これが罰ゲームです
烏川 ハル
パン屋の扉
「今日はみんなに話したいことがあります」
教壇でクラス担任の
クラスの生徒の多くが既に用件を察しており、教室の真ん中でポツンと目立つ空席へ、意味ありげな視線を向けている者までいた。
「数日前から欠席している
教室中に「やっぱり」という空気が漂う。行方不明の件なんて、とっくに噂になっていたのだから。
生徒たちがざわざわとする中で、事件の発端に関わっていた三人の学生――
そもそもの発端は、数日前の昼休みのこと。
食後の暇つぶしとして、彼らは四人でトランプ遊びに興じていた。『大富豪』あるいは『大貧民』と呼ばれるゲームだ。
「そろそろ最後かな? じゃあ……」
しばらく遊んだところで、ニヤリと笑いながら、痩身の
「今から星を数えてみようかな?」
四人は、大富豪が四点、富豪が三点、貧民が二点、大貧民が一点という形で、星勘定をつけていた。ポイント最下位が罰ゲームという取り決めだったのだが……。
「いや、もう、数えるまでもないだろ? みんな、酷いよ」
顔をしかめながら
「この勝負、お前の負けだ!」
「当たり前だよ! これ、最初に大貧民にハマったら、もう抜け出せないじゃないか!」
前回順位に基づいたカード交換という特性があるため、一度でも負けると簡単に地位を覆せないゲームだ。途中で
「あれは3年前のことだった」
黒縁メガネの
「突如、侵略してきた異星人。人類の抵抗も虚しく、異星人は地球の都市の70%を焼き、総人口の半分を死にいたらしめた。人々が恐怖する中、全財産を失ったアズマは……」
「無駄に壮大な設定、作らないでよ! あと、僕が大貧民になったのは『3年前』じゃなくて『30分前』だよ!」
「ツッコミ入れるだけ無駄だぞ、
と、口を挟む
「それよりも……」
今度は俺が冗談を言う。そう言わんばかりの笑みを浮かべて、
「シュークリーム食べたくなったから、買ってこい」
「……え? ついさっき昼飯、食べたばかりなのに?」
わけがわからない、という顔を
そう、ぶっちぎりのトップは
「……わかったよ。行ってくる」
「おお、パン屋のじゃなくて、コンビニので構わないからな!」
「急げよ! 早くしないと、昼休み終わっちゃうぞ!」
教室を出る
「私の仕事は、この世界を破壊することだから」
走って校門を出たところで、
その一。右へ100メートル進んで、コンビニでシュークリームを買う。
その二。左へ50メートル、そこの角を曲がって、さらに100メートル。「菓子パンが美味しい、ケーキも美味しい」と評判のパン屋まで行く。
逡巡の時間はわずかであり、彼の足は、左へと向かっていた。
ベーカリー『異世界』。
パン屋にしては妙な店名だが、一口食べれば誰もが納得。「とてもこの世界のものとは思えない味!」「まるで別の世界で修行してきたかのような……!」という噂が、
実際、その店で
しかも、そのパン屋を一人で切り盛りしている看板娘――キョーコさん――は、眩しいほどの美人。
「黄色いエプロンと青い三角巾の似合う、素敵なお姉さん……」
キョーコさんのことを思い出すだけで、
だから。
罰ゲームとはいえ、キョーコさんに会える機会だと思えば、
しかし。
「そんな……」
ベーカリー『異世界』に辿り着いた
店は真っ暗であり、扉には『CLOSED』という
頭の中では冷静に、今日の曜日を確認するが……。定休日ではなく営業日のはず。
しばらく
「隣の姉ちゃんなら、引っ越したぞ」
見上げれば、隣接した民家の窓が開いて、小学生くらいの子供が顔を出していた。
いや、ああ見えて、もっと幼いのだろうか。小学校は、まだやっている時間帯のはずだし。
そんなことを考えながら、
「どこへ?」
「知らない。そういえば、引っ越し作業自体は見てないなあ。ただ『遠いところへ行く』って挨拶があっただけ」
それだけ言うと、子供は顔を引っ込めて、窓も閉めてしまった。
「そっか……。じゃあ本日休業ってわけじゃなく、この店、もうやめちゃったのかあ……」
がっくりしながらも、気持ちとは裏腹に立ち上がる
本来ならば、そのまま
後ろ髪を引かれる思いで、ドアノブに手をかけた。
「……おっ?」
鍵はかかっていなかった。
いくら空きテナントになったとしても、物騒だろう。あるいは、まだキョーコさんが中にいるのだろうか? 真っ暗に見えるのは入り口近辺だけで、奥で作業中なのかも……? 『引っ越し作業自体は見てない』という話だったし、まだ引っ越しが終わっていない可能性も……?
淡い期待と共に、
その瞬間。
世界が真っ白になった。
「眩しい……!」
視界が正常に戻った時。
床も壁も天井も、全てが水色で、キラキラと輝いていた。ガラス張りの建物のようにも思えるが、色ガラスや磨りガラスとも違う感じだ。『水晶宮』とか『クリスタルパレス』といった言葉が頭に浮かぶ。ゲームで遊んだダンジョンの名前だが、それこそがイメージぴったりの場所だった。
後ろを振り返っても、もはや扉は存在しない。広大な部屋の真ん中のようで、足下には、三角と丸を組み合わせた図形が、黄色い光で描かれていた。
「えっ? これって……」
ありえないことが起こったのだ、ということだけは理解できた。謎の光に包まれて運ばれてきたわけだが、だからといって別にスーパーパワーを与えられたわけではない、という実感もあった。
困惑の中。
遠くから、会話が聞こえてきた。
「私の壮大な世界征服計画を教えてやろう」
野太い声に続いて、聞き覚えのある女性の声。
「その必要はないわ!」
声の聞こえてきた方角に、
部屋の隅に階段を発見。どうやら、声の主は一つ上の階にいるらしい。
階段を駆け上がる
「これが勝利の鍵! すなわち……」
そして、
「キセキのチカラだ」
決然とした叫びと共に。
ピンク色の鎧兜で身を固めた女性が、不思議な剣を――刀身が光に包まれた大剣を――振り下ろすところだった。
「ぐわっ!」
先ほどの野太い声。
だが、その姿は、
「ふう……」
この世界の魔王を屠ったピンク色の勇者は、額の汗を軽く拭った後、
魔王最期の瞬間、誰かがこのフロアに上がってきたのを、しっかりと彼女は認識していたのだ。もしも魔王軍の残党であるならば、きっちり処理しようと思ったのだが……。
「え……?」
黒い学生服の少年。全く予想もしていなかった存在だ。
一方、
「キョーコさん!」
「えーっと……。あれ? キミって、いつもの常連さんの……」
「
「ああ、そう、
そこまでいってから。
勇者キョーコは、オーバーな仕草で額に右手を当てた。
「あちゃー。私、転移魔法陣のスイッチ、切り忘れてたのか……」
思いっきりの後悔を顔に浮かべると同時に、左手で指をパチン。遠隔操作で、遅ればせながら、魔法陣の効き目を消す。
「ごめんねえ、
本当にすまない。土下座でもしそうな表情で、でも仕草は軽く、顔の前で小さく手を合わせる勇者キョーコ。
「いえいえ、そんな……。とりあえず、僕は何も見なかったことにしますから、さっさと戻していただければ……」
自分でも驚くほど、冷静に対処する
「それが無理なのよねえ……」
言いづらそうな口調の後、キョーコは早口で、一気に説明する。
「今までの転移魔法陣なら、あっちの世界とこっちの世界を行き来できるんだけど……。今回のは特別仕様で、魔王城の結界を破るために、ブーストかけてあってね。というより『世界間移動を助走にする感じで、ようやく魔王城の結界を破れた』と言うべきかな? とにかく、一気に魔王城へ飛び込むために、犠牲にした側面があって……。今回のは一方通行、しかも最後の魔法陣。これを使うと、もう二度と新しい転移魔法陣は組めなくなっちゃう。だから、完全な片道切符なのよねえ……。あ、もちろん、魔王が死んだ今、魔王城の結界は消えたから、この城から出て、この世界で暮らすことは出来るんだけど……」
ごめんね。てへっ。
そんな感じでペロッと舌を出す彼女を見て。
「大貧民の罰ゲームにしては、これ、過酷すぎるだろ……」
ちなみに。
呆然とする
「うーん。これは……。責任とって、私が
そして。
時は流れて……。
「あれは3年前のことだった……」
彼がポツリと呟くと、
「わあ! おじいちゃんのお話、始まった!」
「ボク、あれ大好き! 勇者と魔王の物語、聞かせて! 聞かせて!」
「私はウチュウジンの話の方が好き!」
わらわらと小さな子供たちが集まってくる。
少し離れたところでは、子供たちの母親が、彼らを見守りながら談笑していた。
「やだわ、お父さんったら、ボケちゃって……。全然『3年前』じゃないのに……」
「いいじゃないの、姉さん。あれはもう定型句みたいなものよ。実際の『3年前』を意味してるわけじゃないんだわ」
娘や孫たちに囲まれて、幸せな老後を過ごす
これが彼の『罰ゲーム』の顛末なのだが、はたして、本当に『罰ゲーム』と呼べるものだったのかどうか。その答えを知るのは、
(「これが罰ゲームです」完)
これが罰ゲームです 烏川 ハル @haru_karasugawa
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