第8話

ピピーッ、とタイマーの音が響いて、

バッシュが床をこする音がやむ。


片づけをして最後のあいさつを終えれば、

さっきまでなんともなかったはずなのに急に体が疲れたと訴えてきて。


「絵未、じゃーね。」

「うん、また明日。」


部室で着替えて外に出れば、

辺りはすっかり暗くなっていて。


重たい足に鞭をうって歩き出そうとすれば、

すぐそばの自販機に、人影があった。


「・・よ。」

「・・・今日部活無かったんじゃないですか。」

「よくご存じで。」

「翔情報です。」


ひらひら~と手を振りながら現れた制服姿の溝口先輩は、

カバンから財布を取り出す。


「何飲む?」

「・・コーヒー。」

「飲めないくせに。」

「・・・ミルクティーがいいです。」


ふっ、と先輩が笑ったのが分かって文句を言おうとしたけど、

何も言わず近くのベンチに座り込んだ。



「・・・はい。」

「ありがとうございます。」


私にミルクティーを手渡した先輩は、

そのまま隣に腰かける。


お互いに飲み物には手を付けないまま、

しばらく無言のまま時間が流れて。


「・・翔から聞いたんですか?」

「・・・そう。」


二言だけの会話の後、

またしばらく沈黙が訪れて。


「・・昨日。」

「ん?」

「電話が来ました。」

「・・どっちから?」

「もちろん両方から。」

「・・・」

「ここ笑ってほしかった所なんですけど。」


内容はどっちもほぼ一緒。


2人とも照れていて、でも幸せそうで、

胸がいっぱいになって。


「よかったな、って思いました。」

「・・・本当に?」

「本当に。・・だってどっちも大好きだもん。」

「・・・そっか。」


「!ちょっ・・!!」


少しの沈黙の後急に頭の上にタオルがのせられて、

そのままわしゃわしゃ、と撫でまわされる。


「何するんですか・・っ!」

「お前なあ・・・」

「髪の毛ボサボサになるんですけど!!」


「ほんと、泣かねえよなあ。」


「っ・・!」


ずるい、先輩はずるい。


こんな事言われたら、

泣いてしまうに決まってるじゃないか。


「・・先輩のばか・・っ」

「はいはい。」

「ほんとにっ・・将来ハゲちゃえばいいのに・・」

「お前痛いところつくな」


グイ、と私の頭を先輩の方に寄せる。


やっと泣いた、なんて呟きが

頭上から降ってきて。


「こういう時は素直に泣けばいいの。それが一番楽だよ。」


駄目だ、この涙の止め方を私は知らない。



「・・好きだったんです。」

「・・・うん。」


ずっと言えなかった2文字を吐き出す。

ずっと苦しかった言葉が、口にしてみれば何てことなくて。


「でも、言えるわけないじゃないですか。」


「傍に入れなくなるのが怖いし、嫌われたくないし。」


「私にそんな勇気無かったんです。」


一度言葉にしたら、

もう留まることを知らなくて。


「どんな形でもいいから、一緒にいられる事が一番だと思ったの。」

「・・うん。」

「こんな気持ち口に出すもんじゃないと思った。」

「うん。」

「こんなの普通じゃないから、皆の当たり前じゃないから。」

「うん分かった、もういいよ。」


気付けば私は先輩の腕の中にいて、

彼は優しく私の背中をさする。


「辛かったね、しんどかったね。」

「っ…」

「自分の気持ちを『こんなの』なんて言わないで。大事な絵未ちゃんの感情でしょ。」


「よく頑張りました。」


先輩の言葉に、更に涙が溢れる。



私はこのまま溺れ死んじゃうじゃないだろうか。

涙の海に、先輩を巻き込んで。


目を閉じれば自然と大好きなあの人が思い浮かんで、

消そうと思ってもなかなか消えてくれなくて。












私はきのう、人生初の失恋をした。







脳裏に浮かぶその人は、

綺麗な黒髪をいつまでも揺らしていた。

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思いのゆくえ 夏目 @natsu_haru

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