ちょろくない私とちょろくない彼女@魔術学院の姉妹編

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ちょろくない私とちょろくない彼女@魔術学院の姉妹編

 あくびを噛み殺しながら応接室のドアを開くと、眩しいくらいの朝の日差しとともに、二人の人間が言い争う様が飛び込んできた。


「何度も言っているでしょう! 姉など要りません!」

「いや、しかしお父様からも素晴らしい姉を付けるようにと頼まれていて……」


 大きなガラス製の窓が自慢の応接室。中央には立派な革張りのソファーもあるのだけど、二人はその前で立ち上がって言い争ってるみたい。

 一人はこの公国立の魔術学院の、たしか学院長代理とかいう胡散臭い肩書きの初老の男性。この場に私を呼び出した張本人。

 もう一人の小柄な少女は……、ちらりとこちらに一瞥をくれるとすぐに正面の学院長代理に食って掛かる。


「父がなんと言ったかは知りません! 私には平民の姉など不要です!」


 彼女の剣幕に、学院長代理は私の方を助けを求めるように見つめられる。

 どうすべきかと僅かに逡巡してから、一先ず小さくお辞儀をした。


「……リン・フロスト、です」


 自己紹介をしてから、改めてもう一人の少女を観察した。

 私より頭一つ以上小さな身長に、腰まで伸びた真っ直ぐで艶やかな黒髪と、側頭部にはきらりと光る金色の髪飾り。シルクの薄いワンピースの上に、学校指定の地味な灰色のローブを羽織っていた。

 そして何よりも特徴的な意思の強そうなつり上がった目尻と、その奥に光る黒瞳。

 いやでもその人が噂の人物であると気がついた。遠くから見たことはあるけれど、ここまで近くで見たのは初めてだ。

 マーガレット・ヘイスティング。

 王都のある中央地区南端部を所領とするヘイスティング家の次女。ちょうどこの学院のある辺りが彼女の家の所領となっている。

 授業の始まる前のこんな早朝から呼び出された理由は、どうやら彼女にあるらしい。


「あーフロストくん、待ってたよ」


 目の前の敵? から逃れるように私に向き直る学院長代理。

 なんとなく先ほどの会話と、彼女の持つ噂から私がなにをお願いされるかの予想がついた。


「いやー実はねぇ……」

「貴女には関係ないことです、下がりなさい」


 学院長代理が話そうとしたところ、睨むような目つきで彼女は私に命じた。彼女は確か二年生だから、私の方が歳上なんだけど……。

 ヘイスティング家のお嬢様には、平民の年齢は関係ないらしい。


「フロストくん、とりあえずこっちへ」


 招かれるまま中央のテーブルの横まで移動する。マーガレットさんは忌々しそうにこちらを見ているけど、私が呼び出されたのは学院長代理だから仕方ない。


「フロストくん、お願いしたいこととはね、彼女と『姉妹』になって欲しいんだ」


 ……やっぱり。

『姉妹』というのは、血の繋がった姉妹のことではない。学年の違う二人の女生徒の間にある関係性を『姉妹』と表現しているのだ。

『妹』は勉学だけでなく学院生活の指針や生徒としての態度を教わり、『姉』は上に立つ人間としての知見や立ち居振る舞いを学ぶ。そんな関係を学生の間では姉妹と呼んでいた。

 生徒間の伝統なので学院側は基本的にノータッチなのだけど、今回のように学院側が誰かと姉妹になって欲しいと『斡旋』するとこもある。

 例えば、貴族の親が娘に優秀な姉を付けたいと学院にお願いしたときとか。

 なのだけど。

 横目で彼女を伺うと、彼女は不機嫌そうに眉を釣り上げてこちらを睨んでいる。

 彼女から見たら酷い身なりだろう。髪は跳ねてるし、ローブの下は継ぎ接ぎだらけの麻服だ。唯一彼女より優っているとしたら、襟元につけた三年連続の学年首席のバッジだけだろう。


「学年首席といえど、平民の貴女に教わることなどありません」


 彼女は不機嫌そうに顔を逸らす。このキツい言い方のせいで何人もの姉に逃げられてしまったという噂だったけど、どうにも信憑性があるなぁ……。

 まあ、つまり。

 成績優秀ながら清貧を地で行く私に、この性格破綻者の貴族の娘を教育させようという目論見らしい。

 なるほど、絶対嫌だ。


「どうかな、フロストくん」

「……嫌です」


 呟くように拒否すると「なんで貴女が嫌がるの!」と隣の少女が非難の声を上げる。


「もし彼女の姉となってくれたら、今期の評価点をプラスに出来るんだけど、どうかなぁ?」

「……ん」


 今年も学年首席を狙う私としては普段なら飛びつくような提案だけど、今年は大きな罰点が無い限り学年首席は安泰のはず。

 だからこれ以上稼がなくてもいいんだよなぁ……。うーむ……。


「ちょっと! 勝手に話を進めないでください!」


 横に立つ彼女が、再度学院長代理に向かって詰め寄る。


「私だって、こんな目つきの悪い姉なんていりません!」

「……」


 こいつ、人が気にしてることを……!


「そもそも私は、魔術など学びたくないですし……」


 彼女は顔を背け、吐き捨てるように呟いた。苦渋に満ちた表情は、世界を恨むような瞳をしている。


「授業が始まりますので、失礼します!」


 彼女は向き直ってそう宣言すると、私の横を通り抜けて応接室を出て行く。

 残された私は私で、絶対に彼女を妹になどするものかと改めて誓った。






 街の守護魔術師をしていた私の両親は、私が八歳になる年に死んだ。

 受け継いだのは小さな家と、僅かなお金と、沢山の魔術書。

 自分にも魔術師の才能があるはずだと信じて、必死に魔術書を読み漁り、一度読んだ本を売り払いながらなんとか生き抜いた。

 私が十二歳の年に、小さな家も残った本も全て売り払って入学金を作って公国立魔術学院の門を叩いた。

 この国で唯一の魔術師養成機関は、卒業すれば宮廷魔術師も夢じゃない。

 二年目からの授業料も寮費も無かったけれど、学年首席をとって特待生となればどちらも免除される。

 だから卒業までそれを続ければいいというのは、十二歳らしい甘い打算だったと思う。けれどここ三年間その打算通りの結果を出しているのは、私の才能と努力の賜物だろう。

 日々勉強や研究などの努力を怠らず、成績と評価点を計算しながら学生生活を送ってきた。もちろん、罰点が付くような行いはしたことがない。

 脇目も振らずに必死に生きてきた。誰かと交流を深める時間も取れず、周囲からはどんどんと人が離れていった。姉妹として誰かに選ばれることもなかった。

 そんな私にとっては、恵まれた環境にいる人間が羨ましくて妬ましかった。

 特に彼女、マーガレットのような貴族の娘は、その最たる存在。

『魔術など学びたくない』と彼女は言っていた。

 それは、私の価値観には存在しない言葉だ。

 来年もこの環境に居られるかわからない私の不安を、彼女は感じる事はない。

 この学院を追われたら居場所がなくなる恐怖を、彼女は味わう事は無い。

 それは少し羨ましくて、とても妬ましかった。






 授業が終わったばかりの四年生の教室では、慌ただしく出て行く者や、ダベっている者など様々な人間たちがいる。

 私もいつものように蔵書室に移ろうと荷物をまとめていた。


「聞いたよー」


 何を? と問おうと顔を向ける。けれど彼女のニヤケ顔を見たらめんどくさいやつだとわかったので、敢えて何も言わなかった。

 椅子から乗り出す彼女を無視して、木製の長机に描かれていた落書きを指で擦った。今日の晩御飯は何かなー?


「ちょっと、無視しない! だから友だち少ないんだよ?」


 余計なお世話だ。


「妹にしたんだって?」

「……してない」


 今朝の出来事が、放課後にはもう広まっている。噂好きの生徒は多いけれど、いったい誰が出どころなのか。


「詳しく聞かせてよ、気になってる子も多いし」


 によによと楽しそうに微笑むのは、私のほとんど唯一と言っていい友だち、ティフだ。

 くすんだ茶色のナチュラルなショートカット。明るくて噂好きで友人も多い彼女は、どこからか今朝の話を仕入れたらしい。そういえば、周囲の人間がこちらに注目しているような気がする。


「……なんで?」

「だってあのヘイスティング家のお嬢様だよ? その新しい姉が学年首席の孤高の才女だなんて、美味しいじゃん」


 なんで話さなきゃいけないのかとの問いだけど、彼女は絶妙に勘違いしていた。


「特に姉妹関連の話題は、ねぇ?」

「……なに?」


 含みのある言い方が気になって、つい聞き返してしまった。


「だってさぁ、姉妹って色んな形があるじゃん?」


 ……んん?


「まぁリザ先輩のとこみたいな例外もあるけどさ、ミズキたちの所みたいなこともあるわけだしねぇ」


 ……全然理解出来ない。


「……つまり?」

「だからさ、姉妹って、恋人になる事もあるでしょ?」


 初めて聞いたが。


「ミズキたちはオープンだけど、他にも結構姉妹で付き合ってるって噂あるよ」


 ふーん。


「だからさ、二人もそういう関係になるのかなって、みんな気にしてるわけさ」

「いや、無いから」


 そもそも妹にしてないし。


「えー、そうなの?」


 ティフはつまらなそうに唇をとがらせる。


「でもさ、リンは妹欲しいって言ってたよね?」


 まあ、それはねぇ……。

 私だって誰かの姉妹になってみたい気持ちは、まあ無きにしも非ずだけども。誰も近寄ってきてくれないのだから仕方ない。


「それにマーガレットってやっぱ可愛いし」


 それは認める。つやつやの黒髪は結構羨ましい。


「だからさ、妹にしたらきっと楽しいよ?」

「……いや、あの子とは性格が合わない」

「えー、そう?」


 不思議そうに首をかしげるティフ。そうかなぁと呟きながら考え込むように顎に手を当てる。


「でもさぁ、ちゃんと話してみたら好きになるんじゃない?」


 そうだろうか?

 あの子を好きになる、なんてことがあるとは到底思えなかった。


「リンってクールぶってるけど意外とちょろいから、ちょっと話したらすぐ好きになると思うんだよねー」

「…………は?」






 ちょろい? 私が?

 学年主席にして努力と苦労の人でありクール系美少女を地で行く私がちょろいだって?


「……むむ」


 友人からの評価が納得できないまま蔵書室の重い扉を押すと、いつものカビ臭い匂いが鼻をついた。天井から小さな魔術灯が下がっているが、窓がないせいか基本的には暗い。所狭しと並んだ書架には、魔術書やレポート用紙が詰まっている。

 私は放課後は大抵この部屋にいる。部屋の中央に一台だけ存在する机で、本を読んだりレポートを書いたりするのが日課なのだが。

 おや?

 珍しく部屋に人影が存在した。

 机で白い紙を前に何やら考え込んでいる、艶やかな黒髪の少女。


「……こんにちは」


 彼女は顔を上げてちらりとこちらに視線をくれると、すぐに手元に戻した。先輩に挨拶も返さないのか。

 今朝会ったばかりの少女、マーガレット・ヘイスティング。

 彼女は魔術書のページを繰りながら、考え込むように押し黙っている。ちらと覗き込むと、魔法薬学のレポートみたいだ。私も一昨年やったなぁ……。

 貴族の娘の彼女にはこの場所はやや不似合いな気がしたけれど、レポートをやりに来ていたようで。蔵書室の本は持ち出し禁止だから、多少のカビ臭さを我慢しているんだろう。

 とはいえ、こんなところでレポートをやる生徒は珍しい。私のようによっぽどやる気がある生徒くらいしか利用していない場所だけど。


「何か?」


 興味本位で見つめていると、視線が気になったのか彼女は顔をこちらに向ける。


「……人がいるのは珍しいから」

「そうですか」

「……魔術の勉強したくないって言ってたし」

「ヘイスティング家の次女として、恥ずかしい成績を取るわけにはいきませんから」


 真剣な表情で語る彼女は再び魔術書に目を落とした。

 ……なんとなく、彼女にも色々とあるのかなと感じた。

 貴族の娘という立場は、私にとっては羨ましくて妬ましいけれど、なってみると意外とつまらないものなのかも。

 また少し彼女の様子を観察していると、真っ白なレポート用紙が目についた。魔法薬学のレポートには、私も随分苦戦した覚えがある。彼女の読んでいる本は確かに名著と言われてるけど、二年生には難しすぎるんじゃないかなぁ。

 思い立って、ふらふらと蔵書室の中を巡る。目当ての二冊の魔術書を手にして中央に戻り、彼女の横の椅子にかけた。

 持ってきた本を机上に置いて、一冊を隣に座る彼女の方に寄せる。不審そうな表情の彼女に向かって呟いた。


「……その本の前に、こっち読んで」


 彼女の読んでいる本と同じ著者のだけど、こちらの方が簡単だ。基本的な魔術薬学の知識だけで読めるので、専門的な深い知識が不要なやつ。

 ためつすがめつ、といった感じで受けとった本を眺める彼女。その仕草が幼い感じがして可愛らしかった。

 ぱらぱらとめくり始めたのを見て、私も持ってきた自分の本を読み始める。

 しばらくして、少しずつ彼女のペンが動き始めた。






 ふっと彼女が小さく息をついた。

 ペンを止めた彼女が、伺うようにこちらに視線を向ける。話しかけてほしそうな雰囲気を感じて、私も読んでいた本から顔を上げた。


「……終わった?」

「ええ」


 それだけの会話をしてから、彼女からの言葉を待った。


「貴女は、よく来るのですか?」


 おや、少し物腰が柔らかくなってる。少しは先輩としての尊敬を勝ち取れたのだろうか。


「……うん」

「好きなんですね、勉強」


 うーん、どうかな。

 好きかと言われれば、まあ嫌いではないんだけど。それ以上に、やらなきゃいけないことなんだよね。


「……生きていくのに、必要だから」

「必要?」


 少しは私に興味を持ってくれたのか、彼女は私の言葉を掘り下げてくれた。


「……特待生でなくなれば、お金がなくてここにはいられなくなるの」


 ふーんと、大して興味も無さそうに彼女は頷く。


「大変ですね、平民は」

「……まあね」

「だからといって、姉妹になったりしませんけど」


 ……なんの話だろうかと思ったけれど。


「私と姉妹になれば、特待生に近づくのでしょう?」


 厳しい表情で、私の顔を見つめる。

 朝の学院長代理との会話を聞いていたらしい。まあ今期はもう評価点を稼ぐ必要がないからなぁ。


「少しくらいアドバイスしてくれたからって、妹になったりしません。私はちょろくないので」


 厳しい表情を崩さないままそういうと、彼女は自分のバッグにレポート用紙やインク瓶やらをしまっていく。私もちょろくないよ。


「とはいえ、今日は助かりました。ありがとうございました」

「……よかった」


 ちょっと意外だけど、ちゃんとお礼が言える子なのは好印象。まあ育ちは良いだろうからね。


「何か、お礼をしたいのですけど」


 ……え。


「借りを作りたくないので」


 こちらと目を合わせないまま、彼女は立ち上がって蔵書室の中を歩き本を片付け始めた。

 うーん、お礼?

 彼女からの唐突で意外な言葉に悩んでしまう。どうしよう。

 お金の支援を求めるのもなんか違う気がするなぁ。とはいえ他に思いつかない。うーん、彼女にしてほしいことかぁ。

 片付け終わった彼女が、ちらりとこちらを伺う。


「なんでも良いですよ、とはいえ、あまり無理なのは聞けませんが」


 そうだなぁ、せっかくの機会だし彼女が絶対しなさそうなことをお願いしてみようか。


「……じゃあ『お姉様』って呼んで?」

「は?」

「……一回だけで良いから」


 私のお願いを聞いた彼女は、しばし睨むような目つきで不服そうな表情をしていた。けれどやがて、はぁーあと至極めんどくさそうにため息をつくと、彼女は早足で私のそばまで歩み寄ってくれる。

 隣に座り、不機嫌そうに深呼吸をした。


「一回だけですからね」

「……うん」


 彼女と目を合わすと、彼女は眉根を寄せて口をへの字に曲げてから顔を逸らした。

 躊躇うようにちらちらと何度かこちらを伺う彼女を、私はじっと待っている。

 すると暫くして、観念したのか小さくため息をついた。


「今日はありがとうございました」


 上目遣いで、心底嫌そうに眉根を寄せる。


「……お姉様」


 んんん……!?

 なんか、想像以上にかわいくない??

 え、え、めちゃくちゃかわいーんですけど……。


「これで良いですか」

「……うん」


 彼女は深めにため息をついて立ち上がる。


「じゃあ、私は行きますから」


 やや早足で歩きながら、重めの扉を押して蔵書室を後にする彼女をぼんやりと見送る。

 後ろ姿も、なんだかすごく可愛く見えた。


「……んん」


 ええ、めっっっっちゃかわいいじゃん!

 あんなにかわいい子初めてあった……!

 ていうか、妹にしたい……!

 可愛がりたい……!

 もっとお姉様って呼ばれたい……!

 ていうか、悔しい……。

 めちゃくちゃ悔しいけど、認めざるを得ない……。

 私って、ちょろいわ……。






 あの日から数日が経過した放課後、私は木製の扉の前に立っていた。

 胸の上に手を置いて軽めの深呼吸を行なったけれど、まだ少し胸は高鳴っている。まるで好きな人に会いに行くみたいな心地だ。

 右手を上げて、目の前の扉を叩いた。


「はい」


 中から彼女の声が聞こえ、暫くすると扉が開かれた。


「ようこそ、です」


 顔を出したのは、私より一回り背の低い頭。艶やかな黒髪に深い黒瞳。彼女もすこし緊張したような面持ちをしている。

 私の中の妹にしたい子ナンバーワンことマーガレット。今日もかわいい。学校指定の灰色のローブは着ておらず、可愛らしい白のワンピースを着用していた。


「どうぞ、入ってください」


 そう言って扉を大きく開いて招き入れてくれる。誘われるままに入ると、私の部屋よりも随分と広い部屋がそこには広がっていた。

 マーガレットの寮室。

 なぜかはわからないけれど、彼女の部屋に招かれたためやってきた。会いたい、仲良くなりたいと思っていたので二つ返事で承諾して今に至る。

 寮室は基本的に二人一組のはずだけど、彼女だけは特別に一人部屋みたいだ。部屋もすこし特別で、私たちの部屋よりも広くて大きめの窓があった。広くて使い切れていない感じすらある。

 大きめのベッドに魔術ランタンの乗ったサイドチェスト。服の入っていると思しきクローゼットに魔術書の詰まった本棚。ティーコージーののった小さな木製の丸いテーブルには、可愛らしい二脚の椅子が添えられている。

「どうぞ」と促されるままに、二脚のうちの片方の椅子に座る。

 彼女は立ったまま、ティーコージーを開けて取り出したポットを傾けた。白磁のティーカップにはとくとくと赤と黒の中間色の液体が満ちていく。


「実家から送られてきたお茶です。平民が生涯に何度も口にできるものではありませんよ」


 さらっと金持ち自慢をする彼女。すこし前はどうでも良かったけれど、今はとっても可愛く映る。

 あの日以来、これまでの態度が大人ぶっている小さな子みたいに思えて可愛くて仕方ない。肝心のお茶の方は変な匂いだったけど。

 彼女はもう一方の椅子にかけると、自分の方のカップに口をつけた。


「それでですね、今日お呼びしたのは改めてお礼がしたいと思いまして」


 おや……またお姉様と呼んでくれるのかな?


「このあいだのレポートですが、想像していたよりも随分と高い評価をいただきました」

「……よかった」

「ええ、なので改めてお礼をしたいと思いまして」


 彼女は可愛らしく微笑んだ。丁寧だなぁ……すき。

 それにしてもお礼か。まあ今日はこのあいだと違ってちょうどお願いしたいこともある。

「……妹になって」

「……」

 私のお願いを聞いた彼女は、眉根を寄せる。

 先程までの可愛らしい笑顔が消えてしまった。まあこの顔も可愛いけれど。

「嫌です」

 ついと彼女は顔を背ける。

「……だめ?」

「……他に、何かありませんか」

 不機嫌そうに眉根を寄せて、カップに口をつける。その仕草は拗ねている子どもにも、寂しさを我慢する大人にも見えた。






「お茶、要りますか?」

「……うん、お願い」


 うーんうーんと、悩むことしばし。空になったカップに、彼女はもう一度お茶を注いでくれる。


「お口に合いましたか?」

「……うん、意外と」


 彼女の唐突な質問に、素直に返答する。最初は変な味だと思っていたけれど、飲み慣れると甘さを感じるようになった。

 私の返答に満足したのか、彼女は朗らかに微笑んで自分のカップに口をつける。


「……懐かしい味です」


 彼女はカップから口を離して、小さくため息をついて目を細めた。


「早く実家に帰りたいです」


 そう呟いた彼女の表情に、何かを我慢しているような雰囲気を感じてしまった。


「……寂しい?」


 そう尋ねると、彼女は目を丸くする。けれどすぐに可笑しそうに笑った。


「この一人で暮らし始めて二年目ですよ? 寂しいわけではありません」


 ただ、と彼女は続ける。

 彼女はゆっくりと目を細め、赤黒色の液体を見据える。その表情は普段の大人ぶった顔よりも、ずっとずっと大人に見えた。


「少し、話してもいいですか?」

「……うん」


 少しだけ、喉が乾いた感じがしてカップに口をつける。

 同じように彼女もカップに口をつけて、しばらく沈黙が流れたあとに、彼女は語り始めた。


「私には兄が二人いて、姉が一人いるのです」

「……」


 じっと、カップを見つめる彼女。実家にいたときも、多分同じ色を見つめていたのだろう。


「私も含め、皆優秀なんです。ですから次のヘイスティング家の当主を誰にするか決まっていないのです」


 目を細めながら、彼女は自身について語ってくれた。


「幼い頃から競争させられていました。四人の中で最も優秀な人間になれと、いつも煽られていました。おかげで今も兄姉が苦手です」


 ふふっと、彼女は苦笑する。


「そして私に魔術の才能があったばかりに、ここに入れられてしまいました」


 そういえば、魔術を勉強したくないと彼女は言っていたっけ。


「両親から離れると、不安になるのです。私のいない間に当主が決まってしまうのではないかと、私はいらない子になってしまったのではないかと、不安なのですよ」


 くつくつと、彼女は楽しそうに自嘲する。


「だから早く出て行きたいのですけど、退学になるような真似もできず。今の私には、可能な限り優秀な成績で卒業するしか道がないのです」


 ふーっと、彼女は長めのため息をつき終わると、どこかすっきりしたような表情で微笑んだ。


「誰かにこんな話をしたのは初めてです」


 はにかむように笑う彼女はとっても可愛くて、それでいてやっぱり私には寂しそうに見えた。

 この広い部屋は綺麗に片付いているけれど、ベッドや本棚が部屋の右側に寄っている。反対側はぽっかりと何もない空間になっていて、それは奇妙な寂寥感を持っているように思えた。


「……今日、この部屋に泊まりたい」


 私のお願いに、彼女は随分と驚いたようで。大きな目を丸くして、小さく、んんっと喉を鳴らした。


「寮内外泊は、罰点の対象ですよ?」


 確かに、自分の部屋以外での就寝は、姉妹の部屋以外では禁止されている。この場合の姉妹は、血の繋がった姉妹のことだけど。


「……大丈夫」


 自信満々に胸を張る。実際、今期の獲得評価点なら、寮内外泊の罰点くらいは全く問題ない。

 一方、彼女は顎に手を当てて考え込む。


「……なんでですか?」


 という彼女の問いには、なんて答えれば良いのかよくわからない。

 可愛いから、でもあるし、仲良くなりたいから、でもあるし、妹にしたいから、でもある。


「……寂しそうだったから」


 けれど口をついて出たのは、全然別の言葉だった。

 私の言葉を聞いた彼女は困惑したように眉根を寄せる。


「変な人ですね」


 困惑しながらも、彼女は微笑んでいた。






 サイドチェストに乗った魔術ランタンの明かりを落とすと、周囲からは完全に明かりが消えた。

 どこか近くで虫だか獣だかの鳴き声が聞こえるくらいで、室内は静寂に包まれている。

 私はベッドの上に仰向けにしていた体を横に向ける。そこには、とっても可愛い顔があった。


「どうしたんですか?」

「……可愛いから、眠くなるまで見ていようと思って」


 私がそういうと、彼女は嫌そうに顔を歪める。


「いいから早く寝てください」


 ついと、彼女は反対側に顔を向ける。ちょうどうなじのあたりが見えたので、そっと手を伸ばして触れた。


「んんっ」


 と彼女は可愛らしく悶えると、抗議の視線をこちらに向けた。


「触らないでください……!」

「……そっちもさっき触った」


 寝る前に二人で体を濡れた布で拭き合ったのだけど、彼女は興味深そうに私の体をあちこち触ってきた。そのお返しにと思ったのだけど、彼女は納得していないようで。


「……」


 無言のまま、じっと私を見つめている。


「……可愛いね」

「バカにしてるんですか?」


 素直に受け取ってほしいなぁ……。まあこういうところも可愛いけれど。


「もう触らないでくださいね」


 彼女は再度反対方向に体ごと顔を向けてしまう。むむむ。

 仕方なく私も仰向けになって目を閉じた。

 暫く静寂が横たわり、二人の間を過ぎていく。時折目を開けては彼女の方を横目で見るけれど、相変わらず彼女は反対方向を向いている。残念。


「起きてます?」

「……うん」


 不意に、彼女が呟いた。

 相変わらず向こうを向いたままで、表情は見えない。可愛らしい頸は見えるけど、おさわりは我慢した。


「私を妹にしたい理由って、もしかして」

「……可愛いから」


 彼女の質問の前に、先回りして答えを言ってしまう。彼女は呆れたようにため息をついた。


「評価のためじゃないんですか」

「……違う、可愛いから」


 同じ回答を繰り返すと、彼女は黙ってしまった。

 私もまた目を閉じると、暫くした時に私の手に何かがあたり、そのまま指先をきゅっと包まれる。

 驚いて目を開け彼女を見るけれど、相変わらず体ごと反対方向。

 けれど彼女の手は、しっかりと私の手を握っている。

 私も彼女の手を握り返す。早くなった脈拍が、彼女に伝わってしまわないかと少しだけ心配した。






 翌日、教室棟から薬学実習室へ向かうための屋根だけの通路。

 暖かな日差しと初夏の薫風が、まるで私の心情を表し、言祝いでいるかのような心地になる。

 遠くを見遣ると昨夜の出来事が脳裏に蘇り、指先を包まれた時の感触を思い出す。


「リン、怖……」


 素敵な心地に浸っている私の世界を、背後からの声に台無しにされる。声の方に視線を向けると、友人のティフが不安そうに眉根を寄せている。


「クマひどいし、なんかニヤニヤしてるし、目つきも悪いし……」


 ……目つきが悪いのは元からだよ。

 ついと顔を背けて歩みを戻すと、小走りで横に並ばれる。


「なんかあったの?」

「……まあね」


 ふふん、と意味深に微笑むけれど、昨夜の出来事は黙っておこう。自慢したい気持ちもないではないけど、校則違反だしね。昨日のことは、二人だけの秘密。


「えー、教えないの?」

「……教えない」

「じゃあヒント」


 なんだよヒントって……。

 その後もしつこく聞きたがる彼女をかわしながら実習室に向かうと、反対側から小さな影が向かってくるのが見えた。

 秘密の共有相手、マーガレットが向こうから歩いてくる。艶やかな黒髪は、今朝私が梳いてあげた。


「あ……」


 向こうも気づいたようで、私が小さく手を振ると急に眉根を寄せて顔を背けた。


「……おはよー」

「おはようございます」


 小声で不機嫌そうに、目を逸らしたままの挨拶。そのまま私の横を抜けて、教室棟の方に早足に抜けていく。

 思わず顔がにやけてしまいそうになるのを、なんとか我慢した。


「……えぇ!?」


 横のティフが、素っ頓狂な声をあげる。うるさい。


「あの子はないって言ってたじゃん!」


 えー、えーとしきりに驚いた様子で唸っている。

 先ほどよりもしつこく「なになに?」とか「どういうこと?」とか聞かれるけれど、まあ私に言えることは一つだけかな。


「……一つ、謝ると」

「うん?」

「……私は、ちょろい」

「……???」


 私の呟きに、ティフは頭にハテナマークをいくつも浮かべていた。






 蔵書室の重い扉を押しあけると、魔術灯のもとで艶やかに光る黒髪の乙女が椅子にかけて本を開いていた。

 こちらに気付いて一瞬だけ視線をこちらに移すと、不機嫌そうに視線を本に戻した。


「……こんにちは」


 離れたところから挨拶をするけれど、マーガレットは相変わらず本を開いたままこちらを見ようとしない。


「……どしたの?」


 机まで近寄って尋ねるけれど、相変わらず彼女は視線を本に落としている。


「学校では、内緒にしましょうって言いましたよね?」


 呟きながらページを繰る。


「あんな風に手なんか振って、もしバレたらどうするんですか?」


 ……どうやら、彼女は昼間のことが気に食わなかったみたい。


「……嬉しくて」

「ちょっとすれ違ったくらいで嬉しくならないでください」


 開いていた本をゆっくりと閉じると、こちらに視線を移さないまま隣の席を指でとんとんする。座れってことかな?

 指示された通りに隣の席につくと、やっと彼女はこちらに視線をくれた。とはいえ相変わらずの不機嫌顔だけど。


「秘密にしようって約束しましたよね?」

「……秘密にしてるよ?」

「だから、手なんか振ったらバレちゃうじゃないですかっ」


 真剣な表情がキュート過ぎて、手を伸ばして彼女の額の前の髪先に触れる。指に合わせて中央に寄った目がこれまたすごく可愛い……!


「私たちの秘密なんですよね? バレてもいいんですか?」


 私の額の指を握って膝元に下ろす。とがらせた口が可愛らしい。


「……ごめんね」

「謝ればいいってものじゃないですよ」


 はぁーあと盛大にため息をついて、彼女はまた目線を逸らす。


「で、今日は?」

「……今日?」


 不機嫌そうな彼女の問いに、私は理解が追いつかずに聞き返してしまう。


「今日は泊まるかって聞いたんです」


 やっぱり視線を逸らしたまま、ちょっとだけ荒っぽい声で彼女は言った。


「……泊まっていいの?」

「いいですけど、二人だけの秘密ですよ」


 そういうとまた本を開いて、視線を本に落とす。


「……うん、泊まりたいな」


 そう言っても彼女は目線を合わせてはくれなかった。

 けれど机の下では、さっき握った指を離しはしなかった。






 翌朝は少し教室がざわついていた。教室に入った瞬間に周囲から奇妙な視線を感じた。まあ掲示板を見た時から予測していたことではあったけど。

 噂好きお節介な友人は、私が机に着くや話しかけてきた。


「リン……!」


 珍しく神妙な面持ちのティフ。


「昨日、寮内外泊したって本当なの……!?」


 おや、もうそこまで出回っているのか。掲示板にはただ『校則違反の疑いで呼び出し』としか書いていなかったと思うけど。


「昨日の夜、リンがマーガレットの部屋に入っていくのを見たって子がいて」

「……へぇ」


 なるほどなるほど、目撃者がいたのか。せっかく二人だけの秘密だったのになぁ……。


「それって校則違反でしょ、大丈夫……?」


 心配そうに見つめるティフなんて本当に珍しい。意外と私のことを考えてくれてたんだなぁ……。


「……大丈夫」


 そう彼女に向かって笑いかける。けれど彼女は、一層に表情を曇らせた。


「……リンに笑われると、気味が悪い」


 なんでだ。

 不満からため息を漏らすと、見慣れぬ影が教室の入り口のところに立っていることに気づいた。


「フロストさん」


 学院長代理の初老の男性は、困ったような笑顔で小さく手招きをしている。


「……行ってくる」


 それだけティフに言い残して、教室の出入り口。「ついてきてください」と学院長代理に言われ廊下に出たところ、端の方に小さな影が見えた。

 その影を見ないふりをして、私は学院長代理に従った。






 学院長代理についていくと、数日前に呼び出された応接室に連れて行かれた。

 大きな窓からはあの時と同じように朝の日差しで溢れている。促されるまま部屋の中央のソファーにかけると、向かいに学院長代理が座る。


「いやぁ、真面目なフロストくんが校則違反とはねぇ……」

「……別に真面目なわけではないです」


 まあ確かに校則違反を犯すのは初めてだけど、特待生を取らなきゃいけないから校則違反は避けていただけだ。私自身が真面目なわけではない。


「まあ、寮内外泊は大した罰点じゃないから、今期もフロストくんが学年主席だろうけどね」


 まあそうだよね。多めに評価点を獲得するようにしておいてよかった。普段の計算の賜物だろう。


「他の生徒の手前呼び出したけど、君の場合は特に注意することもないからなぁ……」


 うーんと唸りながら腕を組んで考え出した。私はでそうになったあくびを噛み殺す。


「そういえば、ヘイスティングのお嬢さんはどうかな?」

「……可愛いです、とっても」


 私の言葉に、理事長代理は「おお」と小さく歓声をあげた。


「そうかい、いやーよかったよかった、なかなか彼女を妹にしてくれる子がいなくてねぇ……」


 あんな可愛い子なのになぁ……。みんな見る目が無さすぎる。


「君みたいな優秀な子が引き受けてくれるなら安心だよ、彼女の両親も随分と彼女のことを心配してたからね」


 重荷が降りたようにふーっとため息をつく。


「……そうなんですか」

「周囲への尊敬を学んで欲しいと言っていたから、フロストくんが尊敬される姉になってくれれば嬉しいが」

「……善処します」


 と呟くと、学院長代理も胸をなでおろした。


「で、肝心のヘイスティングさんはどうだい?」


 ……ん?


「君の妹になってくれそうかい?」

「……うーん」


 と唸りながら顎に手を当てる。


「……いい子ですけど、ちょっとわからないです」


 学院長代理は、興味深そうに、ほうと唸る。


「わからない、とは?」

「……好かれているような気はするんですけど」


 部屋に泊めてくれたことや、一緒のベッドで眠ったことを思い出す。けれど一方で、彼女の普段の態度も思い出した。

 嫌そうな顔でつくため息、合わせてくれない視線。


「……もしかしたら、勘違いなのかな」


 と、そこまで言ったところで、にわかに扉の外が騒がしくなった。

 力強い足音が徐々に近づいてきたかと思うと、強めのノックの音が部屋中に響く。

 学院長代理が「どうぞ」と言うや、激しい勢いで開かれて入ってきたのは、艶やかな黒髪の乙女。

 学院指定の灰色のローブに、側頭部の金の髪飾り。

 いつもの大人ぶったような態度は何処へやら。肩で息をして、顔は青白くなっている。

 そして、大きく深呼吸をしたあと、彼女は言う。


「お、お姉様は悪くありません! 私が誘ったんです!」


 …………何言ってんだろう。






「お姉様は、私のことを不憫に思いお部屋で泊まってくれたんです! お姉様は悪くないんです!」


 マーガレットは入ってきた勢いのまま、学院長代理が座るソファーに詰め寄る。

 見たこともないくらいの必死の形相で、顔色は青く染まっている。


「姉妹の場合は罰点が付ませんよね!?」


 学院長代理に生徒手帳を突きつける。


「それは、血の繋がった姉妹のことだね」


 彼女は慌てて自分で掲げた生徒手帳を再度読み返すと、震えながらポケットにしまった。

 今にも泣き出しそうな表情で、ちらりと私に視線を向ける。


「でも……でも、えっと、ええっと」


 両目いっぱいに涙をためて、彼女は学院長代理に訴えかける。


「でも、私と姉妹になった場合は評価点を付けてくれると言いましたよね!? これでお姉様は特待生になれますよね!?」

「……えっと」

「お姉様が特待生になれなかったら、私も学校やめますからね! お姉様と一緒じゃなきゃ嫌です!」


 彼女は必死で訴えかけている。

 私の特待生のために。


「……マーガレット」

「……お姉様?」


 ううん、違うよね。私の特待生のためじゃなくて、きっと。

 立ち上がって、彼女の頭を撫でる。


「……ありがとう」


 そっと彼女の背中に手を回すと、彼女も同じように手を回してくれた。


「大丈夫、私は辞めないから」

「……ほんとですか?」


 上目遣いに、涙目で訴える彼女はやっぱりすごく可愛い。


「ええ、ちゃんと最後まで、貴女の姉でいるから、ね?」

「……お姉様ぁ!」


 両目にためた涙が溢れ出して、その涙は灰色のローブの胸元を濡らした。






「……『お姉様』って呼ばれた時は驚いたけど」


 そう呟くと、マーガレットは不機嫌そうにこちらを睨む。

 蔵書室の天井からぶら下がる魔術灯は、いつものようにきらきらと揺れている。


「……めっちゃ嬉しかった」


 今朝のことを思い出して微笑みかけると、彼女はますます不機嫌そうに顔を歪める。


「……」

「……どうしたの?」

「なんで早く言ってくれなかったんですか」

「……なんのこと?」

「絶対わざと黙ってましたよね!?」

「……そんなことないけど」

「じゃあどうしてすぐに言ってくれなかったんですか!」

「……可愛いから」

「んん……!」


 悔しそうに唸り声をあげながら、彼女は諦めたようにため息をついた。


「もういいです、好きにしてください」

「……じゃあ、妹になってくれるの?」

「……ちゃんとお願いしてくれたら、考えてあげます」


 彼女は不機嫌そうに顔を逸らすから、私は立ち上がって彼女の手を引いた。正面に回り、腰のあたりに両手を回す。

 いやでも顔が近づくから、しっかりと彼女の顔を見ることができるようになった。


「……改めて、お願い」


 キスできそうなくらいの距離で、囁く。


「……私の妹に、なってくれますか?」


 彼女も諦めたのか、不機嫌そうな表情のまま私の顔を正面から捉えてくれている。


「条件があります」


 彼女はぐっと顔を近づける。いつの間にか、彼女の両手も私の腰に回っている。


「メグって愛称で呼んでください」

「……うん」

「なに笑ってるんですか」


 笑ってないよ。可愛いからにやにやしてただけです。

 彼女は不満そうに口をとがらせる。


「いいじゃないですか! 私だって、可愛がってほしいんです!」


 彼女は、メグは私の胸に顔を埋める。赤くなった頬を隠したいのかもしれない。そのまま額を擦り付けるように頭を動かすと、匂いでマーキングしようとする動物みたいで可愛い。


「お姉様」

「……なあに、メグ」

「離しちゃ、いやですよ?」


 布越しのくぐもった声は、それでもはっきりと私の耳に届いた。

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ちょろくない私とちょろくない彼女@魔術学院の姉妹編 @yu__ss

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