Ed
いつもと同じふたりきりの食卓だ。
マナはそれが仕事みたいに淡々と食事をするし、タスクはそれを眺めながら肉の欠片を口に運ぶ。
グラスには赤ワイン。マナが飲むと言ったから、コルクを抜いた。
「チキンはどう?」
「うん」
「『うん』ってどういう返事なの」
美味いも不味いも言わない相手が、それでもフォークを動かす様に、悪い気はしなかった。
「牛の煮たのはその内覚えるから」
「そう」
「来年のお楽しみなんてどう?」
「ずいぶんと気が早いね」
「他にリクエストあれば聞くけど」
「それでいいよ、いまのところは」
「期待してて」
覚えているとも限らない、その場限りの口約束でも、あって困るものではない。
マナがグラスに手を伸ばす。喉の華奢な出っ張りが、嚥下にあわせて上下する。
「ねぇ」
珍しい呼びかけにタスクは食事の手を止めた。
見遣った先には手元に視線を落としたままの、とうに見慣れた無表情。
「俺の石はおまえにあげる」
突然なにを思ったものか、死んだら好きにしていいよと、前触れもなく告げられた。
「なにそれ。どういう風の吹き回し?」
「別に」
「別にってことないでしょ」
いったいどういうつもりなのと重ねて問えば、億劫さを隠しもしない不機嫌な顔を向けられた。
悪いのはどう考えても言葉少なな相手の方で、しつこいこちらではないだろう。
別にと、その薄い唇が繰り返す。
「おまえがいると思ったから」
同じ形をした日々が、いつの日にか終わるとき、変わらず傍にいる相手。
それがおまえだっただけだよと、抑揚のない掠れた声が教えて寄越す。
「死んだらなんだ」
「人間なんてその内死ぬでしょ」
「その内を、待ってくれる気になった?」
「……まぁね」
死なないように見張っててなんて物騒な願いをくれた相手が、いつかの未来の話をしている。
そのことが、妙におかしくて胸が苦しい。
「ねぇ」
そっけないアイスブルーを引き寄せる。
「あんたがいないの、しんどかったよ」
帰ったら、誰もいなくて。明りも暖炉も点らない、暗いだけの部屋があって。
おかえりの代わりの眼差しや、銀の鳴る音なんかも出迎えてくれなくて。
たったそれだけのことが堪えたと、胸の内を明かしてみる。
長く家を空けるなだとか、夕食時には帰ってこいとか、つまらない駄々をこねるつもりはさらさらない。
ただ、ひとりきりであることが、なにひとつとして嬉しくなかった。
そんなつまらないことを、伝えてみたくなっただけだ。
「そう」
返事は相変わらずのそっけなさで笑ってしまう。
「ねぇマナ。いいクリスマスだね」
「もう終わったんじゃない?」
「水差さないで」
せっかくいい気分なのに。
「悪かったね」
「別に全然、いいんだけどさ」
ボトルの残りをふたつのグラスに空けてしまう。
特別な夜を心から祝うには、少しばかり向かない日であったので。
勝手にグラスの縁を合わせるだけの、ごくささやかな乾杯をした。
マナは特に咎めることなく黙々と食事を続けている。
タスクの心地よく浮かれた気分を別にすれば、普段となんら変わりない、静かなクリスマスだった。
死にたがりの綺想曲 字書きHEAVEN @tyrkgkbb
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