第3話:山賊焼の山賊は、『取り上げる』と『鶏揚げる』の語呂らしい。
「銀貨1500枚で良いよ」
それが高いのか、低いのか分からない。
「一回目は、初回サービス価格で半額にしといたんだよ」
へっへっへ、2番目のおっさんが言った。
復活に、価格サービス何てあるのか。そもそも、値段を付けるというのも、どうも。
「あんたが自分で死んだんだろ?」
顔に出てしまっていたらしい。
今思い返せば、何の躊躇もなく自分の首を掻っ切っていたわけだ、そりゃあ戦々恐々とする。僕は訓練された敵国のスパイか何かかな? それとも、5年にわたる修行の成果か。
自分が少し、恐くなった。
バックから硬貨の入った袋を取り出してみる。が、丁度いい額が無く、金貨を一枚ぽいと投げる。
「お客さん、持ってるね」
3人の声がぴったり揃った。商人の目であった。
よく考えてみれば、僕は金銭システムが分かっていない。これは致命的なことだ。
例えば、この金貨一枚で何ができるのだろうか。
冒険者として、装備の購入や雇うという行為は必須になるだろう。他に、洗礼にもお金を要求するかもしれないし、まして王都に関所がある可能性だってある。
「はいよ」
ドスンッ、壺でも売りつけられるのかと思った。
目の前に、膨れた革袋が2つ並んでいる。ちらと見える中身は、銀貨……?
「数えてみてくれ。ざっと6000枚はあるよ」
嫌だよ、嫌がらせかよ。
「次の復活は、銀貨1000枚で良いんですね?」
するとざっと、27回ほど復活できる。
マリオで考えれば造作もないが、そもそも死とは一回限りのはずなのだ。十分におかしい。
3人の口が、同時に開いた。
「いいや、金貨一枚だ」
「値上げだとっ?」
安直だった。そりゃあ一万円札をちらつかせる様なことをしたんだ、食いつくに決まっている。認識を改める必要があった。
コイツらは、商売相手である。
前の金銭システムを持ち込んではいけない。まだ株価の様に動いている可能性もあるんだ。
「よし、それでだ。今日中に【王都】に行きたんですが」
山を一つ越えた先だって!?
そんな絶好のチャンス、今すぐにでも手に入れるべきである。
「今日はやめときな。時間が遅い」
ああ、村を出たのが午後。スライムで死ん……、が夕刻だった。
「けど、明かりがあれば……」
「いや」
3人が困った顔つきになる。
3人目がやっと口を開いた。
どこか苦しげだった。
「俺たちがやっていることは、商売だ。だから誰に何を言われようが、喩えあんたに嫌味謂われようがやるさ。切り掛かられたら、多少は魔法も心得ているしな」
「だから、アイツらがやっていることも咎めはしない。」
2人目も続ける。
「山には山賊がいるんだ」
1人目は直接言った。
一つの、生き方。
驚きはしない、日本にだって昔は普通にいたという。山賊も、海賊も。
「避けては通れませんか?」
「無理だな」
即答だった。
「奴らにとって、山は体の一部なんだ。たとえ相手が冒険者であっても、多少の不利なら地の利でなんとかしちまう」
そうでなきゃ、とっくに淘汰されている。強敵、それだけが情報だった。
「それに」
2番目が言う。
「奴らの頭は、元冒険者。王立勅撰騎士団にも選ばれていた、相当の手練れなんだ」
生きる為だけじゃない。
彼らに、いや彼にとって、山賊とは憎しみのやり場でもあったのだ。
「そんな事、言われてもなあ」
僕には、知らぬ存ぜぬなのであった。
そもそも、爺の話にもあった【
僕でも入れるだろうか。
【王都】には、無限の可能性があるように思えた。失敗の匂いだった。
「キュッキュキュ、っぎゅ!!」
うるさい、うるさいうるさい。
ガツンッツ! ……、カイトはスライムの頭突きで死亡した!
っは、はあ。
土の匂いに少し咽る。
相変わらずの湿気た空気に、ランタンの火が影を落とす。石壁に、太い木の根が見え隠れしていて、お洒落だなあと思う。気持ちが、落ち着いた。
「大丈夫ですかい?」
多分、2番目のおっさんだった。
緑色の木のドア、向こうから声だけが聞こえる。
「魘されていましたぜ、向こうまで声が聞こえてきやした」
「起こしてしまったなら、申し訳ない」
「いや」
ドアの向こうで、軽い嘆息があった。
「だんだんと死んでいくんです」
穏やかで、もの悲しい口調だった。
「いや、確かに死んでいる。そして、復活するわけだ。皆、最初はその一回一回に感情があって、例えば悔しいとか悲しいとか。時には嬉々としている。ただ、だんだんと死んでいくんです」
人間の死には、3種あるという。
一つは、肉体的な死。
二つは、精神的な死。
三つは、誰からも忘れ去られるという、存在の死。
これは、二つ目の死の話なのだ。
「ある者は、故郷に帰っていく。ある者は、何も言わずにどこかへ行ってしまう。【王都】に辿り着けるのは、僅かな人間なんですよ。此処に限らず、ね」
僕は考えなかった。
「それでも、僕は行くよ」
「そうでなくては、いけませんね」
木のベッドなのが、気が利いていない。受刑者みたいで、落ち着かない。そんな夜に、僕はどうして眠りたかった。
夢を見た。
気持ちの良い、渓流を滑っている。
それは何時にか感じた、不思議と心地よい感覚。その中で、その流れに身を任せている。そしてその流れに、終わりを感じたその刹那。
ざぶんっ、僕は着水していた。
「よくぞ、此処まで来てくれました」
聞き覚えのある、温かい声だった。
「決断してくれたこと、嬉しく思います。此処に来たことで、貴方は何も失わなうことはありません。だからどうか、恐れないで」
貴方は誰? どうして、僕なの?
そう聞くことに、僅かながらの躊躇をして、僕は気付いてしまう。
そこは湖の様な水の中で、僕は中心に浮いていて。
僕を中心にして、墨汁みたいな黒が、水を汚していってしまうのを。
「待っていますから」
声が消えていく、恐れが充満する。溺れてしまっ……。
起きた時、まず木のベッドの硬さを感じた。
背中もバッキバキだ。
もしかしたら、彼らは素で気付いていないのかもしれない。これが人間にとっての最善と、必死に硬い巨木を切り倒してくれているのかも。
「云わない人間達が悪いな」
起き出して、用意された小部屋を後にする。
「ベッドの調子はどうでした?」
1番目だった。
いやあ、ひどかったよ。そもそも僕ら、ドワーフじゃないからね。
「うん、素晴らしかったよ」
ああ、明日もあのベッドかもしれない。
「ええ、そうでしょうよ。最高級のカロの原木ですからね」
ええ、そうでしょうよ。
あんたらはそういう奴等だったよ。
「で、どうやって此処から出ればいいんですか?」
3人が真面目な顔になる。
「もう、行くんですね?」
「ああ、勿論」
この意志が、闘志が失われないうちに。兎に角、ぶつかっていくしかないのだ。
「だったら、これを持って行くと良い」
そう言って、3番目のおっさんは鍵を渡してくれた。小さな、金の鍵だった。
「これは?」
手に取ると、小指くらいしかない。
「鍵、此処の入り口のカギですぜ。」
「死んじまうより、傷だらけでも帰ってきてもらった方がいい。扉の前で、手をかざすんです。それは貴方の一部、所謂、称号として権利を持たせてくれるんです」
Suicaの様な感覚だろうか。
称号という言葉に引っかかった。道具ら実物と、一線を引いているのだろうか。
「それなら、硬貨の様に奪われはしないだろうし」
相手は山賊なのだ。
確かにただの鍵なら、奪われるだけだ。最悪、此処を襲撃されたりでもしたら……。
「まあ、彼らにとって俺たちは商売仲間みたいな関係だ。皮肉なもんだがな。だから最悪は無いにだろうし、持って行ってくれ」
〔カイトは、『ドワーフの兄弟』の称号を得た〕
カイトの文字の横に、『ドワーフの兄弟』なる文言が付いている。
その真下のスラ……、とまあ、残っているのが不覚ではあったが。ただ純粋に、僕は嬉しかった。
家族何て、血が通っているだけで全然違うのよ。比べないで。
「頭に気を付けて下さい」
何回、この言葉を聞いただろうか。
その数だけ、頭上には太い木の根が張っていた。土の壁に、足場までもが隆々と変化していくので、歩きづらい事この上ない。
目の前の一番目のおっさんは、それこそ慣れたもんだった。そもそも、大きさの違いもあるか。
幾つもの部屋を通った。
多分、今まで戦った冒険者たちの数と同じなのだ。これは、ただの僕の推論だけれど。
「光だ……」
本当に自然に、そう呟いていた。
「覚えておいて下さい、あれが帰りの入り口になります」
何の変哲もない、強いて言うならちょっと小さすぎる。こげ茶色の、木のドア。
開けると、そこは木の根と根によって隠されていた。とある、巨木の下に出た。
「これが、カロの木です」
しっかりとした幹だった。地下の根も、彼の生命線なのだろう。
「行ってくるよ」
そう言って、背後に手を振る。
「行ってらっしゃい」
「またお会いしないことを願って」
「どうか噛ませ犬にはならないで」
3人が小さくなっていく。森の中を進んでいく。と言っても、ほんの数分。
『此処から先、インプ・ラ・キャブラ様の支配地である。立ち入る者、容赦ないうえ立ち去るべし』
「ご丁寧にまあ」
想像と少し違うが、まあ。
今までの数分、カロの樹林帯だったのだろう、背の高い木ばかりであった。
ただ、この先……。
木に刻まれたこの文字から先、小川を隔てた向こう側。
まず木が、違う。
明らかに、背が低く毒々しい。此処から見たところ、ざっと2種類。紫色っぽい木と、あとオレンジ? っぽい、やはり背が低い。
葉は茂っているので、向こうから丸見えという訳でもなさそうだが。
「行こうか」
そう自分に言い聞かせるように言って、僕は小川へと一歩を踏み出す。ひんやりとした、ごく普通の小川だったように思う。幅も狭い。
ポキンッツ、小枝を思い切り踏みつける。
次の瞬間には、僕は彼らの森の中だった。
_大抵は、自分で呼び寄せているものである。触らぬ神に、祟りは無いのだから。
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