不うんな旅行者

亀虫

不うんな旅行者

ナレーション:

時は2XXX年。科学技術が進み、宇宙旅行が一般化した時代。地球人は、自分たちと同じように宇宙に進出している異星人たちと交流し、友好的な関係を築き上げていた。

そんな平和な宇宙を旅する二人の男がいた。名をレオとバルゴという。小型の宇宙船を駆り、色々な惑星を巡っているのだ。今回の話は、その途中で訪れた「トレット星」という小さな惑星で起こった出来事である。


(宇宙船内部。レオとバルゴは出入口で立ち話をしている。)


バルゴ:

それじゃ、ちゃんと船を見ててくれよ、レオ。俺は食料を買ってくるからよ。


レオ:

ありがとう、バルゴ。このトレット星は辺境の惑星。親切にも他の星の人が基地を作ってくれているが、ここから離れるとしばらくはそれもない。今のうちにたんまり調達しておかないとな。

ところで、財布はちゃんと持ったか? この前の惑星じゃ、忘れて面倒なことになったからね。しっかり確認してから行けよ。


バルゴ:

今日はちゃんと持ってるぞ。ほら、この通り。金も50モネ入ってる。


レオ:

ならいい。気をつけて行ってこいよ。


バルゴ:

お前も気をつけろよ。宇宙生物とかにな。お前は留守番とはいえ、何が出るかわからねえ。


レオ:

ハハ、この惑星にはそんなものはいないよ。心配無用さ。


バルゴ:

そうだった、そうだった。じゃ、行ってくる。


(バルゴ、退出。)


レオ:

さて……ずっとこここにいるのも暇だな……。ちょっと外の空気でも吸ってこよう。いや、この惑星には空気はないか。まあ、キーを持っていればまず船を盗まれることもないし、気分転換に散歩するか。

(レオ、宇宙船から降り、トレット星の地表に降り立つ。地表は白っぽい岩石で覆われており、ポツポツと異星人の宇宙船らしき乗り物が停船している。)


レオ:

田舎の星だけあって、停まってる船の数も少ないなぁ……。のびのびとできて悪くないが、ちょっとさみしいな。


(遠くから誰かが走ってやってくる。どうやら異星人のようだ。)


レオ:

ん、誰だろう? 異星人か。だいぶ慌てているようだが……あっ、こっちへ来る。


(レオ、異星人に話しかけられる。)


異星人:

ノ、乗リ物。乗リ物、盗ム。盗リマス。


レオ:

えっ、乗り物? 盗む?


異星人:

乗リ物! 盗ムマス! 乗リ物!


レオ:

も、もしかして、強盗か? 乗り物を盗む気か!


異星人:

チガウ! ノリモノ、ヌスム!


レオ:

うーん、困ったな……。どうすれば……。


レオM(モノローグ):

(脅しているようにも見えないし、カタコトで意味が分かりづらいな……。おそらく私にも理解できるように地球語で話かけてくれてるんだろうけど……。乗り物、盗む……。ああ、もしかして盗むんじゃなくて、盗まれたのかな。見た感じ、彼は相当焦ってる。きっと船を盗まれて帰れなくなって、ピンチなんだ。それならば、助けてあげないとな。)


レオ:

あの、もしかして、乗り物が盗まれて帰れなくなってしまったから、私たちに自分の星まで送って欲しい、ってことですか?


異星人:

交番。


レオ:

コーバン? ああ、交番ですか。この惑星の衛星にたしかありましたね。

そこで宇宙警察の方に助けてもらうのですね。そこまでなら、これですぐ送れますよ。(自分たちの船を指さす。)

……相棒が帰ってくるのを待ってからになりますが。


異星人:

……警察、乗リ物?


レオ:

はい、警察です。何か具合の悪い事でもありましたか……? きっと力になってくれると思うのですが。


異星人:

乗リ、交番! アリガト! 送リ、アリガト!


レオ:

いえいえ、礼には及びません。相棒が帰ってくるまで少しかかると思うので、先に船の中で待っていてください。ドア開けますね。

(リモコンでドアのロックを外す。ドアが自動で開く。)

(異星人は中に飛び込むように船内へ入る。)


レオM:

(随分焦っているみたいだなあ。まあ、こんな辺鄙な場所で船を失ったのなら、焦るのも仕方ないか。)


(バルゴ帰還。)


バルゴ:

おーう、戻ったぜ。


レオ:

あれ、バルゴ。早いな。どうしたんだ?


バルゴ:

いや、それがな、“大容量圧縮袋”を船に忘れちまったんだ。だから取りに戻ってきたんだ。


レオ:

圧縮袋? 買ってきて荷物を積み込むときに圧縮すれば良いんじゃないか?


バルゴ:

それだと、いっぺんに食料持って帰れないだろ? だから買う前に取りに来た。仕事は効率的にやらないとな! 


レオ:

どれだけ大量に買い込むつもりだったんだ……。たかだか50モネで。


バルゴ:

じゃ、袋持ってまた一っ走りしてくるぜ。


(バルゴ、船へ戻ろうとする。)


レオ:

あっ、ちょっと待った。


バルゴ:

なんだ?


レオ:

今、船内にお客さんがいるんだが……。


バルゴ:

客ぅ? こんなところで? 誰だ?


レオ:

異星人だ。何星の人かはわからないが、カタコトの地球語を話していた。


バルゴ:

ハァ? そいつ、泥棒じゃねぇのか?


レオ:

俺も最初はそう思ったんだが、あの慌てぶりを見たら違うと思う。どうやら船を盗まれたらしい。困ってる人を見かけたら、異星人とはいえ放っておけないだろ?


バルゴ:

そりゃ、そうだが……。


レオ:

それに、大した金目のものは船にはないし、俺が船のキーを持っている限り絶対に盗まれることはない。そうだろう?


バルゴ:

仕方ねえなあ。そいつをどこかに送って行けばいいってことか? 一肌脱いでやるか。


レオ:

ありがとう、バルゴ。お前ならそう言うと思っていたよ。


バルゴ:

しかしなあ、カタコトの地球語か……。プッ、クククク……。


レオ:

なんだよ、突然笑い出して。


バルゴ:

いやなに、ちょっとした与太話を思い出しちまってよ……ククク。


レオ:

与太話?


バルゴ:

ああ、宇宙言語にまつわるジョークなんだが……ナパジ星人を知ってるか?


レオ:

ナパジ? 知らないな。


バルゴ:

地球からは遠い星だからレオが知らないのも無理ねぇか。ナパジ星は地球とよく似た星でよ、文化も地球に結構近い。住んでる奴らの見た目も他の星の奴と大して変わらねえ。まあ、この広い宇宙じゃ珍しくもない星だがな……ひとつ、俺たちからしてみれば、言語に特徴があってよ。


レオ:

言語?


バルゴ:

ああ。それが、俺たち地球人の公用語「地球語」によく似た言葉がとても多い。これは結構珍しいんだぜ。


レオ:

へぇ、語学堪能なお前の好きそうな話だな。


バルゴ:

こっからが面白いところだぜ。

とある青年が、ナパジ星に旅行に行ったときの話だ。その青年は、ナパジの都市で迷子になっちまった。電車に乗りたいのに、標識が読めず、いくら歩き回っても一向に駅が見つからない。だから仕方なく、意を決して現地の人に聞いてみることにしたんだ。たとえカタコトだろうと、もしかしたら意図くらいは伝わるかもしれねぇからな。青年は、地球語でナパジ人に声をかけた。


レオ:

ほう。ナパジ語と地球語が似てるってことは、意外に通じたのか?


バルゴ:

そこがこの話のミソだ。たしかに地球語とナパジ語は似ている。だが、それはあくまでも発音だけの話だ。意味自体は全然違う。同じ発音の言葉でも、それぞれ違うものを指す。


レオ:

つまり、どういうことだ?


バルゴ:

今回の場合はこうだ。

青年は、

「乗り物はどこですか?」

と聞いた。

乗り物と言えば、俺たちの言葉では「電車」や「車」や「船」だよな。でも、ナパジ語では「ノリモノ」と言えば「便所」のことなんだよ。


レオ:

便所? (吹き出しながら)ハハ、そういうことか!


バルゴ:

うむ、そういうこと。その青年は、親切なナパジ人に電車ではなくトイレに連れていかれたのさ! 


レオ:

ハハハ、面白かったよ!


バルゴ:

だろ? ちなみに、ナパジ星人のトイレは袋状になっていて、その中にするんだぜ。


レオ:

散歩中の犬みたいだな。いざとなったらお前の圧縮袋もトイレ代わりにできるってことだな。


バルゴ:

それは勘弁してくれ……臭いメシが食いたくなければな。


レオ・バルゴ:

ハハハ……。


(一瞬の間。)


レオM:

(あれ……? ノリモノ……聞き覚えが……。ノリモノはトイレ……)


レオ:

な、なあ、バルゴ……。


バルゴ:

なんだ?


レオ:

今船にいる異星人……そういえばしきりに乗り物がどうたら叫んでたよな……。


バルゴ:

え?


レオ:

さっき話したようにメチャメチャ急いでて、ドアを開けたらすごい勢いで駆け込んで……。そもそもカタコトで話してたんじゃなくて、もしあれが彼らの星の言葉だとしたら……。


バルゴ:

……船に戻れ。急げ!


(慌てて船に戻ろうとするが、直後に満足げな顔で異星人が船から出てくる。)


異星人:

ノリモノ、ケーサツ、デンシャ!


                                おしまい


【おまけ】今回出てきたナパジ語リスト


ノル→大便

ノリモノ→便所

ヌスム→どこ

マス→ですか

チガウ→早く

コーバン→漏れそう

ケーサツ→本当に

オクリ→ドア

アリガト→開けて

デンシャ→ありがとう

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不うんな旅行者 亀虫 @kame_mushi

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