【解説】最低の夜を超えて、ヒーローになる。
坂上秋成が以前、ツイッターで以下のようなことを書いていました。
――思想もなく、能力もなく、利他性もなく思いやりもない人間が、ぽっと現れた「悪」に対して即自的・時事的に反応して正義を気取るというのが今のインターネットの風潮。
しかし当たり前の話ですが、普段から正義を意識してないゲスがいきなりヒーローになれる場所なんかこの世のどこにもないんですよ。
僕は倉木さとし作品はヒーローの物語だと思っています。
とりわけ今作の「顔のない獣 その①」の主人公、浅倉隼人は常にヒーローであろうとしていたように思います。
冒頭で引用した坂上秋成は「ヒーローになれる場所」と書きました。
ヒーローは常にそうあれる訳ではなく、「なれる場所」を持っているが故に、ヒーローとして成り立っているのだと考えられます。
つまり、浅倉隼人にもヒーローになれる場所があります。
本編を読んで下さった方には明らかですが、それは幼なじみの久我遥の隣です。
印象的なシーンは冒頭にあります。
最初、浅倉隼人は夏祭りの暗がりで、不良にカツアゲをされています。
そこに遥が姿を見せ、不良はお金と共に女も置いて行けと言われます。
その後のシーンを少々引用させて下さい。
――「ふざけんなよ」
「いつもどおりだな。久我が絡んだ時だけ、カッコつけてよ」
有沢に指摘される。その通りだ。それの何が悪い。遥が傍にいれば、実力以上のものがいつも引き出される。お前らなんざ、こわいけどこわくない。
幼なじみの遥がいれば、普段こわいものがこわくなくなる。
それこそが隼人の「ヒーローになれる場所」でした。
とは言っても、浅倉隼人は十四歳。
彼は「ヒーローになれる場所」を持っているだけで、ヒーローである訳ではありません。
坂上秋成的に言えば「思想もなく、能力もなく、利他性もな」い状態です。十四歳でそれらを持ち合わせている人間なんて、この世にはいません。
思想は日々の生活でぶれて、貫くことは困難。
能力はこれから発見していくしかなく。
利他性なんて皆無で、自分のことで精いっぱい。
それが当たり前です。
更に言えば隼人にとって、ヒーローになれる場所は間違いなく遥の隣ですが、
だからと言って彼女が自分を丸ごとを受け入れてくれると信用している訳でもありません。
思春期の幼なじみの例にもれず、彼らも互いの関係性を前に悩みます。
僕が印象的に感じるシーンは冒頭です。
――花火大会にかける浅倉隼人の思いが、財布の中で一万円札という形になっている。
いつもは百円玉とレンタルビデオ屋のカードを握り締めて、久我遥を遊びに誘っている。
そんな隼人が、百円玉で百枚分の価値がある金額を用意したのだ。
百円あれば、近所のレンタルビデオ屋で旧作のDVDならばお釣りが出る。
毎回、一枚ずつDVDを借りていけば、遥を百回以上、家に呼ぶことができる計算だ。
だから今日は、いつもより百倍以上、楽しんでみせる。
遥と共に、最高の夜にするのだ。
そう考える隼人の一万円の内訳の予想は「近所のラブホテルへの宿泊代が大部分をしめるかもしれない」というものでした。
隼人の考える最高の夜は、遥に告白をして恋人関係になったりするものではない、という点が興味深い部分です。
隼人は遥と幼なじみである以外の関係を想像できていない。
あるいは、彼は遥と近所のラブホテルに宿泊しても、二人の幼なじみという関係は変わらないと、盲目的に信じているのかも知れません。
一つ興味深いシーンがありますので、引用させてください。
――「隼人のセクハラって、どこまで本気かわからないよね。しかも、あたし以外には言わないし」
「そもそもが、遥以外に口をきく女友達いないしな」
「へー。いたら、言うんだ?」
「どうだろうな。でも、マジで揉ませてもらっても困るかな」
隼人のセクハラは否定されることが前提で発言されています。
言っても関係は変わらないと分かっているからこその発言。
いわばお遊びです。
僕はこのシーンを読んだ時、舞城王太郎の「世界は密室でできている。」にあるワンシーンを思い出しました。
こちらも引用させてください。
――パンツ丸見え天国。
これって十三歳の男子にはマジ極楽じゃないですか?セックスとかさせてくれる天国があればそっちの方が本当は素敵そうな感じだけど、でもそんなの、なんかよくやり方判らなそうだし、わざわざ天国まで来て何かに困りたくなんてないし、死んでからまでいちいち頑張りたくない。
ここに書かれていることは、知らないものに対する姿勢です。
知らないものを知って人は大人になります。
大人になっても知らないものは無尽蔵に増えて行きますが、知らないものを前にした対処方法はその時点では出来上がっています。
けれど十三歳、十四歳の少年(少女)にとって、知らないものを目の当たりにした時、困って、頑張る他ありません。
「世界は密室でできている。」の引用部分は、生きる為には困って、頑張るしかないけど、死んだ後の天国なら困ったり、頑張らなくても良いよね、という内容です。
それはその通りです。
隼人の話に戻すと、彼は遥との幼なじみという関係を知っています。
告白して、わざわざ恋人という知らない関係に進んで、困って、頑張る必要はない。
そうしなくたって、遥は隣に居てくれる。
しかし、「最低の夜」が訪れた時、隼人は困って、頑張る必要に迫られていきます。
ヒーローの話に戻りましょう。
「顔のない獣 その①」はヒーローの物語です。
少なくとも僕はそう思っています。
ただ、十四歳の浅倉隼人が持っているものは「ヒーローになれる場所」だけで、ヒーローとして必要な思想も、能力も、利他性も持ち合わせていません。
それ故に、彼がヒーローとなる為に「ヒーローになれる場所」から離れる必要がありました。
物語の最後、隼人はヒーローになる為に、自らの夢を声高に宣言します。
それを聞いていた部長が以下のように言います。
――「これで、隼人も呪われちゃったわね」
「呪い?」
「人の夢っていうのは、叶えるまで苦しみ続けることになるの。たとえ途中であきらめても、生きてる限りくすぶり続ける。それって、呪いでしょ?」
間違いなくそれは呪いです。
ある種、麻薬のような甘美な響きを含む、それを前に隼人は以下のように答えます。
――「仮にそうだとしても、なにもなくなったオレにとっては希望ですよ」
なにもなくなった、と語る浅倉隼人が如何にして、ヒーローとなり「ヒーローになれる場所」に戻ってくるのか。
僕は倉木さとしの一読者として、その日が訪れるのを楽しみに待ちたいと思います。
郷倉四季。
顔のない獣 その① 最低の夜をこえて 郷倉四季 @satokura05
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