翌日

 幸も不幸も関係なく、寝ても覚めても文化祭。つまりは文化の祭典。なにそれコミケ? それともゲームショウ?


 そんなサブカル寄りのヒップスター未満な僕は相も変わらず、まるっきり進歩も無く。

 経年劣化なハイティーンのラストを飾るハイスクールのフェスティバルに一人でいる。それが渦中なのか蚊帳の外かは議論が分かれるだろうけど、とにかくいる。


 昨日という日の大体を、体育館で催されるパフォーマンスを受動的に脳死で享受した訳だが、今日の僕はひと味もふた味も違うぜ!


 ってな訳で、自ら討って出る事にしよう。


 実行委員が制作したパンフレットに従った僕が最初に訪れたのはTRPG部。何やら学校を裏から支配する魔王を討伐しに行くという壮大な物語。

 朽ち果てたはずの古文書に記された場所にて待機していたのは選び抜かれた精鋭の陰キャ達。突風が吹いたら飛ばされるガリと、その対極に位置する強風などものともしないデブばかり。なるほど、これは精鋭ですわ。


 結果として、僕の感想を述べさせて頂くなら…くそ楽しかったわ。マジのガチで。本気の本気で最高だった。ゲームマスターには感謝を捧げたいとすら思うね。


 まさか、パラディンの畑中くんが終盤であのような役割を担うとは想像だにしてなかった。

 エルフの稲本さんとの伏線回収も見事だったし、度肝を抜く破天荒かつ素晴らしいシナリオに涙を堪えるのに必死だったんだよ。いやほんとに、牛乳瓶のメガネがまさか生死を分けるキーアイテムだとは思いも寄らなかったよ。マジで。


 揺さぶられた心と軽く緩んだ涙腺をお土産に悠久の水晶地帯を跡にした僕は次の目的地を孤独に目指す。どんな状況だろうと開拓者フロンティアの精神は忘れずにいたいものである。


 なにやらバフともデバフとも取れる矛盾した徹夜明けに似た正体不明なコンディションになった僕はそのまま次の戦場に向かう。

 文化部の部室ばかりが集まる通称「文化棟」がその目的地なんだ。そのまんまなネーミングで大変分かりやすいね。迷いようがないぜ。


 部室棟三階の一番南の角部屋で。

 煙たい空気が充満する中で僕は三人の男達と一つのテーブルを囲む。

 そこでプレイするのは所々擦り切れた緑色の卓の上に几帳面な列を刻んだブロック達を取ったり捨てたりする競技だ。


 まあ、分かりやすく言えば麻雀マージャンだよね。


 そんな感じでら僕は囲碁将棋部がひっそりと開催した――青く輝く、青春の場にそぐわない――些かアウトロー感のある麻雀大会に参加した。

 異種競技とは言え、相手はそれぞれのフィールドで駒と石とシノギを削る勝負師たちだ。相手にとって不足は無い。いざ尋常に勝負と言った装いだね。しからば!




* * * * * *





 結果、すかんぴんになった。

 いやいやまあまあモチのロンロン、言葉のアヤだけどね?

 まさか、清廉潔白の代名詞である高校における文化の祭典でそんなダーティーなのは…ね? 存在しませんし、存じませんね。秘書が勝手にやったことですよ、うん。間違いなく。


 大きく肩を落として財布の中身を検めている小さな背中に加わる衝撃。想定外なまま不意に加わる外部からの刺激。ん? なんぞ?


 こんな過疎地帯で誰かにぶつかるだろうか?

 そんな常識的発想を震源とした思いを込めながら振り返れば、そこに立っていたのは三人の女性。つーか女生徒。あーつまり…どういうことだ?


 三人の内、左右に立っているのはどう見ても、どう考えても話を動かす器には思えずに、真ん中で威風堂々存在感抜群な女性のみを注視して、這いずる目線で視姦しかんする。嘘です。そんな度胸なんか一欠片もございません。


 挙動不審におっかなびっくりを加えた定まらない視線ではあるけれど、それでも見えてるものだって間違いなく存在する。


 無駄に意味ありげな感じに理論の武装を纏った所で観察を開始する。

 スポットライトなんか何処にあると言うのか、眩く輝く様な雰囲気を持ったハイティーンの女性。

 背は僕より少し低いくらいだから、およそ160cm前後と言ったところか。肉付きは全体的に細く嫋やかだが、女性的な意味において出る所は出ているタイプ。

 その肢体の天守閣を飾る顔の造形は何というか派手だ。化粧が、とかじゃなくて。何か造りというかパーツの発する存在感や迫力が凄い。思わず目を奪われる様な誘蛾灯の様。何はなくとも目立つ存在。


 多分トップカーストの最上段トップに堂々たる仕草で立っているタイプ。


 なるほど、僕とはまるっきり接点の無い人種だ。

 それがどうしてまたこんなドヤ街で僕と物理的にぶつかって、何の益もない接点を作るのだ? カツアゲか?


「…ちょっと関谷セキタニさぁ、聞いてんの?」

「ん? ああ、あーうん。聞いてる聞いてる」


 多分こうして話すのは初めてだと記憶しているが、呼び捨てですか。やっぱりカツアゲのたぐいかも知らんね。


「だから! カオルの話をしてんの!」

「はぁ…うんうん、カオルの話ね」


 赤っぽい茶髪を加速度的に揺らしてボルテージを上げるが、僕にはさっぱり分からない。先程からただのオウム返し。誰だよカオル。うーん、カオルカオルカヲル…あれかな、使徒の少年か?

 というか、そもそもですね。眼の前で腕を組んだ派手ガールの名前すらイマイチ思い出せない。えーと、何さんだったかな?


 多分何処かで見た事あるビジュアルだから、恐らくクラスメイトか――同級生であると思うのだけど…。

 あーなんかココまで出て来てんだけど…確か、そう! なんか絢爛豪華な感じの名前だった気がするよ。豪血寺とかそんな感じ――いや、違う気がする。そうだ! 星だ! 星で始まる名字――星井、星宮…星野だろ! うん、多分星野さんだ! 間違いないよ。やるな僕!!


 眼前に迫る脅威の中で三分の一だけを明確な形として認識出来た事で沈んでいた気持ちに幽かな種火が灯る。


「えーっと、それで? 星野さん? そのカオ…」

「は? なにそれ笑えない。つーか、あーしは月宮かぐやだけど?」


 違ったわ。

 天体関係って括りだと辛うじてカスっていたけど、全然ちげぇ。ペラペラの記憶に基づいた予想なんかまるで当てにならないな。


 しかしまあ、何とも雅で優雅な名前だこと。かぐや姫って呼ぶには本人のビジュアルが主張し過ぎている感じもあるが、それを補って余りある豪奢で絢爛な雰囲気がある。

 

 適当な拝み手の裏で「ラノベならファンクラブとかありそうだよなぁ〜」とより一層適当な事を考えながらも、僕の口は極めて冷静に謝罪の言葉を吐き出した。


「あ、そーっすか。どうもすみませんね。どうやら知り合いと勘違いをば。それでは、失礼ついでにこのへ……」

「ま、んなの。別にどーでもいいし。それでさ、関谷。時間ある?」


 どさくさ紛れで逃走を図ろうとしたら言葉尻を重ねされて潰された。短時間に二回もだ。ツーアウトってところか。後には引けないぜ…。


 月宮さんに割くべき時間は無いって素直に言った所で、きっと聞いては貰えないんだろうな。

 つまり、正攻法ではどうにもならない。外法に頼らざるを得ない。


「いや、え、その…あのですね。この後はアレがこれでケツカッチンな訳でですね。そのエビデンスは疎か、コンセンサス無しでプライオリティも無くコミットするにはその」

「あんの? ねぇの?」

「あ、ハイ。ヒマです」

「じゃあどっか座れるトコいこ」


 クールに身を翻した後ろ姿を少し離れた所で追従する。両脇を取り巻きのモブに固められて逃げ出し難い。精神的なチャカを左右から向けられてる気分。


 そんなこんなで階段を登り、催しも人気も無い廊下で不意に壁ドン。彼女の右腕が意識の外から僕の左頬を掠めて鈍い音を立てる。なにこれ怖い。つーか座れる所とは一体?


 テンションがローから戻らないままに具体的な追求がワンツーで突き刺さる。


「だからさ、簡潔に言うけど…関谷アンタさ。カオルと…一体、カオルをの?」


 キッと眉と口を結んだその台詞は真剣そのもので。彼女なりの本気具合が窺える。けれどさ――、


「質問を質問で返すのもあれだけど…」


 その実。なんつーか。

 何と言ってもいい加減、苛立つし、腹が立つ。

 意味不明な具体性なんてクソ喰らえだ。質問者は回答者に理解出来る様に問題を提起しろよ。回答者が理解出来ないのは、まるっと質問者の伝達能力不足に他ならないだろ!

 

 訳分かんねぇ意味不明は、いつまでもどこまでも意味が分からないよ。


「だからっ…カオルって誰だ? マジで何の説明も無く、訳分かんねぇことで責められるのはウンザリだ」

「なっ!?」


 驚愕の表情で出来たクレーターを端正な顔に滲ませたかぐや姫に対して、逆に驚くよ。

 トップカーストの連中はそんな少ない情報だけでやりとり出来るものなのかと邪推して嫉妬する。そんなの完全にニュータイプじゃねぇか。


 しかしまあ、ラプラスの箱的な誤解なき相互理解とか吹いても通じそうに無いので、オールドタイプらしく疑問を普通にぶつける。


「えっと、月宮さん? 僕は多分君と話すのは殆ど初めてだけど――いや、初めてだからこそかな――月宮さんが何に憤っているのか…加えてカオルってのが誰のことだか皆目分からないよ。申し訳無いけどさ」


 それは心よりの本音。分からないことを分からないと素直に告げる勇気。

 破れかぶれのやけっぱちに似たは月宮さんの心に響いたかな? 響く理由も届く要因もねぇわな。


 俄に波打って、風景を巻き込む圧力差は何処から起こって、その果てに何処に行くのか。それさえも僕には知らない出来事で。


 完全に気配を消しているモブを横目に言葉と主張を継いで繋げる。

 

「だから、ひょっとしたら月宮さん達の勘違いでおも…」

「ふざけんなっ!」

「えっ…?」


 困惑と混迷。焦燥と戸惑い。

 ああ…多分、分水嶺だった。超えてはならない最後の一線だった。


 僕の胸ぐらを震える手で掴む月宮かぐやは衣服をすり抜けて、骨に守られた心の臓を握りつぶさんばかりに力を込めた。

 そして、拳に込めたエネルギーを再利用するべく、僕の顔に彼女のそれを近付けて吠える。


「アンタ、本当に最低サイテー最悪のクズだな。一日前に話してた女の名前も知らないっての?? 他人ひとを馬鹿にすんのも大概にしなよっ!!」


 ちょっと、待て…? 今何った?


「は? 悪口には敏感に反応すんの? 増々最悪だわ」


 僕としては心の声の呟きのつもりだったが、レスポンスが返ってきた所を見ると普通に声に出ていたらしい――どうでもいいよ!


 そんな些事はどうでもいい。

 彼女の罵詈雑言も全然気にならないし、気にしない。


 僕が気をかけるべきは――僕が気にしなければならないのはもっと別の事。暴言で流れそうになるのを必死で堪える小さな杭。濁流に身を落とす砂金に似た欠片。


 昨日話した女性? そんなのいるのか? 母親以外で?

 それもクラスメイトと思われる人物の知り合い?

 おい、まさか? 冗談だ。いや、ありえない。嘘だろ? カオル? まさかアダ名か? それは? 使徒では無く? なら? ならっ? ならばっ??


 ならば、それは――!


「なぁ…月宮さん。その、カ、オル。そうカオル。カオル。あーカオル。確認だけど、そのカオルってのはニックネームでは? そんでもって本名フルネームはッ――」


 笹西ササニシ薫子カオルコ…なのか?


「…って、そんなハズ無いよな。そんなのだよ」


 そう、いつもどおりの自意識過剰の産物さ。こんな簡単にピースがピタリと符合する世界ならもっと生きやすいに決まってる。さっきのTRPGとは世界観が違うんだ。ゲームマスターの設定した物語も万人受けする綺麗な伏線やフラグなんて有り得ない。あってはならない。そんなのまるっきり不合理だ。何なら辻褄が合う方がどうかしてる。異常者じみた妄想に違いないんだ。有りもしない架空に支配される意味が無い。いともたやすく為される整合性なんて非論理的極まりない!


 渦巻く思考と相反する第六感が煩いくらいにガンガンと警報を鳴らす。潰れて歪んだファズが予定外に溢れて、小さな頭の頭蓋の奥が割れそうになる。


 そんな、まさか、有り得ない。


「は? カオルって言えばそうでしょ? 笹西薫子以外に誰があんのよ?」


 そうか、やっぱりか。

 予定調和の範囲内の予想外に思わず足がふらつく。加速と停滞をし続ける頭を抱えながら、辛うじて背中を壁に軟着陸。


 すると、そのざまが意外だったのか――それとも余りにも滑稽だったのか、クラスの中心と思われる華やかさんが心配の声をかけてくれる。


「ちょ、ちょっとアンタ大丈夫なの?」


 上擦った高い声が意識の上澄みを滑る。抜けて行く。

 多分純粋な優しさを右手で制して――本能のままに自分の感情を優先して――我が身を切り裂く感傷を先に置く。


「だ、大丈夫。だから、教えて…ください。君の言う『どうしたいか』ってことについて。それと彼女が今どんな風なのかってこと」

「あ、ああ。もちろん、あーし達はそのつもりで来たんだし…ね?」


 そう言って取り巻きに対して暗に確認をとると、名も知らぬ女子二人はこくこくと素早く首肯で答えた。気の所為かも知れないけど、月宮さんの態度が軟化した気がしたが、やっぱり気の所為だろうと結論。


 まとまらない思考のまま、フラフラと先導する華やかグループの蛍火ケツを追いかけて促されるままに着席。

 僕が甘く芳しい異性の誘蛾灯に導かれた先は休憩スペースとして開放されている空き教室。普段はセルとして独立している机が、数脚毎に引っ付けられて諸島と化している中の一つ。


 二人ずつがトイメンとなり計四人が座れる島に僕達はいた。どういう取り決めがなされたのか、目の前にはモブ二人で隣には月宮さん…心理学的に分析するに、口説かれたいのかな?


 んな訳ねぇよ。


「そんでさ、関谷。あーし達のグループ的に良く分かんないんだけど…」

「なにが?」

「最終確認的に――アンタはカオルのなんなの? ぶっちゃけ狙ってんの?」

「んあ?」


 んな訳ねぇよ…ねぇよな?

 余りに素っ頓狂な質問に対して思考と言葉がフリーズする。あれ? そういう話なんかな?


 口元に手を当てて暫し思案して、僕が思う彼女との関係を他人の為に言語化していく。


「僕は――、僕自身としては、笹西さんと友達的な何かだと思ってる。彼女がどう思ってるかはしらないし、外野がどう見てるかは興味すら無いけど…うん、多分。そうなんだと思う」


 あれ? なんか凄い恥ずかしいこと言ってないか?

 知らぬ存ぜぬ。今の僕はメダパニ状態だ。正気を逸して、常軌を脱してる。そういうことにしておこう。


「だから、月宮さんの言う…ってのは違う気がする。尤も、そういう気持ちが欠片も無かったかと問われると自信は無いけど――そうだな、他人からはそう見えるのかなって現在いまは思う」


 それが「どう」の全て。

 「したい」については分からない。

 僕が望んだは言葉に出来ず、人には伝達不可能だ。


 然しながら、大概の場合そういった種類の仔細や機微は他人には伝わらない。

 月宮さんは眉間にシワを寄せた。


「つまり、ガチのマジでただの友達ってわけ? アンタもしかして男女間に、友情が成立するって考えてるタイプ?」

「えっ、成立しないんすか?」

「するワケないじゃん。夢見んなよ」

「え、ええ〜」


 まじかよ。友達は友達だろ…性別に関係無くさあ。ま、僕には同性の友達もいないから分からないけどね。


 俄然、自身の主張が持つ正当性や妥当性が稀薄されて希薄になって行くのを感じるぜ。


「じゃあ、ぶっちゃけ聞くけど、カオル――ああ――笹西薫子…正直、可愛いっしょ?」


 素っ頓狂で予定外の設問。

 それを受けて、無意識に反射的に。

 僕は網膜だか瞼だか。何かの裏に思う。

 彼女の存在を。その存在を想う。


 整った造作を。折れそうな肢体を。

 脳内で、妄想で。

 何かを噛みしめる笑顔を。何かを振り払う笑顔を。それを生み出す精神を。

 思い出す。想いだす。有する重いを感じながら、僕はおもう。


関谷アンタも、笑うんだね」

「えっ? なっ…なに、え? マジで笑ってた?」


 高尚な精神状態に刺さった意識外からの指摘こうげき

 え? なに? 笑ってたの?嘘ではなく? 大丈夫? キモくなかったか? つーか、このめちゃくちゃシリアスな局面において、笑う要素あったか僕?


「すっげー薄く笑ってたよ? あ、でもひょっとしたら…」

「ひょっとしたら?」

「あっ? カオルでこと考えた?」

「はあっ?」

「嘘だって。そんなに必死になんないでくれる?」


 は、はぁ…。

 嘆息と共に出て来たのは「何だコイツ?」という圧縮された感想だけ。

 やり取りがなんだか面倒くせぇな。もっとロジカルかつ実直に話せよ。それでもトップカーストか? なになに? 下層民の気持ちなんか分からないって?


 心のなかで不満がクダを巻いて、いつかコイが登って竜巻に変わるんじゃないかなんて妄想が頭の隅で膨らみそうになった頃、触れる言葉と関わる物語は核心に至る。


「でもさ、結局。女と男のあり方の最小値ミニマムはそうなるよ。何なら極論的に最大値マキシマムと言っても良いかも知れないけど」


 、最小公倍数なんでしょ。


 横顔を流れる髪をくるくると薄いネイルの載った指に絡ませながら、そんな具合にうそぶいた。

 意味が分かるようで分からんが、なんとも自信満々に告げられるとそれが世界の真実の様に感じられるから不思議だ…って、いやいや待て待て、感化されるな僕! 流されやすさも極まればただの濁流だろうが!!


 公倍数だか公約数だかの定義は義務教育の中で忘れてきたもんなんでさ、貴方を含んだ当たり前みたいに思春期の中に呑まれて、天命みたいにその波を良しとは出来ないんだよ。


 生憎僕は生来のひねくれ者なんだ。 


「月宮さんの言うことは分かるよ。うん、頷ける」

「だしょ? 結局そんなも…」

「だけど、納得出来ないし許容出来ないよ」

「は?」


 はるか下にすむ僕の意見は彼女のシャクだかカンに触ったのか、怪訝さで顔を歪める。


 抱きたいかどうかで言うなら勿論イエスだけど、それを目的に行動したとは思えないし、思いたくない。


 口には出さずに思い出を宝箱に収めてから、しっかりを錠を下ろす。間違いの起こらない様にしっかりと。


「僕は君より人生経験と人間性が薄いと断言出来る」

「え? あーそう。まあ、あーしはさ、…経験あるけど、それで?」

「抱けるか、或いは抱かれるかどうか…。それがどんなものであっても、どんな人間であってもさ――」


 それは哀しい関わり方だよ。


「ま、別に関谷の信念スタイルについてはいいよ。否定しないし関与しない。つーか別に興味もない」


 その絶妙な突き放し方はなかなかどうして僕の好みのやり方スタイルで。

 こいつはひょっとしてイイヤツなんじゃないかなと錯覚した。ついでに「ありがと」とお礼を言ってみたのだが、「でも一つ言うなら」…、


 ん?


「あんた童貞かよ」


 企みを果たした小悪魔は実に眩しく天真爛漫な笑顔で僕のメンタルと自尊心を地に貶める。モブ二人が顔を合わせてニヤケヅラで笑いを堪えているのも癪に障りまくるぜ。もう絶対名前を覚えてやんないと決意を固くする。


「ぼ、ぼボボボーボ・ボーボボ…ぼ、僕の貞操についても興味無いんだろ?」

「まあね」


 言葉ともどもケロリとした表情で肩をすくめるあたり、本当に経験の隔絶を感じるが、僕にとって悪い展開では無いし、なんなら無害である。連コインでコンテニュー。


 ゴホンと咳払いで間を作り、インスタントに覚悟を決める。何の覚悟を?

 

 きっと僕がこれまで頑なに目を逸らした現実と。

 多分僕が今まで身を浸していた心地の良い曖昧と。


 それらと向き合って決別する覚悟だ。


「僕が聴きたくて、君が聞きたい共通項――昨日、笹西さんに何があったのか教えて欲しい」

「ほんとになんも知らないのな。マジで友達なの?」

「僕はそうであればいいと思ってる」

「あっそ、じゃあ無関係な同級生Aでは無いってことで話すけど…」


 カオル、昨日彼氏にられたの。


「あぁ……」


 予想の範囲内であることの確認を込めて息を吐き出した。

 月宮さんの周りに配慮して潜めた声よりもまだ頼りない嘆息。


「…それで、その別れ話の喧嘩の最中に出たらしいんだよ」

「何が?」


 震える声を絞り出す。

 出た? 幽霊か? それともUMAユーマ


 どう考えても愉快な展開にはなりそうにない会話の代償に、僕は頭の成層圏を空想で埋める。沈殿していくを感じながらも無意味にそうする。


「そんなの決まってんじゃん。


 その一言が完璧なる決定打。

 全てが噛み合い、同時に崩れる音が何処かで聞こえる。


 ここからが完全に終局であり、ここからこそが物語の真相。


 僕と彼女の関係ものがたりは破綻を迎えるために、ゆっくりと終日へ向かう。

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