


「あれ、僕死んだっけ」


 ゲラゲラゲラ。豪快な笑い声がすぐ近くで起こった。


「おいおい、タフ過ぎだろ。兄ちゃん、アンタ死んだの初めてだろう。一度目や二度目だったら常人、もうちょいテンパルもんなんだせ」


 そう言って、おっさんは体を横に振って見せた。多分、テンパルってことなんだろう。


 奥で、別のおっさん。


「ああ、テンパルもんだ」


 そう言って、自分の首を絞めるジェスチャーを始めた。とんだ、ブラックジョークだ。


「ああなったら、俺たちは必死になって止めるんだ。大事なお客様が、正規の【教会】で復活してしまう事を防ぐためにな、当たり前だろ。稼ぎ時だからなあ」


 ん? 正規の【教会】……。


「じゃあ、此処は正規の【教会】じゃないんですか」


「ああ、勿論」


 二人は息を揃えてそう言った。


「兄ちゃん、それは多分漢字違いだな。【教会】じゃくて、【協会】」


 三人目が、石壁に字を書いて教えてくれた。


「ああ! そっちのキョウカイですか!」


 よく、変換ミスしちゃう奴ね。


 ああ、道理で雰囲気が陰湿で、地下室っぽい湿った空気してたんだ。あと、おっちゃんたち皆、見た目がドワーフだったんだね。


 よし、首絞めよう。


 両の手で思い切り、自分の首を掴む、、が。どうにも力が入らない、確かに他殺じゃないと難しいか。刑事ドラマで、あと見たことがあるのは……。下を噛みきる。痛そう。


 咄嗟に、バックから小ナイフを手に取った。


「おい、兄ちゃん正気か!」


 本当に動揺している3人を横目に、僕は首の静脈を目掛けて……。




「兄ちゃん、気が付いたかい」


 ああ、教父様か。こげ茶というより緑っぽい肌に、屈強な体。まず、僕の半分くらいしかない小さな背。


「本当にやるとはなあ」


「見直したぜ、だけれどな」


 後ろから、2人の声も聞こえてくる。失敗を悟った。


「さっきの会話の間に、アンタの復活ポイントを此処に設定しちまったんだ。簡単な、ドワーフの知恵ってやつだな。なあ、自分は大切にしろってことだよ」


 地下室だった、石壁にランタンが暖かい陽を落としている。


「此処は、協会。偶にいるんだ、馬も魔術師の契約にも失敗した野郎が。決死の覚悟で、わざとモンスターに突っ込んでいくんだな。確率は低いが、ごくまれに王都の教会で復活できるってわけだ」


 つまり……。


 協会は、そういう輩を無理やりにこちらに復活させ、金を分捕る。教会だってタダじゃないが、協会はもっと高い金を請求するってことなんだろう。




 聞いたことがあった、『偽救急車』。


 日本では知らないが、海外の国には偽救急車なるものがあるらしい。つまり、本物の救急車が来る前に患者を横取りし、正規の値段より高い請求をするという。治療もぞんざいで、恐いと感じたのを思い出した。




 覚えが早いのは、そう言う事だ。




「だが兄ちゃん、喜べ!」


 何が喜ばしいのか、逆に愉快になってくる。


「この協会は中でも一番、王都に近い」


「つまり、あながちハズレじゃないってことだ」


 そんなことを言ったって、世界は広い。その果てに当たる王都なんて、近いと言っても高が知れて……。


「地上に出て、正面の山を越えた先だ」


「え?」


 さっきまで、黄金の地平線の前に嘆息していたのに。次の瞬間、王都の前にいるのか、自分は?


「そんな、ご都合主義みたいな素晴らしいことがっ」


「まあ、それが大変なんだけれどな」


 3番目のドワーフが言った。


 にしたって、素晴らしいことだ。あのスライムに感謝してもしきれない。


「にしたって、スライムに死んだなんてな!」


 3人は同時にゲラゲラと笑った。


「うるせえ! ってか、何でそのことを……」


 メニュー? ≪カイトの情報≫そんな文字が、宙に浮いていた。




〔死因:スライムの体当たりによる、謎のクリティカルダメージ〕


 あらまあ。もしかして、残っちゃうの、これ?


「あああああああああああ」


 絶叫した。


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