当日
昨今のトレンドに準じて埋没するハイブリッドかつ低燃費な僕には似つかわしく無い位に――もう本当にどうしょうもないくらいに、ガチでてんやわんやな内に夜が来て、クソみたいになんやかんやで明くる日の朝が来る。
僕が同い年の女のコに対して、騎士道精神やら武士道精神やらの何かしらの精神性を発揮する機会は訪れなかった形で無為に呆気のない一晩を越した訳である。
別れ際の彼女を客観的に見れば「拒絶」の言葉と態度であったように思うが、その癖たこ焼きでも食べようと余りにも簡単に誘う姿は「許容」されたようにも見えた。
どっちが本当の真意なんだ?
或いはどちらも虚偽なのか?
少ない材料と皆無な経験則から推察するところ。
例えば、たこ焼きの件は全部まるっと社交辞令で、その実拒絶の方向に針が傾くのかも知れない。
くそ、なんだよこれ人間関係
自暴自棄に近い自己嫌悪を眉間にシワと一緒に刻み込みながら朝食を食べていると母親から「やめなさい」とお叱りを受けてしまった。
だけど、止めるのはシワを寄せること? それとも取り留めのない散文的な思考の方? 勿論、パッと見で分かる寄せたシワの除去ですね、ええまあ前向きに善処します。
そんな感じで行ったり来たりのにっちとさっちを繰り返しつつも半分くらい未覚醒のまま鬱蒼としている意識は、解決策として学校社会からのバックレを提案するけれど、流石にそれは気の迷い過ぎるし…何とももやもやが晴れないままに登校の為の準備にいそしむ。
今日は楽しい楽しい文化祭本番だ。
先月に体育祭を終えた僕達みたいな高校三年生にとっては、高校生活最後の学校行事と言っていい。
このイベントを消化した後は――それこそ受験や就職に向けての消化試合みたいなスクールライフが始まって…花火のように呆気なく一瞬で終わる訳だ。
しかし、それはあくまで僕の知識から湧き出る一般常識的なものの尺度と考え方であり、僕自身としては今日という掛け替えのない一日は昨日の続きで、明日の前日だということ以外に意味を持たない。
つーかですね、僕達のクラスって文化祭でどのような出し物をするんだろうか?
昨日は結局、笹西さんの手伝いをしなかったおかげでそれすらも把握していない。確か、ハヤシライスかビーフシチューの模擬店だった気がするが……。いやカレーだったかな?
まあ諸々分からないことは多いが、学生の責務として、とにかく監獄へ向けて登校いたしますか。
「いやでも、やっぱりオムハヤシだった気がしなくもないな…」
通学途中なも関わらず、つらつらと無駄な物思いを続けている僕の足取りは不確かであやふやで。多分危なっかしくて、追い越す自転車やドライバーの方は
身勝手な自己都合ばかりを優先させながら改札を抜けて、満員とは程遠い乗車率の車内でまたもや物思いに浅く没頭する。
不規則に揺れる吊り革、通り過ぎていく見慣れた風景。
漂う窒息した空気の中で疎らに存在する人、
年齢や性別、思想や哲学の異なる自分以外の有象無象。
その性質は理解できないし、お互いに理解し合えない。その壁については推理するだけ無駄だけど、想像するのは無意味じゃない。
『――――――』
軽快な電子音に続いて流れた、早口で聞き取りにくいアナウンスで我に帰る。
何やら思春期まるだしの浅くて深い物思いに支配されていた頭が急速に冷やされて、その隙間を羞恥の赤が這い出して覆って行く。何かすごい恥ずかしい! マジエモい! エモくない…エロい。いやいや別にエロくないだろ!! 思春期も大概にしろよ。
いかんな…。
ガチのマジで、割と本気で混乱してきたし、このまま時間が経過すれば
片手で顔面を覆い、指でぐりぐりと
名も知らぬ通行人が電子みたいに乱雑かつ複雑に行き交う駅の構内を歩きながら無駄に足掻いてみたけど、やっぱり無駄みたいだ。アソードとカソードの違いは分からない。
つらつらと脳内で独り言を重ねる内に外界に出る。
とりあえずお日様とこんにちは。いや、時間的にはおはようございます…か。挨拶って大事だよなうん。家族以外に
何とも言えない感情で満たされる身体の中に空気を取り込めば、秋の匂いで赤とも黄色とも取れないファジィな感覚が現れる。
何故だか妙にノスタルジックで、堪らなく物哀しい気持ちになるのは季節柄か、それとも別の何かのせいか…。知らねーよ。
様々なものへの理解や把握を諦めたりしていたら――僕自身、本当に驚きなんだけど――僕の身体は学び舎にあって、若人による文化の宴が既に始まっていた。
ウソだと思うだろうけど、マジだ。現実は小説より云々。催眠術だとか超スピードなんかじゃかんぬん。草々不一。
閑話休題。おさまれ混乱。
はてさて、とにかくとして!
何だか依然としてよくわからんままではあるけれど、始まってしまったものは仕方が無いし。
どうにかこうにか、今日という日をなんとか僕は乗り切る必要がある。なにはともあれ基本的に毎日はそれの繰り返しだ。
さながら賽の河原にバベルの石柱を立てる刑務作業の様だが、それこそ本当に仕方が無い。せいぜいその箱庭の中に些細な楽しみを見つけて、マスターベーションに似た
「さて、とりあえず…何処から廻ろうか……」
我が校所属の美術部の誰かしらが描いたであろうイラストが表紙のパンフレットを片手に、一人僕は呟いた。
周囲からキモイとか思われていないか不安だが、口に出した言の葉の代替に頭の中で行動予定を立てる。
開催予定のプログラムを目で追い、現在時刻と照らし合わせてから当座の目的地に向かう。
とりあえず、ハイティーンの文化祭と言えば「焼きそば」だろうという謎の固定概念が僕の中にはあるので、一年生の何組だかの焼きそばを購入した。
生徒から評判の悪い制服と違って――お祭りの一体感をひと目で感じさせるTシャツ姿の女生徒から商品を受け取る際に気が付いたのだが、僕の所属集団にもそういう――確かそう、いわゆる「クラT」などと呼ばれるものが配布されたんだろうか? 僕は貰ってないぞ? まあ
ただでさえ荷物で一杯の頭の中に更に疑問を加算して、もっと言えば手には焼きそばの入った白いプラスチック容器を抱えて、昨年建て替えられたばかりの体育館へ足を伸ばす。
真新しいフロアには似つかわしくない――古びてカビ臭いグリーンマットが一面に敷かれ、その上に錆び混じりのパイプ椅子が規則正しく乱雑に並べられた空間。そこに点在する観客は勝手に振る舞い、多少なりとも不愉快に思う。何故だろ? 不思議だわ。
個人的で余りに独善的なささくれを抱えた僕は先人達に倣って、ドカッと王様の様にパイプ椅子に腰掛けてステージに目を向ける。
照明が眩しそうな舞台にはプログラム通り、吹奏楽部の皆さんが陣取っていそいそと開演前の準備に明け暮れていた。
彼達のパフォーマンスの後は、軽音楽部のライブや有志によるダンスパフォーマンス。更には奇術部の手品ショー、落研による
そんな皮算用と歓喜を含んだ割に空っぽの僕は、流行りのポップスをアレンジした音に耳を傾けつつ、割り箸を右手にソースまみれの小麦粉を啜り始めた。
* * * * * *
案外体育館で楽しく過ごす内に、空は
それもそのはず、日が暮れれば校庭に設置されたキャンプファイヤーを囲んだ陽キャ達によるフォークダンスが始まるからだ。
我が校において「当夜祭」と称されるその青春イベントは文化祭前日に行われる「前夜祭」と最終日に行われる予定の「後夜祭」とのちょうど真ん中で行われる。二日間しか文化祭は開催されないのに、夜祭は三回ある訳だ。海外旅行の三泊五日みたいな不可思議さを感じるね。ちょっと違うかな?
まあ陽キャと陰キャの両方に含まれるヤンキーっぽい奴らとかの大半は祭り大好きだし、そんなもんなんだろうな。後は海とかバーベキューとか、成人式なんかにも異常な情熱を見せるのも特徴だよね。
近場に生息するヤンキーの生態についての高度な思索を深めながら遠くで赤く輝く火柱と、その背後で鳴り響く音質の悪いミュージックに身を寄せる。
僕はこういう本能と感情を丸裸にして――なんもかんも丸出しみたいなイベントごとには疎いけれど、この独特の高揚感を伴った刹那的な雰囲気はなかなかどうして悪く無いし、否定できない。
終局が決定付けられているにも関わらず、絶対的な終焉を持つそれから必死に目を逸らして瞬間と刹那の享楽に身体と精神を懸命に沈める虚無性が、どうやったって嫌いになれないから。
そう言えば、
僕は日中の大半を体育館で催される娯楽と共にしたので、自らが所属するクラスに顔さえ出していない。クラT貰えない訳だわ。別に要らねぇけど。マジで欲しくねぇけどさ。
やいのやいのの乱痴気騒ぎに当てられたのか、らしくもなく
「さて…明日は会えんのかな?」
合間合間に体育館を抜け出して、色々なものを食べたが、たこ焼きは食べていない。複数のクラスが提供していたが、まだ食べていないんだ。
スマホを取り出して時間を確認。良い時間だし、今日はもう
いずれ確実に終わりを迎える青春ごっこを謳歌する集団に後ろ髪を引かれる事無く、僕は難なく帰路に着いた。
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