第5話:TKG遊戯王に於いて魔法カード『サイクロン』の魔法・罠カード破壊は、破壊であって無効ではない。

「助かりたいのなら、助けてって……。言ってよ!」


 気味の悪い森の中に、それは無力だった。


 声が震えている、自分でも驚いた。




≪世界最強・破壊と創造を司りし者・神に最も近しい存在・聖女・世界そのもの……≫




 自負もある。


 いや違う、傲慢じゃない。謙虚にそう思っている。


「私は世界最強、世界そのもの」


 そんな自分が今、泣きかけているのか。どうして?


「彼を救いたい、ただただ救いたいのに」


 助けてくれ。


 貴方の力が必要なんだ。


「その、たった一言で良いのに……」


 その声も、この森の中に無力であった。






〔死因:【盗賊の七つ道具:巨大サソリの尾(コラ・デ・エスコーピオン・ギガンテ)】に首の静脈を掻っ切られたことによる、謎のクリティカルダメージ〕




〔死因:【盗賊の七つ道具:竜の雄叫び(ドラゴン・クライ)】を脇腹に受けたことによる、謎のクリティカルダメージ〕




「ヤバいやばいヤバイ」


 最早、何処から攻撃を受けたのかも、分からなかった。


 木々の間から、音もなく。次の瞬間……。


 はぁ、はぁ、はぁ。


 頭を打ち付ける。長い長い廊下を上っていく。


 途中、何度も眼に入る小部屋たちが、僕を陰鬱にする。




〔死因:【盗賊】のスキル 【子ヤギの跳躍(カブリト・サルタンド)】によってバフされた、山賊の一味の一人に蹴られたことによる、謎のクリティカルダメージ〕


 はぁ、ハア。僕は今、走っている。




「戦うよ」


 その一言に、ドワーフのおっさんたちは口をあんぐりと開けた。


「そりゃあ、無理だ」


「もう良いんです、アンタの思いは十分伝わった」


「逃げよう、それで済む」


 相変わらず、息ピッタリだ。




〔死因:【盗賊】のスキル 【カメレオンの暇(オーシオ・カメレオン)】によって潜伏していた一味の一人に、首を絞められたことによる、謎のクリティカルダメージ〕




 34、35、3……。小部屋が続いている。


 僕は今、走っている。






 「戦おう」


 そう、僕は続ける。


 今も震えている。


 声は勿論、膝も。腰から上も、下もすべて。


「逃げても、追ってくるかもしれない。盗賊なんだ、そうだろう。それに第一、このままで良いのか? 一方的にやられるようじゃ、格好がつかないだろう」




 格好? 何だよ、そりゃあ。




〔死因:【盗賊の七つ道具:毒蜂の一撃(ウナフォト・デウナ・アベジャ・べネノサ)】によって打ち込まれた、猛毒による、謎のクリティカルダメージ〕




 何時の間に僕は、そんなたいそうなもんを持っていたんだっけか。








「助けてって、一言言ってよ!」








「でも、どうすれば良いんです?」




 1番目のおっさんは、恐る恐る尋ねる。


「言ったでしょう、ツケにするって。何度死んだって、僕は此処に復活できます。つまり云わば、死の軍隊ってところだ。何度でも、何度でも蘇る」


 死の軍隊、良い響きだ。


 そう思えば、何だかやれるような気がしてきた。喩えどんなに弱い僕でも、何度でも、何度でも。数撃てば当たるように……、数の暴力というように。


「でも、そんなの……」


 2番目のおっさんは言いかけて、黙る。


 分かってる、けれど。


「山賊たちの数は、確か数か月前で20~30人いたはずだ」


 増えたとしても、数十人じゃねえか。


「先頭から順に、僕が迎え撃ちます」


 出来るだけ、一人ずつタイマンに持ち込む……。




〔死因:【盗賊の七つ道具:熊の爪(ガラ・デ・オソ)】の刃を、至近距離から受けたことによる、謎のクリティカルダメージ〕




「ああ、はあっ。ああ」


 土の匂いに咽る。湿気た空気が、僕の心の穴に入り込もうと……。苦しい。


「行かなくっちゃ」


 木のベッドから、反動を使って飛び起きる。


 既に壊してしまった、木の扉。


 くぐるように、上へと走っていく。はあ、はあ。




 30、31、32、33、34……。


〔死因:【盗賊の七つ道具:熊の爪(ガラ・デ・オソ)】の刃を、至近距離から受けたことによる、謎のクリティカルダメージ〕


 35、36、37、38、39、40、41……。


〔死因:【盗賊の七つ道具:竜の雄叫び(ドラゴン・クライ)】を顔面に受けたことによる、謎のクリティカルダメージ〕


 12、13、14、15……、あれ、これは死んだ数か?


 56、57、58……、これは小部屋。いや、死んだ数か?




〔死因:死因:死因:死因:死因:死因:死因……〕




はあ、はあ。


はあ、はあ、はあ。はあ、はあ。……、はあ?






 感覚がなくなってって、間隔は短くなって。


「みいつけたっ!」


「はあ、はあ、あっ」


 やっと、意識がはっきりしたと思ったとき。


 キャブラと、向かい合う。覗き込む形で、彼は口を愉快そうに開く。




「なあ、どうだ。今の気持ちは? 苦しいか、悲しいか。それとも、怒りか憎悪か。何であれ、それが何を生む。お前に、何を残す? 分かるか、いや今なら分かるはずだ。お前は、何を得られる?」




 お前は何を得られる?


 そう、僕は問われているのだった。




 ガチャッ、金属音。


 銀色の銃口が、僕を静かに見つめている。


「これを、俺は全ての冒険者志望どもに聞いていったんだあ。最初は、皆、決まった事ばっか言いあがったなあ」




 故郷の皆の為に。


 名を挙げて、ゆくゆくは王になりたい。


 勇者になって、称えられたい。 などなどなどなど。




「じゃあ同じことを、最後まで言い続けられたか? 答えはノーだ。だからこの山を越えるものは、俺が第13回遠征で騎士団をやめた日から。誰もいなくなったんだよ」


 鋭い痛みとともに、真っ暗になった。








「知るかよ……」




 誰もいなくなった地下で、一人ごちる。


 木のベッドが固い、その上に僕は座っている。


「ああ、もうっ!!」


 思い切り、ベッドを殴る。イッテエ。


 傷が付くどころか、こちらのダメージが入りそうだった。そしてそれは、死に直結する。




〔冒険者志望;カイト>メニュー>死


・死亡数:42回。


・種類:18種。




 ドワーフ達から教えてもらった、知恵という奴だった。


 情報を可視化できるというそれは、えげつない数字を叩き出しているのだった。


「これ、同じ死に方を一回以上している計算だなあ」


 失敗から、学べていない……。




「戦おうか」




 僕は外れた扉を付け直し、地上に出ようと穴を上りだした。その間にも、色々な自分の最後が、遅れてきた走馬燈の様に現れては消えていく。


 気晴らしがなく、小部屋を数えることにした。


「58.59、60、61……」


 一人一人に、物語があった。語られることのない、沈黙の詩。


「71、72、73、74……」


 お前は何を得られる? そんなの、わかりゃしねえよ。けれど……。


 僕はあの5年間の中で、一つだけわかったことがある。5年もかけて、やっと一つ。


「991、992、993、994、995、996、997、998、999……。1000。ぴったり、僕で1000なのか」






 桁が、違った。






 僕は駆け出した。森を抜けていく。


 死んだら体力はリセットされるので、多少は持つように思えた。


 気味の悪い、森を抜けていく。


 おっさん達も、あそこで縛られているはずあった。そう、あの広間。あそこに立って、僕はこの答えを彼に伝えてやろうと思った。




「何で来たんだよ?」


 頭上から掛けられた一言と共に、僕は広間に出ていた。


 中央に、3人のドワーフたちが縛り上げられている。そしてその正面、キャブラは玉座にいた。


 こちらに気づき、にやりと笑う。


「どうだい、答えは出たかい?」


 ヒッヒッヒ。


 観衆の嘲りが、今の僕には気持ちいい。


 キャブラが、体を前に倒す。言えって、事なんだろう。 




「あんたら山賊のメンバー、そのほとんどが王立勅撰騎士団第13回遠征の、生還者だろ?」


 どうして、1000人も勝てない?


 僕が弱い、分かる。だが、此処を通るのは皆、冒険者志望の腕に覚えがある者たちばかりのはず。




 バーバラさんが、バーバリアンに転生していないことを願うが。




「違うな、ほとんどじゃない」


 しゅっと笑みが抜けていき、キャブラは10歳も年を取ったようだった。冷酷な、頭の顔。


「我が娘、トレイダを除く全員だ。そして皆、多くの仲間をその時失った。お前らみたいに、垢にまみれた青二才どもだった。俺を含めてな」


「それで、馬鹿な夢は持つなだって」


「ああ、そうだよ。盗賊の七つどうぐッツ!!」


 そう言うと、彼の手には銃があった。


「俺が聞いたのは、何を得られるかって話だぜ?」




 引き金に指がのる。


 僕はただ、恐くなかった。あんな銃一つで、恐がる必要などもう無いのだから。




 大きく息を吸って、一思いに言い切る。


「なーんも、ねえ」


「は?」


 ハハハハハ。ひゃひゃひゃひゃ。ひひひっ。変な奴だあ。おかしいなあ、初めてだゼエ


 キャブラの顔色が、変わる。


「お前ら、うるせえ!」


 獣の雄叫びだった。広間が、一瞬で静まり返る。


「ふざけてんなら、殺すぞ?」


「ふざけてないさ。僕は5年間、部屋に引き籠っていたんだ。そしてその間、ずっと目に見えない、何かと戦ってた。で、答えを出したんだ」


 母と父は、生き返んない。


 どころか、婆ちゃんまで死んじまったし。


「寝たら次の日、会社から内定の知らせが来るわけじゃあないからな」


「何の話だ?」


 首を左右に振る。つい、調子に乗ってしまうのが悪い癖だった。




「待ち続けているだけじゃ、何も起きやしねえ。暗いところでぼんやりしてたって、見えるのは変わらない景色ばかりだ。僕らは、その先を望まなくちゃいけない」




 その形が、夢なんだ。


「だから、何もなくとも先を行くと。笑止、それがお前の答えなんだな」


 クックック。


「面白い! その考えは無かった!! そうだな、何も無くちゃいけないってわけじゃなかった。良いよなあ、別に後で手に入れれば……」


 キャブラと目が合う。




「よしっ、死ねっ!」


 ダンッ、弾が飛び出す爆発音。


 えっ?


 観衆を含め、皆がそう思った。




「ははは。その答えなら、まだまだいけそうじゃねえか、おい。また這い上がってくればいいさ」


 いや、今のはおっさん達を解放する流れでしょうよ。


 そう思いながら。


 僕は手遅れにならないうちにと、思い切り聞こえるように言う。


 一声で良かったのだから。




「助けて下さい」


「よくぞ言ってくれたっ!!」


 その弾むような声に、僕の心は救われた気持ちになる。助けてくれる人が、いるんだって……。


 花の香りが、後から追いついた。その時にはもう、彼女は広間に立っていた。




【21番目の大アルカナ:世界の能力_破壊デビル


 その次の瞬間、破壊は終わった。


 完璧に、完全に。完膚なきまでに、或いは謙虚に。




〔銃弾は、空で破壊された。〕




「どういう事だ? いや、でしょうか? 何故、姫様がこんな辺鄙な山奥に!?」


「辺鄙って、この山【王都】の真ん前ですけれど」


「いや、そうじゃない! 何であんたが、こんな所に呼んでもないのにいるんだって」


「いや、呼ばれましたよ。助けて下さいって、そこの勇者君が」


「ゆ、勇者君?」


 山賊の頭が動転している。僕を見て、姫様を見て、僕を見る。


「さっきの貴方のお言葉、そっくりお返ししますわ」


 音一つしない広間に、姫様の声だけが響く。




「たいそうにぎやかなご様子でいらっしゃいますところまことに恐縮でございますが、


ご逝去あそばしていただければ幸甚に存じます」

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