陰鬱短歌30首
久利須カイ
第1話 ブルース
戯れに「バルス」と唱えて目をつむる日曜の夜に膝を抱えて
遺伝子を残す権利と引き換えに野垂れ死にする自由を手にす
飲み込んで胸に沈めた言の葉は心を侵す毒となり得る
かなしみにわけはいらない青白い月を見上げて唄うブルース
三日月は月の光が弱いから光合成もできないでいる
世界からいま消えたならわたくしの不在に誰か気づくだろうか
成熟の機会遠ざけいまもまだ拳はきつく握り締めている
今生は雨宿りだと思いおり行き交う人に黙礼をする
飲みこんで幾重に積もった感情が青を重ねた地層となりぬ
北の街はすでに見知らぬ場所となりふるさと失くした我はデラシネ
泣きたくも涙ながせぬ人々の代わりに空が哭く午前二時
おぼれている人が差しだす腕の数だけが定義すわたしの価値を
明けぬ夜はないと言いきる人たちは長さ知るまじ絶望の夜の
さいはてに通じる道を探しては迷いたたずむY字路の前
太陽と月を想像してほしいそれが世界とわたくしの距離
「父もまた太宰を愛する人でした」虚無の血筋を一つ滅ぼす
いくつかの岐路を誤ることなくば正しい大人になれただろうか
群青の空に月がかかるころようやく息が楽になるのだ
空に向け指を伸ばして「バン」と言う墜ちよ太陽燃やせ世界を
今日もまた世界のどこかで消えていく幼い命とわたくしの誤差
秋雨は涙が空に揮発して世界に戻る還流である
さいはてを求めた末にいる場所はただの水際、深さ五ミリの
呪いなど誰もが背負うものでしょう。いずれ失う命と同じく。
いくつもの矛盾をはらむ生活は人が人たる証しでもあり
思い出に火を放つ夜もあるだろう今いるここを照らしだすため
群青を流星群が刻む夜は眠りがいつも不確かになる
見返りの一つも望まず朽ちていく誰かの好意を踏みて暮らしぬ
人並みの日々を恐れず生きていく幸も不幸もただそこに在る
雑踏の電車の中にひとり立つ優しい人になりたいと思う
あざやかな光をつむぐ君の手よ嵐の夜の灯台であれ
陰鬱短歌30首 久利須カイ @cross_sky_78
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