ミソジニー

内田啓太

ミソジニー


「ミソジニー (英: misogyny) とは、女性や女らしさに対する嫌悪や蔑視の事である。女嫌い(おんなぎらい)、女性嫌悪(じょせいけんお)、女性蔑視(じょせいべっし)などともいう。男性側のミソジニーの例として、女性に対する性的暴力やセクシャルハラスメント、制度的差別などに加え、広告や映画、文学テクストなどにおける女性を憎む表現などが挙げられている。また、これはミサンドリーにも見られる傾向。 女性全般は嫌いだが、女性に性欲を感じることもあるし(創作物のみ、女体のみというもの、バイセクシャルや性同一障害の者もいる)、好きな女性が出来ることもある。」(Wikipediaより抜粋)


俺は生まれてこのかた女を好きになったことがない。なぜかと言われても何となくでしか分からない。一つ何か原因をあげるとしたら家庭環境だとも思う。自分としてはごく普通の家庭で育ちごく普通に育ってきたつもりだった。いや、正確には心の中でできればそう思いたかったとでもいうのだろうか。でも、世の中何事も自分の思い通りにはいかないものだ。そして、非常に残念なことだが、自分の気持ちとは裏腹にうちの家族はほかのそれとは何かが決定的に違う雰囲気があると言わざるを得なかった。それについては話すと長くなるので、まずは手始めに俺が高校に入学してからの話をしたい。というのも高校に入学して以来まわりのやつらがまるで急に盛りのついた犬みたいに次から次へと彼女をせっせと作り始めて、週末にデートに行っただの、初めて女とやった初体験が感動と興奮の嵐だったとか、そんな下世話な話ばかりし始めたんだ。学校にいる間中散々そんな話を聞かされてきたせいか、俺は頭がおかしくなるほどとてつもなく憂鬱な日々を送ってきた。つまらない日常の記憶で胸が張り裂けそうになる日だってある。中学の頃までは平和そのものだった。まだみんなそれほど彼女もいなかったし、男同士で集まることのほうが圧倒的に多かった。毎週恒例のように野郎だけでたまり場みたいに誰かの家に集まってはバカみたいに長時間テレビゲームをしたりもしたし、たまにコンビニに行ってビニール袋に見事に包囲されたエロ本を誰がレジまで持っていって買いに行くかなんてじゃんけんで決めたりして、自分がその罰ゲームに負けたときのあのドキドキしたスリル感といったらたまったもんじゃなかったが、なぜだか心臓が破裂しそうなくらい異様に興奮したし、そしてそれもそれなりに楽しい思い出だった。そんな風にみんなでバカ騒ぎして普通に過ごしてればそれだけでよかった。たったそれだけで楽しかった。そしてそんなことばかりやっていても誰にも何も文句を言われなかった。それにそれが普通だと思ってた。でも、高校に入るとみんな目の色変えたように彼女作りにいそしむようになった。おかげで仲の良かったやつらとあまり頻繁に遊ぶこともなくなった。そして悲しいことに段々と男同士でバカやったりすることもなくなってきた。俺は勉強もあまり好きじゃなかったし、部活は帰宅部だったし、次第に平日は学校から帰ると好きな漫画を読んだりするようになったし、週末は根暗と言われても仕方ないくらいひとりきりでテレビゲームをするのに没頭する生活へと変わっていった。何故かたまに気が向いたらドラマを見たり小説を読んだりすることだけは好きだったが、別に趣味といえるほどのものでもない。通っていた嫌いな塾も高校受験に受かってからはもう必要ないからって入学と同時に晴れてやめたし、今は習い事もしてない。特になりたいものなんて何もないし、将来に夢も希望もない。こんな学校生活に何の意味があるんだって、時々クビを吊って死んでしまおうか?とか馬鹿げたことをふと思ったりもする。なんてそれはさすがに大げさな話だけれど。

そんなこんなで、高校生になったときくらいからか中学時代までの能天気そのもので意気揚々とした気分なんて次第にどこぞへと吹っ飛んでいったし、非常に空っぽで空虚な、あるいは陰鬱ともいうべきなのか?そんな形容詞が非常にお似合いの学生生活を日々淡々と送っていた。そして、そんな折の中、段々と自分は何かおかしいんじゃないかって思い始めた、というかそう思わざるを得なくなったといったほうが正解なのかもしれない。なぜ自分はこんなにも毎日が憂鬱なんだろう?なぜこんなにも孤独なんだろう?まわりのやつらはみんな楽しそうなのに・・・(それがただ楽しそうに振舞っているというだけなのかは俺には到底はわからないが・・・)俺はほかのやつらとは何かが違う。そう思い始めた。いわゆる世間でよく言われる中高生にありがちなこの時期特有の色気づいた思春期の悩みというやつだったりするのだろうか?こんな無味乾燥で空虚なくだらない人生を生きている意味が果たして本当にあるのだろうか?うんざりする世の中に一体全体何の意味があるんだろうか・・・それだったらそれはいつしか大学生になったり大人になったりすればみんなと同様にいずれ嵐の後の静けさみたいに何事もなかったかのように自然と通り過ぎていくような、いわゆるはしかのようなものだったりするのだろうか?いや、でもそれとも何か違う。決定的に何かが違うんだ。なぜそう思ったか?そう思ったきっかけは・・・実は、そんなに単純なことではないけれど・・・自分はもしかしたら・・・女嫌いなのか?(人前でカミングアウトするのは非常に勇気が必要なことだけれど・・・)って意識するようになってからなんだ。それでさっき突然背中が急にむずかゆくなったみたいにいてもたってもいられなくなって、ネット中をまるで漁るかのように一心不乱に検索してみた。そしたら運命的なのか偶然なのか知らないが、ミソジニーって聞きなれないいかにもいぶかしげに聞こえる単語にたどり着いた。女嫌いをミソジニーっていうそうだ。さらにネットで詳しく調べてみると、正確には女を嫌い、女を差別をする男のことを指すらしいけど、難しい用語の意味は高校生の俺にはあいまいにしかつかめない。でも、自分は女性に対して卑しい差別意識なんかこれっぽっちももったことなどないし、どちらかというとただ単に女が意識的に苦手で嫌いってやつなのかもしれない。そうすると、俺はこのミソジニーという単語に分類されるようなタイプの人間とはいえないのかもしれない。



「ちょっと、蒼太?ご飯できてるわよ?」

ネットでミソジニーについて調べながらそんなことをああでもないこうでもないとしきりに考えていたら部屋の外の階段の下から姉貴のどでかい声がしてきた。どうやら夕飯の時間みたいだった。俺は急いでシャットダウンのボタンをクリックしてノートパソコンを閉じた。

「ちょっと聞いてんの?」

「はい、今いくよ。」

俺はまるで学校や会社に遅刻しないように発車間近の満員電車にギリギリ飛び乗る学生や会社員のように大慌てで階段をおりていった。

「何度呼んだらわかんのよ?聞こえてるなら返事くらいしなさいよ」

階段を降りると廊下に姉貴が仁王立ちのような構えで立っていた。

「ああわりー」

そして姉貴は突然すきを狙ったかのように俺にいつもの強烈な平手チョップをガツンとかましてきた。

「いて、何すんだよ?」

「あんたがとろいからでしょ?返事は遅いしなかなか降りてこないし。動作がのろいのよ。もっとしゃきっとしなさいよ、しゃきっと。あんたそんなんじゃこの先厳しい競争社会から淘汰されて世間から取り残されるわよ」

俺に活を入れるかのように姉貴は大声でそう言い放ちながらリビングに戻って行った。

俺の姉貴は竹井美佳という。大学4年だ。いわゆる一流と言われる超有名大学に通っている。頭もよくておまけにそれなりに美人だ。でもガサツで小言がうるさいし、俺にはすぐ説教するしたまに強烈極まりない平手チョップをかましてくる。こんな上品さのかけらもない女のくせになぜか彼氏がいつもいる。こんなやつのどこがいいんだ?って正直思う。付き合うやつはよっぽど女に飢えて困っているのか、あるいはどうしようもない面食い野郎なんだろうと心の中でいつも思っている。(口が裂けても姉貴に面と向かっていう勇気は俺にはないが・・・)

手を洗面所でそそくさと洗ってから夕飯を食べに行こうとすると、ドアのガラス越しにリビングの方で母の由利子と姉貴が食事の準備をしているのが見えた。何やら聞かない振りをしたくても到底できないような会話がふいに聞こえてきた。

「ほんとあいついつもボーっとしてるんだから。もう高校2年よ?来年受験なんだからいい加減もっとしっかりしてほしいは。」

「そうねーあの子もあんたみたいにもっとしっかりしてたらね。ほんと将来が心配だわ。女の子だったらあまり心配ないんだけどね」

「そうよ。男のくせにほんとだらしがない。お母さんからももっとガツンと言ってやらないと」

「そうねー」

俺がリビングに入りづらくなるくらい非常に気まずい雰囲気を見事に作り出すそんな嫌味な会話のやり取りだった。二人でそろってまたいつもの俺の悪口のオンパレードだ。もういい加減聞き飽きているのでさっさとスルーして席に座ろうとすると

「ちょっとあんた何先に座ってるのよ、運ぶのくらい手伝いなさいよ。ったくお殿様じゃないんだからさ。いまどき男だって家事くらいみんな手伝うのよ?」

と姉貴が間髪いれずに突っ込んできた。

はいはい、内心そう思いながらも俺は大人しく姉貴に従って料理やら箸やスプーンやらをテーブルに運ぶのを手伝った。運んでいる途中に気が付いたが、今日の夕飯はどうやらビーフシチューのようだった。俺の大好物だ。夕飯だけが今の俺の人生にける唯一の楽しみだ。

でも、食事をしていてもいつものように姉貴がうるさい声をまくしたててベラベラとしゃべっていて、母親がそれに返すだけで俺は一切会話に入らない。というのもそこには会話には到底入れないような冷たくて辛辣な空気感が漂っているからだ。そもそもどっちも俺のことなんか興味ないんだろう。そう思うと会話になんかとても入る気にはなれない。ビーフシチューを頬張りながら会話を盗み聞きしていると、どうやらいつものように姉貴が学生生活のこととか彼氏の話なんかしている。

「今付き合ってる彼がさー」

「ああーあの東大法学部の子?頭もいいし性格いいしハンサムだし文句なしじゃない?そういうのイケメンっていうんでしょ?何?あんたその人と何かあったの?」

「ちょっと今頃知ったの?イケメンなんていつの時代よ。もう死語だよ、お母さん」

「あらいいじゃないの、別にそんなことどうだって」

「まあいいけど」

姉貴は自分の意見をどうでもいいと言われたような気がしたのか、少しムスッとしたような顔つきになった。

母はなりふりかまわず続けて

「そんなことより、その彼がどうしたのよ?」

と興味津々に根掘り葉掘りと少しずつ姉貴から話を聞き出そうとした。

姉はまた再び彼の話をし始めた。

「それがさーせっかく大手銀行に就職決まってたのにさ、法科大学院に行きたいとか突然言い出してさ」

「あら、別にいいじゃない。夢があって。応援してあげたら?」

そう母由利子が言うと姉貴はまともやムスッとし出して途端に黙ってしまったので

「何?何が問題なのよ?」

と母はよくわからないという表情で聞いた。

「えーだってさ、もう四年のこの時期だよ?就職決まってさ、夏の後は研修だの何だの卒論だのっていろいろあるだろうし。卒業旅行だって行く予定だし。私だって忙しくなるのよ。それを蹴って自分だけ弁護士目指すってさ。何でもっと早くから決めないわけ?信じらんない」

姉貴がぶつぶつと文句を言い始めると

「まあーいいじゃないのよ。頭いいんだし。それにさ、もしかしたら本当に弁護士なれるかもじゃない?今時流行らないだろうけどひょっとしたら将来玉の輿もありえるんじゃない?」

母は姉貴をなだめるようにそういった。

「お母さん本気でそう思ってんの?昔の旧試験よりかは大分マシになったけどそれでもものすごい倍率の世界なんだからね。そんなもんに夢託したってさ。もっと早くから勉強するならまだ分かるけどさ、今からって。結局あいつは普通に就職したくないから夢とか言ってただ単に現実から逃げてるだけなのよ」

「あら、どうしてよ。そんなことないわよ・・・」

「もういい。あいつとはもう別れる」

姉貴はそうきっぱり言い放った。

「ちょっと・・・せっかく一年以上も付き合ってたんじゃないの」

「そんなこと言っても知らないわよ。そんな将来どうなるか分からない奴とこれ以上付き合ってもメリットないもん。もう決めたの」

でた、姉貴の決め台詞。「もう別れる」一体何度聞いたか。

俺は姉貴が高校生だった時からしょっちゅうこの残酷極まりない言葉を嫌というほど聞かされて育った。愛ってなんなんだよ?そのたんびにそう思う。そんなに簡単に別れられる奴ならはじめから付き合わなければいいじゃないか。俺はまだ小中学生のガキとかだったけど子供なりにそう思った。姉貴はそんなこと当然知らないだろうけど、ガキはガキなり頭の中で色々と考えてんだよ。

俺が二人の会話をじっと聞いていると姉貴がこっちを鬼の形相のごとく突然キッと睨んできた。

「何よ?あんた、ずっと私のこと見て。文句でもあんの?」

姉ちゃん、相変わらずこえ―な。

「あ、いや別に…」

「何よそれ、言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ。それとも私が別れるのに何かご意見でもあるの?」

「だから何もねーよ」

精一杯そう言い返した。

「そりゃそうよね。あんたまだ彼女もできたことないヘタレだもんね。大人の恋愛に口出ししたかったら彼女くらい作んなさい。ねー母さん」

姉貴がそう言うと母も同意したらしく

「そうねー、私も心配だわよ。この子一生彼女できないんじゃないかって。結婚して孫くらい見せて欲しいんだけどね。でも大丈夫よ、もうその心配はないは。美佳、あんたがいるから。あなただけが頼りなんだからね」と言った。

本当にこの二人はひどい。俺の心にぐっさりといばらのとげのようなものが刺さった。

こんな二人に囲まれて育てられたから俺は類まれなる女嫌いになったんだろうか。そうとしか思えなかった。俺はいたたまれなくなって少しだけ食べ残したごはんの入ったお椀とサラダの入っていたガラス皿とビーフシチューの入っていた白い大き目のカップを台所のシンクに持っていきその場を離れることにした。

「ごちそうさま」

俺はまるで自動音声から出てきそうなくらい当たり前な言葉を無気力な感じで言い残してリビングを出た。リビングの外の玄関でかすかに会話が漏れて聞こえてきた。

「そうよね、蒼太ってさ、彼女らしき人見たこともないもんね。もう年頃だっていうのにさ。まああいつ勉強もスポーツもまったくやる気ないし、高校入ったと思ったら塾もいきなりやめちゃうしさ。大学だって本気で行きたいところ目指してるのかも分からないしさ。あんな根性なしと付き合うメリットなんて女からしたらまったくないもんね。唯一あるとすれば、そうね・・・顔くらいかな。あいつさ、お父さんに似てルックスだけはそこそこいいからね。それを武器にすれば何とか彼女くらいできるかもね」

「そうねー私もそう思ってた。」

そう言いながら二人はゲラゲラと大げさに笑い合った。

「お母さんも大変よね、あいつが息子だなんて」

「美佳だけよ、分かってくれるのは。本当、蒼太の将来が心配だわ」・

また二人でアハハと笑い合っているのが廊下に聞こえてきた。

余計なお世話だっつーの。俺にとって人生最大ともいえるほどのでかいため息が出てきた。

リビングは居心地が悪いので俺は食事が終わるとすぐに部屋に籠る。そしてベッドにあおむけになり色々と物思いにふける。あー俺は一体何がしたいんだろうって。俺の人生ってなんだろうって。もはやベッドの上での黙想は日課になってきている気がする。

そんなことを考えながら部屋の窓の外を眺めると真っ暗な夜の闇の中に満月がひと際目立つように浮かんでいた。もうそれは不気味なくらいギラギラと光っていた。しばらく眺めていたらなんだか急に気分が悪くなってきたのでその日はさっさと歯磨きをして寝ることにした。



いつもの学校の朝の風景

「おはよー」

「おはよー」

みんないつもの挨拶を交わしていつもと同じような会話。

昨日何しただの、何のアニメやドラマを見ただの毎日同じような会話ばっかり。もはや俺の中では社交辞令みたいになってきている気がする。みんな退屈なくせにわざとみたいに退屈じゃない素振りを見せて楽しそうに振まっているだけにしかみえない。みんな一体何が楽しんだろうか。

キーンコーンカーンコーン

チャイムが鳴りいつものように担任の杉山が教室にズカズカと入ってきてホームルームが始まる。退屈な日常の幕開けだ。

杉山は、昔大学時代にラグビーか何かやっていたらしい。あくまで自称だが全国大会に出たことがあらしく、それが自慢なのかよくその話を生徒の前でする。昔は花形スター選手だったらしくて女にめちゃくちゃモテたとか鼻高々に言うが、女子からは全く人気がない。その証拠に40代半ばだっていうのにいまだに独身らしい。

俺のクラスは2年A組。いつもの日常の風景だ。

「いいかお前ら5月もそろそろ終わる。中間試験が終わったからってまた期末がすぐにあるからな。気を抜くんじゃないぞ」

またいつものように生徒へ決まり文句のような説教が始まる。もう聞き飽きてうんざりしている俺はいつものように空を少し眺めていた。相変わらず気の抜けたようなそっけない空と雲が悲しげに見えてきたので余計気分が滅入る。あー早くここから抜け出したい。そんなことふと思ったりもした。

すると突然杉山がもったいぶったように話し出した。

「あー、うん。諸君。実はな、今日はお前らに報告があるんだ。みんなも知っている通り、英語の川村先生が出産と子育てでしばらくの間お休みすることになった。それで、当分の間、代わりの先生が来ることになってな。片瀬先生っていうんだ。川村先生が戻ってくるまでの間の臨時教員なんだが」

そういうと急に杉山が教室の外へ出て行った。

「あ、片瀬先生、どうぞ中へ。さあ、どうぞどうぞ」

杉山に案内されて片瀬と呼ばれる女性が教室の中へ無言で入ってきた。

緊張しているのか恐る恐るという面持ちだった。

彼女は教壇に立ちしばらく静かに黙っていた。やがて杉山にせかされるかのように何か話し出そうとしたが、どうやら最初の言葉に詰まっているように見えた。

「あ・・・あの・・・か・・片瀬・・・片瀬真由美と申します。港区の柳高校から参りました。えっと・・・担当科目は・・・英語です。代理教員なのでいつまでいるのか分かりませんが・・・精一杯頑張りますので・・・よろしくお願い致します」

ど緊張しているのかやたら小声でゆっくりと話す上に言葉が絶えず詰まるような話し方だった。

その片瀬という先生が何とか無事自己紹介を終えると、生徒たちはみな一斉に拍手をしだした。

挨拶が終わると、先生は長い間自分を束縛していた張り詰めた空気からやっと解き放たれたからか少しほっとしたように見えた。

彼女は背が高くすらっとしていてどちらかというと美人と言える部類に入る顔立ちをした先生だった。俺の見立てでは年は30歳前後くらいに見えた。

男子生徒たちが突然ひそひそと騒ぎ始めたので、教室中がざわめきだした。

「美人じゃねー?」

「なー」

「俺狙っちゃおうかな。」

「バーカ、誰がお前みたいな小便くさいガキ相手にするんだよ。」

「えーお呼びでない?」

ギャグっぽくそう言ったのがうけたのか周りにいたやつらがゲラゲラとお互い顔を見合わせながら笑いあっていた。

女子たちも

「柳高校だって」

「へー私いとこが通ってるの。」

「えーマジで。」

「何で急に来ることになったのかな」

と女子特有のトーンでひそひそ話をし始めた。

そのざわめきだした生徒たちの様子を見て杉山が突然怒ったような口調で

「おい、こらお前ら。静かにしろ。静粛に」

そういったら生徒たちは途端に黙ったので教室中が一瞬住居人のいない廃墟ビルのようにしーんとなった。

「あ、じゃあ片瀬先生。先日お話したように一時限目はこのクラスですので宜しくお願いしますね」

杉山にそう言われて片瀬先生は「あ、はい。ありがとうございます。」と軽く会釈をするようにお辞儀をしながら小さな声でそう返事をした。

「じゃあお前ら片瀬先生の言うことちゃんと聞けよ」杉山は生徒たちにそう釘をさすと

「じゃあ先生後は宜しくお願い致します」

と言いながら教室を出て行った。

片瀬先生は杉山に突然置き去りにされて一人教壇に取り残されたからか困惑したような表情をしていた。生徒たちは新たな美人新任教師に興味津々な感じでじろじろと彼女を見ていた。しばらく間が開いたが・・・最初よりかは緊張が少しだけ解けたのか、彼女は決して大きな声ではないがやがてゆっくりと落ち着いた感じで話し出した。

「えっと・・・また改めて・・・片瀬真由美です。宜しくお願い致します。先ほども言いましたように柳高校で英語教師をしていました。家庭の事情でしばらくこちらの学校に代理でうつることになりました。趣味は旅行で特に海外旅行が好きです。あとドラマとか映画鑑賞とかで・・・」

そう言いかけるとある男子生徒が

「先生!年はおいくつですか??」

とぶしつけな質問を突然し出した。

隣のやつがその生徒の頭をぴしゃりと叩いて

「バーカ、失礼だろ」

と言ったので教室中がコントをやっている最中のように爆笑の渦にのみ込まれた。

そのせいか片瀬先生もくすりと少しだけ笑った。そして肩の力が抜けたのか

「えっと、歳は34でもうじき35になります」

と答えた。

そうすると別の男子生徒が

「え、じゃあ先生!スリーサイズは?」

とさらにハレンチな質問をし出した。

さすがにそれには先生も困ったようで苦笑いをしていたが、やがてそれは困惑したような表情へと変わった。

女子生徒たちも

「ちょっとさすがにそれはまずいっしょ」

とクスクスと笑い声をあげていた。

片瀬先生は生徒からの答えようのないくだらない質問に困ってしまったのか、あるいは単に恥ずかしいからなのか・・・どちらなのかは分からないが、急に下を向いてしまっていた。教室中でクスクスと笑い声がしていた中、先生は棒立ちの格好で下を向いたまま立ちすくんでいた。

「えっと・・・それは・・・」

先生が顔を上げてそう言いかけると

「先生、軽いジャブなんですけど!ジョークですよ。ここ軽く受け流すところですよ」

とスリーサイズの質問をしだした男子生徒が急に場を和ますようにそう言った。

その後また教室中が爆笑になった。みんなサルみたいにキーキーとうるさくまくし立てるように話し出した。

「ちょっとー何なのそれ。まじうける」

「あははは」

「ちょっと先生反応に困ってるじゃん」

片瀬先生は唐突もない質問に肩透かしをくらったせいか、恥ずかしそうに下を向いたままだった。どうしたらいいのか分からないような面持ちだった。その困惑した表情から俺にも先生の感情みたいなのが何か伝わってくるような気がした。

あまりにも長いことそんな状態が続いていて、そんな先生を見ているとなぜだか俺は急にいてもたってもいられなくなった。先生のことが到底他人事には思えなくなり、ほっとけなくなった。なぜかは分からない。柄にもなく大人っぽい表現をするならば先生の仕草や言葉遣い、はたまた身にまとっているそのオーラに何かどうしようもないくらいはがゆい感情というか、不思議な空気のようなものを感じたんだ。

突然俺は意味不明なことを口走ってしまった。

「おい、お前らふざけんなよ。先生困ってんだろ。いい加減にしろよ」

俺はいきなり何を思ったのか気がついたら席を立って教室中にそうまくし立てていた。無意識に。

そう言ったあと俺はふと我に返り教室中を見渡した。

全員きょとんとした表情で俺を見つめていて、そして一斉に黙り込んでしまっていた。

「あ、いや今のは・・・ちょっと・・・何ていうか・・・その」

自分も何だか恥ずかしくなって席に座り黙りこんでしまった。

また教室がガヤガヤし始めた。

「蒼太のやつ何だよな?あんなの軽いジョークだろ」

「まじひくよな」

「普段存在感ないくせに」

「意味不明なやつ・・・」

そんな生徒たちの声が聞こえてきて俺は赤面してしまうほど恥ずかしくなった。何だかいたたまれなくなって窓の外の方に顔をふいっと向けてしまった。



一時限目の英語の授業がようやく終わった。俺の爆弾発言によって他の生徒たちはみんな大人しく黙ってしまい、片瀬先生もとてもやりづらそうに授業をしていた。本当に静かな授業だった。俺はかえって先生に悪いことをしてしまったような気がした。先生にとっての初授業がこんな形になってしまって。でも、自分でも何であんなことを突然言ってしまったのかと不思議で仕方がなかった。自分のことなのに自分の取った行動の意味が分からなくて、頭の中で螺旋が渦巻いているかのごとく混乱状態に陥っていた。

その日はそのまま普通に他の授業を受けて、授業が全部終わると予定通り帰宅部の俺はそのまま自宅へ直帰する。何をするのでもなく。放課後になると、相変わらず野郎どもは教室に何人か残っていて、やれ彼女ができただとか初体験がどうだったとか、聞きたくもない話ばかり耳に入ってくるので胸糞悪くなりさっさと帰ることにした。まあ中にはそんな浮いた話とはまったくの無縁でオタク仲間同士でアニメやらゲームやらの話を平和にしているなんとも微笑ましい連中もいたが、そいつらともとうてい気が合いそうにもなかったし友達にもなる気もそうそうなかった。相変わらず俺は暇を持て余して何をするのでもなく自宅と学校と往復する退屈な毎日を送っていた。




帰りの電車の中。俺はふと思った。

あの後、片瀬先生はどうなったんだろうか?あんなことになってしまった後にちゃんと他のクラスでも平常心を保ったまま普通に授業ができたんだろうか・・・?

「ただいま」

家に帰ると母親が

「お帰り」と返してきた。

「あのさ、今日お姉ちゃん大学の友達のうちに泊まるってさ。お姉ちゃんこの前藤報堂の最終面接だったじゃない?あそこちゃんとやれば最終面接落ちることまずないって話だし、ほぼもう内定が決まってるのよ。だから、息抜きに友達同士でお祝いするってさ」

「あっそ。よかったね」

俺はそっけなくそう答えた。姉貴がどこの会社に受かろうが、何しようが俺にはどうでもいいし。

「ちょっとあっそって何よ。おめでたい話なんだからね。多分近いうちに決まるから、今度土曜日にお父さんと四人でさ、お祝いに青山で昼に豪勢に外食するからね。あんた時間あけときなさいよ」

「わかったよ」

俺はいやいやそう返事した。

「それでさ、今日出前取るからさ。お姉ちゃんいないしさ、お父さんも出張でいないし。あんた何がいい?」

何だか会話のやり取りをしていただけで疲れてきて途端に気が抜けたのでもうどうでもよくなった。

「何でもいいよ」

適当にそう答えた。

「何でもいいって、はっきりしない子ね。じゃあいつものかつ丼でも頼んどくよ。」

「うんいいよ」

俺はそう言ってせっせと階段を上って行った。

「まったく・・・」

母はしょうがないという感じで大きなため息をつきながら出前を頼むために固定電話の受話器を取りに行った。

「あの・・・竹井ですけど・・・いつものかつ丼定職出前で2つほどお願いしたいんですけど・・・はい、そうです。6時半くらいにお願いできますか?」

自分の部屋のベッドに横たわっていると、下からそんな話が聞こえてきた。

「はー」

何だかよく分からないけどドラマの悲劇の主人公にでもなったかのように口からまた自然とため息が出てきた。

ベッドに横たわるときだけが唯一自分だけに与えられた時間であり、自分だけの空間だった。

そのままベッドに横たわっていたら何だかどっと疲れがでた。



次の日は英語の授業はなかった。片瀬先生はどうしてるかな?となぜか気になったりもした。

2限目は理科の実験だった。

物理の実験で、簡単な電磁石の装置か何かでリニアモーターカーの仕組みを理解するためのようなものらしく、それを使って物理の教師の今川が熱弁をふるっていた。10分も20分も同じような内容を繰り返している上にやたらと説明が長くダラダラとしていたのでやけに眠くなった。

眠気が襲ってきたと同時にふと隣の席のグループの女の子たちがちらちらとこっちの席の方を見ているのに気付いた。最初は何だ?と思ったが、聞き耳を立てると何やら俺の話をしているのが少しだけ聞こえてきた。

「ちょっと遥?今こっち向いたよ?」

「え、本当?」

一体何の話だろう?

無視できないほど気になってしまったので会話を少しだけ聞いてみた。

話していたのは峰岸遥っていう学年で三本の指に入るくらいの美人で男子に大人気の女子だった。いわゆるものすごい昔の時代の言い方をすれば学校のマドンナ的存在。一緒に話しているもう一人の女子は本村加奈子という確か峰岸遥の友達の子だったはずだ。

「竹井くん、こっち向いてたよ」

「うん・・・」

峰岸遥はそう言って恥ずかしそうにうつむいたが、そのあとはだんまりしてしまったようで本村加奈子もそれ以上こっちを見てこなくなった。何事もなかったかのように二人はまた授業を熱心に聞き始めた。

 結局、何だったんだ?


昼休みの時間になって俺はいつも通り購買にパンを買いに行くことにした。パンを買って教室へ戻る途中、廊下で何人かの女子生徒たちが何やら内緒話をするかのようにヒソヒソと小声で話をしているのが聞こえてきた。

「えー遥ちゃん竹井くんのこと好きなの?」

「えー嘘」

「今この話題で持ちきりだよ。告白しようか迷ってるとか」

何だか数人の内輪だけの女子会みたいにみんなで集まって誰かの噂話をしているようだった。

一体何なんだ?

「でも、何で竹井くんなんか好きなんだろうね?顔はちょっといいかもだけどさ、別に勉強もスポーツもいまいちぱっとしないし、友達だってあんまいないだろうし。何か影薄くない?」

「ね、私もそう思った。あれじゃない?何か遥ってさ、美人だしお嬢様だし男子に超人気じゃない?何か噂によると彼氏何人もいたりだとか、この前なんか男寝取ったとかそんな話聞いたよ?」

「えーうそ?じゃあさ・・・ちょっとしたでき心で竹井君のこともたぶらかそうとしてるのかな?」

「そうじゃない?竹井君単純そうだし騙されちゃうんじゃない?怖い女よね」

何だ?俺のことを話しているのか?峰岸遥・・・?そういえば、さっき理科実験室で彼女はこっちを見てコソコソと何かを話していたような。一見謎だったがあれは俺のことを話していたのだろうか。

何だ、そういうことかよ。やっとその意味が分かった。なるほど。ほんと女っておっかねーな。しかも単純ってなんだよ、ふざけんな。心の中でそう叫んだ。

そう思いながらも彼女らとすれ違った。

「あれ、もしかして今の・・・竹井君じゃない?」

「嘘?今の話聞かれちゃったかな?」

「分かんない。でも聞かれてたら・・・どうしよう」

もう聞いちゃいましたよ、と内心そうつぶやいた。気づかない振りをしながら俺は何事もなかったように素通りしてそのまま足早に去り教室へと戻って行った。



授業が終わるといつも通り下駄箱で靴を履きかえようとした。すると、何やら手紙らしきものが下駄箱の靴の上にさりげなくそっと置いてあるのに気がついた。手紙は丁寧にきれいな薄青色の封筒に包まれていた。封筒の裏には「竹井君へ 峰岸遥より」と俺の日常生活では滅多にお目にかかれないいかにも女の子らしい綺麗な字で書かれてある。

何だか急に気恥ずかしくなり周りをキョロキョロと見まわしたが幸い近くには誰もいなかった。俺はさっさと自宅へそれを持ち帰り、自分の部屋で封筒を開けてみることにした。


自宅に帰り、部屋でやや緊張気味に封筒を開けて心の中で声に出しながら手紙を読んでみた。


「竹井くんへ

はじめまして。でもないけど・・・峰岸遥です。突然のお手紙でびっくりさせてしまいごめんなさい。同じクラスなのに普段は竹井君とあまり話せなくて私のことよく知らないと思うけど勇気を出してお手紙を書くことにしました。唐突すぎるかもですが、私は竹井君のことが好きです。今年同じクラスになったときからずっと好きです。自分でもよく分からないんだけどいつの間にか竹井君のことを目で追うようになって、いつの間にか好きになってしまいました。こんなこと突然言われて迷惑かもしれないけどもしよかったら金曜日の放課後、理科実験室の前の廊下で待ってるのでお返事聞かせてもらえますか?

峰岸遥」




こんなような内容の手紙だった。これは世間で言うところのいわゆるラブレターってやつなんだろうか?クラスのマドンナ的存在の女子からラブレターをもらうなんて普通の男なら飛んで喜ぶくらいの大事件なのだろうか?例えば・・・にやにや妄想しながらマドンナ女子からの手紙を読んでいたとする。そして、読み終わった途端にその嬉しさのあまり天井に頭がくっつきそうなくらいハイジャンプして・・・そして、その後は突然上半身裸になって踊り狂って、近所迷惑も考えずに窓の外まで聞こえてしまうくらいの歓喜の雄叫びを上げるような・・・そんなようなことだったりするのだろうか・・・。それくらいのビッグニュースなのだとしたら・・・?最初はぴんとこなかったが、今どきなんでもLINEで、メッセージを送り合えるこのご時世にわざわざ手の込んだ手書きのラブレターだったことが、さりげなくちょっと嬉しかったりもする。でもそれと同時になぜか素直に喜べない感情も心の奥底に見え隠れしていた。それは・・・あのことが脳裏によぎったためだ。まさに、廊下で女子たちが話していたあの意味ありげで奇妙な会話の内容が気になったからだ。


「えーじゃあちょっとしたでき心で竹井君をたぶらかそうとしてるのかな?」

「そうじゃない?竹井君単純そうだし騙されちゃうんじゃない?怖い女よね」


廊下でひそひそ話をしていた女子たちは確かにそう言っていた。

俺は一字一句とまでは言わないが、大まかな内容は聞き逃してはいないはずだからこれが100パーセント疑いの余地のない真実であることは確かだ。つまり、これは罠だということだ。そうに違いない。そもそもクラス一モテる女子が何でわざわざクラス一存在感のない男を好きになるんだろうか?それに、そもそもの話・・・俺は女なんか一切信用しないんだった。俺の姉貴を見てみろよ。本当にひどい女なんだ。女は長いこと付き合ってたような男でも面倒になると平気ですぐ鼻をかんだテュッシュ紙をゴミ箱に放り投げるかのようにいとも簡単に捨てることができるんだ。まるで使い捨てみたいに。女は男と違って純情じゃないし、薄情で冷徹で残酷なんだ。絶対に騙されちゃいけない。絶対返事などしにいくもんか。俺は自分に何度も言い聞かせるようにそう心に誓った。





次の日英語の授業があった。

一昨日授業があったばかりだっていうのにものすごい久しぶりに片瀬先生に会ったような気がした。片瀬先生は赴任してからまだ3日目だったが、初日よりは大分学校に慣れて緊張がとけたような感じだった。そのせいか思いのほかとてもスムーズに授業をしていた。先生が心配そうに見えたのは俺の思いすごしだったのだろうか?

「この仮定法というのは・・・Ifの後に主語+過去形を持ってきて・・・」

英語の文法の説明をしているようだった。

俺は英語なんてそもそも嫌いだし先生の言っていることはまるでちんぷんかんぷんだったが、さすが今まで英語教師をずっとやってきただけあって教え方はかなり慣れている感じがした。

俺は授業を聞いていたつもりがいつの間にか黒板ではなく先生のことを目で追ってしまっている自分にふと気が付いた。何だか自分でもよく分からない複雑な気持ちになった。

しばらく片瀬先生を目で追っていると

「えっと・・・じゃあこの問題を・・・」

片瀬先生は誰か生徒に問題を解かせようとしているようだった。

ふと俺は先生と目が合ってしまった。

俺はびっくりして視線をふいにそらしてしまった。ひょっとして見ていたことに気づかれた?

片瀬先生は不思議そうに俺を見ているようだった。やばい当てられる・・・と思った。

「えっとじゃあ・・・この問題を山田くん。解いてみて。黒板に来て書いてもらえますか?」

よかった、俺じゃなかった。俺はほっとして思わず息がもれそうになった。

「あの先生、俺山村です。山田じゃなくて」

クラス一のひょうきんもので通っている山村という男子生徒がそういうとみんなが一斉に爆笑し出した。

「あ、ごめんなさい。本当ごめんなさい!山村君・・・」

顏を赤くしていつもの倍くらいの大きな声でびっくりしたように片瀬先生は叫びながら訂正した。

「先生、たのんますよ。俺山田です。なんちゃって」

山村がそういうとまたみんな笑い出した。

片瀬先生も苦笑いしながら

「本当ごめんなさい、みんなの名前まだ覚えたてで。すみません。」

と謝った。

「先生、何回謝ってるんすか?」

またみんな笑い出した。




昼休みになって俺はまた購買で焼きそばパンとジュースを買った後に、グランドのはじっこにすわって昼食を一人で取ることにした。サッカーをして遊んでる男子どもがいた。

「シュート」

ある男子がゴールを決めた。

「よっしゃー」

そう言って仲間とハイタッチして喜んでいた。

そういやあいつ確か中村雄也ってサッカー部のキャプテンだったな。どこのクラスか知らないけど確か同じ学年だ。普通は誰がどこのクラスにいるかくらいみんな当然のように知っていることなんだろうけど、俺は驚くほど他人には興味がないからそんなことすら知らなかった。

サッカーをしている間中、応援団のファンクラブかのような女の子たちが遠くから中村をきゃーきゃーと黄色い声を上げながら応援していた。

「中村君、頑張ってー」

「サンキュー」

中村は応援団の女子たちに決めポーズを取るかのように気取って手を振りながらその声援のする方に向かってにっこり笑顔で返した。

お前はJリーグのスターサッカー選手か。バカじゃねーの。

確かに中村はイケメンでスポーツ万能だって学校中で有名で、ご覧のように性格も明るくておまけに女子に大人気だった。それくらいは風の噂で俺もそれとなく聞いていた。もはやそんな男は学校では天下無敵だった。やっぱり女はああいういかにももてそうなやつが好きなのかね。俺みたいに何のとりえもなく根暗で、おまけに女嫌いな男なんて考えてみれば到底好かれるはずもない。こんな男だから、マドンナ女子に目をつけられた挙句、騙される羽目になったのだろうか?

そんなことを考えながらボーっとしていると、ふと自分の前に何やら人影らしきものが映っているのに気づき、そして誰かの視線を背後にうっすらと感じた。

何が起きたのかと恐る恐る振り返ると・・・そこにはあの片瀬先生が立っていた。

「え?」

俺は突然のことに驚きのあまり茫然となり、声がすぐに出なかった。

「ここ、いいですか?」

「え?あ・・・はい」

何のことやら分からなかったが、この状況でダメですなんてその場で言える空気は一ミリもなかったのでそのように返事をするしかなかった。

すると片瀬先生は慎重に確認するかのように俺の横にすっと座った。

しばらく片瀬先生は黙ったまま細い目をしながらグランドをじっと眺めていた。

「竹井・・・蒼太くんだよね?」

先生が突然俺の名前を呼んだので思わずドキっとした。

「あ・・・はい。そうですけど」

俺はドギマギしながらそう答えるのが精いっぱいだった。

「よかった・・・間違ってたらどうしようかと思った。」

先生は一瞬ほっとしたようにみえた。

「あの・・・何か・・・用ですか?」

片瀬先生は少しだけ笑ったように見えた。

「いえ・・・あの・・・」

先生はしばらく考え込んでいるようにみえたがやがて

「・・・初日のときは・・・助けてくれたのあなたですよね?」

と聞いてきた。

「え・・・?」

初日ってあの先生が教室でからかわれていたときに俺がとっさに立ち上がって怒ってしまい墓穴を掘ったときのあれか・・・思い出すだけでも恥ずかしくなってきた。穴があるならどこかに入ってしまいたい気分だった。

「いや・・・あのとき・・・私、初日でものすごい緊張していて頭の中が真っ白だったから・・・そんな状態なのにあんなことが突然あったもんだから、どうしたらいいか分からなくなって・・・本当に助かったの・・・だから、そのお礼いいたくて・・・」

先生は感謝するかのようにそう言った。

「別に・・・そんな・・・」

俺は何だかよく分からないが、とりあえずそう返事をした。

「ありがとう」

先生はさらに重ねてお礼を言った。

「何で・・・急に助けてくれたの?」

先生は突然不意打ちのように聞いてきた。

「いえ、別にそんな・・・大した意味は・・・困ってそうだったので・・・」

片瀬先生は少しだけにこっと笑って

「そうなんだ。竹井君って優しいんだね」

そう言った。

「え?」

「普通は高校生くらいの男の子はあんなことしないなと思って。すごく感心したんだ。いや、感心っていうと何だか偉そうだけど・・・感激しちゃったっていうか」

「へ?」

思わず声が上擦ってしまった。

「ありがとう」

何度もお礼を言われるとさすがに気恥ずかしいといよりもむしろ気まずい雰囲気にすらなってきて、何も返せなくなってしまっていた。

「私ね・・・まだこの学校に来たばっかりで慣れないことばかりで・・・お恥ずかしながらまだ生徒の顔と名前もおぼつかない状態で。でも竹井君の名前だけはなぜかしっかり覚えているの。不思議なことに」

そういうと片瀬先生は急に立ち上がって

「じゃあね」

と俺に向かって言ってその場を足早に去っていった。

後ろを振り向くと先生が校舎の方へ歩きながら向かっている姿が見えた。




自宅のベッドの上で先生との校庭での会話を思い出していた。何だか不思議な感じのする先生だな。的確な表現は見つからないが、つかみどころがないというか、ふわとした何だか今にも宙に浮いてしまいそうな・・・それはまるで雲を掴むような、そんなありとあらゆる非現実的な言葉を次から次へと連想させる・・・そんな感じのする人だった。

俺は滅多に人のことなんか好きにならない。友達を作るのも面倒だったし、学校生活にはほとほとうんざりしているし正直高校生にしては心底冷めきったやつだ。若いくせに青春を謳歌しようなんて発想はそうそうない。おまけに女嫌いだ。恋人なんてもってのほか。恋愛なんてする気にもなれなかった。でも、先生のことはなぜか嫌いになれなかった。なぜか不思議と親近感がわいた。シンパシー・・・そう、シンパシーだ。もしこの世に的確な表現があるとしたらそれ以外到底見当たらなかった。あるいはテレパシーともいえるのか。いや、心が通じ合っているわけじゃないからやはりシンパシーだ。




金曜日になった。

峰岸遥に返事をする約束の日だった。

ドリカムに決戦の金曜日という歌がある。

世代的には全然違うのだが、母親がドリカムのファンでよく家で聞いていたからなぜだか知っている。

まさに今金曜日に告白の返事をしようとしているので、今の自分にふさわしいテーマな気がしてきた。頭の中で曲のメロディーが流れていた。しかし、意外と自分は驚くほど冷静だった。自分の中ではもう答えは決まっていた。男を弄ぶような女なんかこっちからお断りだ。それはたとえこの世のものとは思えないほどの絶世の美女であっても同じだ。もう俺の女嫌いは絶頂に達していた。

その日の授業が終わりついに放課後になった。

よし、準備は抜かりない。いざゆくぞ。

そう自分に言い聞かせて理科実験室の前の廊下の方へ向かっていく。


理科実験室の廊下の前まで行くと、峰岸遥がぽつんと一人待っていた。

万が一いたずらだったらと考えたこともあったが本当にそこで待っていた。理科実験室は学校の一番奥にあるから放課後はまず誰も寄り付かない。なるほど、だからこの場所を選んだんだな。誰かに見られるとまずいからか。告白するにはもってこいの場所だ。

「竹井君・・・来てくれたんだ!よかった」

峰岸遥は嬉しそうにそう言った。

「よ!」

俺は手を振ってそう言った。

峰岸遥は本当に嬉しそうだった。それがどこか不思議だった。何か違和感のようなものをうっすらと感じた。この女は本当に俺のことを騙そうとしているのだろうか?そのようにはとても見えなかった。いや・・・でも、それこそが罠なんだ。今までたくさんの男を手玉にとり、とっかえひっかえしているような女なんだ。だからむしろ自然体に見えるんだ。いかにも本気であるかのように見せかけてここぞというときに掌を返したかのように男をころっと騙すんだ。まだ高校生のくせして何て末恐ろしい女だ。俺の姉貴とは少し違うタイプだが怖い怖い。あの可愛い笑顔に騙されちゃいけない。世のバカな男たちはそうやってみんな可愛い顔した女に簡単に騙されるんだ。そうに違いない。自分にそう言い聞かせた。

「竹井君・・・返事・・・聞かせてくれる?」

「あ・・・うん・・・」

改めてそんな風に言われると途端に緊張してきた。

とっさに頭がぐらついてきた。

何だか何も考えられなくなって、ぼーっとしてきた。

「竹井・・・くん?大丈夫?」

「あ・・・うん」

そういわれてまたふと我に返った。

そして俺はもらったラブレターをかばんから取り出した。

「竹井・・・くん?どうしたの?」

そして俺は何を思ったのか、とっさにそのラブレターを峰岸遥の目の前でびりびりと破り捨ててしまった。びりびりに破れたラブレターの紙切れの断片は見るも無残な姿で廊下の上に次々と舞い散りながら落ちていった。

「そんな・・・ひどい・・・」

峰岸遥は右手で口を押えながら涙目のか細い声でそう言った。

「竹井くん・・・何するの?」

峰岸遥はまだ涙声だった。

そして俺はその場を離れて帰ろうとした。すると峰岸遥は俺の後ろ姿に向かって

「何でよ・・・何でこんなことするの?」と怒鳴り散らすようにわめいてそう言った。

俺は振り返ってこう言い放った。

「他の男は騙せても俺は騙されない」

「騙す?」

「他の女子たちの噂を廊下で聞いたんだ。お前、男をとっかえひっかえして騙してるんだってな。俺のことも好きな振りしてもて遊ぶつもりだったんだろ?」

「一体何のこと言ってるの?私はそんなこと・・・」

ついに峰岸遥はしくしくと泣きだしてしまった。

「ひどい・・・竹井君、ひどいよ」

そう言い残して峰岸遥は廊下を駆け出し、あっという間にその場を走り去っていってしまった。



翌週の月曜日、峰岸遥は学校を休んでいた。

これは見せかけなんだろうか?それとも本気でショックを受けたのだろうか?もしかしたら彼女は俺が想定したような悪女ではなかったんだろうか?今思い返すとあのとき流した彼女の涙もあまりにも自然にこぼれてきた様な感じがした。とても演技には見えなかった。ドラマをよく見る俺からすれば大女優並みの迫真の演技なら話は別なのだが、何となくそれとも違った。自分でも彼女のことがよく分からなくなった。もう女心がまるで分からなくなり頭が混乱してきた。もしかしたら自分は彼女に対して何か取り返しのつかないくらいとてつもなくひどいことをしてしまったのかもしれない。そんな最悪のシナリオを想像してしまった。


午後、体育の授業があった。

バスケの授業だった。

俺は相変わらず運動音痴で全然シュートが決められなかった。それどころかボールのパスが来たのにミスしっぱなしだった。ついにはリバウンドをしようとしたら敵チームの体のでかい河谷ってやつに思い切り吹っ飛ばされてしまった。

そんなかっこ悪いところを女子たちに見られてしまった。

「あーあー情けない。運動音痴でかっこ悪い」

「本当無様ね」

「いい気味」

「遥にも見せてやりたいくらい」

俺に聞こえるようにしたかったのかわざと近くまで来てそう言ってきた。体育の担当教師は遠くにいたので全く聞こえていないようだった。

峰岸遥の女友達の本村加奈子とその他数人の女子たちだった。本村加奈子以外はあまりよく知らない女子だがみんな峰岸の友達なんだろうか?

俺は女子たちの言ってることの意味をあまり考えないようにしてとりあえずゲームに集中した。しかし、俺の無様な格好を見てその女子たちは相変わらずくすくすと笑っていた。


何とか無事バスケの授業を乗り切ったと安心して喜んだのも束の間で、着替え終わって教室に向かう途中の廊下でさっきの女子たちがまたもや俺を待ち構えるようにして待っていた。とっさに取り囲まれてしまったのでどこにも逃げ場がなくなってしまった。

「な・・・何?」

俺がそういうと本村加奈子がしゃべりだした。

「あんたさー・・・遥の手紙・・・目の前で破り捨てたそうじゃない?」

は?突然なんだ?何でもう知ってるんだよ。女の噂話ってほんとものすごい速さで瞬く間に流れるよな。まるでインターネットの光回線並みだ。

「は?だから何だよ?」

俺は心を落ち着かせてからそう精一杯言い返した。

「だから何だよ?じゃないわよ。あんた遥に何であんなことしたのよ?」

「そうよ、最低よ」

「このゲス男」

多勢に無勢とはこのことだ。いつだって少数派は立場が弱い。ひどい言われようだった。

「別に・・・」

面倒なことに巻き込まれそうな予感が脳裏をよぎったので俺はとっさにこの場から逃げ出したくなった。

「別にって・・・何の理由もなくあんなことしたの?」

「そうよ、ちゃんと理由を説明しなさいよ」

まるで言葉攻めだ。

「私たちはね、遥があんたのこと本気で好きだっていうから応援してたのよ。友達だからね。」

本村加奈子は突然落ち着き払ったかのようにそう言い始めた。

え?何だよ・・・それ?俺を・・・・俺を、騙そうとしてたんじゃなかったのか?じゃあ、あれは峰岸遥の演技でも何でもなく・・・本心だったのか?彼女は本気で泣いてたっていうのか?あの自然に見えた涙はやはり本物だったのか・・・俺の普段まったくさえない勘はよりによってあの日は当たっていた。

俺は拍子抜けしたと同時に、何が何だかもう訳が分からなくなって茫然とその場に立ち尽くしてしまった。そしてショックのあまり言葉を失って思わず下をうつむいてしまった。

「本当あなた最低ね。二度と遥に近づかないでよ。あの子ショックで今日学校休んじゃったんだからね」

「そうよ」

俺は何も言えなくなってしまった。

そしてふと我に返ってすべての事情を説明しようとしたその矢先に

「ちょっとあなたたち何やってるの?」

急に誰かが止めに入ってきた。声のする方向を見たらそこには片瀬先生が立っていて、勇猛果敢というのか堂々と立ち向かってくるかのようにこっちの方へ歩いてくるのが見えた。

女子たちは先生が急に割って入ってきたので、一瞬ビックリしたようだったが、それと同時にばつが悪そうな表情もうっすらと見せた。

「いえ、別に。いろいろ世間話をしてたんです。恋愛トークとか。ね?」

「はい、そうです。別にやましいことなんかしてないですよ、先生」

とっさに危険を回避するかのようにいかにも体裁のいい説明をしている。

「嘘でしょ。どう見ても穏やかな雰囲気じゃなかったし。少ししか聞こえなかったけど、口論のように見えたけど。」

「いえ、これがいつもの私たちの通常トークですよ」

「そうです。」

片瀬先生はよく事情が呑み込めずにいたのかとっさに俺の方を見てきた。

「竹井君・・・そうなの?」

俺はこれ以上面倒なことに巻き込まれたくなかったという思いや、いち早くこの面倒なことから解放されてすぐにでもこの場を一目散に立ち去りたい気分だった。

「あ・・・えっと・・・はい」

とっさにそう思わず返事をしてしまった。

それに、こんないざこざに昨日今日赴任してきたばかりの先生を巻き込むのは何とも申し訳ない気持ちもあった。

「じゃあ失礼します、先生」

「失礼します。」

そういって本村加奈子たちは面倒ごとから逃げる口実がやっとできて安心したかのようにその場からせっせと去っていってしまった。

しばらく俺は言葉が出なくてぼーっとその場に突っ立っていた。

「竹井・・・くん?大丈夫?」

「あ・・・はい・・・」

俺はそう弱々しく返事をした。

先生は不思議そうな表情で俺の顔を覗き込むようにしてこっちを見た。

俺は、絶望と恥ずかしい気持ちで一刻も早くその場を立ち去りたい気分だった。

「じゃあ、先生・・・失礼します」

俺はそう言ってその場を去った。



その日は掃除当番だったので俺は放課後教室に残って床拭きをしていた。

もう一人の当番の永倉が

「竹井、俺ちょっとごみ焼却炉に入れてくるは」

と言ってきたので

「あー頼むは。」と俺はどうでもいいというような感じで語尾もしっかりしない口調でそう返事をした。

永倉はゴミ箱を両手に抱えながらさっさと教室を出て行ってしまった。

俺はその後、しばらくモップで床拭きをしていた。俺はあまり時計とか見ない主義なので正確に時間をはかっていたわけではないが、5分くらい床拭きを続けていただろうか?そんな中、突然片瀬先生がまたふいにひょっこりと教室に姿を現した。

「こんにちは」

俺は腰が抜けそうになるくらいびっくりした。

まさか先生が入ってくるなんて思いもしなかった。

先生は大体放課後になると部活の見回りやら職員室でテストの採点とかしているのものだとばかり思いこんでいた。だから掃除当番の見回りなんてあまり来ないのかと思っていて、それでとてもびっくりした。

「あれ、先生・・・ど・・・どうしたんですか?」

俺は別段何も悪いことなどしてないのに、いたずらをしているのを母親に見つかった子供みたいにまごまごしながらそう聞いた。

「ちょっと・・・時間空いたから」

しばらく沈黙があった後、片瀬先生は一番前の空いている席の椅子にさり気なくそっと座った。

「竹井くん・・・。今日、何かあったでしょ?」

直球玉みたいな質問だったので俺はドギマギしてしまった。

「え?」

「あの・・・女の子たちと・・・何かあった?」

「いえ・・・別に・・・何もないですよ」

「嘘・・・目が嘘ついてる。」

目が嘘ついてる・・・?

意味がよく分からないけど、先生は他人の心を透視することができてしまうのだろうか?

「正直に話してよ」

「あ・・・いや・・・その」

何だかまるで心の中をえぐり取られてすべて見透かされているみたいで怖くなった。

「それと・・・この前の金曜日も・・・峰岸遥さん?あの女の子と理科実験室の前の廊下で何かあったでしょ?」

それも知ってたの?

ますます怖くなった。

先生はエスパー?

もう先生の前では何も隠せないんだって思って正直に全部話すことにした。

峰岸遥にラブレターをもらったこと、他の女子たちが彼女のことを悪女だと変な噂をしていたこと、そしてそんな彼女が信じられなくてラブレターを目の前で破り捨てたこと、そしてそのことを知った彼女の友達らに体育の授業の後に散々責められたこと。

すべてを話した。

「なるほど・・・そういうことだったのか。これで話がつながった」

片瀬先生は、納得して満足したかのようにうんうんとうなずいた。

「何で・・・こんなこと聞くんですか?」

俺が聞くと

「何で・・・?」

先生は少しの間黙ってポーズをとるかのように動きが止まった。

「さあ・・・何ででしょう?」

彼女はしばらく目を細めて窓の向こうの遠くの方を見つめたかと思ったらその後

「私にも分からないは」

と深くため息をつきながら拍子抜けしたようにそう言った。

「分からないって・・・」

俺は何だか意味が分からなくなった。

「竹井君・・・たまにこういうことってない?自分でも何だか分からないけど・・・うまく説明できないけど、その人のことが気になるっていうか。恋愛とも友情とも家族関係とも違う。けど、何だかよくわからないけどその人のことが気になって気になって・・・頭から離れないっていうか。しいていうなら・・・そうね・・・その人が・・・自分と同じ何かを持ってるみたいな。うまく説明できないんだけどね・・・」

自分なりに先生の言ってることを俺はかみくだいてみた。

「シンパシーみたいなのですか・・・?」

俺は聞いてみた。以前俺が感じたそれがそうだったからだ。

「そう・・・それ。竹井君よくそんな難しい言葉知ってるね。しかも英語なのに。へーまだ高校生なのに感心」

「いや別に・・・この前読んだ小説にそういう言葉が出てきたから」

「へー竹井君小説とか好きなんだ。私も好きなんだ。どういうのが好きなの?」

「えっと・・・まあSFとか推理小説とか・・・」

「へー私はイギリス小説と恋愛ものかな。あとサスペンスとか社会派のやつも好きかな。」

そんな感じのやり取りをした。

しばらく黙った後に片瀬先生がまた話し始めた。

「私・・・そんなに頭もよくないし、人前で話したりすることも苦手なんだ。だから別に教師って柄じゃないと思うし。でもね、人の気持ちとか考えるのはなぜか昔から好きなんだ。だからね・・・竹井君が何となくまだ嘘をついている気がするの」

「え・・・?」

俺はドキッとした。ふいについた嘘?

「ラブレターを破り捨てたのは、彼女の悪い噂を聞いたからだけじゃないでしょ?」

「え・・・?」

そう言って先生は少し微笑んだ。

片瀬先生の言おうとしている言葉の意味がまったく分からなかった。

けど彼女が俺から何かを読み取りシンパシーを感じてくれていることはうっすらとではあるが、何となく分かった。

彼女は突然教室を出て行こうとした。

「先生・・・あの・・・・」

「ん・・・?どうしたの竹井君?」

「あ・・・いや・・・別に・・・」

俺は何を言ってるのか自分でも分からなくなった。

「でも・・・先生の思い違いかもしれないから・・・」

俺が慌ててしどろもどろになっていると先生はそう言いながら教室を出ようとした。

教室を出るとドアの入り口あたりで先生は振り向き際に

「でも・・・もし当たってるとしたら・・・自分のこと話したくなったら・・・いつでも相談してちょうだい」

そう言ってまた足早に職員室の方へと戻っていってしまった。



家に帰ると俺はまた部屋のベッドの上であおむけになり物思いにふけった。

リビングでまた母と姉貴が何だか俺の話をしているようだった。

「何か最近蒼太のやつ部屋に籠ってばっかで大丈夫なの?」

「ほんと、最近あの子何考えてるか全く分からなくって」

「実は何も考えてないんじゃない?」

そう言って二人でお笑い番組を見ながら笑い転げていた。

リビングのドアが開いている上に二人の声がバカでかいから上の階にも会話の内容が響くように聞こえてきた。

うるせーな、と思って俺は二人の声が聞こえないように部屋の扉をバタンと閉めた。

そして先生の言った言葉の意味を考えた。

・・・・いつでも相談してちょうだい?

一体何だろうか?

俺の中で彼女の存在は不思議な魅力でますます大きくなっていった。



次の土曜日、姉貴が例の藤報堂とかいう広告代理店で内定をもらったとのことで、そのお祝いに家族で青山の高級レストランで外食を取ることになった。ものすごい豪勢なフレンチレストランだった。就職が決まったからってなんでこんなすごいところで食事をするんだ。俺は姉貴のことなんかどうでもよかったので別に嬉しくもなかったし、付き添いで仕方なくついてきただけだった。

「美佳の就職祝いを記念してかんぱーい」

昼間っから家族でワインを片手にとって上機嫌に乾杯していた。もちろん未成年だから俺だけは仕方なくシャンパンだったけど、とってつけたようにグラスを持ち上げてから「乾杯」とつぶやいた。高そうなフレンチのフルコースだ。見たこともないような未知の世界の食べ物が次から次へとテーブルへと運ばれてきた。少なくともどれもこれも俺の辞書にはないような名前のつきそうな料理だった。

「美佳、藤報堂なんてこんなすごい広告代理店に受かって本当にすごいな。お父さんは嬉しいぞ。会社の連中についつい言いたくなっちゃうよ。竹井家の自慢の娘だって。」

「お父さんってば会社で美佳の話ばかりしてんのよ。もう恥ずかしいんだから。」

父と母がそんな話をしてると姉貴は

「もうお父さんってば、こっちが恥ずかしいわよ。やめてよね。別にそんな大した会社でもないんだから」

姉貴が謙遜してると

「いやいや、藤報堂っていったら広告業界じゃトップクラスの優良企業じゃないか。娘がそんな会社に行けることになったんだ。母さんも嬉しいよな?」

「えーまあ」

そう言って二人はお互いに笑い合った。

うちの両親は本当優秀な姉貴が自慢らしい。

うちの親父は竹井賢治といい、ごく普通の典型的な会社員だ。そこそこの大学を出て、そこそこの会社に勤めてあまりパッとしないサラリーマン生活を長年送ってきた。だからなのか自分の娘が優秀なのが信じられないくらい嬉しいらしい。姉貴が有名大学に受かったときは親父が親戚中家に集めてお祝いしたりしていたし。何をそんなにはしゃぐことがあるんだろうかってその時そう思った記憶が少しだけ残っている。

俺は三人が姉貴のことで楽しそうに話しているのが面白くなくてむすっとした表情をしていると

「おい、蒼太なんだ、そのふてくされたような顔は。もっとお姉ちゃんの就職祝いなんだからそんな辛気臭い顔するな」

「そうよ、雰囲気台無しじゃない」

そう親二人に同時に説教されるように言われて俺はますます仏頂面になってしまった。

「いいのよ、お父さん蒼太のことは気にしないで。私のお祝いのために気乗りしなかったのにわざわざ無理に来てもらってるんだから」

姉貴は優良企業から内定をもらってえらく上機嫌そうだった。

そんなこんなで家族で話していると、ふと向こう側の遠く離れた席の方を見るとなんと片瀬先生が現れて、そしてさりげなくといった感じでテーブルの席に座った。よく見るともうひとり連れの男がいた。30代後半か40代くらいだろうか?大人の男に見えた。どう見ても兄弟って感じじゃなかった。

何だかふいに気まずくなった。

片瀬先生とその連れの男は席に座って、しばらく二人で会話をしているようだった。俺は先生のことが気になって家族そっちのけで彼女から目が離せなくなった。

何やら二人とも嬉しそうに微笑んで会話をしているようだった。何だかあの大人の男が自分の知らない先生を知っているようで途端に悔しくなった。俺は先生とシンパシーを感じ合って心が通じ合っていたはずで、そんな期待が急に覆され、優越感が途端にもろく崩れ去ってしまったような気がしていたたまれなくなった。

「おい、蒼太聞いてんのか?お前も少しはお姉ちゃん見習って勉強もっと頑張ったらどうなんだ?大学だってちゃんと行くつもりなんだろ?昔からお前は自分に甘いっていうか努力もしないし根性もないし。親に将来の心配かけさせるなよ。俺たち家族はみんなお前のこと心配しているんだぞ?」

俺がぼーっと二人の様子を眺めていたら親父のうるさい声が耳に入ってきた。親父は少し酔い始めているのか何だか急に攻撃的というか説教臭くなってきた。こんな場所で勘弁してくれよ。こっちが恥ずかしくなってきた。

「ちょっとお父さん酔ってるの?もーやめてよ。私のお祝いの席なんだから。こんなときくらいそういう話はやめてよ」

姉貴は上機嫌な気分が壊されたのか、おやじを遮るようにそう言った。でもいつもは姉貴が散々そういうきつい説教を俺にしてんだろーがって内心そう文句をたれるかのようにつぶやいた。

食事が終わって家族全員でレストランを出る際に、俺は片瀬先生の座っていたテーブルの傍をそっと横目で見ながら横切った。

その時先生がこっちをちらっと見たような気がしたが、俺に気付いたかどうかまでは分からなかった。




次の日曜、俺は自分の部屋で真昼間からゲームをしていた。最近はまってる新作のシューティングゲームだ。別段他にやることもなかったしいい暇つぶしになった。

「ちょっとー蒼太?入るわよ?」

そう言って姉貴が部屋にノックもせずにずかずかと入ってきた。

「何だよ?」

「ちょっとー部屋締め切ってゲームばっかりやってさ。暗いわね。休みの日なのにデートする彼女もいないわけ?本当情けないわね」

そう言いながら姉貴は俺の部屋の窓を大きな音を立てながら力いっぱい開けた。

「週末くらい部屋の換気ちゃんとしなさいよ」

「うるせーな。」

俺がぶっきらぼうにそう返事をすると、姉貴は急にムスっとした顔つきになった。どうやら機嫌を損ねたようで俺に軽く平手チョップをかましてきた。ガツンと音がなった。

「いってーな」

俺は頭を押さえてそう言った。実際に少し痛かった。

「せっかくアドバイスしてやってんだから、ちゃんと言うこと聞きなさいよ」

「分かったよ。それで・・・一体何の用だよ」

「あ、そうだ。あのさ、この引き換え券持ってあそこのクリーニング屋に洋服取りに行ってきてくれない?お母さんに今日頼まれてたんだけどさ、私さ、急に友達と会う約束できちゃってさ、時間ないんだは。お父さんはゴルフで出かけちゃっていないしさ。」

「ってクリーニング屋に行く時間くらいあんだろ?」

何だよ、パシリにするつもりかよ。

「もう時間ないのよ。これからお化粧しなきゃいけないしもう待ち合わせ時間ギリギリだから、お願いよ。あんただけが頼りなのよ」

本当いつもは説教ばかりするくせに肝心なときだけ俺頼みなのか。

「何の洋服?」

「お母さんの洋服とかお父さんのスーツとかでしょ?別にあんたには関係ないでしょ。」

あーそーかよ。

「じゃーお願いね。あそこ夜までは営業してるはずだから今すぐじゃなくてもいいけど、できるだけ早くお願いね。お金はもう支払い済みだからその紙渡せば大丈夫だから。」

そういうと姉貴はさっさと部屋を出ていった。

用はとっととすませたいと思ったので、やりかけのゲームをひとまずやめてすぐに家を出ることにした。でも、数十分もたっていないのに、俺が準備を整えた後に出かけようとしたときにはもう姉貴の姿はどこにもなかった。



「ったく人使いが荒いな」

そうぶつぶつと文句を言いながらも俺は仕方なしに姉貴の命令通り駅とは逆方面の地元の商店街にあるクリーニング屋にいった。

「宜しくお願いします」

と言いながら俺は店の人に引換券を渡した。

「竹井さんですね、えーとこちらの3点になりますね」

と言われて服を受け取った。姉貴の言っていた通り母さんの洋服と父さんのスーツらしきものだった。服を受けとると俺は自動ドアを開けてクリーニング屋を出た。今日は快晴のごとく天気は晴れ渡っていて、商店街も何だか明るい雰囲気だった。

家に帰る途中の道をてくてくと歩いていたら、街中でまた片瀬先生とばったりと出会った。

これで何度目の偶然だろう。

つくづくこの先生とは何らかのシンパシーを感じる。

片瀬先生は喫茶店の前で店の中の様子と店頭にある看板のメニューを交互に眺めているようだった。

先生は俺に気が付いたようで突然にっこり笑ってこっちを振り向いてきた。

「こんにちは竹井くん」

「こんにちは先生」

お互いに軽く会釈をした。

「クリーニング屋さん?」

俺が手に持っていた綺麗にクリーニングされたばかりの服やスーツを見て彼女はそう聞いてきた。

「あ・・・はい。姉貴に頼まれて」

「そうなんだ・・・」

「・・・先生は?」

俺はとっさにそう聞いた。

「私はちょっと買い物とかかな・・・」

そういってまた少しだけ微笑んだように見えた。

「あの・・・よかったら喫茶店でもどう?おごるわよ。ここの喫茶店新しくできたみたいで、今から入ろうかなって思ってたの。もし時間あったらだけど。」

そんなこと言われるなんて想像もしなかったからびっくりした。

でも先生とは何だか相性が合うっていうか、彼女からは女の嫌な部分をまったく感じなかった。自分が女嫌いだなんてことをいつの間にか忘れてしまうくらいだった。だからそんなこと言われて正直嬉しかったのが本音だった。

「はい・・・」

俺はそう返事した。

「そう・・・よかった」

先生もほっとしたようだった。

「じゃあ、入りましょう」

そう言われて誘われるがままに俺は先生とその「フレーユ」っていうこじんまりとした綺麗な雰囲気の喫茶店に入った。

内装は洒落たシックな感じでレストランも兼ねているようだった。壁はレンガのような造りになっていてテーブルやいすは年代物で高級品といった感じで、壁には可愛らしい鳩時計のようなものがかかっていた。

はじの席に二人で座って、コーヒーを二人分頼んだ。

「こういうところはあまり来ない?」

「そうですね・・・」

「そう。まあまだ高校生ならそうよね」

そういわれて先生に急に子供扱いされたような気分になった。

思いのほかコーヒーが早く来たので二人でさっそく飲むことにした。先生は角砂糖1つとミルクを少しいれた。俺は甘いのはあまり好きじゃないからミルクだけ入れた。

「私ね・・・自己紹介のときみんなには言いそびれてしまったけどね・・・こっちに実家があるのよ。」

そう言った後、彼女は少しだけコーヒーをすすった。

俺も合わせるようにコーヒーを少しだけ飲んだ。

「お母さんがね、骨折して入院しちゃってね。それで何か月も病院生活になっちゃって。もう今年で70で年も年だし。お父さんは私が小さい頃に病気で亡くなっちゃっててね。だからお母さん一人で心配だからこっちに戻ってきたのよ。それでたまたま地元の学校で臨時教員の応募してたから。どうせならしばらく近くにいた方がいいかなって。うち親せきがみんな遠くにいてお母さんの面倒見になんて来られやしないし。それに、退院した後も母だけだと何だかんだ心配だし。」

先生は相変わらず小さな声でゆっくりでなペースで話していたが、学校にいるときとはうって変わってあまり緊張してなく落ち着いた雰囲気を醸し出していた。そして何よりももっとよく話した。先生は普段はこんな感じなんだろうか?また先生の別の一面を垣間見た気がした。それはともかくとして、学校での初日の自己紹介のときに先生は自分の母親のこととかそんなことははっきりとは言ってなかったけど、でも家庭の事情がどうとかそんなような話はそれとなくしていたことはおぼろげながら記憶の片隅に残っていたので、俺はふとそのことを思い出した。そういった年取って体が弱り果てた親の面倒を見るだとかそんな込み入った大人の事情みたいな話は高校生の俺には非現実的であり未知の世界そのものだったけど、少なくとも先生が親孝行だってことはガキの俺でも何となく分かった。

「大変なんですね・・・」

「まあ・・・私は女手一つで育てられたところもあるから、やっぱり親は何だかんだ大切にしなきゃなって思うし。まあ、本当いうと母親にどうしてもって頼まれたからなんだけどね。誰かが面倒見てくれた方が正直助かるんだけど、そうも言ってられないし。」

「そうなんですか・・・」

俺には親孝行のことなんて全く分からなかった。俺は親や姉貴とか家族なんて嫌いだったし、大人になればもうきれいさっぱり縁を切ってさっさと離れ離れで暮らしたいくらいにしか思ってなかったからだ。

「俺には・・・よく分からないですかね・・・そういうのは」

俺がとっさにそういうと、

「竹井くんにもそのうち分かる時が来るわよ。親のありがたみとか。育ててくれたことへの感謝とか。といっても高校生じゃまだ難しいとは思うけどね。私も竹井くんくらいの年齢のときは親なんかうっとおしいだけだった」と先生は俺に諭すようにそう言った。

「そうなんですか・・・でも・・・いえ、たぶん俺は一生親のありがたみなんて分からないと思います」

「何で?何でそう言い切れるの?」

「俺は・・・親なんか嫌いですから」

俺はきっぱりとそう言い切った。

「そうね・・・私も親を憎んだ時期もあるは。自分のことなんか全然わかってくれないって。でも、それは大人になればいつしかわかる時が来る。親には感謝できることもたくさんあるって」

「いえ、絶対に分かりたくないです」

俺は反抗期のガキみたいに先生に反発するようにそう言い放った。

「なぜ・・・なぜそう思う?」

俺が黙っていると先生はふいに話し出した。

「私もね・・・親どころかこの世界のすべてを憎んでいた時期がある。やるせないくらいこの世を憎んだこともあった。愛というものが何なのか分からなくなって。」

俺には先生の言っていることがあまりに抽象的すぎてその意味がよくつかめなかった。

「竹井君といると不思議ね・・・何でも話せてしまいそうだから。何か同じものを感じるからかな。だから何だかどんどん自分のこと話してしまう。私の過去を話してもいいかなって思うからかな」

先生はそう言った。確かに普段は大人しい感じのする先生がいつになく饒舌に話しているのが何だか妙で不思議な感じがした。

「先生の過去ですか?」

「正直に話すとね・・・私・・・実は・・・男性不信だったの。というか今も多少そうなんだけど」

とっさの切り口だったので俺は少しだけ驚いた。

それが・・・先生の秘密?

「別に隠すようなことじゃないんだけど・・・今まで誰にも話さなかったの。でもなぜか君には話せそうな気がしてきた」

先生は続けて話し出した。

「今でも男性と話していると時々足や手が震えることもあるし、部屋で男性と二人きりとかになると正直怖くなるときがある」

そう言いながら先生はまたコーヒーを人啜りした。

自分とは平気で話していたから俺には先生がそのような人には全然見えなかった。

「私はね・・・一度過去を消去しようとしたことがあるの」

過去を・・・消去?

いったい何のことだか雲をつかむような表現でよく分からなかったが、そう言った後に彼女は誰かに頼まれたわけでもないのに自然な風の流れに誘われるかのように自分の過去を徐に話し始めた。


「私は小学生のときにね・・・いじめに遭っていたの。顔にひどいアトピーがあってね。もうそれはまともに見られないくらいひどい顔で。それでいつもクラスの男子にバカにされてた。ブスブスって」

出だしからとても暗い内容の話だったので少しだけ驚いたが、俺はそのまま黙って聞いていた。

彼女は続けて話し出した。

「幼児性アトピーだったから中学に上がる頃には治ってたんだけどね。でも小学生のときは本当に顔中ぶつぶつがひどくて、それはひどい言われようだった。醜い妖怪女だとか蛇女だとかそんな感じで学校の帰りに男の子たちに後をつけられて散々ひどいこと言われてた。やめてって言ってもやめてくれなかった。女子は味方してくれるかなって思ったけど、ある日・・・男子たちに教室でいじめられてたらね・・・女子たちもみんなクスクス笑いながらこっちを見てきてね。『妖怪女だって。本当そうだね。』って。学校にいくのが本当に辛かった。小学校に上がる前に父は病気で亡くなってしまっていて、母は女手一つで私を育てなきゃいけなかったし、仕事で本当に忙しくて私の話なんかゆっくりと聞くどころじゃなかった。母は母なりに必死だったんでしょう。だからそのことを相談しようとしたら、『忙しいからまた今度ね』って。いつもそればっかりで」

そこまで話すと先生は突然悲しげな顔をしてテーブルの下の方を見てうつむいた。そしてしばらくするとまた顔をゆっくりとあげてコーヒーを少しだけすすった。高ぶった感情を落ち着かせているようだった。

「それで・・・ほかに相談できる人はいなかったんですか?」

高校生の俺には難しい話だったけど、先生にそんな悲しい過去があったことを知り、何だか急に彼女が可哀想になってきた。

「ううん・・・ほかに相談できる人もいなかったし。だから学校も休みがちだったの。中学生に上がる頃にはアトピーは治ってきて、いじめには遭わなくなった。でも、中学二年のときにある男子から告白されたことがあってね。最初はいじめられた経験があったから男子が恐くて断ろうと思ったの。でも、小学校から地元が同じだったある女子がね、その男の子のことが好きだったみたいでその話をやっかんだのか卒業アルバムか何かで私の小学生のときの昔の写真をその男子に見せたみたいで。その男の子は地元が違ったから私とは小学校が違ったからね。そしたら、その男の子が急に態度を変えてね。やっぱり告白のことは忘れてくれって言ってきて、それから私には一切話しかけてこなくなった。そんなことがあってね・・・ますます男性不信になっていったの。男の子って女子の顔しか見てないんだって思って」

また、先生は一息つくようにコーヒーをすすった。

俺もコーヒーを少しだけ飲んだ。

「それでどうしたんですか?」

俺が聞くとまた先生は続けて話し出した。まるで我を忘れるかのごとく夢中な感じだった。

「そんなこんなで何もかも嫌になって高校は地元じゃなくて遠く離れた女子高を受験したの。自分のことを誰も知らない上に、男子がいない方が安心して学校に通えると思って。入ったきは本当にほっとした。これでやっと平和な学校生活が送れるって。でもね・・・そんな気持ちは一瞬で消え去った。そこでもまた試練が待ち受けてたの。入学早々そのことに気が付いた。女子高ってね、みんな女の子たちが彼氏を作るのに本当に熱心なのよ。普段女子しかまわりにいないもんだから、高校生なのにこっそり合コンに行ったり他の男子校の学園祭に顔を出したりね。とにかく積極的な女の子が多かった。ませた子なんかは大学生とか会社員とかと付き合ったりなんかしていた。それである日ね、いつも仲良くしていたグループの友達の子たちと昼ごはんを食べながら彼氏の話とかで盛り上がっててね。いつもは私は聞く側で話をほとんど聞いてるだけで、そういう話題があってもそしらぬ顔をしてうまく切り抜けてたの。とにかく小学校の頃みたいに孤立するのだけは嫌だったから。でも、その日はその子たちが週末に彼氏たちとデートしたとか、ドライブに連れてってもらったとかそんな話をしててね。それで急に私に『片瀬さんも年頃なんだから彼氏つくりなよ?』って話を振られてね。いつもは何となくで話をそらすんだけど、ある一人の女の子が『いやね、片瀬さんに彼氏がいないわけないじゃない?いつも話をはぐらかしてるだけだってば。こんな美人に彼氏がいないわけないじゃない。』って。そういってみんな『何だそうかー』って笑うの。まるで軽い冗談話みたいに。でも、それで私は男性不信だなんて話を全く切り出せなくなっちゃって。それに、そんな話をしたらちょっと変な子だって思われちゃうかなって。それで私もつい『そうなの』って笑いながら返しちゃったの。そしたら『えーやっぱり片瀬さん彼氏いたんだ。』って話になって。『じゃあ今度紹介してよ。みんなで一緒にカラオケとかにでも行こうよ。』って話になっちゃって。それで私もつい『いいよ』って言っちゃって。それでついに話をごまかせなくなって。今思えば本当バカだった。そんな話になってしまって、カラオケの約束の日が迫ってきて、ついに私は我慢できなくなって・・・。そして嘘をつくことにした。実は、彼氏は遠い場所にいてすぐには会えないんだって。そんな見え透いた嘘すぐに見破られるかなって思ったけど、みんな案外すぐ信じちゃって。『それなら仕方ないわね。』ってことになって。でもせっかくみんなうきうき気分で楽しみにしてたのに、急に雰囲気的に冷めちゃって。それで、その子たちとは次の年になったら違うクラスになっちゃったせいもあってあまり話さなくなって・・・次第に仲良くなくなっちゃった。今思えばみんなは下の名前で呼び合っていたのに、私だけ『片瀬さん』って呼ばれてて、私だけ浮いてたのかな。多分向こうも変な子だなって思ってて無理に付き合ってたんだと思う。そういうことがあって・・・その後の高校生活も友達なんか作るの面倒だって思って・・・それからはずっと一人でいた」

先生はそこまで一通り話し終えるとまた一息ついた。

先生は普段は比較的無口だったが、今はマシンガンのごとく会話が止まらないといった感じだった。たて続けて自分の話をしている。まるで自分の嫌な思い出をすべて吐き出して今すぐにでも過去の記憶と決別したいかのようだった。

「何かお腹すかない?軽くケーキでも頼もっか?」

先生は俺に勧めるようにそう言った。

俺はお腹はすいてなかったから「いいえ、大丈夫です」と言って断った。

そんな目先のケーキのことなどより先生の過去の話の続きの方が何倍も気になってしまっていた。


「異性を信じられない」

俺と・・・同じなんだ。


「ごめんね・・・こんな話。退屈でしょ。べらべら私ばっかりしゃべっちゃって。」

と先生は気恥ずかしそうでもあり申し訳なさそうでもある、そんな曖昧な表情を浮かべていた。

「いいえ、そんな・・・」

とっさにそう曖昧に言ったが、その時は本当にもっと先生のことが心の底から知りたくて仕方がなくなっていた。そして、それが本音だった。

「そう・・・それならいいけど」

先生はまた話の続きを始めた。

「えっと・・・どこまで話したっけ・・・あ、そうだ。高校の話ね。それで、高校はそのまま何事もなかったかのように一人で過ごして、そして大学受験の季節になってね。私はそこまで頭もよくなかったし、そこそこの大学に行かれればよかったし。やりたいことも特になかったし、でも英語だけはなぜか好きだったから英文科に行こうと思ってね。その頃は英語教師になろうなんてことまでは考えていなかったのだけれど。それでね、大学も最初は男性のいない女子大に行くつもりだったんだけど、女子高での出来事もあって、もう気にせず共学を受験することにしたの。多分どこにいっても同じなんだってことに気づいたから。それに何よりもこのままじゃまずいって思って・・・男性不信を克服しなきゃって思って。このままじゃ一生恋愛もできないし、結婚なんて到底無理だって。それで都心にある英文科のある大学を受けて晴れて受かって通うことになったの。

3年も女子高に通っていて久しぶりに男性をキャンパスで初めて見かけたときはちょっとだけ緊張した。でもこれからは頑張って男性不信を克服して楽しい大学生活を送るんだってはりきってたの。最初はね・・・。それで、大学入学の後、しばらくはサークルの勧誘とかってそこら中でやってるんだ。でも、男性が勧誘してくると何だか緊張してしまって、ついつい断ったりしちゃって。でもね、1週間くらいしたある日ね、大学のキャンパスで櫻井さんっていうある男性がテニスサークルに勧誘してきたの。最初は怖かったのだけど、その人と話してると何だかとっても不思議な気持ちになってね。気持ちが軽くなるっていうのかな。とても穏やかで優しい人で、何となくだけど話してるだけでそういうのが分かった。

それで、この人なら大丈夫だって思って。思い切ってそのサークルに入ることに決めたの。テニスなんてやったことなかったけど、その人は親切に教えてくれたしとっても楽しかった。入学すると春にみんなキャンプに行ったりして。とても楽しかったは。それでね・・・私は何だか分からない感情に襲われて。男性を好きになったことなんてなかったから初めての感情で動揺してしまったの。まるで思春期にやり過ごしてきてしまったことを大学生になって初めて経験してしまったかのようで。恥ずかしいけど、それが事実だった。まるで生まれて始めて少女になった気分だった。それでね、自分はやっと男性不信を克服することができたんだって途端に嬉しくなったの。自分の初恋の感情が嬉しくて。何より恋をすることができたことが嬉しくって。それでね、自分の気持ちを彼に伝えようと思ったんだ。振られてもいいからダメもとでって。今思えば先走りし過ぎてたんだけどね。でも嬉しくて自分の気持ちを伝えないわけにはいかなかった。それでね、ある日大学のキャンパスで彼を見かけてね。それで、私は彼の方に向かっていって声をかけようとした。そして自分の気持ちを伝えるんだって決心して」

何だか話が急展開してきた。俺はその先どうなるのか気になってつい

「それで・・・どうなったんですか?」

と聞いてしまった。

先生も興奮してきたようで

「そうね・・・」

と言って、その興奮をまた冷まして気持ちを落ち着かせるかのようにコーヒーをすすった。

「今思えばあんなこと決心しなければよかったのね・・・」

先生は悲しそうに言った。

「決心しなければよかった?」

俺は心の中で独り言のようにそう思った。

「正直驚いた。まあ、予想していたことは予想していたし。覚悟してたんだけどね。よくある話だけどね・・・彼には当然彼女がいたの。彼の方に走っていったらね・・・突然後ろから別の女性がかけよってきてね。『誰だろう?』って最初は思ったんだけどね。まさか彼女なわけないよね?って心の中で期待したんだけど、案の定その後二人は腕を組んで楽しそうにキャンパスの門の出口から出て行ってそのまま駅の繁華街の方へ向かっていった。」

そこまで話し終わると先生はまた一呼吸した。全部自分の過去を吐き出して一安心したかのように。そしてまた下をうつむいてなんともいえない儚げで悲しそうな表情を見せた。

俺は先生の恋が成就しなかったことが悲しくなった。自分でも不思議なくらい先生の話に夢中だった。普段は他人の話になんてまったく興味もなかったのに。

「普通ならそんなことでショックを受けないんだけどね。18にもなってそんなことで驚く方がおかしいよね。でも、私にとっては初恋で生まれて初めてのことだったから、まるで今までの人生のすべての青春を奪われたかのようになってしまって。それでね、また逃げるように私はサークルをやめてしまったの。そして、また孤独なキャンパスライフが始まった。最初は本当に孤独だった。まるで心のどこかにぽっかりと穴が空いてしまったかのようだった。そんな一人の生活がしばらく続いたある日ね、ある日突然何か授業でその櫻井さんとばったり同じになってね。席が近かったから私に声をかけてくれて。『何で突然サークルやめちゃったの?』って。優しい人だったから気にかけてくれたのね。そしたら『ほかにやりたいサークル見つけたから』ってとっさに嘘をついてしまって。そしたら櫻井さんは残念そうに『そう。でも、またやりたくなったら来なよ。いつでも歓迎するから』って。嬉しかったけど私はお礼だけ言って講義が終わると、一目散にその場から去った。

私は本当に臆病でダメな弱虫だって。自分を呪ったりもした。その頃の自分は本当に生きたしかばねのようだった。無表情でいつも冷めてた。一人で講義を受けて一人でランチを食べて、一人で帰宅する。そんな生活が続いて、ある日もう限界だって思って。そして、心理カウンセラーとかに通うようになった。そういうものがあるんだってこともその頃知ったの。それでこのままだと本当に一生恋愛もできないって思って、カウンセラーの人にどうしたら男性不信を克服できるのかな?とかいろいろと聞いたの。でも・・・うまくいかなくて・・・ある程度はカウンセリングでよくなったし、普通に男性とは話せるようにまではなったし緊張したり怖くなったりはしなくなった。でもやっぱり恋愛したいとまでは思わなくって。後にも先にも・・・私が恋をしたのはその櫻井さんって人だけ。その人だけが私にとっての唯一の青春なの」

先生はまた一呼吸置いた後にコーヒーをぐいっと一気に飲みこみ、そして全部飲み終わるとカップをテーブルにそっと添えるようにして置いた。まるで全部話し終えて使い果たしたエネルギーをコーヒーを全部飲み干すことでもう一度補給したいかのようだった。

「これが全部よ・・・私の過去の全て」

彼女はそう言った。

本当に悲しい話だった。それはまるで壊れやすいガラスのコップが音を立てて全部破壊されてしまったかのような、そんな衝撃的な話だった。俺はまるで自分も先生の今までの人生を生きてきたかのような感覚に襲われた。そしてまたもやシンパシーを感じとってしまった。

「親には・・・親には本当に何も相談できなかったんですか?」

俺はそう聞いた。

「そうね・・・私が大学を卒業したくらいの頃かな・・・母も私の世話からやっと解放されたのかとっても安心したようだったし、話を昔よりはよく聞いてくれるようになったのよ。それである程度はそういう話をした。母は謝ったわ。今までそんな大変な話を聞いてあげられなくて本当にごめんねって。心から同情してくれたし、謝ってくれた。それでね・・・何だかほっとしたっていうか肩の荷が下りたような気がして・・・それまでは仕事で忙しくて話をろくに聞いてくれなかった母を恨んでいたんだけどね」

とても聞いてはいけないような話を聞いてしまったかのような気がしてきた。

先生はまだ悲しそうな顔をしていたが、俺まで先生と同じ気分になってきたかのようになり、思わず下を向いてしまった。

「でも・・・ここまで全部話したのは君が初めてよ・・・」

そう言われた俺は

「何で・・・何で・・・俺なんかに?だって、別に昨日今日先生と会ったばかりだし・・・それに・・・・俺なんかに話したって」

とっさに慌てて反論するかのようにそう言ってしまった。

「・・・そうかもね。何でかな。年も10以上も離れてるのにね。前に教室で君と話したように・・・何かシンパシーを感じたのかな。それにね・・・」

「それに・・・?」

「ただの高校生だって思えなかったの。教室で初めて会ったとき私を助けてくれたときから・・・君からは何か普通じゃない何かを感じた。それとね・・・竹井くんも私と同じでもしかしたらと思って」

「同じ?」

「そう・・・もしかしたら竹井君も・・・」

俺は何を言われるのかと思って思わずつばを飲み込んだ。

「異性が信じられなかったりする?」

突然何かのボール球の直球を食らったかのような衝撃だった。

先生は何でわかったの?

俺が先生にシンパシーを感じたように、先生も俺にシンパシーを感じたの?

「何で・・・何で分かるんですか?」

先生は一呼吸おいてから話し始めた。

「告白してきた女の子に騙されたからラブレターを目の前で破ったっていってたでしょ?普通の男の子はそういうことはしないと思う」

先生は鋭い口調で分析するかのように言った。

「普通だったら嬉しいからひとまず受け取って返事はすると思うの。だから・・・もしかしてと思って・・・」

俺はどう言葉にしたらいいか分からず

「そうなんですか・・・」

とただそうつぶやいた。

「ああいうことするのには何かしろ理由があるんじゃないかって思った。でも・・・もし違ったらごめんなさい。でもね・・・前にもいったように私は人の心を読むのだけはなぜか得意なの。だから結構私の勘って当たるんだ」

勘って・・・そんなことで人の気持ちや考えていることが本当にわかるんだろうか?と俺は心の中で思った。

「でもね・・・もし本当だとしても言いたくないと思うから。だから言わなくてもいいよ。」

と俺をなだめるかのようにそう言った。

「別に・・・いいたくないわけじゃないんです・・・ただ・・・言える人がいなくて・・・」

「そっか・・・」

しばらく先生と俺はお互い視線をずらしたまま黙ってしまった。

「もう、帰ろっか。話し込んでたら、こんな時間になっちゃったし」

先生は急に話を切り上げようというような感じで軽くそう言った。俺は時間をすっかり忘れていたことに気が付いて、ふいに外を見るといつの間にか夕方近くになっていた。夢中で話を聞いていたら時間はあっという間に過ぎてしまったようだ。

先生と俺は立ち上がるとレジの方にいき先生が俺の分も含めて金を払い会計をすませてくれた。そして二人で店の外へ出た。

「じゃあ、また明日学校でね・・・・」

先生はそういうと喫茶店の前で俺と別れてどうやら自宅の方角だと思われる方へ向かって行った。

「あのさ・・・先生」

俺はとっさに先生を呼びとめてしまった。

自分でもなぜかは分からなかった。ただ何となくそうしてしまった。

先生は振り返り俺をしばらく見た後少しだけ笑ったかのように見えた。

「明日ね・・・」

先生は手を振ってまた向こう側へ体ごと振り返りさっそうと歩いて行き、商店街の人ごみの中へと消えていった。

俺は先生の後ろ姿を不思議な感情を抱きながらしばらくぼんやりと眺めていた。

もう辺りは夕焼けに染まって街中が赤い光を帯びているかのようだった。

「帰るか・・・」

俺は心の中でそう思い、家に帰ることにした。




自宅に帰るとさっきまでの夕焼けなどどこぞへと消え去り、もう辺りは夜の闇に覆われていた。

「何だ蒼太、遅かったじゃないか。」

父の賢治はすでにゴルフから帰っていて、玄関先で俺が手にぶら下げていたクリーニングのビニール袋に包まれている自分のスーツの方をちらっと見た。

「おお、クリーニング代わりに行ってくれたんだってな。お姉ちゃんから聞いたよ。ありがとな」

親父は俺にお礼をすると、クリーニングされて見事に綺麗になって帰ってきた自分の服を満足そうに受け取ると部屋へもっていった。

リビングを覗くと姉貴もすでに帰宅済みのようで、母由利子とテレビを見ながら何やら楽しそうに話していた。何だか草食系男子についての特集をテレビで見ている最中のようだった。

「なんだかね、最近こういう男がやたら増えてるってね」

「そうよ、私の大学もそういうやつ本当多いのよ。私から誘わなきゃなかなか電話もしてこないんだから。こっちからいかなきゃなかなか恋にまで進展しないんだから。」

「困ったもんよね。蒼太とかも将来こんな風になっちゃわないか心配だわ。一生独身だったらどうしましょう?ほんと気が気でないわ」

「あいつはとっくにそうなってるわよ。もうあいつに期待するのやめよ、お母さん。」

簡単に言うとそんな感じのやり取りだった。俺はいつも通りスルーすることにした。 

俺は挨拶もしないで自分の部屋へと直行しベッドに仰向けになった後、また片瀬先生のことを密かに思い浮かべた。

先生は今日、俺だけに自分の過去の秘密を打ち明けてくれた。

何だか急に先生と気持ちがつながっているような気になってきた。

何だろう?この気持ちは・・・自分でもよく分からなかった。

何とも言えない言葉では言い合わらせないもどかしい気持ちだった。

シンパシー?いや・・・そう思ったが、これはもう初めて教室で会ったあの日の感情とは決定的に何かが違っていた。




その夜俺は夢を見た。

今まで見たことのない夢。

ここはどこだ?周りを見渡すとどうやら自宅にいるようだ。

真夜中なのかあたりはやけに静まりかえっている。

理由は分からないが俺はなぜか階段の下にいる。

そしてなぜか小学校低学年くらいの年齢に戻っている自分がそこに立っていた。

俺は小学生の体に戻っているのになぜか高校生の俺の意識のままだった。

だが、どちらかというと俺は意識の外からその小学生の俺を見ているようなそんな感じだった。

耳をすますとリビングから何やらこそこそと話し声が聞こえてくる。

その声はざわつくかのように自分の耳元に近づいてきて音はどんどん大きくなっていく。

廊下を歩いてリビングのドアの外にまでそっとおそるおそる近づいてみる。

廊下のきしむ音がかすかに聞こえた。

やけに神妙でリアルな音だった。

リビングにたどり着くとそこでは母と姉貴が何やら話し込んでいるようだった。

姉貴はなぜか中学生くらいに戻っている。

母も当時の年齢にまでずっと若返っている。

「ちょっとお母さんそれひどいわね」

姉貴が母親に話しかけていた。

「そうなのよ、私の家ってね、医者の家系だったのよ。だから両親はどうしても男の子の跡取りがほしくてね。親に男の子がほしかったって散々言われ続けて育ったのよ。田舎だったからそういう風習がまだ残ってたのよ」

「それひどくないお母さん?」

「そうでしょ?女の子が医者の家系の跡継ぎなんかになっても仕方ないからって。だからお前はうちを出て結婚してよそへ嫁ぎなさいって」

「本当ひどいよ、それ」

どうやら母が自分の家系の話をしていて、姉貴がそれに同調しているようだった。

「医者になるのに男も女も関係ないじゃないのよね?本当古臭い家系で私はうんざりしてたのよ。女の子の方が育てやすいし、仕事がうまくいかなくても結婚すればいいんだし、将来は親の面倒とか見てくれるんだから、絶対娘の方がいいに決まってるのにね?」

「私もそう思うわ、お母さん。お母さん大変だったんだね」

「蒼太だって何だかさ、はきはきしない子だし、あなたと違ってしっかりしてないからあれじゃ将来心配よ」

「そうよね、お母さん」

「何であんな子生まれてきちゃったのかしらね?あー二番目の子も娘がよかったわ。」

「お母さん大丈夫よ、私、蒼太が将来立派な大人になれるようにちゃんとしつけるから」

「そうね、頼むわ。あなただけが頼りなんだから。あなたは本当しっかりしてるし。きっと大丈夫ね。あなたは私の自慢の娘よ」

「うん、お母さん」

「本当、息子なんかいらなかった」

そんな内容の会話が聞こえてきた。

小学生の俺は廊下でその話を立ち聞きしていた。

多分子供だから意味が分かってないのだと思う。

でも、高校生の俺には夢の中でなぜかその話がはっきりと聞こえてくる。

そして会話の内容もちゃんと理解できている。

何だ?何なんだ?この夢は?

やめてくれ。もううんざりだ。誰か早くこの夢を終わらせてくれ。

助けて・・・・


そう思った瞬間に俺は夢から覚めた。

ベッドからあわてて飛び起きた。

「はあ、はあ・・・」

気がつくと、俺はベッドの上にいた。

「何だ・・・夢か・・・」

あたりはまだ真夜中でしーんと不気味なくらいで静まりかえっていた。

まるでサイレント映画に出てきそうな部屋と廊下だった。

音は何一つたっていなかった。

額には絶望的な量の冷や汗をかいていた。

自分は何が何だかわけが分からず意識が朦朧としていた。

一体なんでこんな夢を見たのだろう?

俺はその後一睡もできずにベッドを起き上がり廊下をしばらく徘徊老人のようにうろうろとしていたが、気持ちが一向に落ち着かなかったので、一階まで降りていきリビングのソファーに座った。しかし、寝ている間に大分汗をかいたのか喉がからからだったので、キッチンへ行きコップ一杯分の水を一気にぐいっと飲みほした。そして、ソファーでずっと長い間ぼーっとしながら、夜が明けるまで何もせずにただじっと堪えるようにして待った。そしてその時間は一生朝が来ないのでないかと思えるほどものすごく長く感じたが、ついに耐え兼ねて一瞬だけうたた寝しそうになった頃に、雨戸のわずかな隙間からほんの少しだけ日差しが額のまぶたの方へと差し込んできて俺は再び目を覚ました。そして、気が付いたらやがて朝を迎えていた。



まだ意識が朦朧としながら何が何だか分からず、俺は学校へと向かった。

またホームルームで杉山が何やら説教をし始めた。

昨夜の夢に朝からずっとうなされていたため、俺は杉山の話などろくすっぽ聞いていなかった。

「こら、竹井ちゃんと聞いてるのか?」

杉山に名指して突然喝を入れられた。

「あ、はい。」

「ったく。朝からぼーっとして。もっとしゃきっとしろよ。」

俺に説教して満足そうにすると、杉山はまともや見つけたぞと言わんばかりにほかの生徒たちにも容赦なく違う説教をし始めた。

クラスで存在感がなく普段はほとんど教師に無視されているような俺が間髪入れずに喝をいれられたってことはボーっとしている姿がすさまじいほどにひと際目立っていたのだろう。


授業が終わり、昼休みになると俺はとっとと教室を出て購買にまたパンやらジュースやらを買いにいった。すると廊下が何やらざわついていた。何だかみんながまるでゴキブリや解剖前の蛙を見るかのように、冷たい目で俺を遠くからちらりと一瞥くるような気がした。最初は気のせいかと軽く考えていたが、段々とそれは気味の悪いひそひそ話をされているかのような感じに変わった。思いのほか居心地が悪かった。

まるでみんなが俺を避けているかのようだった。

しかしその時はその意味が俺にはまだ分からなかった。

授業が終わり帰宅時間になり、俺は鞄に教科書を詰めてさっさと教室を出ようとしたら、クラス一のお調子ものの山村が普段は友達でもなんでもないくせに突然俺と旧知の仲だったみたいな感じで話しかけてきた。

「おい、竹井。お前何かやばいことしたの?」

突然そう言ってきた。

何のことを言ってるんだ?

「やばいこと?」

「ああ、何かお前峰岸遥にめちゃくちゃひどいことしたって噂が流れてるぞ。何か告白されてちょっとだけ付き合ったけど、やり捨てしてひどい目に遭わせたってな。」

「は?なんだそれ?」

何でそんな根も葉もないバカげた噂が校内中に流れているんだ?

「そうなのかお前?もうクラス中の女子がお前を最低男って目の敵にしてるぞ。あとかなり大勢の男子もお前に激怒してるぞ。遥ちゃんを泣かせたって。やつらみんな峰岸遥を狙ってたからな。」

一体なんなんだ?俺がやり捨て?クラス中が俺に激怒?

事実無言だ。俺はそんなことはしてない。ただ峰岸遥の目の前でラブレターを破り捨てただけだ。一体誰だ、そんなひどい噂流したのは?

「本当なのか?お前。俺は別にさ、お前を疑ってるわけじゃないんだぞ。別にお前そんなにいやな奴じゃないから、俺はちゃんとお前を擁護したんだけど、ほとんどの奴が聞く耳持たなくてさ。もうお前やばい状況だぞ」

とうてい信じられない話だったが、もし山村の言っていることが本当なら多分想像するに俺のことを快く思ってないやつらが大げさにデマをクラス中に流したんだろう。

「それは事実とは違うよ。誰かが流したデマだ。俺はただ告白を断っただけだよ。」

俺がラブレターの件については伏せてそういうと山村は

「だろ?やっぱりな。お前にそんなことする度胸あるわけないもんな。俺もそう思ったからそう言ったんだけどな。でも、もう誰もお前を信じてないよ。」

と同情するような感じで言ってきた。

大変なことになったと思った。

ラブレター事件がまさかこんな深刻な事態にまで発展するなんて。

自分のとった行動があまりにも軽率だったことを今更ながらに少しだけ後悔した。

「そっか」

「まあ、何にしても信じてもらえるように弁解するべきだよ」

「そうかもな」

「ま、何にしてもがんばんな。俺は、お前を信じてるからよ。じゃあな」

「ああ、じゃあな。」

そういうと山村は小走りに教室の外へと出ていった。

普段はクラスのひょうきん者で通っている山村が唯一頼もしい味方に思えてきた。

教室には他にも数人残っていたが、何やら俺の方をちらっと見ながらひそひそ話をしているようだった。




自分のしてしまったことを心底後悔した。どうしようもないくらい物思いにふけりたくなったので俺は逃げるように屋上へと一人寂しく向かった。

こんな噂が流れているってことは、峰岸遥の友人の誰かが俺への嫌がらせか何かでクラス中に大げさなデマでも流したんだろうか。いや、そうとしか考えられなかった。一番考えられる犯人は本村加奈子だったが、他にも友達は何人もいるからその中から犯人を誰か特定するのはとても難しいだろう。いや、峰岸遥自身が俺に対する恨みでやったのかもしれない。でも、あの涙は?あんな涙を本気で流すようなやつがそんなひどいことを本気でするだろうか?でも、誰かに恨みがあればとっさにそのようなことをしてしまうことだってもしかしたらあるのかもしれない。俺は光の射さない暗い階段をゆっくりと上り屋上へとようやくたどり着いた。そして、しばらく屋上の上から校庭を見下ろしながらそんなことをああでもない、こうでもない、とひたすら無限ループのように考え込んでいた。

10分ほど考えていただろうか?すると、そこにまたもや俺のことをかぎつけてきたかのように片瀬先生がやってきた。

「何やってるの?」

後ろから突然話かけてきた。

またばったりと会った。

片瀬先生は俺の動向をかぎわけるエスパーなのか?ちょっとだけ怖くなった。

しかし、それと同時にこう何度も偶然が重なると、柄にもなく何かの運命なのかとかさえ思えてきた。

「いや・・・ちょっと・・・」

「何か・・・考え事?」

先生はそう聞いてきた。

「先生こそ・・・屋上で何やってるんですか?」

俺はなぜか質問を切り返してしまった。

「私はね・・・この学校に来てまだ屋上にのぼったことがなかったから、ちょっと見てみようかなと思って」

「そうなんですか」

俺はごく普通にそう言った。

「また何かあったの?」

片瀬先生は何でこんなにも俺のことを気にかけてくれるんだろう。俺みたいなつまらないごくごく普通の高校生のガキなんかを。もしかすると俺と同じ経験をしているからなのだろうか?それにしてもこんなにも俺のことを気にしてくれる人がこの世にいたなんて驚きだ。そんな人は今までの俺の人生で誰一人としていなかったから、先生がこの世の人間ではなく空から突然舞い降りてきた天使か何かのようにさえ思えてきた。いや、もはや女神ともいうべきなのか。            

「えっと・・・」

俺がしどろもどろになっていたので

「峰岸遥さんのこと?」

先生は俺の意向を察知するかのようにそうすかさず聞いてきた。

「はい・・・そうです」

先生にそう言われてしまった以上そのように返事をするしかなくなってしまった。

俺は学校で変な噂が流れてしまっていることを一部始終話すことにした。

先生はしばらく考え事をしていたがやがて

「そっか・・・大変だね」

そう簡単に一言だけつぶやくように言った。

しばらく俺は隣にいる先生を近くで見つめていた。

すると、先生は何やら屋上から学校のグランドを見下ろして眺めているようだった。

「この学校いいよね・・・グランドが広くて。屋上からの見晴らしもとってもいいし。ちょっと郊外にあるからかな。私の高校は都心にあったからもっと学校の周りもビルとか商店街でごみごみしてたから」

先生は突然そんな自分の昔の学校の話をし出した。

そしてすぐに事前に用意していたかのように話を元に戻した。

「ちゃんとみんなの前で説明した方がいいかもね・・・。竹井君がラブレターを破いてしまったことで、彼女の友達の誰かが怒って噂を流したのだとしたら。高校生くらいのときってとても多感だからね・・・ちょっとしたことでみんなお互い嫉妬したり怒ったり傷ついたり傷つけあったり」

「でも、先生・・・みんな俺を全然信用してくれないんだ」

俺が焦ってそう聞くと

「そうね・・・まず峰岸さんには謝った方がいいかも。少なくとも竹井君が彼女を傷つけてしまったことは事実なんだから。それはちゃんと誠意をもって謝った方がいいと思う。」

先生は真剣な顔つきで俺を促すようにそうアドバイスした。

「今更謝っても・・・許してもらえるのかな」

俺は内心不安になった。

「でも、それしかないんじゃない?その人を傷つけてしまったら誠心誠意謝ることが一番だと思う。そういうのって傷つける方はすぐに過去のことだって忘れちゃうけど、傷つけられた方って一生心の傷として残るのよ」

先生の言っていることはもっともだと思った。それは高校生の俺にも何となく分かる。

何よりも俺自身が傷ついてるじゃないか。

先生に言われて初めてそのことに気づいた。

そうだ、やっぱり彼女には謝らないといけない。

自分のとった不注意な行動で峰岸遥はものすごく傷ついたんだ。

「分かったよ、先生。俺、彼女に謝ってくる。」

「うん、それがいいと思う」

そう言って先生は少しだけ微笑んだ。





次の日、俺は勇気をもって峰岸遥に話しかけようとした。謝るつもりだった。いまさら話を聞いてもられるのかは分からなかったけど、それが俺のできる最大限の誠意というやつだった。

でも、彼女の周りには友達がたくさんいて話しかけづらかった。

俺は頑張って勇気を振り絞って教室の外の廊下で何とか彼女に声をかけてみた。

「あのさ、峰岸」

峰岸遥はこっちを振り返った。

彼女はびっくりした表情でこっちを見た。

すると隣にいた本村加奈子や他の女子数名が

「何だよ、この最低野郎」

「嫌われもの」

と間髪いれずに暴言を吐いてきた。

もはや俺は女子から大のつくほどの嫌われものになっていたようだ。

「峰岸に話があるんだ」

俺は一瞬ひるみそうになったが、ぐっとこらえて負けじとそう切り出した。

峰岸遥は俺の方を見ていたが、俺が彼女を見るとすぐに目をそらした。

「遥はあんたなんかに用はないってさ」

「そうよ」

そう言って彼女らは振り返ってさっさと足早に行ってしまった。

俺はその場にぽつんと取り残されてそれ以上何も言えなくなってしまった。





次の日の朝、教室の机の中を見ると何やらあやしげな紙がたくさん入っていた。

その紙にはそれぞれ一枚ずつ何かの文字がご丁寧にカラフルな水性ペンか何かで書かれていた。

「このやり捨て野郎」

「最低ゲス男」

「ヤリチン」

「存在感ないくせにモテ女子の遥を振るなんていい度胸」

「クラスのみんなお前の敵だ」

「さっさと学校やめろ」

そんなようなことがどの紙にも書いてあった。

悪口と誹謗中傷のオンパレードだ。

何だよこれ?書いてある内容があまりにもひどい。

俺はあまりの衝撃に大ショックを受けるとともに突然腹の底からとてつもない怒りのようなものがふつふつと沸いてきた。

でも、俺は普段から学校でろくに友達を作ってこなかったから味方などほとんどいなかった。今更ながら自分の学校生活の態度ややる気のなさを後悔した。もっと友達をたくさん作っていたなら、と心の中でそう思った。

何だか授業を受けている間も廊下を歩いている間も、周り中がみんな敵だらけに見えてきた。疑心暗鬼で頭がどうにかなってしまいそうだった。まるで学校に自分の居場所がどこにもないみたいだった。教室にいても廊下にいてもつねに何かの圧力ではじの空間に追い詰められているかのようだった。


いじめはエスカレートする。

最初はその程度だったが、次第にどんどん異常さをましてきた。

体育のバスケやサッカーの授業のときなど、誰も俺にパスをまわさなくなった。明らかにわざとだった。教師の目には故意だと到底分からないように巧妙にタックルしてくるやつもいた。

俺が何かミスをすると女子たちがクスクスと笑いだす。

この前なんか教科書の何ページ目かがそのまま丸ごとなくなっていた。誰かが俺のいない隙にびりびりと破り捨てたようだった。

そして、ある日掃除当番のときに俺と一緒の当番だったやつがさぼって俺一人に押し付けてきた。

俺は学校生活なんかどうでもいいって無気力で生きてきた人間だった。どこいっても存在感なんてなかった。逆にそのおかげでといったら大げさだけど、今まで誰にも大して注目なんかされてこなかったし、ひどいいじめに遭ったことなんて一度たりともなかった。でも、これがまさしくいじめってやつなんだって今はっきりと分かった。初めての経験だった。そしてそれはとても残酷なものだと分かった。

そして片瀬先生が小学生のときに経験したいじめの話を思い出した。喫茶店で先生の話を聞いていたときはシンパシーこそは感じたものの正直他人事だったので、架空の話のような気がしたけど、自分が実際にいじめに遭い、そのなんとも言えないくらいの残酷さを肌で感じると、先生が味わってきたその辛さやその記憶、はたまたトラウマといったものを今初めて心の底から理解できた気がした。

でも、何としてでもいじめをしている張本人をとっ捕まえて学校側に訴えたい気分だった。いくら俺がひどいことをしたからって、事情も聞かずにこの残酷な仕打ちはあんまりじゃないか・・・

俺はもう我慢の限界だった。

でもいじめに遭っていることがショックで精神的にも限界だったし、そもそも学校でいじめられているという事自体が恥ずかしくてたまらなかった。何だか途端にいたたまれない気持ちになり、今すぐにでも学校をやめてしまいたい気分だった。


俺が一人で掃除当番をしていると、教室にまた片瀬先生が入ってきた。

先生はいつも絶妙なタイミングで現れる。

「あれ、もう一人の当番は?」

先生はそう聞いてきた。

俺は答える気力などなかった。

一人静かにモップで床掃除をしていた。

「どうしたの?」

俺が無言のままだったので片瀬先生は少し口調を大きめにしていった。

「ねえ、一体どうしたの?」

俺はモップの床掃除を一端やめた。

「来ないよ」

先生にはその意味が分からないようできょとんとしていた。

「来ない?」

しばらく先生は黙ってその言葉の意味を考えているようだった。

「来ないって・・・休みとか?でも休みだったら他の生徒が代わりにやるはずだよね?」

先生はどんどん俺に踏み込んでくる。なんでいつも先生は俺なんかにこんなに関わろうとするんだ。

「ねえ、どうしたの?一体何があったの?」

俺はもう我慢しきれなくなって

「わざとですよ。ねえ・・・別にいいでしょ。先生には関係ないんだし」

少しキレ気味に返した。

片瀬先生は少しの間また黙ったままだったがやがて

「わざとって・・・何それ?ふざけてるの?」と少し怒ったような口調で言った。

俺はまた黙った。そしてまた下を向いたままモップで床を拭き始めた。

「もしかしたら・・・いじめってこと?」

先生は核心をつくようにそう聞いてきた。

「ねえ、そうなの?竹井くん」

俺は先生にこんなみじめな自分を見られたくなかった。

「きっとそうだよね・・・」

先生は悲しそうな表情をしながらそう言った。

俺はついに我慢できなくなって大声で怒鳴り始めた。

「いじめ・・・そうですよ・・・いじめですよ。だから何なんですか?別にどうってことないでしょ?ちょっとラブレター破ったくらいでこんな仕打ちするようなやつらですよ。別にそんなやつらのしていることなんて、もう気にしてませんよ。どうせあいつら友達でもなんでもないんだし」

俺はその場でわめくように大声でまくし立てていた。

先生も大声を出して俺に向かって話し始めた。穏やかな先生が急変したように激しい口調になった。

「それは違うは。どうでもいいことなんかじゃない。向こうがひどいことをしてるんだから。ちゃんとみんなにも事情を説明しなきゃ。場合によっては学校側にもちゃんと言うべきだし。それに・・・ちょっとラブレターを破ったくらいなんて言わないで。竹井君のしたことだって彼女を十分傷つけたんだから。それは絶対にちゃんと謝らないといけない」

先生が興奮しだして俺は驚きを隠せずにいた。

「先生・・・・?」

「竹井君にはちゃんといじめには立ち向かってほしい。そんな曖昧な態度で終わらせちゃだめ」

「何で・・・何で先生にそこまで言われなきゃいけないんですか?」

「きっと後悔するから」

「別に後悔なんかしませんよ。俺は。何を後悔するっていうんですか?」

俺がそう頑なに反論すると先生は突然

「じゃないと竹井君が・・・竹井君がずっと過去を引きずってしまうから。私みたいにずっと」

そう言った。

後悔する?引きずる?

「先生?」

俺はとっさにそう返した。

「いじめに遭って傷ついて、誰も愛せなくなって。過去を引きずって。私の人生みたいになる」

誰も愛せなくなる?過去を引きずってしまう?

このままだと、俺もそうなってしまうって意味なのか?

だから先生は俺にそれを教えようとして・・・それで俺を助けくれてるの?

「先生・・・」

俺は黙り込んでしまった。

「私は何があっても竹井君の味方だから」

「なんで・・・何でそこまで俺の味方をしてくれるの?」

先生はしばらく考え込んでから、ためらいがちに答えた。

「あなたのことがほっとけないから」

そう言って先生は足早に教室から去って行った。

ほっとけない?

そう言われて俺は胸の鼓動がドキドキし始めた。今まで感じたことのない何かの感情が心の中で湧き上がってきた。

上手く言葉では言い表せないが、恋とも違う、何かその人を愛おしいと思うような何か・・・そんな感じのものだった。





しばらくいじめは続いた。

俺はもうどうでもよかった。

いじめたいやつらは勝手にしろって思った。

どうせ学校生活にそもそも意味なんかないんだ。

でも、片瀬先生に言われた言葉も心の片隅で気になって仕方がなかった。

「竹井君にはちゃんといじめには立ち向かってほしい。そんな曖昧な態度で終わらせちゃだめ」

一体俺はどうすればいいんだ。

しかし、ある日ホームルームの時間に杉山が突然、柄にもなくクラスのいじめ問題について話し出した。

「おい、お前らに今日は大事な話がある。少し深刻な話だ。ちまたでいういじめ問題ってやつだ。まさかこの学校でそんな問題が起きるなんて思ってなかったし、先生も教師になってからこんな話を聞くのは初めての経験なんだ。だからよく分からなんだが、聞いた話だと・・・お前らの中で率先していじめをしているやつがいるそうじゃないか。まあまだはっきりと決まったわけじゃないから誰がとは言わないが・・・このクラスのある人物がいじめに遭っていると。どうせ隠してもバレるんだから今のうちに正直に言え。そうすればな、穏便にすむわけだしな」

杉山がそう話し出すと、クラスのある女子が

「先生、証拠か何かあるんですか?そんな嘘話を議題にされても私たち困ります」

そう言いだした。

「まあ、それも最もだよな。でもな・・・これはある先生から聞いた話なんだが・・・実際にそのいじめに遭っている生徒から聞いたそうだ。だからかなりの確実な証言になる。今のうちに正直に言わないと職員会議で取り上げるぞ。事になればPTAやら教育委員会で騒ぎになる。正直に言うのが一番だ」

そうするとまた他のある生徒が

「その先生って誰ですか?」

と杉山に抗議するように聞いた。

「まあ・・・それは個人情報もあるしな。」

「それじゃあ話になりませんよ。誰か分からないなら。話をでっち上げないでください。勝手にそんな話を持ち出されるとこっちも迷惑です」

教室中がざわざをと騒ぎ出した。俺は自分のことが議題にされているのに何も言えずに苛立っていた。

「う、うん」

杉山はバツが悪そうに咳払いをした。

「じゃあ、言うが・・・片瀬先生だよ。彼女がそう言っている」

その名前を聞くと生徒たちの声がまた途端に騒々しくなった。

「そんな昨日今日来たばかりの新任の先生が私たち生徒の事情を何で知ってるっていうんですか?」

「私たち生徒よりもついこの前来たばかりの新任教師を信じるっていうんですか?」

「そうですよ」

生徒たちが杉山を畳みかけるような勢いでまたもや一斉に抗議し出した。

杉山はさすがに生徒たちからの猛攻撃には手を焼いているようでさっさと会議を終わらせたいかのようだった。

「まあ、とにかく。片瀬先生がそう証言しているのは事実だから。文句があるなら彼女に言え。そのうち彼女の証言で職員会議を開く予定だから何かいいたいことがあるやつは彼女に直接言ってくれ」

杉山は生徒たちに責められるのが我慢ならなくなってきたのか、明らかにホームルームを終わらせたがっていた。

「そのいじめられている生徒は一体誰なんですか?」

また別の生徒が聞いてきた。

本村加奈子だった。

「さあ、俺は知らない。彼女が知っている。知りたいならそれも彼女に聞いてくれ。もういいか?ホームルーム終わるぞ」

そういうと杉山はため息をつきながら逃げるようにして教室を去って行った。言うまでもなく面倒なことには巻き込まれたくないのだろう。

杉山が教室から出ていくと生徒たちがまた一斉に騒ぎ出した。

「一体誰だよなーちくったのは。どこの誰だ?また卑怯なやり捨て野郎か?」

誰かがそういうとみんなゲラゲラと大声で笑い出した。

俺はもう我慢できなくなって

「いい加減にしろよお前ら。よってたかって。何が面白くてこんなことやってんだよ。」と立ち上り教室中の全員に向かって思わずそう叫んでしまった。

「あれー?誰かが何か叫んでるぜ。普段存在感のない誰かさんが。みんな聞こえたか?」「いいや?空耳じゃない?」

みんなまた大声で笑い出した。

「ちょっとやめなさい。何やってるの?」

一部始終を聞いてたのかは分からないが、そこに一時限目の英語の授業のため片瀬先生が教室に突然入ってきた。

生徒たちが途端に静かになった。一瞬だけだがまるで水を打ったような静けさだった。

しかし、ある生徒がその静けさを打ち破るかのように片瀬先生に喧嘩腰に質問をし出した。

「先生、私たちがいじめをしてるって言ってるみたいですけど、証拠はあるんですか?」

片瀬先生はしばらく黙っていたがやがて

「私は・・・その生徒から実際に聞いています。嘘ではありません」

ときっぱりとそう言った。

「この前来たばかりの先生に私たち生徒の何がわかるっていうんですか?」

「そうですよ、まだ顔と名前だって全員覚えてないんですよね?」

「そうですよ」

生徒たちにそう責め立てられると、片瀬先生は困った顔つきになった。

「それは・・・それはそうだけど・・・でも私はその生徒のことはよく分かってるから・・・嘘をつくような人ではないって分かります」

普段は穏やかで静かな先生がいつにもなく毅然とした態度でそう答えた。

「何ですかそれ?ほかの生徒はどうでもいいけど、その生徒にだけ肩入れしてるってことですか?えこひいきもいいところですね」

本当にたちの悪いやつらだ。これじゃ先生いじめだ。

俺はもう我慢できなくなった。

片瀬先生の前で俺がいじめに遭っていることをこの場で言った方がいいのだろうか?

そうすれば・・・

しかし、そう思ったのも束の間でまた片瀬先生は

「別にそうではありません。ただ相談を受けたからです」

と潔くきっぱりとそう言った。

「へー、ただの相談ですか?そんなにその生徒に熱心に肩入れするなんてもしかしてその生徒とデキてたりして」

女子の誰かがそう言うとまたみんな笑い出した。

「そんなこと・・・」

その言葉に片瀬先生は深く傷ついているようだった。

「何か先生がよくある男子生徒と一緒にいるっていう目撃情報があるんですけど」

誰かがふいに驚くようなことを言い出した。

何だ?何でそんなこと知られてるんだ?どこかで誰かに見られていた?

誰かに見られているような気配はまったくなかったのに・・・

片瀬先生も一瞬だけ目を丸くして驚いたようだったが、やがて困惑したようになり下を向いてしまった。

俺はもう我慢できなくなって

「いい加減にしろよ。お前ら」

立ちあがってまたそう叫んだ。

片瀬先生が驚いたのかこっちの方を見ている。

「なんだー?何でお前が怒るの?」

「もしかして先生とデキてる生徒ってお前だったりして。」

男子生徒らがそういうと他のやつらもまたゲラゲラと笑い出した。

「そんなわけないだろ」

俺はそんなことを言われて途端に恥ずかしくなってしまい、またとっさに席に座った。

本当にただただやるせない気持ちになってきた。




放課後下駄箱で靴を履きかえようとしたら、靴の中にまたそっとガビョウが入っていた。あからさまだ。陰湿なのを通り越して、これじゃあまるで小中学生のいじめだ。そのガビョウを外に取り出そうとしたら、横から片瀬先生にそのところを見られた。

「竹井君・・・」

「先生・・・俺どうしたら・・・」

何だか急に泣きたくなってきた。

「今は大変だと思うけど、ここはこらえて。集団のいじめはエスカレートすると本当に大変なことになるから。いじめられた経験者から言わせればそれは本当。すぐに職員会議で議題に上げて話してあげるから・・・もう少し待って」

「先生・・・でも、どうして俺の名前を言わなかったの?いじめられているのは俺だってこと。」

「そうね・・・言った方がむしろよかったのかもしれないけど・・・でももし大騒ぎになったら竹井君が困ると思って。それにいじめがさらにエスカレートしたら大変だし。でも、私もどうしたらいいのかよく分からないの。教師になってこんなこと初めてだから。頼りなくてごめんなさい」

「頼りなくなんかないよ・・・先生のおかげだよ」

「竹井君・・・」

俺は先生を思わず見つめてしまった。

「とにかく・・・もう少しだけ待って・・・」




片瀬先生に任せてばかりでは申し訳ない気持ちになった。

いじめられているのは自分なのだからこれは俺自身の問題なんだ。

他人任せではなく自分も何か行動しなければいけない気がしてきた。

そして、そう思ったらいてもたってもいられなくなった。

片瀬先生が今では俺の唯一の味方だ。たとえ一人でも味方がいるのは心強かった。

先生に言われた通り俺は峰岸遥にもう一度謝ろうと思った。

誠心誠意謝ればきっとわかってもらえる。先生の言ったように。

それが俺の今にできる精一杯のことだった。


俺は自分の部屋で峰岸遥宛てに謝罪の手紙を書いた。


「峰岸さんへ

突然の手紙驚くと思うけどごめんなさい。何をどう切り出せばいいのか分からないけど、峰岸さんにあの日のことを謝りたくて手紙を書くことにしました。金曜日の放課後、理科実験室の前の廊下で突然ラブレターを破り捨ててしまってごめんなさい。本当に心から謝ります。なぜ、あんなことをしてしまったのか?自分でもうまく説明できないのだけれど・・・多分説明しても分かってもらえないかもしれない。でも峰岸さんには分かってもらいたくて・・・俺は・・・実は女性不信なんです。何故かって言われても分からないけど、生まれてからずっと姉貴に虐げられて育ったというか、いつもけなされたり説教ばかりされてるから・・・そして、そんな俺だから峰岸さんの変な噂を学校で聞いた後、君のことを信用できなくなったんだと思う。学校の廊下で女子が峰岸さんが色々な男をとっかえひっかえしてるだとか、散々たぶらかしたりだとか騙してるだとかそういう変な噂をしているのを聞いて・・・それで峰岸さんのことを信用できなくなりました。そんな噂のことは嘘だったってことを知ったのはその後で、もう後悔しても手遅れでした。もう謝っても手遅れだと思うけど・・・どうか許してほしいです。傷つけてしまったことを一言謝りたくて手紙を書きました。分かってくれなんて言わないけど、俺の気持ちだけはどうか知っておいてください。                

竹井蒼太」


俺は誠心誠意心を込めて、そう手紙に自分の想いをありったけ綴った。

LINEやメールで送れば簡単だが、それでは誠意が伝わらないと思ったので手紙にして書くことにした。しかし、これで許してくれるかは分からない。でも精一杯謝るしかない。

次の日の朝、俺は誰にも見られないように峰岸遥の下駄箱の中にそっと手紙を入れた。後は彼女が読んでくれることだけをただひたすら願った。

そんなこんなで学校生活は悲惨な日々がずっと続いていたけど、片瀬先生が俺の唯一の味方になってくれたから、そのおかげで俺は学校に何とか耐え忍んで通うことができていた。彼女がいつもそばにいてくれたから俺は強くなれた。くじけず前に進めた。

色々なことがありすぎてバタバタしていたが、そんなこんなであっという間に期末試験がやってきた。

でも、いじめのこともあり精神的に相当追い詰められていて勉強どころではなかった。自分でもびっくりするくらいまったく手につかない状態だった。おそらくテストの結果は悲惨なものだろう。

杉山がいじめ問題をホームルームで議題に上げると言いだしてから、さすがにみんな少しは反省したのか、いじめは減って大分穏やかになった。でも、それでもたまに陰湿な嫌がらせをうけた。もううんざりだったし時々くじけそうになることもあったが、先生がいる限り俺は絶対に負けまいとそう心に誓った。

そんな中、夏休みが始まった。

夏休み前の終業式が終わり、俺は下駄箱で靴を履きかえようとすると、そこには手紙が入っていた。峰岸遥からだった。

彼女から手紙が来た。俺はすぐにでも読みたかったが、その気持ちを抑えて家に持ち帰ってからゆっくりと読むことにした。



自宅に帰ると母親がまた何やらうるさくガミガミと小言を言ってきた。

「あんた今日から夏休みでしょ?休みだからって家でゲームばっかりしてないで何か少しは将来のためになるようなことしなさいよ?」

相変わらず嵐のごとくそう説教してきた。

夏休みは姉貴が家にほとんどいないのが唯一の救いだった。何やら内定をもらった会社の入社前の懇親会とやらでまたすぐに新しい彼氏ができたらしく、そいつと海外旅行に1週間ほどいったり、それから会社の研修やら、ゼミの合宿やら卒論の準備やらで大忙しだそうだ。

俺にとっては幸運な出来事だ。



また自室にこもりベッドの上で俺は峰岸遥からの手紙を開封した。

「竹井君へ

お手紙ありがとう。全部読みました。女性不信なんですね。初めてそんなこと知りました。それを知ってから、竹井君のことが少しだけ分かったような気がします。正直、そんな人がいるなんて知らなかったから。あの時手紙を破かれたのは本当にショックでした。今でも悲しみと怒りが込み上げてきそうです。でも、竹井君からの手紙をもらってそんな感情もなくなりました。でも、やっぱりショックはショックで、竹井君のことをもう好きだという気持ちはまったくなくなりました。その気持ちだけは変わらないと思います。本当は竹井君のことは好きでいたかったけどとても残念です。

それはそうと、今竹井君がクラスでいじめに遭っているのは正直見ているのが辛いです。竹井君はもしかして、私が恨みでクラス中に変な噂を流したと思ってますか?もしそうだとしたらそれは違います。私の友達の本村加奈子ちゃんが、竹井君に激怒して怒りにいったのは彼女から話を聞いて知っています。その加奈子ちゃんが、怒って色々な人にラブレターの話をしちゃったみたいです。それを知った人たちが変なデマの噂を流して大げさな話になってしまったみたいです。もう私や加奈子ちゃんや数人の女友達は全く怒ってないし、何とも思ってません。ですが、この噂話がどうやらいじめを率先してやっている不良グループの人たちがいる別のクラスにまで知れ渡ってしまったみたいなのです。私はもうやめるようにいったのですが、不良グループの人たちが聞き分けが悪くて何をいっても聞いてくれない状況です。本当にごめんなさい。何でも噂だと、その不良グループのリーダーは転校してきた子で前の学校では相当な不良で退学処分になったことすらあるそうです。詳しいことはうちのクラスの山村くんが知ってると思います。知りたければ彼に聞いてください。本当力になれずにすみません。竹井君が嫌な人じゃないってことが分かってよかったです。お手紙ありがとね。それでは。

峰岸遥」






その手紙を読んで正直ほっとしたというか、少しだけ心が温まる思いがした。誤解が解けたみたいだった。心の中にあるわだかまりがほどけた気分だった。何よりも峰岸遥に自分の思いが伝わったのが嬉しかった。片瀬先生に言われた通り誠心誠意謝れば想いは伝わることが分かった。傷つけてしまっても謝れば分かってくれるんだ。そう思った。それが嬉しかった。

しかし、その代わりにまた大変な事態になったと思った。手紙にも書いてある肝心のその別のクラスの不良グループとは一体何ものなんだ?正直別のクラスの連中には今まで全然興味がなかったのでまったくといっていいほど何も知らない。本当に笑えるほど何も情報がなかった。傍から見たら本当に同じ学校に通っているのかって言われそうなくらいだ。

しかし、問題はその得体のしれない不良グループとやらの暴走をどうやって止めるかだ。今はまだ何も対策が思いつかない。しかし、それは夏休みが終わって二学期になるまでに考えないと・・・

そして、長い夏休みが始まった。



高二の夏と言えば、可愛い彼女のいるやつらは二人きりで海にいったり水族館でデートしたりとかするのだろうか?別に羨ましくはないけれど、何をするのでもなく暇を持て余すのはもったいない気がした。そんな中、片瀬先生は夏休みの間中どうしているのか?とかふとそんなことが気になったりもした。

そういえば、姉貴の内定のお祝いで青山のレストランで外食したときに、先生は(誰かは分からないが・・・)大人の男と食事をしていたことをとっさに思いだした。

先生は男性不信がまだ治りきっていないと自分では言っているけど、実はもうそんなことは過去のことだととっくにふっきれていて、ついに初恋人ができたのだろうか?ふとそんなことを思ったりもした。でもあれだけ深い傷を負っていそうな先生が、そんなに簡単に過去のトラウマを乗り越えて男と軽々しく付き合ったりしたりできるものなのだろうか?俺にはさっぱり分からなかった。


それから2週間ほど立った。

夏休みは特に何をするのでもなく、家でゲームをしたり漫画を読んだり、時々小説を読んだりしていたらあっという間に時間はたった。姉貴はほとんど家にいなかったし、母も食事中にやたら小言がうるさいこと以外は自室にこもっていれば特に何もいってこなかったので実質大した被害はなかった。それに姉貴と比べると母親は俺にあまり関心がないというか、俺のやることなすこといちいち監視してこない人だった。自宅は学校と違っていじめも及ばない空間だ。平和そのものだった。

そんな中、片瀬先生のことをまたもや思い出したりもした。夏休みの終業式の日は先生と会えずじまいだったからさよならが言えなかった。そういえば先生は骨折して入院した母親の面倒をみないといけないんだっけ。だから、夏休みは病院のお見舞いやら看病やらできっと忙しいのだろう。

そんなことをボーとベッドで横たわりながら考えていたとき、突然スマホが鳴り出した。

知らない番号だった。少し怖かったけど、ちょっと取ってみた。間違い電話や詐欺だったらどうしようかとも思ったが・・・

「もしもし・・・」

しばらく間が空いたので怖くなった。

「もしもし・・・」

女性の声だった。

「竹井・・・くん?」

「せん・・・せい?」

片瀬先生らしき声がスマホから聞こえてきた。

「よかった・・・つながった。片瀬です。片瀬真由美」

「やっぱり先生だ。でも・・・どうしてスマホの番号分かったの?」

「緊急連絡先で一応生徒の番号は知っているのよ。個人情報だから学校に許可をもらわないといけないけどね。いじめの問題について相談に乗りたいって学校側に伝えたので教えてもらったの」

「そうなんですか・・・」

「だからもう学校側にも二学期になれば職員会議で議題として取り上げてもらえるから安心して。そうなったら、学校側が改めて調査してくれるみたいだから。まああまり表だって騒ぎになると学校としても世間的にまずいからあくまで学校内の調査に留めておきたいみたいだけど」

「そうなんですね・・・」

「うん・・・」

しばらく間が空いたがやがて先生はまた話し出した。

「そうだ、竹井君・・・これからその話詳しくしたいからこれから会えない?忙しい?」

先生からの突然の誘いに俺は戸惑った。何だかドキドキしてしまったが、先生に会いたい気分だった。

「うん・・・いいよ」

俺はそう言った。

「よかった・・・じゃあまたあの喫茶店「フレーユ」の前で、そうだな・・・13時頃はどう?昼ごはんはもう食べた?」

「いえ、まだです」

「そう、じゃああそこでついでに昼ごはんも一緒に食べよっか?」

「はい」

「うん、じゃあまたね」

そう言って電話を切った。

今ちょうど12時30分だからもう少ししたら家を出ないと。

俺は大慌てで着替えて準備をしたあと、玄関先で靴を履きかえて外に出ようとした。

「ちょっと蒼太どこ行くのよ?昼ご飯は?」

「いらない、外で食べてくる」

先生に会いに行くことで俺は頭がいっぱいだった。


13時5分前に俺は喫茶店「フレーユ」の前に着いた。

先生はまだ来ていないようだった。

俺はまるで恋人とのデートの待ち合わせみたいに緊張した。ドキドキしながら待っていると、先生が後ろからトントンと肩を叩いてきた。

「先生・・・」

「お待たせ・・・待った?」

「ううん・・・今来たところ・・・」

まるで恋人同士のやり取りみたいで思わずテンションが上がってしまった。

そうして先生と俺は喫茶店「フレーユ」の中へと入っていった。

二人で席についた。またこの前と同じはじの席だった。ちょうど横に窓があって外が見渡せた。あたりは商店街だったが普通の商店のイメージとはほど遠く、駅とは逆方面のこじんまりとした雰囲気の街だった。

「ごめん・・・色々とバタバタとしててここしばらく忙しかったから。母親が入院してるって話したでしょ?母が病院の廊下で転んでまた容態が悪化したからお見舞いとか看病でかなり忙しかったの」

俺の想像した通り先生は母親の看病で忙しかったようだった。

「お母さん大変なんですか?」

「まあ、今のところリハビリしてるんだけどね。本当は3ヶ月くらいで退院できそうだったんだけど、さらに骨が折れちゃって本当にひどい状態で。今は頑張ってリハビリしているけど、退院は当分先ね」

「そうですか・・・」

俺はうつむき加減にそう言った。

俺と先生はこの前来た時みたいにまたコーヒーを二つ注文した。先生はあの時と同じように砂糖とミルクを入れて俺はミルクだけを入れた。

「そうだ、先生。俺、峰岸遥に手紙を出したんだ。謝りたくって。いろいろと全部自分の想いを手紙にして伝えたんだ。そしたらね・・・彼女、俺のことちゃんとわかってくれたよ。先生が言った通りだった」

俺はとりあえず、今までの出来事を一部始終報告するかのように先生に話した。

「そう・・・よかった。本当によかった」

先生は心から喜んでくれた。

コーヒーが来たのでしばらく二人でゆっくりと飲んでいた。

「それはそうとね・・・先生。峰岸さんからの手紙で少し気になることが書いてあったんだ。峰岸さんの手紙の内容によるとね・・・何やら他のクラスに不良グループみたいなやつらがいて、それでそいつらが俺の変な噂を学校中に流したらしいんだ。俺はラブレターを破いただけなのに、俺が峰岸遥をやり捨てした外道、みたいなそんな質の悪いデマを流したんだ。どうやら、そいつらがいじめを率先してやってるみたいで」

片瀬先生は目を丸くしてびっくりしたようにして

「そうなんだ・・・変な人たちに目をつけられたものね。どこの学校にもおかしな不良はいるのかもしれないけどね。でも大丈夫、学校側が対処してくれれば問題にはならないから」と言った。

俺はそれを聞いて少しだけほっとした。正直そんな怖そうなやつらに目をつけられてしまったことで相当へこんでいたのが本音だったから、俺は先生のその言葉にとても勇気づけられた。

「峰岸さんの手紙によるとね、そいつら相当の悪らしくてね。転校生らしくて、前の学校では何か問題起こして退学処分になったことがあるみたい。相当やばいやつらだよ」

「そう・・・なら尚更学校側には厳重に対処してもらわないとね。もしまた問題起こすようだったらその人たちをまた停学なり退学処分なりにしてもらわなきゃ」

先生の言うことはもっともで俺は何の疑いの余地もないと納得して、こくりとうなずいた。でも、まさか一枚の女子からのささやかなるラブレターを破ったことでこんなにも最悪の事態にまで発展することになるなんてあの時は露ほどにも思わなかった。つくづく自分のやったことは自分に跳ね返ってくるのかなと少しだけ反省の念をこめてそう思った。いつだったかは忘れたが昔読んだ何かの小説に出てきた言葉。いわゆる因果応報ってやつか。それくらい有名な言葉の意味なら高校生の俺でも知っている。

「でも、大丈夫よ。きっと何とかなるよ」

先生はそう言ってまたコーヒーを丁寧に口の中に入れるようにして飲んだ。

「それはそうと、何か食べない?お腹減ってない?」

俺は朝から何も食べてなかったのでグーグーと音が鳴るほど腹ペコだった。先生と話し込んでいたせいでそんな一大事すら忘れてしまっていたようだった。

「うん、食べるよ」

俺はチキンカレーライスを、先生はオムハヤシライスをそれぞれ一品ずつ頼んだ。

「それはそうと、竹井君さ・・・。夏休みは何してるの?」

先生は何を言い出すのかと思ったら急に変化球のごとく話題を変えてきた。

「いや・・・特に別に・・・うちでゲームやったり」

高校生にはあまりにも刺激的すぎるその質問に俺は興奮してしまい、とっさにそう答えてしまった。

「ふーん、夏休みなのにもったいない」

と先生は少しだけ残念そうな感じで一言そういった。

「先生は夏休みも病院でお母さんの看病とかで忙しいの?」

俺はそのことで質問攻めされるのが何となく怖くなって逆にそう聞き返した。

「別に毎日じゃないし」

「じゃあデートとかで忙しいの?・・・先生・・・彼氏さんとかは・・・?ほらさ・・・6月くらいに青山のレストランで見かけたんだ。先生が大人の男と一緒に食事してるの」

俺は前々からそのことを先生に聞きたくてうずうずしていたが、ちょうどいいタイミングだったのでこの際さりげなく聞いてみることにした。

先生はいったい何の話だろう?といった感じで不思議そうな顔を一瞬見せたが、しばらくすると俺の目を直視するかのようにまじまじと見つめてきた。

「ああー・・・あれやっぱり竹井君だったんだ。多分そうじゃないかなって思ったんだけどさ、いくらなんでもそんな偶然ありえないかなって思って・・・あれってご家族とお食事とかしてたの?」

「うん。姉貴の就職祝でちょっと・・・」

「そうなんだ・・・」

俺は先生と一緒にいたあの男のことがやけに気になり始めて真相を突き止めたくて仕方がなくなってきた。

「あの・・・あのとき一緒にいた男性は誰なんですか?もしかして・・・恋人・・・?」

先生は急にクスッと笑い出した。

「ああ、あの人のことね・・・違うよ。まあ、デートではあったけどね。前の柳高校にいたときの同じ職場の人でね。よくデートのお誘いを受けてたの。大体は断ってたんだけど、なんだかいつも断ってると悪いからたまに食事だけは一緒にするんだ。」

「それって付き合ってるんじゃないですか?」

「まあ、向こうはそう思ってるかもしれないわね」

「よく分からないですね・・・・」

「まあ・・・そうね。私もよく分からないは。いまだに男性を恋愛対象としてなかなか見れなくてね。だからデートのお誘いを受けても困ってしまうんだ。でも、そう度々お断りしてたら何だか申し訳ないとも思うし。でも・・・思わせぶりな態度もよくないし、この前あのレストランではっきりとお断りしたんだ。もう誘わないでくださいって」

何だ・・・そういうことだったのか。俺はなぜだか少しだけほっとしたような気持ちになった。

「何でそんなこと聞くの?」

「いや、別に・・・」

そう不意打ちをくらったかのように突然聞かれて、思わず顔全体がまるでユデダコになったみたいに赤面してしまった。

「そうだ、先生。今度二人で水族館行きませんか?」

俺は何を思ったのか突然そんな大胆なことを口走ってしまった。

先生は少しだけ驚いたのか一瞬だけ目を丸くした。

「何で・・・?別に・・・いいけど。一緒に行く人がいないなら・・・」

思いのほか一瞬で返事が返ってきた。

え?それっていいってこと?OKってこと?

俺はもう先生に対して何らかの感情を抱いていることは確かだった。もう自分に嘘がつけないくらい誤魔化しようのない事実だった。だから後先考えずにそう言ってしまった。自分でもびっくりするくらいだった。

俺は自分のことを昔からどうしようもないくらい冷めきった人間だってずっと思ってた。変わろうと思っても絶対に無理だって思ってた。そしてこの先もずっとそうなんだと思ってた。だから、そんなやつでもこんなにも熱い感情的な人間になれるなんて自分でも正直驚いてる。でも、肝心の先生の気持ちがまるで分からなかった。だから無意識でもこんなことを言ってしまったのかも。でも、それは先生の気持ちを知る上では不幸中の幸いだったのかもしれない。

俺は・・・先生が好きなだろうか?





5日後に俺は先生と水族館に行くことにした。

郊外にある大きな水族館だった。

大きな透明なガラスの向こう側でたくさんの彩みどりの魚たちが一斉に泳いでいた。みなそれぞれがバラバラに別方向に向かって泳いでいてそれがまるでパレードの旗振りみたいに見えてとても色鮮やかさを強調させていた。当然形の小さな弱そうな魚もいれば偉そうな図体のでかい魚もいた。その様子を見ているとこの世界には実にたくさんの種類の魚がいるんだって思った。人間と同じで魚もみんなそれぞれ奇妙な個性があって、普段気に留めてないと気づかないくらいだがよく見ると同じ種類らしき魚でも一匹一匹が全然違って見えた。実にバラエティーに富んでいる。昔の俺だったらそんな些細なこと気にもとめなかったけど、なぜか先生と一緒にいるとこの世の全てが不思議な魅力で満ち溢れているような気がしてきた。

「ねえ。先生・・・」

「何、竹井君?」

「俺は今まで本当に学校にもうんざりで・・・友達も恋人もいらない・・・勉強や将来のことだって正直どうでもよかった・・・世の中なんてうんざりすることだらけだと思ってた」

「竹井君が?」

「うん・・・」

「それって・・・世の中にまったく関心がなかったから?それとも・・・何ていったらいいか分からないけど・・・絶望感のようなもの?」

「どっちかと言ったら絶望かな・・・何かの言葉で表現するなら、そうともいえるかも。でもね・・・先生といると・・・何だかほっとする」

そしてそれは嘘じゃなかった。先生といるとこの世界は光で満ち溢れていた。

「何それ・・・不思議な表現ね」

「うん。」

色々な魚を見ながら二人だけの空間でそんな日常会話とはほど遠い異様とも不思議とも取れる会話を繰り返した。でも、先生は俺の言っている言葉のひとつひとつの意味を瞬時にくみ取ってくれたので二人で会話をしているだけでほっとする気分になった。

水族館を一通り回った後、巨体のエイの入った水槽の前のソファーの方へと自然と向って行き、気が付いたら二人で静かに音も立てずにそこへ座っていた。夏休みだっていうのに雨の日のピクニックみたいになぜか周りにあまり人はいなかった。郊外にある特に有名でもなんでなくデートスポットとはほど遠い地味な水族館だったからかもしれない。

「先生?」

「何?」

「前話した俺の秘密・・・」

「竹井君の秘密・・・?」

「そう・・・」

「それって女性不信になったきっかけ?」

「うん・・・先生にまだ話してなかったと思って・・・」

「そういえばそうだったね・・・」

「話していい?今ここで・・・」

「話したくなったのなら・・・」

そして俺はすべてを話した。母親のことや姉貴のこと。そしてこの前みた悪夢のような夢の話を。

「そう・・・もしそれを竹井君がまったく覚えてないのだとしても夢に出てきたのなら・・・潜在意識として記憶のどこかに残っていたのかもね・・・」

先生は思い出しながら説明するかのようにそう言った。

「潜在意識?」

「うん・・・人は無意識に心の中で思っていることが夢になるの。だから・・・それは小学生のときに本当にあったことなのか・・・あるいは・・・本当のことじゃないけど、竹井君が心の中でそう思っていることが夢として具現化したのかも。私には分からないけど・・・」

なるほど・・・先生の説明は高校生の俺でも理解できるくらい説得力があった。

「でもね・・・竹井君。もしそれが本当だとしても、人はいずれ過去のことは忘れられるって私は信じているの。いいことはたくさん覚えていていいと思うけど、嫌なことまでずっと引きずって生きていくなんて本当に悲しいことだは。私も、今それを実践中なんだけどね・・・そして今、過去をようやく忘れられそうになってきてるの。35年もかかっちゃったけどね」

「先生・・・」

俺はふいに隣に座っている先生の横顔をまじまじと見つめてしまった。

横から見る先生は何ともいえずはかなげな表情を浮かべていて、そしてそれはとてもきれいだった。

俺はドキドキしてきてしまった。突然、波のように押し寄せてきた衝動を抑えきれなくなった。

無意識に俺は先生の手をそっと触れるようにして握った。

すると、先生も強く握り返してきた。

「俺も・・・もう過去は忘れたよ」

「え?」

「だって女嫌いはもうなおったから。先生と出会って。」

俺がそういうと先生はしばらく黙ったままだった。

そして手を握ったまま先生は俺の方へ肩を寄せてきた。

「私も・・・」




その夜、俺は先生の家に泊まった。

二人で意向を確認しあったわけでもなんでもなく無意識のうちにそうしていた。

ベッドの上で俺と先生は一心不乱に裸のまま激しく抱き合った。それは何とも切なく哀しく、そして嬉しい瞬間だった。

俺は先生の体中を何度も何度も繰り返し愛撫した。少しの隙間も許さないくらいひとつひとつ丁寧に愛撫した。先生は思わず小さな声であえぎ声を漏らした。

「竹井・・・くん」

先生は小さな声で俺の名前を呼んだ。

「先生・・・」

俺も先生と呼ばずにはいられなくなった。

そして、俺と先生はそのまま体ごと結ばれた。


「俺は・・・生まれ初めて女性を好きになった。そして愛した」




しばらく俺と先生は裸のままベッドの上で仰向けになった。

「竹井君・・・?」

「何、先生?」

「竹井君のこと・・・下の名前で読んでいい?」

俺はしばらくボーっと考えた後に

「うん・・・いいよ」

と答えた。

「よかった・・・」

「俺も・・・先生のことそう呼んでいい?」

先生はにっこり微笑んで

「うん・・・いいよ」

と言った。

始めて愛した人は年上で、しかも大人の女性だった。

でも、そんなことはどうでもよかった。

愛している人がいればそれ以外のことなんてどうでもよかった。

ただその人が愛おしい。

この世にそんな感情があったなんて俺は知らなかった。



夏休みの間中、俺と先生は積極的に色々なところへ二人きりで出かけた。

公園を散歩したり、映画を見たり、動物園に行ったり・・・

全ての時間が愛おしかった。

「蒼太君って・・・いい名前よね」

「何で?」

「何か蒼くて透き通っていて、汚れがないみたいな」

「何だよ、それ。」

「褒めてるのよ。純粋だってこと。私なんて真由美だもん。何の変哲もないし面白くもなんともない。名前を考えた両親を恨むは」

「別にいいじゃん。俺は先生の名前好きだよ」

「何で?」

「別に・・・何でも・・・」

「何よそれ。答えになってない」

「いいじゃん別に。好きなんだから」




この夏はすべてが愛おしかった。こんなにも生きていて素晴らしいと思える日々はなかった。

そして、そんな愛に溢れた夏休みも終わり二学期が始まった。


学校へ行くと明らかに前とは様子が変わっていた。

変な噂が流れていた。

何やら俺と先生が愛人関係にあたるということで、校内で問題になっていた。真由美先生は職員室に呼ばれていた。

教頭を含め職員会議が開かれ、そこで先生は厳しく問いただされていた。

「一体どういうことですかこれは?」

先生は教頭に厳しく追及されていた。

「別に・・・そんな・・・」

先生はとっさに何のことだか分からず動揺しているようだった。

「私はただ彼のいじめの問題について相談に乗っていただけです」

先生は問題を大きくしないようにとっさに嘘をついているようだった。

「じゃあこれは何ですか?写真が校内中にばら撒かれてるんですよ?一体何なんですかこれは?」

そう言って教頭は何枚ものたくさんの写真をテーブルにまき散らすかのように置いた。

その場にいた他の教員たちもまるで汚いものを見るかのようにその写真の方に視線を向けた後に、お互いに薄ら笑いを浮かべて目を見合わせた。

そこには俺と先生が学校内の色々な場所で会っているものから、はたまた夏休みに水族館や動物園などあらゆる場所で二人きりでデートしている様子が撮られていた。

「これでも言い逃れするのですか?」

「それは・・・」

教頭は続けて話した。

「いじめの問題を相談に乗るだけでなぜ、水族館やら動物園やらに生徒と行く必要があるのですかね?」

「それは・・・」

教頭に立て続けに責めたてられて先生は何も言えなくなってしまった。

「とにかく・・・これがもし事実ならあなたの退職処分を考えないといけなくなりますよ。もちろん竹井君も停学処分になりますが」

「ちょっと待ってください。これは本当に相談に乗っていただけです。ちょっとだけ深入りしてしまったといいますか・・・彼とあまりにも仲がよくなり過ぎてしまったもので、相談に乗りつつ色々なところに二人で行っていただけです。本当に何にもないんです」

処分という言葉に納得がいかなかったのか真由美先生は途端に激しく抗議し出した。俺は先生のことが気になって職員室の外からその話を聞いていた。俺は内心ではもういてもたってもいられない気分だった。

「それはいくらでもそう言い訳なんかできるでしょう」

「言い訳なんかじゃありません。本当にそうなんです。信じてください」

先生が必死にそうお願いすると

「まあ・・・聞くところによれば、今回の彼のいじめ問題について言いだしたのもあなたらしいじゃないですか?これはあれですかね?・・・彼のいじめの相談に乗ると偽って、初めから生徒と肉体関係になりやすくするための口実だったのですか?」

教頭が突然とんでもないことを言いだし始めた。

俺は拳を握りしめてしまうほど怒りが込み上げてきて今にも職員室に入って教頭に殴りかかりたかった。

「ちょっと待ってください。そんなことあるわけないじゃないですか?何で私がそんなことしなきゃいけないんですか?」

先生は根も葉もないようなことを教頭に言われてショックを受けたみたいでそう反論した。

「じゃあ、他の生徒の言い分はどうなるんですか?彼らはいじめなどやってないとはっきりと言っています。あなたは、その愛人関係にあたる竹井くんの言うことだけ信じるって明らかにおかしくないですか?何で他の生徒のいうことは信用してあげないんですか?その時点でおかしいでしょう。やはりいじめの問題はでっち上げなのでしょ?」

教頭は先生の意見など一切聞かずにまるで初めからそう決めてかかっているみたいだった。

「でも、実際にいじめはあるんです。本当なんです」

「じゃあ証拠は?あるんですか?」

「あります」

「どんな?」

「どんなって・・・いたずらされた紙の落書きとか・・・」

「そんなものは証拠にならないでしょう。自分で書けばすむことですから」

「何で・・・そんなこと言うんですか?れっきとした証拠じゃないですか・・・」

真由美先生は何を言っても意見を曲げない教頭にショックを隠しきれない様子だった。

「まあ・・・とにかく・・・はっきりとした証拠がなければ生徒たちには罪は問えないし、教育委員会にも言えないんですよ。世間的に問題として取り上げるからには、証拠がないと」

これが学校側の本音だった。証拠がなければ、と言うが、実際は大っぴらに問題にしたくないのだ。世間にいじめ問題が発覚すれば学校側の責任問題になりかねないし、そうなると学校の評判が落ちることは到底避けられない。下手したらマスコミで発表されてしまう可能性だってあるし、そうなれば最悪、経営問題に関わる。だから、教頭はうやむやにしたいのだ。そして、写真を根拠にすればいくらでも言い逃れができる。生徒と肉体関係にあるような教師の言うことなど世間では誰も信用しないからだ。

「とにかく・・・このデートの写真はあなたが生徒とそういう関係にあったことの明らかな証拠なので、職員会議の議題で取り上げさせてもらいますよ。」

「ちょっと待ってください。何故、落書きは証拠にならないのに、写真は証拠になるのですか?こちらの言い分も聞いてください」

「ですから、落書きはいくらでも自分で偽装して書けますが、写真は自分じゃ作れないでしょ?明らかにあなたがそこにいたからでしょ?明らかにあなたが生徒と関係を持っていたというゆるぎない証拠なんです。それとも合成写真だって言うんですか?」

もう学校側は何を言っても決めてかかっていて真由美先生の言い分など初めから聞く耳持たない様子だった。

俺は心底学校に対して怒りと憎しみの感情を覚えた。

「それは・・・でも本当なんです。信じてください」

「ですから、今度職員会議を開きますからそこで改めてご自分の意見を主張するなり弁解なさってください。では、これで話は終わります。いいですね?」

教頭はさっさと話を終わらせたいかのようにその場を立ち去って、逃げるようにして教頭室へと戻っていった。

後ろ姿しか見えなかったが、真由美先生はその場に呆然と立ち尽くしてしまっていた。先生は一人ぽつんと取り残されたような感じだった。俺はそんな先生を見てられなかった。



あんな写真を学校中にばら撒いたやつは誰だ?一体誰がこんなひどい真似を?

クラス中見渡してもそんな大それた真似ができそうなやつはいなかった。でも、もし見つけたらとっつかまえてすぐにでもその場でぶん殴ってやりたい気分だった。

その時、俺はふとあることを思い出した。それは、峰岸遥からの手紙に書かれていたように・・・別のクラスに不良グループがいてそこのリーダーがとんでもない不良だったって話を。ふとそのことが脳裏によぎった。

教室に行くと、山村がいつになく慌てた様子でこっちにすっ飛んできて俺に話しかけてきた。

「おい、お前またもや大変なことになってるぞ」

「大変なこと?」

「真由美先生とデートしてたってのは本当なのか?そりゃいくら何でもまずいだろ・・・生徒と先生じゃ・・・」

もうすでに学校中に噂が広がっているようだった。

俺はこれ以上騒ぎを大きくしたくないから

「あれはいじめの問題を相談に乗ってもらってただけだよ」

俺はそうとっさに嘘をついてしまった。

「何だ、そうだったのか。心配して損した。お前、停学とか退学くらっちゃうかと思ったからさ。」

山村はほっとしたようにそう言った。

「でも・・・じゃあ誰があんな写真撮ったんだろうな・・・」

俺もそれが知りたくて仕方ないんだよって心の中でそうつぶやいた。

「もしかしてたらあいつの仕業かもな・・・」

「あいつ?」

山村がおかしなことを言いだした。

「眞口ってやつだよ。隣のクラスの。あいつは相当な悪だからな。実は今回のお前のいじめの問題だってあいつが張本人なんだからさ。お前が峰岸遥をやり捨てしたとかデマを勝手に学校中に流して、周りのやつら全員を扇動していじめをやらせてたんだからな」

俺はその話を聞いてほんの少しだけ驚いたが、それと同時にやっぱりそういうことだったのかと自分の勘が当たったことを確信した。でも、そうだとするとやはりそれは、峰岸遥の手紙に書いてあった例の不良グループのリーダーのことなんだろうか?

「そいついったい誰なんだ?」

俺は山村に聞いてみた。

「いわゆる、ヤクザの家の息子だよ。極道だよ極道。俺も最近知ったんだけどさ、去年の秋くらいにうちの学校に転校してきたんだよ。噂ではずっと知ってたんだけどさ、正直ここまで極悪非道なやつだとは思わなかったよ。何でも噂だと、前の学校では誰かをボコボコになるまで痛めつけて半殺し状態にして病院送りにしただとか、誰かをいじめの標的にして無理やり万引きをやらせたりだとか、それでそいつが捕まっても知らん顔するんだよ。ヤクザの親父がバックにいるから、警察に眞口の話なんかしたら後で殺されちゃうからな。だからみんな大人しく言うこと聞くしかなくなるんだよ。高校生のくせに酒やたばこはもちろん、ギャンブルやったり、噂によれば麻薬にまで手出してるらしいぜ。それと高校生のくせに乱交パーティーを主催したりだとかよく分からないことやってるらしいし。さらにあいつの親父が相当な悪らしくて売春ビジネスにまで手を出してるだとか。相当悪どいことしてるらしいぜ。本当にやばいやつなんだ」

峰岸遥が手紙で言っていた話とはだいぶ違う。ただの不良グループのリーダー格くらいに書いてあったのに、小学生の少年野球チームと大人のプロ野球球団くらいの違いだ。

「何でそんなやばいやつがうちの学校に転校してきてんだよ?」

山村はため息をつきながら言った。

「まあ、眞口は前の学校でも問題起こして退学になったらしいんだが、そんな問題あるやつなんてなかなか普通の学校には転校できないだろ?でも、うちは進学校でも何でもないしな。偏差値だってそんなに高い方じゃないし。学校は経営が苦しいから、ヤクザから大量に寄付金もらえば学校側も嫌とはいえないだろ」

何だ・・・そういう理由か・・・

「でも、何でそいつが俺と先生の写真なんか撮って学校中にばら撒いたんだよ。」

「それは俺にも分からないよ。ただ、噂によれば今回お前がいじめの標的にされたのもお前のことが気に食わなかったかららしいよ」

「気に食わないってなんだよそれ?」

そんなどこの馬の骨かもわからないようなやつになぜそんなことを言われなくてはいけないのか?と思って俺はそう吐き捨てるように言った。

「これもまた聞きの噂だからよく分からないけどな。眞口が転校してきたばっかりの去年の秋頃、他のやつらは眞口が恐いから廊下ですれ違うときは必ず挨拶するかはじによけるかして気を付けて歩いてたみたいなんだけど、お前はやつとすれ違ったときにろくに挨拶もしなかったらしいんだよ。おまけにお前と肩がぶつかりそうになったときに、お前は一切謝りもしないで素通りしちゃったらしいよ」

何だよそれ?そんなふざけた話があるか?挨拶しない?素通りしたから?

「肩がぶつかりそうになったって?」

俺にはまったく記憶の片隅にもない出来事だと思った。

「世の中にはよ、そういうあぶない連中がいるんだよ。気を付けないとな。お前さ、学校であまり友達いなかったからそういう噂にも無頓着だったしさ」

山村は俺に諭すようにそう言った。

「まあ、とにかくそれからお前はずっと眞口にいつの間にかマークされてたんだよ。いわゆる世間的にいえばブラックリストってやつさ。それのトップをお前は独占してたわけ。それでな、お前に対する怒りに火が付いたきっかけは、例のラブレター事件だ。」

「ラブレター事件?」

「そう。眞口もほかのやつらと同様、ずっと峰岸遥を狙ってたんだ。片想いだけどな。でも、峰岸遥はずっとお前のことが好きだって噂でもっぱら有名だった。それだけでもお前のことが相当気に食わなかったのに、お前が峰岸遥に告白されたのにも関わらず、ラブレターをびりびりと破り捨てたと聞いたもんだから、眞口はもう怒りが絶頂に達したんだよ。」

そんな話ってあるのか?たったそれだけのことで?俺はそんなことは悪気があってやったわけでも何でもない。肩だってぶつかりそうになったかもしれないけど、それはお互い様だ。何で俺だけ恨まれなきゃいけないんだ。

本当に俺には信じられない話だった。

「そんなおかしな理屈納得できない」

俺は憤慨してそう言った。

「まあ、納得できないのは分かるけどよ。頭のおかしいやつとは関わらないようにしないとさ。お前はさ、喧嘩を売っちゃいけないやつに喧嘩を売っちゃったんだよ。お前そういうところ鈍感だからな。もっと世間というやつを知ろうぜ」

山村の言い方にも少しムッとくるところはあったが、もはやそんなこと気にしていられなかった。俺はあまりの衝撃で力が抜けたと同時に頭の中が絶望感でいっぱいになった。こんなことのために俺はいじめに遭い、はたまた学校中に写真をばら撒かれて停学処分にされそうになっているのか。それだけじゃない、今回の件は俺の大好きな真由美先生のことまで追い詰めるきっかけとなっている。

でも、もう後悔しても後の祭りだった。

俺はもうヤクザだろうが何だろうがその眞口っていうやつがただただ許せなくなった。

「とにかく、お前は学校で友達が一人もいなかっただろ?だから味方がいなかったんだよ。俺に聞けばもっと早く教えてやったのにさ。前に俺はお前の味方だっていっただろ?みんなヤクザが恐いから言いなりになってたんだよ、脅されてしかたなく。それにな・・・ほかの奴らもみんな峰岸遥のことが好きだったやつが多いんだ。だからラブレター事件の話を聞いてもともとお前のこと快く思ってなかったやつらも大勢いたし」

そうか・・・そういうことだったのか。

一連の謎はすべて解けた。

俺は途端に拍子抜けしてその場で崩れ落ちそうになった。

こんなことのために・・・

俺は先生と出会う前までは本当にただただ人生と学校にうんざりしていて、無気力そのものだった。それも嫌な面倒なことには極力関わりたくないっていう理由だった。それが無気力だったことでかえって味方が一人もいなくなってしまった。ただただ今までの自分の人生を振り返りやるせなさと憤りを感じたが、もはややり直しはきかなかった。

俺は先生と出会って本当の愛を知った。その愛を知った途端にこんなことが起きてしまった。やっとの思いで見つかったものがいとも簡単に崩れそうになっている。そんなことは到底納得できなかった。ただただやるせなかった。


翌週、学校側は案の定、真由美先生の主張を却下して、俺とのデートの写真を問題にしようとしていた。というか学校側は最初からそのつもりだったのが見え見えだった。

俺は真由美先生に聞いてみた。

「いっそのこと俺たちとのこと話してみれば?いじめの問題について相談に乗ってもらってたら、本当に好きになってしまったって。そういえばいいじゃん。何で本当のこと言わないんだよ、先生?」

「私もそう思ったことある。でもね、学校側はもういじめ問題は完全に隠ぺいしたい感じになってきていて話を一切聞いてくれない。もっと確実な証拠を残していればよかったんだけど。だから本当のことを言ってももう通用しないし信じようともしない。それにね・・・例え信じたとしても・・・本当のことがばれたらやっぱり私たちにとってはまずいことになると思う。教頭先生にはね・・・いじめの問題をこれ以上大きくして騒ぎにしなければ、生徒との今回の件は大目に見て、私が自己都合で辞職するだけでいいことにするって取引を持ちかけられたの」

え・・・先生は教頭に学校を辞める話を持ちかけられた?

「でも・・・でもさ・・・そんなの俺、納得できないよ。いじめがあったのは事実なんだし・・・」

「それで・・・たたかってどうなるの?今回のいじめの件は学校側は絶対に認めないし、蒼太君、停学とか退学処分になるのよ?私だって懲戒解雇されて学校を追い出されることになる。それに・・・もし・・・もし、こっちの主張が万が一認められていじめた側の処分が下されて、いじめがなくなっても、結局、私たちが学校から追い出されるのには変わらない。私は・・・自分で学校を辞める分には、前の学校に戻れるかもしれないし、あるいは他の学校にも行けるかもしれない」

「そんな・・・」

もうそれ以外何の言葉も出てこなかった。

「もう決めたから・・・ごめんなさい」

俺は悔しくて仕方がなかった。極悪非道のヤクザなんかに屈してたまるか、と思った。例え停学処分になろうとそのヤクザに目にもの言わせてやりたかった。先生には迷惑をかけてしまうもしれないけど、でも俺はただただ眞口の卑怯なやり口が気に食わなかった。

俺と先生の純粋な愛を壊そうとする奴はヤクザだろうが、誰だろうが許せるわけがなかった。本当に純粋で真実の愛をただ見つけただけなのになぜ誰かにいとも簡単に壊されなければいけないんだ?

先生は自分の意向をまったく変える気はないようだった。

「多分・・・多分なんだけど・・・私の想像だけど・・・学校側はその眞口家を恐れているのかもしれない。問題が大きくなればなるほど、眞口家が何をしでかすか分からないから。最初は多分いじめ問題を解決するつもりだったんだけど、眞口家が関わっているということが何となくで分かってしまい、学校側もいじめの事実をもみ消すしかなくなったのだと思う。本当に情けない話だと思うけど。学校側はヤクザと対立するのが面倒なのよ。巨額の寄付金も受け取っているらしいし。敵にまわすと学校の経営問題にも関わるし、下手したら破綻する可能性だってあるかもしれない」

そんな理不尽なことってあるのか?

世の中金と権力がすべてなのか?

ただ俺はそのことに絶望した。

「先生は・・・それでいいの?悔しくないの?」

真由美先生はしばらく黙っていたが、その後しばらくすると

「私も悔しい・・・でも世の中どうにもならないことってあるのよ。前にも言ったように、人を傷つける側はいつも素知らぬ顔でそれをやってのけて、その後はさも何もなかったかのように過去をいとも簡単に忘れてしまうものなのよ。そして傷つけられた側は一生心に傷が残る。私がそうだったように。でもね・・・絶対に負けたらダメ。屈しなければいずれいいことだってある。だって、そうでしょ?私たちはここで出会って、本当の愛を見つけた。私、初めて本気で人を好きになった。例え相手が年下であっても私にとってはそんなことどうでもいい。本当に好きならば」

そう言うと先生は涙を少しだけ流したように見えた。

俺も先生につられてなぜだか目から涙がこぼれ落ちてきた。

しょっぱい水がほほを伝って少しだけ口に入ってきた。

その味は絶望とはかなさと淡い思い出に満ちていた。




先生は自分で決めたように、自己都合で退職することになった。

先生は教壇の前に立って軽く会釈をした後に、簡単にお別れの挨拶をした。退職したら、また地元に近いどこかの学校に応募して転職する予定みたいだった。こんなことになってしまったため、そんなに簡単に実家の近くですぐに教師の仕事がみつかるのかは分からないけれど、やはり年取った母親のことが心配だからだそうだ。

「本当に短い間でしたけど、お世話になりました」

先生はほとんどろくに話もせずにそう言って軽く会釈をした。文字通り簡単に済ませて終わらせたいかのようだった。

生徒たちから一斉に拍手が起きた。

生徒の代表が真由美先生に大きな花束を渡してまた大きな拍手が起きた。

本当に短かった。先生との学校の思い出はたった四か月足らずの出来事だった。

先生は悲しそうな表情をしていた。おれはそんな先生が見ていられなかった。

杉山が隣でいきなり話し出した。

「えーっと、そういうことで片瀬先生は自己都合で退職することになった。短い間だったけど、みんなも色々とお世話になったかと思う。みんなちゃんと後であいつさしてお礼をするんだぞ。それと、代わりの英語教師が来るまでは、しばらくは3年の英語担当の元橋先生が2年の英語の代理担当になるからな」

その後、生徒たちが真由美先生の方へまるで準備していたかのごとくさっそく笑顔と涙とともに駆け寄り一人一人挨拶やらお礼などをしていた。白々しい・・・。それぞれ一人一人に対して鼻で笑ってやりたかった。こいつらの中にも俺への嫌がらせやいじめに加わったやつらがいるのだろうか?そして・・・そのせいで最終的に先生が学校を辞めざるを得なくなったことを果たして知っているのだろうか?何食わぬ顔で平然と先生にあいさつをしていられるその図太さ・・・。さも何もなかったかのように毅然とした態度をとっている連中・・・。そういった不人情かつ無神経極まりなものひとつひとつに対してどうしようもないくらいの怒りと憎しみの感情が沸き起こってきた。

山村が後ろの席からトントンと右肩を叩いてきた後、俺の方へ体を寄せてきて小声で話しかけてきた。

「おい、結局どういうことだったんだ?お前と先生は何の関係もなかったんだろ?ほかのやつらはみんなデキてるって噂してるけどな・・・俺はお前信じてたからさ。眞口のでっち上げの写真だったんだろ?でっち上げが問題になって先生がクビになっちゃったってこと?」

「さあ・・・」

俺は気のない返事をした。

「もしかしてまさかお前らマジでそういう関係だったの?嘘・・・え?どういうこと?」

山村は面白半分にべらべらとしゃべり出した。

「そんなわけないだろ」

俺はいよいよ山村がうっとおしくなってそうぶっきらぼうに答えた。

「やっぱそうだよな。え、でもさ。じゃあ何なわけ?結局意味わかんねーよ」

「そんなこと知るかよ」

俺はもうどうでもよくなってそう返した。


授業が終わり俺は教室の窓の外からグランドの方を特に何の意味もないがそれとなく眺めた。すると、先生が校舎の出口から出てくる姿が遠く方でかすかに見えた。

それを見ると俺は無意識のうちに足早に校舎の外へと向かって走っていた。

階段を段飛ばしで駆け下りていき、大急ぎで下駄箱で靴を履きかえて、バンっと音をたてながらドアの外に体ごと飛び出した。

先生はまだグランドにいた。

振り返って校舎の建物を感慨深そうに眺めていた。

「先生!」

俺は先生に向かってそう叫んだ。

「蒼太君・・・」

俺は猛スピードで走ってきたので幾分か息が切れかかっていた。

「俺を・・・」

息が少し整い始めてから俺はまた叫んだ。


「先生、俺を置いてかないでよ」


俺は精一杯そう叫んだ。

先生はしばらくのあいだ、はかなげな悲しそうな表情で

俺の方を眺めていた。

「蒼太君・・・元気でね!」

先生はいきなり手を上げながらいつにもまして明るく元気にそう言った。

「先生・・・」

先生はまた少しだけ悲しげな顔をして俺に向かって話し出した。

「蒼太君・・・負けないでね」

俺は力いっぱい叫んだ。

「先生・・・また・・・また会えるよね?」

先生はまたにっこり微笑んでこう言った。

「もちろん」

そして最後にこう言い残して校庭のグランドを去った。

「また・・・また連絡するね」





先生が学校を去ったのは2学期が始まった後の9月の終わり頃だった。

それから一か月以上が立ち、季節は瞬く間に11月に入った。もうすっかり紅葉の季節だった。

先生が学校を去ってからまた俺の中で何かが消去された。

そして、俺の心はまた空虚な世界を彷徨い始めた。

上の空で授業を受けて、購買でパンとジュースを買って一人で昼飯を食って、そして相変わらず部活もせず、さっさと帰宅した。前の自分に戻ってしまった。まるで最初から何事もなかったように。

つい最近のことなのに、先生と過ごした日々はとっくの昔のように感じられた。

あの写真ばら撒き事件以来、眞口のいじめはすっかりなくなった。俺は平和に学校生活を送れている。というのも、学校側もさすがに反省したのか少しだけ事態が改善されるように取り計らってくれたようだった。学校はいじめ問題が公になると評判がガタ落ちになるだけでなく、眞口家と対立し、寄付金がなくなり経営破たんに追い込まれることを恐れていた。だからいじめ問題を隠ぺいしようとした。しかし、眞口がこれ以上いじめを繰り返すならばさすがに黙ってはいられない、と学校側が眞口家と直談判したようだった。そして、教育委員会に公にしないかわりにいじめは今後一切止めるようにと注意勧告をしたらしい。

しかし、眞口の息子がそんな約束を本当に守るとは到底思えなかった。親がヤクザであるがゆえに、それがバックにいる限り怖いものなど何もないのだ。ちょっとくらいまた何かのいじめ問題が発覚したとしても、寄付金を引き上げる、などと学校側を脅せばそんなささいないじめ問題などもみ消すことは容易い。連中にとって息子の仕出かした学校の不始末など脅迫電話一本でどうとでもなるのだ。

でももう眞口は何もしてこなかった。

最初はその意味がよく分からなかった。

だが次第にやつの思惑が見えてきた。

やつは俺に勝利したからだ。

俺のことは停学に追い込むことにはしくじったが、やつの当初からあった計画通り真由美先生は学校を辞め、俺のショックは計り知れないものになった。そして、俺は上の空になり、前の自分に戻ってしまった。眞口はそれを見ていられるだけで大満足だったのだ。

今の俺は、まるで暗闇を永遠と彷徨う生きた屍のようだった。

だからやつはもう俺に何もして来なくなった。




でも、ある日突然俺は変な夢を見た。

暗闇の中で先生と一緒にいたのに、先生がどんどん遠ざかっていく。

そして暗闇の奥の方へと消え去っていく夢を。俺がいくら追いかけても追いかけてもそれに合わせるかのように先生は自分から遠のいていく。

それどころかむしろどんどん離れていってしまうような感じだった。

「先生・・・」

「蒼太君・・・」

「待ってよ、先生」

「蒼太君・・・」

先生は俺の名前を呼んでいるが、どんどん俺から遠ざかっていく。

ついに俺は夢の中で叫んだ。


「先生、俺を置いてかないでよ」


いつかあの校庭のグランドで俺が先生に向かってそう叫んだときと同じように・・・

先生はニコッと微笑みながら俺に最後にこう言った。



「元気でね・・・蒼太君・・・さよなら」



そう言いながら先生は漆黒の闇の中へと消えて行った。


「先生!」


俺はベッドの上で飛び起きた。

「はあ、はあ」

一瞬何が起きたのか頭の整理がつかなかった。

夢・・・?

どうやら暗闇の中で先生に置き去りにされる夢のようだった。


起きた後でもまるで魂を丸ごともぎ取られてしまったかのようなぞっとする感覚が、まだ体の中にかすかに残っていた。

今の俺にとっては悪夢以外の何物でもなかった。





俺の脳裏に不安がよぎった。

先生はこのままだと俺から去って行ってしまう?

俺の元からいなくなってしまう?

そんなことを考えたらいたら、もういてもたってもいられなくなった。

そういえばあの時校庭のグランドで連絡するって言いながらあれから先生からは全く連絡が来ない。

もう俺のことなど忘れてしまったのだろうか?

それともあんな不始末な問題が起きてしまったせいで、先生は俺のことを恨んでいるのだろうか?

俺とのことを心底後悔してるのだろうか?

そんな不安が募りに募った。

そしてやがてその不安が怒りへと変わりその矛先が眞口へと向かっていくのにそう時間はかからなかった。

俺の好きな先生をこんなに苦しめたやつ。

俺と先生を遠ざけようとしたやつ。

そして、俺から先生を奪ったやつ。

もう誰にも俺を止めることはできないんだ。



学校で俺はついに眞口に会いに行くことにした。

俺はもう何も失うものなどなかった。

だから怖いものなどなくなってしまっていた。

朝ホームルームが始まる前にその眞口がいる隣のクラスに、はたから見たら無謀かつ無鉄砲な行動だったのだろうが、そんなことはつゆ知らず一人堂々と乗り込んでいった。

「おい、いるか眞口!出てこいよ。」

隣のクラスの教室に入って俺はそう叫んだ。

みんな突然のことに動揺したのか、ざわめきだした。

「おい、隣の竹井蒼太だぞ」

「あのいじめのやつだ。」

「何してんだ、あいつ」

俺はそのクラスのやつらに向かってこう叫んだ。

「眞口はどこにいる?隠れてないで堂々と出てこいよ」

さらに教室中がどよめき出した。まるで腫物に触ってしまったかのごとく異常なくらい騒々しくなった。

「おい、あいつ今眞口って言わなかった?」

「ヤクザの息子に喧嘩売る気かよ?」

「おいバカ、眞口に聞こえるぞ」

そんなひそひそ話が聞こえてきた。どうやら俺はタブーな発言をしてしまったらしくみんな動揺しているようだった。

山村の情報によれば確か眞口の席は教室の一番はじっこの窓際だった。

しかし、そこには誰も座っていなかった。

俺は誰もいない席を見て叫んだ。

「おい、ここの席の眞口ってやつは?」

まわりのやつらは無反応だった。

「どこだって聞いてんだよ」

するとある男子生徒が話かけてきた。

「眞口なら休みだよ」

メガネをかけた真面目そうなやつだった。

「休みって・・・何でだよ?」

俺はそう聞いた。

「知らない・・・あいつしょっちゅう休むから。ここ最近はずっと休んでる。多分今日も休みだよ」

俺は拍子抜けした。こんな学校にもろくにこないような奴が・・・そんな奴が裏でふんぞりかえって偉そうに周りに指示を出して俺に対するいやがらせやらいじめやら散々好き勝手にやっていたのか?そして先生を学校から追い出した。そいつが今も何事もなかったかのように平気で学校をさぼっている。俺は教室を飛び出した。

「あ、ちょっと・・・」

メガネのやつが俺を呼びとめようとしたが、俺にはどうでもよかった。というかもはや俺の耳には何も聞こえてはいなかったのかもしれない。



俺は眞口に向けて手紙を書いてメッセージを残すことにした。そうすることで眞口に対して何が何でも伝えたい俺の腹の底から湧き出てくる言葉一つ一つをくまなく伝えられる気がしたからだ。そして、学校を追い出された先生のためにも・・・

何だかそうせずにはいられなかった。何もしないで、ただ黙っていられるほど高校生の俺はまだ人間ができていなかった。

「眞口へ

はじめまして・・・俺が竹井蒼太です。

唐突にいいます。俺は、お前がどれほどひどいことをしているか、どれほど最低なやつかってことを知っています。でも、お前が一体誰でどんな奴で、どんな人生送ってきたとか、どんな考え方をしているのか?そんなことはまったく知らない。でも、そんなことは正直どうでもいい。何でこんなひどいことをするのか?ヤクザってなんなんだ?そんなことも考えた。でも、それらのことも一切興味はない。お前の親がヤクザだろうがそんなことはどうでもいい。でも・・・これだけははっきりと言える。どんな理由があろうが、素知らぬ顔をして平気で人を傷つけられるような奴は最低だ。そんな奴は最後には絶対に痛い目に遭う。絶対に負ける。どんなに権力を振りかざして暴力を使ってやりたい放題やっても世の中には絶対に手に入らないもんってあるんだよ。それは・・・本当の愛ってやつだ。おれが・・・俺は・・・お前が学校から追い出した先生からそのことを教わったんだ。そして先生からもらったんだ。はっきりという・・・お前には絶対に分からない。一生かかってもな。これ以上悪の行為を続けるのならば俺はもう許さない。周りに命令なんかしないで、お前自身が俺のところへ来い。正々堂々と俺に喧嘩を売りに来い。お前が、卑怯な臆病者でないならな。

竹井蒼太」


俺は精一杯眞口に向かってそう心の叫びをありったけのメッセージにしてそれを手紙に書いた。

そして次の日、俺は眞口の机の中へその手紙をボンっと乱暴に放り投げた。

クラスのやつらがそれを見てまたざわめきだした。

俺は何事もなかったかのように、教室を出て行った。

俺はその時眞口にしてやった、と思った。

ヤクザの息子だなんて言われていても、実際は周りに命令しないと一人じゃ何もできない卑怯者だ。姑息かつ卑劣極まりないが、すぐに切れるただ頭の悪いだけのガキだ。

俺はそう思った。

俺は自分の勝利を確信した。


しかし、しばらく立った後、どうやらその手紙を眞口が読んだらしく、それがとうとうやつの逆鱗に触れてしまったことを俺は知った。学校では俺が眞口に喧嘩を売ったヒーローみたいだなんて囃し立てるやつらもいたが、大半の連中は俺がいじめに遭ったことでとうとう頭がおかしくなってしまったのかと思っているようだった。

山村が俺のことを心配したのか声をかけてきた。

「おい、お前眞口に喧嘩売ったって本当かよ?」

山村は周りに聞こえないように小声でそう言ってきた。

「ああ」

俺は少し得意げにそう言った。

「バッカだな。お前。眞口のやつもうカンカンに怒ってるらしいぞ。学校中大騒ぎしてる。だからあんなやつほっとけばいいって言ったのによ。さわらぬ神にたたりなしだせ。」

「あんなやつただのヤクザのチンピラのバカ息子だろ?」

「何言ってんだよ。あいつはほんとにやばいやつなんだぞ。まともじゃないんだって。おいマジかよ・・・俺はもうどうなっても知らないぞ?」

「どうってことないだろ?」

俺はへっちゃらだという感じでそう言った。

同じ教室にいた峰岸遥も心配そうにちらちらとこっちの方を見ていたようだった。

放課後、教室を出ると廊下で峰岸遥が後ろから俺に話しかけてきた。

「竹井君!」

俺は振り返った。

「大丈夫?何か・・・大変なことになってしまってるみたいだけど」

「ああ・・・別に・・・どうってことないよ」

俺は動揺しない素振りを見せてそう言った。

「そう・・・ちょっと心配だったから」

峰岸遥はうつむき気味にそう言った。

「何も心配することないよ」

「ごめんね・・・私のせいで、こんな大騒ぎになっちゃって。もとはと言えば、私のせいだよね・・・こんなことになったのは。本当にごめんなさい」

峰岸遥は俺に頭を下げてそう言った。

「別に・・・峰岸が謝るようなことじゃないよ」

峰岸遥は頭を上げて、そして少しだけほっとしたような表情を浮かべた後、一瞬だけ何かを考えてから優しい口調で励ますように俺に言った。

「私に・・・私に何かできることがあったら言ってね」

「うん・・・ありがとう」

そう軽くお礼をした後、俺は振り向いて廊下の向こうへと歩いていった。

振り返ると、峰岸遥は後ろからまだ俺のことを少しだけ心配そうに見ているようにもみえた。



季節はすでに11月中旬に差し掛かっていた。眞口に喧嘩を売った騒動以来、特に何も真新しいことは起きなかった。何かひどいいじめや嫌がらせを受けるかと少しばかり緊張気味に待ち構えていたが、何も起きなかったのにはさすがに拍子抜けした。少しぐらい報復されるかと思っていたから多少は覚悟していたのに、あまりにも平穏だったのでその静けさが逆に怖くなった。そして、そのことに少しだけ違和感を覚えた。でも、そんな俺の心情などおかまいなしに相変わらず学校生活は毎日同じように淡々と繰り返されていた。実に平和な日々だった。

そんな中突然、真由美先生から一通の手紙が来た。


「蒼太君へ

こんにちは蒼太君。お元気ですか?私は・・・まあまあです。私はあれから仕事を探し始めて今やっと隣町の学校に臨時教員の空きが出たのでそこに応募しようと思っています。相変わらずですが、母の病院のお見舞いや、看病にも追われる日々です。私は何とか元気にやってますが、蒼太君は元気にやっていますか?あんなことになってしまった後だから、何だか蒼太君と連絡が取りづらくなってしまって・・・ごめんなさいね。あれから、学校の方はどうですか?いじめはなくなっていればいいですね。心配で気が気でないです。でも、屈しなければきっといじめは絶対になくなると思います。少なくとも私はそう信じています。そうだ、今度二人で秋の紅葉を見に行きませんか?私はあまり車とか普段は運転しないのですが、今度の土曜日あたりに秋の紅葉を見に埼玉県あたりにでもドライブに行きませんか?ちょうどいい大きな公園があるそうなので。蒼太君がもし行きたければでいいんだけど・・・そのことを話したいので近いうちに蒼太君の携帯に電話しますね。だからちゃんとスマホを手元に置いておいてね。


片瀬真由美」


そんなような内容の手紙だった。

しばらく先生ともう会ってないから、もう一年くらいたってしまったかのように感じていた。だから、先生から久しぶりに手紙が来て肩の力が抜けたようにほっとすると同時に、飛び上がりたくなるほど嬉しくて仕方がなくなった。

でも何よりも先生が元気そうでよかった。

また、先生と会えるんだ。今すぐにでも会いたかった。




次の土曜日予定通り俺は先生と埼玉の山奥へ秋の紅葉を見に行った。

久しぶりの先生は少しばかりか痩せ細ったみたいに見えた。

久しぶりと言ってもまだ2ヶ月もたってないのに、想像できないくらいかなりの時間が経過してしまったかのようにみえた。

「蒼太君・・・元気そうでよかった」

「うん・・・」

埼玉県の紅葉の見える国立公園に向かう途中の山奥の道なりに沿って車の中で俺たちは会話をした。

車の外からはすでにイチョウやイロハモミジやオオモミジなどのたくさんの紅葉が見え始めていた。

俺は先生と何を話したらいいのか分からなくて車の中でおとなしく黙っていた。

会うまでは話したいことが山ほどあったはずなのに、いざ会うと不思議と言葉がまるで出てこない。

「紅葉ってね・・・何で起きるのか知ってる?」

先生は運転しながら急にそう話しかけてきた。

「冬を迎える前準備なの。秋になると葉っぱを落とす前段階の季節になって、葉っぱに送る栄養素が遮断されて色が赤く染まるんだって・・・。何だかそれを知ってから心の中が悲しくなって。紅葉は芸術の秋っていって、見ている分には美しいけど・・・美しいものは表面的には華やかでとてもきれいに見えるけど、実際はそういった儚いものなのかもって。もろく崩れやすい。そしてやがて散っていくの。」

先生は何とも悲しそうな表情を浮かべてそう言った。

俺には先生がそんな話をなぜしているのか分からなかった。ただ、先生がとてつもなく悲しい何かを感じ取っていることだけは分かった。

言葉では言い表せない何かを・・・



俺たちは国立公園の中を車で運転してたくさんのきれいな紅葉をしばらく二人きりで眺めた。

それは儚く哀しく、そして美しい瞬間を目の当たりにしたような言葉にできないくらい色鮮やかな風景だった。

そして小一時間くらいだろうか?ぐるぐると公園内をまわった後に、人通りの少ない静かなスポットがひとつだけ空いていたのでその近くで車を止めた。

「きれいね・・・」

「うん」

そして何を思ったのか、俺たちはそこで急に激しく抱き合った。

公園内だっていうのに、しかも車の中で・・・

まるで誰にも邪魔されない空間であるかのようにその場で俺たちはひっそりと激しく求めあった。

それはまるで二人だけの世界だった。何人たりとも立ち入る鋤がない完全な愛の世界だった。

「先生・・・」

俺は先生を強く抱き寄せながらそう言った。

俺たちは何も言わずにただひたすら抱き合った。

静かに一言も発さず・・・


「蒼太君・・・この世界ってね・・・私たちの生きてるこの世界って・・・」

「うん・・・」

「・・・とっても素敵ね」



俺たちはしばらく愛のひとときを静かに過ごしていた。

そして、大分時間がたった頃にやがて先生が「もう帰りましょう」と言った。

先生は公園の出口に向かうため車をだした。

出口に向かう一本道の道なりの途中、俺は窓の外から綺麗な紅葉を眺めていた。

美しくも儚い紅葉・・・

俺はしばらくぼーっと外を見ていた。

俺はこのまま先生といつまでもずっと一緒にいたいと思った。

先生といるひとときはまさにすべて輝きの瞬間だった・・・。

先生もきっとそう思ってくれているに違いない。

そして、帰る間際になっても、この公園の綺麗な紅葉をずっと永遠に先生と見ていたいとすら思った。

途端に帰りたくなくなってきた。

紅葉の景色を車の窓から眺めながら俺はそんなことを想っていた。

そのとき突然おかしなことが起きた。

俺は何が起こったのかまったく分からなかった。

左横の細い山道から突然別の車が飛び出してきた。

先生はびっくりしてハンドルを右に急回転させた。

俺は窓から目を離して先生とその車の方を見た。

ぶつかるギリギリのタイミングだったので、もはや避けきれなかった。

「キー」

ものすごい大きなブレーキ音がなった。

何とか正面衝突は避けられたが、その飛び出してきた車のどこかにぶつかったようだった。

「ボン」

何かの音がした。

瞬く間の出来事だったので何が起きたのか分からなかった。

俺は怖くて目をつむっていた。

しばらくたった後に目をおそるおそる開けると、先生がぼんやりと視界に入ってきた。どうやら先生はドキドキしながら前の車を見ていたようだった。

突然強面の男二人組がその車から出てきた。

バタンと扉をしめてこっちに向かってきた。

そして俺たちの車の前方の窓をドンドンと乱暴に叩いた。

先生は恐る恐る窓を開けた。

「何しとんじゃこら・・・突然飛び出してきやがって。殺す気か」

不気味な色の柄のシャツとグラサンをかけた40、50代くらいの大柄の男が突然窓の向こう側から怒鳴り散らしてきた。

ドンドンと後ろ側のドアをもう一人の男が叩いてきた。

もう一人はまるで死骸をつつく烏のような薄気味悪い黒づくめのスーツを着ていた。

「おい、何黙っとんじゃこら。はやく出てきやがれ」

ドンドンと窓が震えるくらい強く叩いてくるので俺たちはとたんに怖くなってきた。

俺と先生は仕方なくドアをゆっくりと開けて外に出た。

すると突然グラサンの男の方が俺の胸ぐらをつかんできた。

「おい、お前ら何急に飛び出してきてんねん。殺す気か・・・」

俺はおっかなくなってその場で金縛りにあってしまった。

「あ・・・あの・・・」

先生もびくびくと幼い少女のように震えていた。

「車の横脇に傷が残ったで。サイドミラーもぶっ壊れてもうたは。どないしてくれんねん。」

俺は何か言おうと思ったが、胸ぐらを勢いよくつかまれたせいでうまく言葉が出なかった。

「すみませんでした」

先生は二人の男の前で頭を下げて大急ぎで謝った。

ちょっと・・・先生何で謝るんだよ。

飛び出してきたのは向こうだろ?

「壊れたサイドミラーどないしてくれんねん?」

また黒ずくめスーツの方の男がそう言ってきた。

「あの・・・どうすればいいでしょうか?」

先生は縮こまるように震えながらそう聞いた。

先生がそう言うと、グラサンの男が俺から手を離した。

「そうやな・・・弁償や・・・金出せ」

「おいくらですか?」

先生がそう聞くと

「100万や・・・」

男はそう言った。

これって・・・ゆすりじゃないのか?

高校生の俺でもそれくらいすぐにピンときた。

しかも100万なんて明らかにぼったくりだとすぐにわかった。

穏やかな先生もさすがにそれには納得いかないようだった。

「それは・・・いくらなんでも高すぎます」

すると黒ずくめの男の方が突然怒り狂ったように怒鳴り散らしてきた。

「はー?何寝言ほざいとんじゃこら。こっちはあやうく死ぬところやったんやぞ。命かかってたんや。100万くらいで何ふざけたこと抜かしとんじゃボケ」

まるでヤクザだった。

「でも・・・そちらにも非があったわけですから・・・こういう場合は警察とか保険会社にまず相談するのが・・・」

先生は怖くてびくびくしながらもそう反論した。

グラサンの男の方も先生に怒鳴り散らすように叫んだ。

「はー?警察?何抜かしとんねん。この車保険入ってないんやぞ。払うならそっちやろ。後、ここ山奥やから携帯で電話なんかできへんぞ。」

先生は目の前で怒鳴られて怖くて目をつむりそうになった。

しかしその後、先生はスマホをハンドバッグから取り出して携帯を見てみると、確かに電波の本数が全く立ってなかったことに気づいたようだった。ここはそれほどまでの遥か山奥だった。

「でも・・・じゃあ・・・後で連絡して・・・」

先生がそう言いかけると

「はー後で?何悠長なこといってねん。今すぐ金出せや・・・こっちは危うく死ぬところやったんやぞ」

「今すぐは払えません!」

「出せや!」

黒づくめの男がまた怒鳴った。

先生は怖くて縮こまっていたが、その恐怖に何とか必死に耐えているようだった。

俺はもう我慢できなくなって自分でもわけがわからないくらい急激に頭に血が上ってきてしまっていた。

「ふざけてんのはお前らだろ。百万ってなんだよ・・・ボッタくりだろ」

俺がそう強く言うとまたグラサンの男が俺をギラっと睨みつけてきて、その後またもや胸ぐらをつかんできた。

「何ほざいてんだこのガキは。何も知らん糞ガキの分際で何大人に立てついとるんや。あやうく死ぬところやったんやからそれくらい出すのが常識だろが」

また俺は苦しくなって口から一言も言葉が出せなくなった。

「はよ出さんとぶん殴るぞ。顔面傷だらけにするぞ。その顔めちゃくちゃにされたいんか?どうなっても知らんぞ」

先生は突然あわててこう言った。

「もういいです!100万ですね?お支払しますから!もう許してもらえませんか?」

グラサンの男は俺の胸から手を離した。

男たちは安心したかのように少しだけニヤっと笑ったように見えた。

「ですが、今この場では払えません。車で山を下りて銀行からお金をおろしてからでないと無理です。」

先生がきっぱりとそう言うと男たちはまた不機嫌そうになった。

「今すぐは・・・無理?」

しばらく間が空いた後にグラサンの男がまた恐喝するかのように突然怒鳴りだした。

「ふざけてんのかこら。今すぐ出せや」

完全にヤクザのゆすりだった。

警察には電話がかけられないし、周りには人がまったくいなく助けを求めても無理だった。俺はもうどうすればいいのか分からず思わず男たちに向かってその場で叫んだ。

「100万なんて現金今すぐに払えるわけないだろ。山を下りてからって言ってるだろ。ちゃんと払うって言ってんだろ」

俺がそう男たちに立てつくと

グラサンの男がまた俺の胸ぐらをぐっとつかんできた。

「またこのくそガキが。大人の社会のルールも知らんガキが何一丁前に大人に口答えしとんじゃ。なめとんのか。しばくぞこら」

よく見ると男の袖の入り口の隙間から、肩から腕にかけてうっすらと刺青のようなものが縫ってあるのが目に入ってきた。

俺は思わず背筋が凍ってしまうほど怖くなった。額や手からはじんわりと冷や汗が出てきて、足が少しだけがたがたと震えてきた。

「もうやめてください!」

先生が大きな声で叫んだ。

「あ、そうだ」

突然グラサンの男が

「金ないんなら、その美人の姉―ちゃんに払ってもらわんと」

何を思いついたのか突然頭のいかれたようなことを言いだした。

そうすると黒ずくめの男の方が急に先生に手を出してきた。

「ちょっと・・・何するんですか?」

黒づくめの男の方が先生を抱き寄せて無理やり襲おうとした。

「今すぐ金払えんのなら体で払えや」

そして先生を押し倒して無理やり服を脱がそうとした。

「キャー」

先生は思わず叫んだ。

俺はもう見てられなくなって、グラサンの男の手を振りほどいた。

「ふざけんな、何すんだよ」

俺は我を忘れて、気がついたときには黒づくめの男を後ろからぶん殴っていた。

黒づくめの男は少しだけ遠くに吹き飛んだ。鼻から少しだけ血が出ているようだった。

「何すんじゃこのくそガキが」

男は反撃するかのように俺にタックルをかましてきた。

思わず俺は吹っ飛んで仰向けのまま道端に倒れた。男は突然マウンティングするかのように俺に上に乗りかかってきた。

そして男は俺を抑え込んだ後に、俺の顔を何度も強烈に殴ってきた。

ビシバシと強打してきた。

「なめてんじゃねーぞこら」

その野蛮で容赦ない殴打は痛いなんてもんじゃなかった。

まるでボクサーか喧嘩のプロがするように高速スピードで動き、ものすごい強烈で重たいパンチだった。

喧嘩なんて普段したこともない俺にはちょっとやそっと我慢しようとしたくらいじゃとうてい耐えられないほどの激しい痛みだった。

「ちょっとやめて!」

先生は出しなれてない大きな声を精一杯上げながら後ろから男を止めようとした。

「邪魔や!」

黒づくめの男は先生を手で押し倒してまるで物を扱うかのように地面に吹き飛ばした。

「きゃ」

先生は叫んだ。

男はそれを見て薄気味悪くにやっと笑った。

「やめろよ、先生に手出すな!」

俺はボロ雑巾のようにボコボコにされながらも必死に抵抗するかのように力いっぱいそう叫んだ。

すると黒づくめの男はそれが気に食わないというような顔をして

「何や・・・このガキまだしゃべる元気あるんかい」と言った。

「おい」

そう言うとグラサンの男が俺をとっ捕まえて後ろから息が苦しくなるほど強く羽交い絞めにしてきた。

俺は途端に身動きがとれなくなった。

グラサンの男が俺を抑えているすきに黒づくめの男が近づいてきて、そしてその後、俺の腹を何度も強打してきた。

一発一発の重みが半端なく、胃が押し潰されそうなほどの激痛だった。

「ぐふっ」

思わず声が漏れた。

「ちょっとやめて。やめなさい!」

先生は思わず叫んだが一向に止める気配はなかった。

先生はもう涙目になってきた。

「最後の仕上げや。これでフィニッシュや。顔面めちゃくちゃにしたろ」

「まあ、周りに人誰もおらへんしな。」

男たちはそう言うと黒づくめの男は少し離れて助走をつけながら俺の顔面を強打する体勢に入っていた。こぶしを握ってはーっと口から息を吹きかけていた。

俺はもう体中あざだらけになっていて、意識がもうろうとしていた。

身動きがまったくとれなかった。

「よっしゃーいくで」

そして黒づくめの男は俺の顔に殴りかかろうとした。

俺はもうダメだ、と思った。

その時・・・

「やめて!」

先生が突然飛び込んできた。

俺はもう何が起きたのか全く分からなかった。

それは一瞬の出来事だった。

流れ星が空で一瞬に消えてなくなってしまうくらい瞬くまの瞬間だった。

「バン」

何かが強烈に吹っ飛んだ音がした。

何が起きたのか一瞬間が空いた。

男たちも何が起きたのか分からず茫然としていた。

俺は目を疑った。

先生がすぐそこで倒れていた。

先生の額からは血が出てきて、完全に意識を失っているようだった。

「あ・・・」

男たちは意味が分からないといった感じで呆然とそこに立ち尽くしていた。そして突然動揺し出した。

男たちは俺から手を離した。

俺はその場でドスンと倒れた。

黒づくめの男は慌てながら

「まさか・・そんなわけ・・あらへんわな?」

と恐る恐る先生の方へ近づいていった。

男はどうやら先生の脈をはかっているようだった。

「・・・止まっとる・・・」

それを聞いたグラサンの男は急に情けないくらいしどろもどろになってきた。

「い・・・いかんやろ・・・」

黒づくめの男は慌てながら

「その女が・・・そいつがいけないんやからな・・・」

とまるで自分たちは何の関係もないかのように言い放った。

「おい、やばいぞ。はよいくで。」

グラサンの男がまるで何者かに嗾けられたかのように大急ぎで車を出そうとした。

「ああ・・・」

黒づくめの男がそう言いながら助手席に飛び乗り、男たち二人を乗せた車は一目散にその場を走り去っていった。

「ちょっと・・・待て・・・待てよ」

俺は小さな声で力いっぱいそう叫んだが、口の中が傷だらけで声がほとんど出なかった。

その男たちの車のナンバープレートを何とか確認しようとしたが、意識がもうろうとしている上に目の焦点があっていなく、ぼんやりとしか見えなかった。

そして男たちが乗っていた車はあっという間に見えなくなった。

あたりは不気味なくらい静まりかえっていた。

俺はあまりの一瞬の出来事に一体何が起きたのかまだ頭の整理がつかなかった。

俺はしばらく意識を失ったかのようにその場でぼーっと男たちの車が走り去って行った方向にあった景色の方を眺めていた。

ふと我に返るととっさに先生のことを思い出した。

そうだ、先生は・・・

俺は体中の痛みを抑えながら地べたを這いながらゆっくりと先生の方へ近づいていった。

先生は道に倒れたまま微動だにしなかった。

頭からは血が大量に流れ地面は赤く染まっていた。

「先生・・・先生?」

俺は先生の体を揺らし必死にそう呼んだ。

でも、返事はなかった。

「先生・・・先生?返事してよ・・・」

気を失ってるだけだ。そうに違いない。

そう思って俺は先生を呼び続けた。

やはり反応はなかった。

俺は、横たわっている先生の心臓に耳をあてて注意深く鼓動の音を聞いてみた。

音はなっていなかった。

俺は何が何だかわけが分からなくなった。

何が起きたのが全く理解できなかった。

俺の目から次第に涙が溢れてきて、そしてそれがやがて頬に伝わってくるのがわかった。

「先生・・・先生・・・返事して」

でも先生はまるで屍のように返事をしなかった。

もう何も言葉がでなかった。

俺は先生に抱きついてその場で大声を出して泣き崩れてしまった。

まるで生まれたばかりの赤ん坊のように。


救急車で病院に運ばれた後、間もなく先生は死んだ。

あの後、俺は運転免許もないのに無我夢中で車を動かした。車なんてそもそも運転したことなんてなかったが、小さい頃からずっと父親の運転する姿を後部座席から何となくで見ていたのでそれをとっさに見よう見まねで真似した。たどたどしく今にも交通事故を引き起こしそうなくらい危なっかしい運転だったが、一刻を争う事態でそんなどうでもいいことを気にかけている場合ではなかった。先生を助けなきゃ・・・ただそのことしか考えてなかった・・・それ以外のことは俺の頭の中に一切入ってこなかった。俺は必死そのものだった。そして、何とか先生を車に乗せて無事下山できるとやっと携帯の電波の届く街中のエリアに入ったので急いで救急車に電話をした。

でも、病院についた時にはすでに先生は頭を強烈に殴打されたことによって心肺機能が停止状態になっていたそうだ。

病院の処置により奇跡的に一時意識が回復したが、打ちどころが悪かったらしくすでに出血多量により瀕死の状態だったためもはや手遅れとのことだった。

俺は病院の治療室の前のソファで待っていたが、その間中、まるで魂を失った抜け殻状態だった。

俺は何でこんなところにいるんだろう。

さっきまで先生とは素敵な紅葉を見て・・・車の中で激しく抱き合って・・・この世のものとは思えないほど素晴らしい世界にいたはずだった。

それが・・・まるで台風であっという間に吹き飛んでしまう古い家屋みたいに一瞬でもろく崩れ去った。いとも簡単に。

それは激しく燃え上がった後に一瞬で消える線香花火のようでもあった。

病院の医者が

「お気の毒ですが・・・」

ととても深刻な面持ちで話しかけてきたとき俺は先生の死を悟ったが、すでに返事をする気力も残されてはいなかった。

その場で軽くお辞儀だけして、無意識に治療室前の椅子に座り込んでしまった。

「ご家族の方ですか?」

と医者に聞かれたので

「違います。学校の生徒です」

と何とか小声でそう答えた。

ご家族の方と連絡を取りたいとのことだったので、俺は先生の家の住所や連絡先だけとりあえず教えた。

先生の母親は地元の丸岡病院というところ入院しているのは先生から聞いて知っていたが、親せきのことは特に何も知らなかったので、入院先の病院のことだけ教えて後は分かりませんとだけ伝えた。

手術が終わり先生は病室で静かに永遠の眠りについていた。

俺は病室に入っていき先生がベッドで仰向けになっている姿を見た。

顏には白い布がかぶさっていた。

「先生・・・」

俺はもう何も言えなかった。

何て言葉をかけていいかも分からなかった。

そもそも先生はもう死んでいるのだった。

死体に声をかけても意味なんてなかった。

俺は先生のそばにいきそっと手に触れてみた。

死体は凍りついていて、体温はまるで氷点下のように冷たかった。

そこには先生の生きた温もりは全くなかった。

俺は一瞬ですべてをなくしたような感じになった。

そして先生の手を握りながら俺はまたもや静かにすすり泣くようにして下を向いた。

「先生・・・先生・・・」

俺は頭をふせながらそう何度も小さな声で叫んだ。

まるで何かにとり憑かれているかのようにずっと叫び続けた。



俺は警察に色々と事情を聞かれた。

犯行現場で何が起きたのか?そしてなぜ先生は死んだのか?

いきなり車が飛び出してきたこと。そして男の二人組に金を払うように強要されたこと。口論になり、先生が強姦されそうになったため、俺が助けようとしたら取っ組みあいになり、殴られたり蹴られたり散々暴行を受けて、そしたら今度は先生が飛び出してきて俺を助けようとして代わりに殴られて死んだこと。

俺は出来る限り詳しく説明した。

「それは・・・大変お気の毒ですね」

警察の人はとても残念そうな面持ちであたりさわりのない弔辞の言葉を述べた。

「しかし・・・それは恐らくヤクザまがいの恐喝ですね。いわゆるあたり屋ってやつですよ」

「あたり屋?」

ドラマなどに出てくるので高校生の俺でも噂程度には知っていた。

しかし、刺青を見た瞬間に何となくで連中がヤクザか何かだろうとそれだけは察しがついてはいた。それにあの二人の男たちの妙な関西弁・・・。あの時は頭が真っ白で何も考えられなかったから関西弁のことなど気にしている余裕は一切なかったが・・・何かのドラマで一度見たことがあって・・・関西にはヤクザがものすごく多いというのを聞いたことがある。そのこととも異様に辻褄が合っていた。

「あのような山奥は周りに人もいないから助けも呼べないですからね。そういった意味では大変危険なんですよ。携帯の電波も届かない場合が多いので一度金をゆすられると、警察も保険会社もその場で呼べないですし、脅迫されると金を支払わざるを得なくなります。だからあえて人通りの少ないところとか警察を呼べない場所でやるんですよ」

そう言うことだったのか・・・

そういう事情があるのだとあらためて分かった。

「でも・・・変ですね」

突然警察はクビをかしげ、おかしいなという感じの表情を浮かべながらそう言った。

「変?」

「ええ・・・あなたからお話を聞いて何点か疑問に思ったのですが・・・通常の当たり屋というのは100万なんてそんな高額な金額はまず要求しません。せいぜい数万から十数万くらいで、すぐに支払える金額がほとんどです。その方が警察に連絡されてしまう前に支払ってもらえる可能性が高いですから。しかも、例え100万円を要求したのが本当だったとしても、お金を恐喝で騙し取るだけならあなたたちの言うとおりにして、山を降りてからこっそりお金だけもらっていたはずです。それが通常の当たり屋のすることです。ゆすりが目的なわけですから。一緒にいた女性に対してレイプまがいのことをして話をわざわざややこしくして、一体目的は何だったのでしょうか?そんなことをしたらますます話がこじれてしまいます。また、いくら人通りの少ない山奥だったからといって、万が一誰かに見られたら強姦罪の罪に問われてしまいます。わざわざあたり屋が金を騙し取るためだけにそんな危険を冒すでしょうか?」

警察の人はかなり頭の切れる人のようで冷静に分析するかのようにそう説明した。

俺なりに警察の人の話を少しずつ噛み砕きながら頭の中で一つ一つゆっくりと整理してみた。

そう言われてみればそうだ、と思った。何か変だ。

警察の人が言うことはもっともだった。

あの男たちは一体誰なんだ?結局、何がしたかったんだ?目的は何だったのだろうか?

「とにかく・・・この一件については、ナンバープレートを確認できなかったのが非常に残念です。あたり屋に金を恐喝されたらナンバープレートを確認するのが常識ですが、あなたは意識が朦朧としていてそれが確認できなかった。おまけに周りに目撃者もいなかったわけですから・・・残念ですが、今回のケースでは犯人を特定するのは極めて難しいでしょうね」

それを言われて俺はとてつもないほどのショックを受けた。

これが警察なのだろうか?

俺たちはあんな悲惨な目に遭って、俺は最愛の人まで失った。

俺たちは被害者なのに・・・あの犯人であるあの男たちは今もひょうひょうと生きているのに、なぜ俺だけがこれからもずっと一生苦しみ続けなければいけないのだろうか?

俺はこの先一体何を恨んで生きていけばいいのだろうか?

でも、もうそんなことはどうでもよかった。

先生を失った悲しみがあまりに大きすぎて頭の中が真っ白だった。

もう何もかもどうでもよくなっていた。

「ですが・・・こんな事件にまでなってしまいましたからね。意図的ではなかったとはいえ、殺人罪に発展する可能性だってあるわけですから・・・できる限り私たち警察も協力させていただきます。また、何かこちらから伺いたいことがあった場合は連絡させていただきますね」

「ありがとうございます」

俺はお礼をいった。

「どうかお気を落とさずに」

警察の人にそう言われて、俺は軽くお辞儀だけして警察署を去った。




先生の事件は殺人事件の可能性もあるとして、テレビのニュースにまで流れてしまっていた。俺は匿名希望で当事者として何度かインタビューを受けた。自宅にテレビ関係者が押し入ってくることもあった。

俺はこんな事件のことなどいち早く忘れたかった。何もかもさっさと終わらせたかったので、その度に同じような質問をするテレビ局にはうんざりしていた。

もう俺のことは放っておいてくれ。俺と先生をそっとしておいてくれ。

張り詰めた空気の中で、俺の心の中ではそう雄叫びのような声が無限ループのように繰り返し再生されていた。

自宅にマスコミがやってくると、もう家じゅうパニック状態に陥ったかのごとく大騒ぎになった。

俺は隠しても隠しきれるものでもないとわかっていたから家族には全部事情を話した。でもまったくといっていいほど納得してもらえなかった。母親は俺が先生と恋人関係だったなんて知って度胆を抜かされるくらいびっくり仰天しているようだった。父親も同様の反応だった。でも、姉貴だけはさすがに俺を少しだけ心配しているようだった。

俺が階段を上って部屋に行こうとしたら声をかけてきた。

「あんたさ・・・大丈夫?」

姉貴はいつになく俺を心配しているような感じでそう話しかけてきた。

俺は姉貴の方を少し見た。

「ああ・・・」

一言だけそう言って俺は自分の部屋に雲隠れした。

俺はベッドの上で仰向けになり少しだけ考えた。

警察の人が言っていた通り、結局あの男たちはなんだったのだろうか?

その時ふと思った。

「もしかしたら、眞口?」

突然そんな嫌なことが頭をよぎった。

よからぬことを考えてしまった。

そんなことはない、と心の中で思いたかったがどうみてもそれ以外に考えられなかった。

警察の人が言っていたように、100万円なんて高額なお金を要求すれば当然その場で払えるわけがない。

そして、無理やり先生を強姦しようとした。

それはつまり・・・はなからお金など目的ではなかったんだ。

俺を陥れようとしただけなんだ。

何故か?

きっと、眞口の俺への個人的な恨みだったのだろう。

今思えば俺が手紙であんなあからさまに挑発をしたからだろう。

今なら冷静になって自分のした行動すべてを振り返り客観視することができる。

でも、先生をあんな風に殴り死に至らしめてしまったのは、もしかしたらだけど向こうにとっては不幸な事件であり計算外だったのかもしれない。事実、あの男たちはあの後、大慌てで一目散に消えてしまった。明らかに何かに動揺していた。

でも、そんなこと考えたところで警察の人が言うようにもう証拠なんてどこにもなかった。

それにすべて眞口が命令してやったことかどうかなんて誰にも分からない。

証拠を残さず世にも末恐ろしいことを実行する。

ヤクザの恐ろしさを知り、身の毛のよだつ思いだった。

たかがガキの俺が喧嘩を売っていいような相手ではなかった。

山村の言うとおりだった。さわらぬ神にたたりなしだ。

でも、もう手遅れだった。

今更やつらの手口が分かったところですべて後の祭りだった。

もう先生はこの世にはいない。

俺の大切な・・・この世でたった一人愛する人はもう死んであの世にいってしまった。

俺は取り返しのつかないことをしてしまったと思った。

そう言えば・・・

先生は俺を助けるために身代りに学校を辞めたのかとずっと思っていた。

でも、今思えば先生はきっと何か嫌な予感がしたのだろう。

学校はいじめ問題をうやむやにしたいくらい眞口家を恐れていた。

そんなヤクザの家系に立ち向かうのは何となく危険だと察知したのだろう。

先生は俺よりずっと年上だし大人の女性だ。

だから全部わかっていたんだ。

俺の取った軽率な行動によって先生は死ぬ羽目になったのかもしれない。

そう考えるともうどうしようもないくらいのやるせなさと絶望の感情で襲われた。

俺はつくづく自分が青臭くて情けないガキだと思い知らされた。

ガキのくせに大人の女性を愛してしまい、その人をおかしなことに巻き込んでしまった。


今更先生に謝ってももう先生には俺の声など届かない。

先生は俺なんかを好きになって本当によかったんだろうか?俺なんかと出会わなければきっともっと幸せだったし、もっとずっと長く生きられたに違いない。そう考えたら俺は自分が心底嫌になった。

悔しくて悔しくて仕方がなかった。

そのとき、俺の中で何かが音を立てて崩れ落ちた気がした。

俺の中で世界はもう終わっていた。



もう何もかも・・・何もかも終わったんだ。




学校中でも俺と先生の事件の話題で持ちきりだった。

でも、みんな俺に同情したのか一切話しかけてはこなかった。

みんな俺に気を使っているのか俺を遠ざけているようだった。

多分俺と先生が恋仲だったことはテレビのニュースを見てみんなそれとなく知ってるのだろう。

最初は面白がって全員でよってたかって噂話ばかり流して俺をいじめたりしていたが、あんな事件が起きてしまったことでみんな衝撃的な真実を知ってしまい、何となく同情や憐みといったような感情を抱いてしまったのだろう。

「大丈夫か、竹井?」

山村はそう話しかけてきた。

「・・・」

俺は山村の方を少しだけ振り返ったが、一言も話さずまるで抜け殻にでもなったかのように、山村の存在を無視した。

学校側は俺と先生に肉体関係があったことに関しては何の処分も下さないといった。

そもそも学校側も眞口のいじめ問題をうやむやにして何としてでももみ消したかったため、元々そのことを何となく分かっていた上であえて黙認していたのだ。だから学校側も後ろめたさがあったのだろう。

教頭いわく、あんな不慮の事件があったのだから君に配慮して停学処分にはしないとのことだった。

もう一つ大ニュースがあった。

眞口がまた転校したそうだ。

何でも地方の学校だそうだ。

理由は分からない。

テレビのニュースにまで流れてしまって、事件の真相が分かり自分らが関与していることがいずれ発覚してしまう前にせっせと雲隠れしたつもりなのだろうか?

あるいは、ただ俺を困らせて陥れようとしただけが、こんな悲惨な事件にまで発展してしまったことを心から反省し悔やんでいるのだろうか?

もはや証拠がないから何も分からない。

ただそう想像するしかなかった。

こんな雲をつかむような曖昧な事件だが、いずれ警察が真実を突き止めてくれることがあるのかもしれないとも思った。

でも、俺にはそんなことは分かりようがなかった。




俺はその日掃除当番だった。

もう一人の当番の白木が焼却炉へゴミだしに行くところだった。

「ちょっくらいってくら」

そう言って白木は教室を出て行った。

俺はしばらくモップで床拭きをしていた。

ただ黙々と。

続けてモップ掃除をしようとしたら、突然窓から冷たい突風が吹いてきた。

カーテンもざわざわっと大きくゆらめきながら揺れ出した。

「蒼太君?」

ふと先生の声が聞こえた気がした。

空耳かな?

最初はそう思った。でも気が付くと先生があの時と同じように目の前の机の椅子に座っていた。

俺は一瞬何のことだか分からないといった感じで手で目をこすった。

最初はありえない現状に目を疑ったが本当に先生がそこに座っていた。

「先生?何で先生が?」

俺は意味が分からなくなって思わずそう叫んだ。

「蒼太君・・・久しぶり。元気だった?」

先生はそう言った。

「先生・・・?何で・・・何でここにいるの?」

「私はね・・・あの世から蒼太君にメッセージを送るためにここに来たんだ。一瞬だけね・・・またすぐ戻らないといけないんけどね」

「え?」

そう言われても俺にはいったい何のことだかさっぱりだった。

俺は先生の幻影か何かを見ているのだろうか?

「私はね・・・実は、蒼太君が心の中で自分を責め続けているのを知ってるんだ。あの世にいくとね・・・この世の人たちの心の中がすべて覗けるの。いとも簡単にわかるようになるんだ。だから蒼太君が心の中で何を考えてるのか全部分かる。私が蒼太君と出会わなければよかったって思ってるでしょ?自分なんかと出会わなければ私があんな目に遭わなかったって?」

先生はそう言ってきた。

あの世から来た先生の姿はうっすらとしていて幽霊に見えなくもなかった。一瞬怖くてたじろいてしまいそうになったが、俺はその先生の幻影に向かって頑張って返事をすることにした。

「だってそうじゃん。俺のせいで・・・俺なんかが眞口に喧嘩を売ってしまったから。俺のせいで先生を死なせてしまった」

「それは違う・・・確かに結果的にはそうなったけれど。私は蒼太君と出会えて・・・そして好きになれて本当によかったと思ってる。前にも言ったでしょ?初めてあったときからシンパシーを感じたって。私たちは同じもので苦しんで、同じものを抱えていた。そして出会えた。そして同じものを感じて同じもので希望を感じることができた。多分これは、運命だったと思うんだ」

「運命・・・?」

「そう・・・運命。私は小さい頃はいじめられていて、男性不信になっていった。誰も好きになれずに、このまま一生こうなんだって思ったこともあった。正直、ずっとこんな日々が続くのかと思ってこの世に絶望するなんてこともあった。自分のような不幸な人なんて他にいないと思ったことさえある。でも・・・それは間違っていた。あなたと出会って、私と同じように苦しんでいる人がいることを知った。あなたからは、私と同じ悲しさを感じたの。そしてそう思ったら、私はいてもたってもいられなくなって、どうしてもあなたの力になってあげたくなった。そしてあなたのことをもっと知りたくなった。そして・・・段々とあなたのことを知って・・・そして、好きになっていった。初めて人を本気で好きになれて・・・それで分かった。人を愛するとこんなにも世界が変わってみえるようになるんだって。この世は素晴らしいって思えるようになった。この世に絶望するよりも希望。過去よりも未来。あなたと出会えてそう本気で思えるようになった」

「先生・・・」

俺はただ先生の方を見てずっと話を聞いていた。

「だからね・・・私は蒼太君と出会えて本当によかった。心からそう思う。短い人生だったけど、人を本気で好きになれた。こんな人生だからたとえたったの35年でも全く悔いはない。だからね、蒼太君も自分を責めないでほしい。最後まで悔いを残さず残りの人生を送ってほしい」

先生はそう言うと次第に姿が薄れていった。

「先生?」

だんだんと先生が幽霊のように透き通って見えるようになった。

何だこれは?幻覚なんだろうか?

俺は先生の幻覚を見ているのか?

「幻覚なんかじゃないは・・・言ったでしょ。私は霊となって天から一時的に降りてきてるって。あなたにメッセージを残すために」

先生はまだそんな謎めいた不思議なことを言っている。

「でもね・・・もうそろそろ行かないといけない時間だから」

「え・・・先生いっちゃうの?」

「うん・・・残念だけど、私はこの世にはもういないから。またあの世に戻らないといけないの。」

「そうなんだ・・・」

俺はがっかりした。

「そんなに悲しい顔をしないで・・・私があの世にいってもいつもあなたのそばにいる。私はいつもあなたの心の中にいるから。いつも一緒だから」

いつも俺の心の中にいる?

「そう・・・だから悲しまないで。この世は絶望なんかじゃない。私は35年の人生でそう思えた。だから、蒼太君もこの先ずっと希望を持って生きていってほしい。前を向いて明るく生きてほしい。生きていることがこんなにも素晴らしいって思えるようになってほしい。どうか後ろを振り返って後悔するだけの惨めな人生だけは送らないでほしい。この世を恨んだりなんかしないでほしい」

「先生・・・」

「だから・・・私はずっとあなたの味方で見守っています」

先生はそう言った後に

「もう行かないといけない時間だから・・・じゃあ・・・さよなら。元気でね・・・蒼太君」

と突然別れの挨拶をしてきた。

「先生・・・待って行かないで」

先生の姿がどんどんぼんやり薄れていった。

「じゃあね、蒼太君」

「待って」

俺が先生の体に触れようとしたら先生はそのままふっと姿を消した。

「先生・・・先生?」

俺は体ごと顔をぐるりと回して先生のいなくなった後の教室を見まわした。

だけどもうそこには先生の姿はなかった。

教室を出て廊下を見渡してみたが、誰もいなかった。

もうみんな下校していてあたりは静まりかえっていた。

もう先生の姿はどこにもなかった。

窓の外を眺めたらとっくに空は夕焼けに染まっていた。先生と長い間話していたからだろうか?すでに冬の季節が到来しつつあり外が暗くなるのが早いのかもしれない。

窓の外からグランドを眺めたが、サッカー部が部活動を終えて後片付けをして帰宅しようとしていいた。

俺はふとさっきの先生のメッセージについて考えた。

俺は一度は先生の死で絶望にひれ伏した。

何もかも空虚になり、生きている意味すら感じなくなった。先生が死んだことで自分を責めたりもした。

でも、先生はそんなことは望んでないんだ。そう思った。もう自分をこれ以上責める必要はないんだ。そう思ったら途端に肩の力が抜けた。俺は大人の先生から見れば、まだまだ子供だ。どうしようもないくらい未熟な高校生のガキだ。でも、青臭いガキでもガキなりに先生の言葉を励みにこれからも何とか希望を持って生きていけるのかなって思った。

もう後ろを向いて生きてくのはやめよう。先生がそう言ったんだ。

「過去よりも未来。絶望よりも希望」

そう・・・それこそが生きるということ。

過去に縛られて生きることは絶望にひれ伏すということなのかもしれない。

きっと先生は天国からそのようなメッセージを伝えるために、わざわざ俺に会いに来てくれたんだろう。

どこまでも優しくて世話好きな先生なんだろう。

天国でも俺とのシンパシーをきっと感じてくれているに違いない。

先生との思い出の始まりはまさにシンパシーとの出会いそのものだった。

俺はそう思った。

そう言えば放課後、初めてここでモップで床拭きの掃除をしていたら先生が突然入ってきて驚いたことがあったっけ。

「竹井君・・・たまにこういうことってない?自分でも何だか分からないけど・・・うまく説明できないけど、その人のことが気になるっていうか。恋愛とも友情とも家族関係とも違う。けど、何だかよくわからないけどその人のことが気になって気になって・・・頭から離れないっていうか。しいていうなら・・・そうね・・・その人が・・・自分と同じ何かを持ってるみたいな。うまく説明できないんだけどね・・・」

あの時先生は、さっきと同じ椅子に座ってそんなようなことを言っていた。

そんなことを思いだしていたら急に心が軽くなり穏やかな気分になった。

俺はまたモップの入ったバケツを手に取って水を新しく入れ替えるために教室を出た。


先生は俺の心の中にいる。

そう思いながら。


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ミソジニー 内田啓太 @uchiuchi116

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