4階

 ミーラシチが言った通り洞窟はあった。その入り口にはいかにも強そうな魔獣が二匹。きっと門番のような役割だろう。

 それを少し離れたところから見ていた。

「メラン、倒す?」

「軽く、倒しますか」

 腰につけた双剣を鞘から抜いて型の体制に入る。少し貯めて、動き出す。十メートルほどあった距離を一気に詰めて有無を言わさず横薙ぎに剣を払い二匹同時に倒す。

「いっちょあがり、さあ、行こう!」

「さすが、バーサーカー」

「ん?なんか言った?」

「いいや、何も言ってないよ」

 洞窟に入れば光はなく真っ暗で何も見えない。ルラがすぐに加護魔法をかけて暗闇でも目が効くようにしてくれる。

 メニュー画面のマップには何も表示されてないが、道は真っ直ぐでいて綺麗に整備させられていて迷うことはなかった。魔獣と戦闘になることもなく、まるでさっさとこっちに来いとでも言っているようだった。

 本当にここにミーラシチの仲間はいるのだろうか。そんな不安を抱えながら歩くこと十二分。大きく開けたところにホールに出た。

 周りの壁は一面牢獄になっていて、ひとつひとつに人魚が入っている。その子たちがミーラシチの仲間だと一目でわかる。

「ようこそ、君たちはこのゴミどもを助けに来たのかい?」

 声の主はホールの奥から出てきた。見上げるような巨軀は、全身が筋肉で盛り上がっている。肌は周囲の壁と同化するように黒い。頭は人間ではなく山羊のような頭だった。下半身は濃紺の長い毛で包まれ、影に隠れて見えないが人間のようなものではないだろう。まとめれば神話に出てくるような悪魔の姿だった。

 きっとこの洞窟の主で今回のクエストの討伐対象で、そしてミーラシチの仲間を襲った犯人だろう。

「そうよ、助けに来た。文句ある?」

「ほう、勇健な少女だ。今ここでその命が尽きるとはなんと惜しいことよ」

「大丈夫よ、そう簡単に死ぬつもりないから!」

 本当は今すぐ逃げ出してしまいたいくらいの恐怖があった。今私の体を動かしてるのはミーラシチの悲しみに染まったあの姿とミーラシチの仲間をゴミと呼んだ事に対する怒りだけだ。

「行け、我がしもべよ。あの二人を喰い殺せ」

 どこに隠れていたのか百を超える魔獣の群れがボスの後ろから湧いてくる。どうりで道中魔獣に出くわさなかったのか。

 どの魔獣もここらの魔獣とは格が違う。どうやら一筋縄ではいかないようだ。

「ルラ、加護魔法バフ

 その言葉を発してすぐに身体が熱くなる。動くスピードが上がり、敵に与えるダメージが格段に増す。

 ただ、いくら強化されたとはいえ魔獣があまりにも多く倒しても倒しても終わりが見えない。

「ぐはっ!」

 段々と追い込まれていく。後ろにも魔獣が周り攻撃をしてきた。躱しきれずにHPが削られる。

 この世界に来て何度も魔獣と戦闘を繰り返してきたが一回も攻撃を受けたことはなかった。初めて受ける攻撃は背中を剣で斬られる攻撃。あまりの激痛に剣を手放してしまう。

 その瞬間を逃すまいと次々と攻撃が飛んでくる。その度に全身を激痛が駆け巡り言葉にならない悲鳴をあげる。

 視界の右上にあるHPバーが危険だと告げる黄色に変わっていた。反撃しようにも剣を取る暇もあたえない攻撃の嵐にどうすることもできずにいた。

 徐々に体に力が入らなくなる。これが瀕死の状態なのだろうか。

(そういえば、あのメッセージでHPゼロになると現実でも死ぬって言ってたっけ?)

 それが真か偽かどうかは分からないが、たとえゲームの世界だけだったとしても死ぬのは怖い。

 攻撃を受けるたびに消えていくHPの数字を見つめながら、死がすぐそこまで迫ってきていることを悟る。

 僅か数秒のことなのに物凄く長い時が経ったように思える。

 HPバーが赤く染まる。あと一度攻撃を受ければ全て消えてしまうだろう。

 遠くの方であの悪魔が高笑いしてるのが聞こえる。啖呵切ったはいいがあいつの思い通りになってしまった。

 目の前のクラゲの形をした魔獣が剣がついた触手を掲げ心臓に焦点を定める。

(あゝ、これで終わるんだ。ごめんね、ルラ。後は任せたよ)

 心の中でルラに対して謝りながらせめてもの対抗として腕を胸の前でクロスした。

 剣が空気を裂く音が聞こる。

(頑張れよ、ルラ)

 訪れるであろう私の心臓に剣が刺さる未来は、訪れなかった。

 閉じていた目をそっと開ける。剣を向けていた魔獣がかさと触手に綺麗に二つに分かれていた。そして大鎌を盛大に振るうルラの姿。

「メラン、これ飲んで。そしたら剣拾って戦え。メランにならできるから」

 ルラが投げた瓶は一口飲めば全快できる聖水だった。まだ力の入らぬ体を使い、聖水を全て飲み込む。効果はすぐに表れてHPバーも端まで戻り、体に力も入るようになった。

 ルラが流してくれたのか双剣は二つとも近くにあった。

(確か、しゃがんだ体制からの特殊攻撃があったはず)

 逆手持ちで剣を構え、しゃがんだ体制から斜めに飛ぶ。

 若葉色のエフェクト光を発しながらシステムに動かされるがまま剣を振るう。

 右手の剣を右斜め上から叩きつける。目の前の魔獣五匹が命の残像を煌めかせながら霧散する。しかし、そこで止まることはない。左手の剣がコンマ一秒遅れで左側にいた魔獣を切り裂く。

 効果が切れていた加護魔法バフが再度恩寵をもたらす。ルラが後衛に戻った証か。

 そこから私の反撃が始まった。

 ルラのおかげか魔獣は残り四十体ほどになっていた。さて、どう切り崩していこうか。

 魔獣たちはある程度の連携を取って攻撃してきている。襲いかかる攻撃の嵐をいつもよりも何倍も速く走って避けていく。

 徐々に魔獣が一箇所に集まってきた。ふふ、これを待ってたよ。

 今まで加速してきた力を全て回転の力に変え、その遠心力を使い、近づいて来ていた魔獣十匹を切り倒す。残りの奴らもまとめて切り倒す。と意気込んだがーー。

 残り三十匹の魔獣を包み込むように冷たい空気が漂っている。

「凍てつきなさい」

 それはまるで女王が命令を下すかのようだった。

 効果はすぐに現れた。残りの魔獣全てが凍りついている。

 広範囲凍結魔法。ルラが一番得意とする魔法だった。

「私が倒そうと思ってたのに…」

「え、これを狙ってたんじゃなかったの?」

「うっ…」

 確かに、一箇所に固めればルラの魔法で一瞬で終わるだろうと踏んでいた。その為にわざと集まるように誘導していたのだが。あたらめて言われると少し恥ずかしい。

「ははは、威勢が良いのう。気に入ったぞ」

 ずっと奥の方にいて手を出してこなかった悪魔がその巨体を揺らしながら出てきた。歩むごとに周囲の水といい壁といい全てが揺れる。

 悪魔は仁王立ちになると、地響きを起こしながらの雄叫びと共に深緑色の噴気を吐き出した。色からして、危ないと感じ取れる。鍛え上げた俊敏力と筋力に物を言わせ、思いっきり横飛びする。少し掠めただけなのにバーが数ミリ削れる。やはりこの息にも攻撃力があるらしい。

「ほう、これを避けるか」

 試すかのような物言いに闘争心をくすぐられた。

「さて、本気を出そうかのう」

 そう言いながら猛烈なスピードで斬馬刀を振り下ろした。咄嗟にステップを踏んでかわしたが、完全には避け切れなかったようで余波を受けて地面に叩きつけられる。

「へー、やるじゃない」

 私は身も凍る死の恐怖を味わいながらも、必死に戦闘を続ける。攻撃を受けてはやり返して、ルラは回復魔法を私や自分自身にかけながら時々攻撃魔法を打ち込んで加勢する。

 自分自身の思いのまま、余計なことなんか考えずに剣を振るい続ける。

 気づけば悪魔のHPバーはレットゾーンに到達していた。

「余をここまで追い詰めるとは、中々にやる小娘たちじゃ」

「そんなこと言える暇あるの?死ぬよ?」

「ははは、やはり面白いことを言うのじゃな。いいか、小娘。自らの死は自らが望む形であればこそ、生が輝くというものよ」

 そう言い残して悪魔は自らの心臓に斬馬刀を突き刺した。なんと呆気ない終わり方か。

「ふー、ただただ、疲れた」

「お疲れ様、メラン。流石の戦いぶりだったよ」

「ルラの方こそ、魔法ありがとう。助かった」

 お互いを讃えながらハイタッチをする。なんだか、心地良い。

 悪魔の命瞬く場所の床には鍵の束が落ちていた。これが壁一面の牢獄を開ける鍵だろう。

 ひとつひとつ開けていく。少々弱っている人魚も多く、解放した人魚から順番にルラが魔法によって回復させていく。

 人魚は総勢二十人いた。流石にこの大人数で行動すれば魔獣に襲われる可能性が大きいだろう。今の私とルラの体力じゃ魔獣が襲って来たときに守り切れない。どうしたものか。

「メラン、転移魔法、実際に受けてみたくない?」

 悪い笑みを浮かべるルラに同じく悪い笑みを返す。

「その案のった」

 初めて生身で受ける転移魔法はどこかこそばゆい感じがした。







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