終日

 さて、宴もたけなわではございますが――在りし日の文化祭においての話はここまで。

 そんなこんなで改めて、心機一転気を取り直したい所ではあるけれど。


 幸か不幸か既に起こった事象について全て回想録であり、まるっと全部が後日談である。


 僕の乾いた回顧と深い後悔の果てから、そんな半可通で生半な現在から続く将来に繋がる話であれば良いと、僕は願う。


 …なんてさ…ここまで能書き染みた言い訳を。

 言い訳混じりのクソつまんねぇ能書きを散々に垂れてきたけれど――畢竟した笑えるくらいにシンプルで――徹頭徹尾終わった話であるという唯一の事実こそが肝要であり、誰の目にも明らかな結果である。


 だから、それ故に思い出そう。

 口の中いっぱいに広がる苦々しさと胸を強く締め付ける圧迫感と共に。


 僕と彼女の関係性の延長線を。




* * * * * *




 あの日、絢爛豪華で見た目麗しい最上層の女性――月宮かぐやは語った。


「笹西薫子が恋人と破局した」と。


 そして、その後に付け足した言葉で僕は間接的に対して。

 その極めて個人的な話題において無意識的に縁を結ぶことになった。


 曰く、「その会談で僕の名前が出た」のだと。


 そこで僕は尋ねた。何故、無関係な僕の名前がと。

 そして彼女は答えた。無機質に当たり前の様に。


「だってさ、関谷セキタニ。アンタ基本ぼっちな癖に、カオルとは結構喋ってんじゃん?」

「それは『結構』の解釈や定義によるね」

「ふーん…ぼっちなのは否定しないんだ?」

「…僕みたいな孤独主義ソリストをそう呼びたいなら好きにすればいい」

「あー、はいはい」


 僕の主張を右手を振ることで文字通り、木の葉や塵芥の如き仕草で一蹴しながら月宮さんはまるでその場にいたかのように言葉を続ける。


「ジッサイ。結構前からちょい微妙な感じだったんだけど、ガチで爆発したのは一昨日の事だね。アンタが教室で堂々とカオルに声をかけたこと。それが引き金」

「えっと、一昨日って言うと…作業中の笹西さんに近づいた時?」

「そうそれ。空気読まないアンタの善意が彼氏の自尊心を傷付けた」

「は? んん…ん? どゆこと?」

「はぁ…ちょっと考えたら分かんでしょ」


 人差し指でコメカミを数回ノック。

 どうやら自分テメエで考えろってことらしいので、口を噤んで暫し考える。あの場にいたらしい――顔も名前も知らぬ男の気持ちになって考える――っておい! いや、普通に無理だろ。知らない奴のパーソナルを想像とか出来ないわ。

 なんなら文系の極地でも無理だわこんなん。見知らぬ人物の感情なんて想像するだけ現実と乖離していくばっかりだろ。


 と言うことで普通に聞いてみよう。

 僕的にもどんな奴なのか、最低限の取っ掛かりが欲しいわ。


「彼氏の名前? 岩水貴教だけど、マジで知らない? アンタの個人主義極まり過ぎでしょ。フツーにクラスメイトだよ?」


 諦め混じりに罵声ゴホウビの雨を浴びながら、更なるパーソナルデータを収集する。

 全く、一体何が楽しくてなじられながら見も知らぬ男の個人情報プライバシーを集めなければならないのか…考えたら多分負けだな。うん。


 そんな殊勝な態度で一歩進んだり二歩下がりながら集めた情報によると、岩水くんとやらはつい先日の引退までバドミントン部のキャプテンだった男らしい。

 大柄な体躯に似合わずコミカルな性格でイジるのもイジられるのもお手の物な人気者らしい。


 そんでもって、僕の語りではと伝聞ばかりでひどく曖昧な印象を受けるが、恐らく陽炎みたいな薄さと弱さを持った僕なんかよりは余程立派な人間なのだろう。サッパリ思い出せないが、きっとそうだろう。


 月宮さんはどこから持って来たのかタピオカをストローでぐりぐりとイジりながら、個人情報保護法などガン無視で他者のパーソナルを開示し補足する。


「でまあその岩水は前から結構イラッとしてたのよ。アンタにも…そんなカオルにも」

「そりゃあ随分と自分勝手な嫉妬で、実に陳腐な独占欲だね。ああ嫌だ。向けられるのも迷惑な感情だ」


 おっと、風向きが意図せず変わる。


 思ったよりも立派な人物ではなさそうだ。

 等身大の人間って感じ。僕と同じだ。ナイフで刺されれば死ぬし、不慮の事態でいつ失われるとも知れぬ命。それだけ。

 

 大きく手を広げて呆れたポーズ。

 すると開いた手に冷たい感触。

 遅れて目を向ければ左手に当たるペットボトルとモブ女の片方がいた。くれるのか?


 尻ポケットから財布を取り出そうとしたら宅配業者は既に移動していて支払いの機会を失った感じ。まあ恥のお代として受け取っておこう。ええ。安い代償だぜ。


「で、昨日の当夜祭で結構な言い合いになってさ。多分もう修復はムリだろうね」

「そうなんだ。万人が幸せそうな光景の裏で…なんとも皮肉だね」

「何でそんな他人事なの? アンタのせいでカップルが、それもカオルが! 別れたんだよ? 何か思うこととか無いわけ?」


 僕の内面とは反比例するようににわかにヒートアップしそうな口ぶりと語気だけど、やべえかな? 本心を伝えていいのかな?


 あー、もう。


 こっちもそれなりの言い分はあるし、何につけても正直なのは美徳だろ、きっと。


「でも僕的には、一昨日の笹西さんを無視する方がよっぽど無関心だと思うけどね…」


 それがイバラ

 格好悪く言うなら、喉に刺さった魚の小骨。

 未だ消えぬ違和感を僕は口にした。


 意図の通りと言えばその通りなのだが、僕の発言で空気が変わる。悪い方に流れて行く。

 喩えるならロックンロール・イズ・デッド。トゥモロー・ネバー・ダイ。う~む、どういう意味だろう?


 半端な疑念と確固とした意見を礎に会話を進める。


「月宮さんや笹西さんのグループ内のや出来事は知らないし、それこそ僕にはどうでもいいことさ」

「いやね? つーか関谷――」

「強制なのか自発的なものか、はたまたのせいなのか…どういった原因と遠因でああいう時間が生まれたのか――それさえもどうでもいい」


 大事なのは。大切なのは。

 同調圧力しかない全会一致の幻想が崩れ去って、クソみたいな多数派に支配された学校プリズン死者の宴カーニバルが開催されている、今この瞬間において――問題となるのはぁッッ!!


「そう、西。この一点に尽きる。その前提カコが崩れない限り、月宮さんの善意おせっかいも岩水くんの嫉妬やっかみも意味をなさない。体を成さない」


 そこまで言い切った所で僕は席を立つ。

 忘れずに未開封のペットボトルを残したまま、僕は場から脱する。


「そうだな。、お話をありがとう。マジで大変参考になったよ」


 教室のドアをくぐる辺りで名前を呼ばれた気がしたが――控え目にも叫ばれたような錯覚があったけれど――それすらどうでもいいことだ。

 もう僕には関係無い、全部終わってしまったこと。盆に返らせる為の水は消え失せた。


 全部、全部。

 終わってしまったんだ。




* * * * * *




 さて、その後の顛末を簡単に話そう。

 僕こと関谷純也と、彼女こと笹西薫子の縁はその日をサカイにしてまた遠ざかった。敢え無くもとの関係に逆戻りだ。


 それなりに話す異性の友人から、目も合わさない同級生に変わった。


 制服の上に何かを羽織ったり、内側に何かを着込む季節を通り過ぎて。厳格な雪が溶けて温暖な春になる内に――それぞれの進路が決まった。


 僕は進学の為に上京し、彼女は同様の理由で南に下ったと人づてに聞いた。直接喋ったのは文化祭の前日まで遡らなければならない程だ。


 そんな進学情報と同時期に僕の耳に入ってきたのはあの日――様々なドラマが生まれた文化祭一日目の当夜祭にて、笹西薫子が僕にてて送ったメッセージの内容だ。


 恋人と破局した直後、彼女は僕にこう告げたかったらしい。


『あのさ、生きるって何だと思う?』


 何を思って彼女がそんな風に漠然と巨大な質問を僕に投げかけたかは知らない。

 けれど、何を思って考えたら、そんな風な疑問に行き当たるかは分かる。同じ時代を生きた同世代の人間だ。何となくそれくらいは想像できる。


 だけど、僕に対してどんな言葉を求めていたのか。

 それは分からない。分からないよ。僕には分からない。きっと当時も、そして現在も。


 しかし、失意の渦中にあった彼女が込めた真意はどうあれ――その救難信号に似たメッセージは僕には届かなった。物理的に。現実的に。


 そのメールがんだ。

 

 それについての直接の理由が一体誰にあるのか、或いはその原因が何なのか、今となっては探る術の無い詮無きことだし、真にやんごとなき過去だ。

 果たして機械的な不備なのか、電波的な障害なのかなんて考えるだけ無駄で無意味で無価値の産物だ。


 過ぎた昨日に思いを馳せることで得られるものはロマン主義の行き着く自己完結型の恍惚くらいのものだよ実際ジッサイ


 そんな刹那的かつ閉鎖的なリアリズムに浸る時点で、僕も大概自己完結型で独りよがりな閉じた円環メビウスだとは自覚しているさ。あ――うるせえ、してるっつーの! 分かってるよ。


 それにしても――直近の言葉を覆すみたいでアレだけど――円環というヤツはどうしてなかなか閉じてる癖に螺旋のようにひたすら続いていくのが常であり、いつまでも終わらない連鎖であるのが自明のであり天命のことわりでもある。


 意味のあるようなないような、分かるような分からないようなポエムはここまでにして、個人的な近況をつづってこの物語を閉じようと思う。

 こうして改めて思い返してみれば物語にすらなっていないただの散文詩の様にも感じられるけれど、そこは読者の解釈に委ねることにするよ。


 僕は親の金で上京し、普遍的で個性無き腐れ大学生になった。

 クラスやディヴジョンは違えど、相変わらず友達は皆無であり、親友などは絶無だけど――それにしては、なかなか充実した時間を過ごしている。


 あの日をサカイとした本格的な熟成具合に、腐った僕は健全なサークルでも学術に繋がるゼミでも社会経験を得るためのバイトでも無く、閉じた部屋から繋がる電子の海を謳歌している。


 ネットの世界で自己表現をしながら、自分ぼくを満喫している。

 君の褒めてくれた音楽を、ネットの世界に投下しているんだ。


 生憎、君の褒めてくれた歌声を披露する機会は案外無くて。

 人類の科学的な叡智を詰め込んだ合成音声ソフトを使ってるよ。


 幸いなことに、僕から生まれた作品を褒めてくれる人が――そこまで多くはないけれど――ゼロじゃない程度にはいたりして、恥ずかしいんだけど、凄く嬉しいんだ。


 君の方はどうだろうか? 元気にやってんのかな?


 風のうわさに近いあやふやな伝聞によると…医療系の学部に入ったって聞いたけど、まあなんか大変そうだなと当てずっぽうに思う。


 所謂いわゆるさ…その。

 ルポルタージュ的な何かに惑わされる事なく君の望む道を進んで、野望に向けて前進していればいいなと個人的に祈る。


 願わくば、大学生デビューの茶髪ボブにありがちな――思慮の浅い、軽薄な行動を取って欲しくは無いと…マジで個人的には思うよ。ガチで。


 ホントに身勝手で自分勝手な押し付けがましく妄想ねがいだけどさ。


 なんて…君は基本的に聡明な女性ひとだから、きっと大丈夫なんだろうけれど―――でも、僕みたいな駄目な人間おとこに声をかけてしまう人種ヤツだから。


 だから、不安だよ。

 正直に言えばさ。


 でも、きっと。


 君は君でいると信じてる。

 僕みたいな外様とざまの部外者が出る幕なんか全然無いほどに、君は君で。


 どこまで行っても、どこまでも君だと思うよ。

 

 だからさ。

 僕に出来ることなんてホントに少なくて――つーか、皆無と言えるほどに全然ないからさ。 

 せめて。

 祈らせて欲しい。


 顔なんか合わせなくて良い。

 会話はおろか、メールもラインも要らないから。


 ただ。


 僕と彼女の針がまた重なって見える瞬間まで。

 君と僕の人生がほんの一瞬でも重なる日まで。


 それは一年後か、五年後か、十年後か。

 或いは明日かも知れないし、または過去きのうを最後に永遠に訪れ無いのかも知れない。


 けれど、彼女が言うように僕たちが時計の針ならば、その時はいつか必ず来るはずだ。

 だから僕は、関谷笹西彼女のクロノがスタする日を――来るかも未確定なそのを祈って――頼りない未来を薄ぼんやりと楽しみにしながら、これから僕は生きていく。

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僕と君と、クロノスタシス 本陣忠人 @honjin

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