5階
転移が完了して目を開ければ、到着場所は宮殿地下のあの部屋だった。
ミーラシチがこちらを向いて口を開けたまま固まっていた。これは転移に驚いているのか、仲間が帰ってきたことに対する驚きか、はたまたそのどちらもか。
「…フィエ、レシー、プネウマ…、よく、よく帰って来てくれました。おかえりなさい」
ミーラシチは目に浮かんでいた涙を拭い、手を大きく広げた。
次々とその腕の中に人魚たちが飛び込んでいく。その光景を微笑ましく遠くから眺めていた。
NPCとは思えない表情の変化、行動。全てがリアルだった。
この世界はゲームの中かもしれない。けれども、ここにはここの世界がちゃんと存在していた。
「メラン、ルラ、二人ともどうもありがとう。感謝してもしきれないわ」
出会った時とは違う、歓喜の涙を目元に溜めながらミーラシチは私たちの元へ来た。
「お役に立てたようで良かった。また何かあったら言ってね、助けに来るから」
「ありがとう。何かお礼がしたいわ」
「そんなの気持ちだけで充分。強いていうならもっとミーラシチと話してみたい、かな」
「ふふ、喜んで」
迫り来る敵もいなくなったおかげか地下ではなく中庭でお茶でも飲みながら、と誘ってくれた。
上に上がる階段を登れば暗く、静かだったロビーに活気が戻っていた。
二階に上がる階段もあった。敵が侵入できないように魔法で隠していたようだ。
昼食を食べたあの岩の椅子に座って様々な話を聞いた。
ミーラシチが人魚族の姫であること。仲間のこと。それから、面白い話もたくさんしてくれた。
「私も質問していいかしら?」
「うん、何?」
「メランたちはどうして旅をしているのかしら?」
「氷の女王を倒すため、だね」
「氷の女王…」
そう呟いたミーラシチの横顔がとても苦しそうだった。なぜ、そんな顔をするのだろうか。質問する前にミーラシチの方が先に口を開いた。
「いつ、倒しにいくとか決めているの?」
「レベルもさっきの戦闘で結構上がったから…アイテムとかが揃い次第かな」
「何人で行くの?」
「私と、ルラの二人で行く予定だけど…」
立て続けに質問を受ける。その最中ずっと俯いたままだった。氷の女王の話しをはじめてからミーラシチの様子がおかしい。
「ミーラちゃん、どうしかしーー」
「メラン、私も連れて行って」
ルラの言葉を遮りながら、顔を上げ、まっすぐこちらを見つめる目には覚悟があった。
「理由を聞かせて?」
「…私と氷の女王、ミチエーリは幼馴染なの。今は、あんな感じになってしまったけど、昔はとても優しい子だった」
そう切り出して語ったのはミーラシチの話は氷の女王が誕生するきっかけになった話だった。
ミーラシチとミチエーリは家族ぐるみで仲が良かった。ある日、いつも遊んでいる水辺公園で家族と一緒にピクニックをしていた時だった。その頃から湧き出ていた魔獣が襲いかかって来た。幼い二人を逃がすために戦った両者の親は、残酷にも殺されてしまう。悲しみにくれた二人は、ミチエーリの父親の書斎である本を見つけた。内容は蘇生魔法についてのこと。やり方から呪文まで、全てが書かれていた。なぜ、禁忌の魔法の一つである蘇生魔法の本が彼女の父親の書斎にあったのかは今となっても分からないそうだ。
ここから、二人の行動が別れた。
ミーラシチはそれを知っても何もしなかった。出来なかった、の方が近いかもしれない。まだ幼かった彼女に蘇生魔法を扱うほどの魔力はなかったからだ。
一方でミチエーリは禁忌の魔法と知っていながらこの魔法を使って両親を生き返らせようとした。彼女は魔法に長けていて、この頃ですでに蘇生魔法を使えるほどの魔力と技術を持っていた。
ミーラシチは止めたそうだ。それは当然の行動と言えるだろう。それを振り切ってミチエーリは蘇生を行った。
この世界の理を覆すことになるのだ、相応の代償が必要である。それが蘇生魔法が禁忌の魔法と呼ばれる所以だ。
ミチエーリが蘇生魔法を行使した時、両親は生き返ったそうだ。しかし、その体に心はなく、ただの屍でしかなかった。
そんな状態の蘇生でも、代償は必要だ。
蘇生魔法を使い終わったミチエーリの体も心も全て、闇に染まっていた。
その結果、彼女は氷の女王として君臨することになる。
「私は、彼女の心を救いたい。昔の優しい彼女に戻って欲しい。そのために私は魔法を鍛えてきたの。だからお願い、私を連れて行って」
ミーラシチは最後にそう締めた。
このゲームを作った運営はなんと残酷なストーリーにしたのだ。これはゲームのストーリー。それを理解していても、どうしてこんなにも心が痛むのだろう。
「分かった、良いよ。一緒に助けよう」
「ミーラちゃんがこんなに覚悟を見せてくれたんだもん、一緒に頑張ろう?」
「ありがとう、本当にありがとう」
その言葉はもう泣き声だった。どれだけの想いがこもっているのかが分かる。
数秒もすれば涙も止まり、次にはもう覚悟の顔になっていた。
ちょっと待っていて、と言いミーラシチは席をたつ。
しばらくすれば小さな箱を手に持って帰ってきた。
「これは、人魚族の宝。きっと貴方たちに幸福をもたらしてくれるわ」
箱の中にはネックレスが入っていた。中央に加工された珊瑚が七色の光を発している。
ネックレスを軽く二回叩けば、このアイテムの情報が書かれている画面が出てきた。
名称:カルラクト。効果:氷の女王の攻撃を半減する
「ミーラシチ、貴方、すごいものを持っていたのね」
流石人魚族の宝と言うべきか。このアイテムがもたらす効果は氷の女王攻略において絶大な力を誇る。
「メラン、貴方が持っていて」
「ありがとう」
メニュー画面を開いてアイテム欄にネックレスを入れる。
クエストクリアの画面が表示された。どうやらこのクエストの報酬がこれだったようだ。
瀕死状態になっても戦った価値があるってもんよ。…最後は自爆だけど。
「ミーラちゃん、一個疑問に思ってたこと言っても良い?」
ルラがちょこんと手をあげながらミーラの方を見る。
「なにかしら?」
「ミーラちゃんって…陸に行けるの?」
「あっ…!」
確かにそうだ、今は湖の中にいるためミーラシチも行動出来る。しかし、陸に行けばそうはいかない。
あまりに単純ですっかり忘れていたため、思わず声を上げてしまった。
「ふふ、それなら大丈夫よ」
そう言うが早いかミーラシチは右手をさっさと振った。
すると人魚の足が綺麗な人間の足に。紫色のチュニックが同色のひざ下のタイトドレスへと変化した。
「これで問題なし!」
してやったりと言いそうな笑顔でにこっと笑うすがたが美しい。
「綺麗…」
思わず口に出たそれをミーラシチは微笑んで見ていた。
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