第3話 記憶の中の八月九日


 今日は八月九日。

 セミがかまびすしく鳴いています。

 最近は、あまりの暑さに、昔のように、子供たちが外に出て遊ぶ姿も見かけません。


 それでも、相変わらず、テレビでは高校野球の熱戦が繰り広げられています。

 あの独特の雰囲気を持つ応援の声が、あちらこちらから聞こえてきて、あぁ、夏だっ、て感じさせてくれるのです。


 そう言えば、来年の八月九日って。


 東京オリンピック2020の閉会式が、オリンピックスタジアムで開催されるはずではないかしら……。


 七月二十四日に開会したオリンピックがその熱戦を終えて、晴れて閉会の式典に臨むのです。

 大きな事故もなく、その日が迎えられているといいなぁって思うのです。


 一九六四年の東京五輪のそれは実に開放的な閉会式でした。


 あれだけ、律儀に、整然と進められた開会式と異なって、選手たちが自由勝手に、肩を組み、手を繋ぎ、そして、肩車をし、入場してきたのです。

 日本が戦争の記憶から解き放された一瞬だったと、まだ、小学生だった私でさえも、アナウンサーの実況を聞きながら、そんなことを思っていたのです。


 国破れて山河ありの状況から、生き残った大人たちが必死の思いで国土を立て直し、戦争で被害を与えた国に賠償を行い、さらに、基金を作り、発展途上国を支援したのです。

 国内に暮らす私たちは、アメリカの食糧援助を受けながら、細々と生きてきたのです。

 それが、世界のアスリートを迎えて、世界中に復興した日本のいまを見てもらったのです。

 子供心にも、何か日本という国のすごさを感じた一瞬でした。


 昭和二十年の八月九日のことを、その後、青年になった私はものの本で読みます。

 本からの断片的な知識がつなぎ合わせると、昭和二十年のこの日、大変な一日だったことがわかるのです。


 八月九日の黎明、まだ日付が変わったばかりの時でした。

 ソ連が、日ソ中立条約を反故にして、南満洲に雪崩をうって攻め込んできたのです。 

 日本人の悲劇が始まりました。

 シベリア抑留が始まり、民間人の引き揚げの悲劇が起こり、残留孤児の歴史が始まったのです。


 ソ連参戦で、日本の国土が奪われたばかりではありません。

 日本は終戦へと一気に舵を切ることになるのです。


 その日の午前十一時。

 皇居で御前会議が開催されました。

 議題は、ポツダム宣言にいかに対処するかの議論です。


 閣僚たちに、ソ連参戦が重くのしかかり、そして、程なく、長崎への原爆投下が役人から告げられるのです。

 しかし、国の進むべき道を決めるのは容易なことではありませんでした。


 九日深夜、いよいよもって、御聖断がくだります。

 

 それから五日の間、日本はその歴史上もっとも長く、重苦しい時間を過ごすことになるのです。


 あの時、私の父は、ソ連に抑留され、母のいとこは長崎で被爆をします。その父と母が五年後に出会うのです。そして、私がこの世に生まれてきたのです。


 だから、八月九日は、日本ばかりではなく、私がこの世にあることにもつながる日であったのではないかと思う時があるのです。


 アメリカでは乱射事件が相次ぎ、日本でも同様の、信じられないような事件が相次いでいます。


 香港人は、人民解放軍が弾圧に出てくることを望むかのように、その抗議活動を激しています。人民解放軍が出てくれば、第二の天安門事件になり、中国の共産党独裁は終わりの始まりになるやもしれません。


 韓国は、何を血迷ったか、愚かにも日本に戦いを挑んでいます。


 日本政府も、これまでのように、おとなしくことを済ますことはしません。ありもしないことをあるかのように工作するそのありように断固対する姿勢を堅持します。

 

 時代はいつも混沌としているといえば、それまでですが、それにしても、時代を画する案件がこれほど揃ってしまっているのです。


 子供の頃、NHKのアナウンサーが、閉会式の模様を中継していた際の言葉を、私は覚えています。


  国境を超え、宗教を超えた美しい姿がここにはあります……

 

 はてさて、来年の八月九日、NHKのアナウンサーは、なんと、言葉を継ぐのでしょうか。

 月並みでもいいですから、あの時と同じような言葉を継いでくれることを、そっと願っているのです。

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ブリキの金魚 中川 弘 @nkgwhiro

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