2階
−君の明日は何色?
『なにその質問。強いていうなら…黒、かな』
−今君は幸せ?
『幸せか…どちらとも言えないかな』
−どんな時に幸せって思う?
『…ゲームしてるときかな、自分じゃない誰かになれた気がして楽しいし』
−それなら、私が幸せにしてあげる
『待って、あなたは誰なの?』
−私の名前は×××だよ。ふふ、時間が来たみたい。また会おうね。
「待って!!」
自分のその叫び声で目を覚ました。一人暮らしの静かな部屋にその声が響き渡った。
何か長い夢を見ていた気もするが頭に靄がかかったように思い出せない。
今日も憂鬱な学校が始まると思うと体が重くなった。
しかしながら、私の本職は学生だ、学校には行かないといけない。
「どっこいしょ」と女子高生らしからぬ声とともに体を起こす。
まだ覚醒前のぼんやりとした頭が活動し始めて、やっと気付いた。
ここ、何処だ?
昨日はちゃんと自分の部屋で寝たはずなのに、全く違うベットの上に座っている。
「まさか…これが俗に言う異世界転移、ってやつなのか?」
自分で呟いておいて、頭を振ってその可能性を排除する。
小説やゲームではありがちな設定ではあるがそんな非現実的な現象が実際に起こるはずがない。
しかし、この部屋自分の部屋ではないがどこか見覚えのある部屋のような気がして、妙に懐かしさを感じていた。
まず、見知らぬところに来たら散策するのがゲームの鉄則だ。完全にゲームに侵されている思考のもと、今自分がいる寝室を出て様々な部屋を確認する。
リビングにキッチン、物置のような部屋もある。
その中の一つ、洗面所のような場所に鏡が置かれていた。
特に気にすることなく通り過ぎようとした時、ふと鏡に映った自分の姿がおかしいことに気付いた。
先が少し伸びた耳。背中には淡く光る水色の羽。肌は雪のように白く、まつげの長いちょっと切れ長の眼に少しだけ高い鼻筋という顔は秀麗と言う単語が似合う。栗色で水色のインナーカラーが入った長い髪。水色のグラデーションで裾に紫陽花が描かれている和風の長衣。
この姿は、見たことあるというレベルではない。私が〈アスノイロ〉で使っていたウンディーネのメランの姿と全く一緒だ。この家もゲーム内でメランが使っていたアバターホームに酷似してる。
まさか、ここは〈アスノイロ〉の中とでも言うのか。
そして私はウンディーネのメランとしてこの場に存在しているのか。
ゲーム内ではこの家を出ると城下町だったはずだ。外に出て確認をするという手段を私は選択した。
案の定外に出ればこの世界の象徴である女王のお城と攻略対象である氷の塔が見えた。
「嘘だ…」
目の前に広がる光景は嫌が応にもここが〈アスノイロ〉だと告げていた。
あまりにも大きすぎる変化に頭も心も付いていけずただただ立ちすくむ。
どれぐらいそのままの状態だったのだろう。数秒のようにも数分のようにも思える。
やっと頭が追いついてきて、ゲームの中ならばログアウトが出来るではないかという考えに思い至る。
(確か、ゲーム内では右手を振る動作をしてたはず…)
右手を空中に向かって2回左右に降るとシャランと電子的な可愛げな音と共に見慣れたメニュー画面が出てきた。
「あっ…!?」
通常なら右下にあるはずの《log out》のボタンがない。
何度メニューを出したり消したりしてもそのボタンが出てくる気配はなかった。
「は、ははっ…」
あまりの衝撃に乾いた笑いがこみ上げてきた。
これからどうしろというのか?学校はどうする、どうしたらここを出れる?
様々な思考と疑問が一気に頭の中を駆け巡った。
「メ、メラン…?」
不意に後ろから名前を呼ばれ慌てて振り返る。
そこに立っていたのは淡い金のウェーブがかったボブの髪をハーフアップにまとめ、その両側にはちょこんとケットシー族特有の大きな三角形の耳がのっている妖精。
ワンピース型の水着のような戦闘スーツのお尻の部分から髪と同じ色の長い尻尾が出ている。
本人の心情を表してるのか小刻みに震えているように見える。
くるりとして可愛らしい瞳にちょこんと丸い小さな鼻の幼い顔は少しの恐怖に染まっていた。
「ル、ラ…なの?」
やっとの思いで声をかけると恐怖が驚喜へと変わった。
ルラは私の親友、
「やっぱ、メランだ!良かった…もしかして、愛海…も?」
ゲーム内で本名を呼ぶのはタブーだ。それを犯してでも聞きたいこと、そんなのわかりきっている。
「その感じだと、玲も…?」
泣く寸前ぐらいの顔でこくんと小さく頷いた。
私よりも十cm程低い彼女は同い年なのだがどちらかというと妹のような感じだ。
涙で瞳を濡らす彼女の頭を撫でながら、今後どうして行くかを考える。
「とりあえず、私の部屋で話し合おう、情報交換はゲーム攻略の鉄則だしね」
再びこくんと頷いた玲華の手を引いて、自分の家に入った。
ゲーム内とはいえど自分でレイアウトを決めたわけで、どこに何があるのかはすぐに分かる。
シンク台の後ろにある納戸から、薄紫のコップを二つ出した。
このコップは激レアアイテムでコップのふちを軽く二回叩くと五十種のお茶がランダムで湧き出てくるコップだ。
今回出たのは水色のお茶だった。リラックス効果のあるお茶だったはずだ。
今の状況にちょうど良い。
「とりあえず、一番最後に思い出せる事は?私は配信終わって着替えて寝たところで終わってるわ。目が覚めた時にはもうここに居た」
切り株のようなウッドテーブルを向かい合わせの形で座る。ふかふかのクッションがいい具合に緊張をほぐしてくれていた。
「私も、ほとんど一緒かな。気になることといえば…夢に変な女の子が出てきて、あの子の救いになってあげてどうのこうのって言われた気がする」
「なるほどね?私も変な夢を見てた感じがするから夢がキーかな」
右手を振ってメニュー画面を呼び出す。メモ機能を選択し愛海と玲華の行動を書いていく。最後に夢が関わっている可能性大と添えて次の話に移る。
「玲もログアウト出来ないよね?」
「うん、何度もメニューを開いてもそのボタンは無かったよ」
うーんと2人で唸りながらも解決策を考えていた。この情報量が皆無という中では大した考察ができるわけもなく、今日はこれまでとお開きにしようとした時だった。
開いたままの状態にしていたメニュー画面にフレンドからメッセージが来ていますと表示が出た。
誰がこんな時に、と溜息とつきながら開いたのも束の間すぐに不信感へと変わった。
差出人の欄に名前がないのだ。
大きく一つ深呼吸してからメッセージを開く。
〈はじめまして、メランこと黒川愛海様。この度がこのアスノイロにお越しくださいましてありがとうございます。きっと混乱していると思われますが全ては貴方自身が願ったことですので、ご了承くださいね。
さて、前置きはこれぐらいにして本題に入りましょう。1番知りたい事は帰る方法でしょうか?そうでしょうね。帰る方法はたった一つ。氷の女王を倒すことです。つまりこのゲームをクリアしてください。そして、最後に一つ注意喚起を。この世界でHPがゼロになる、つまり死亡した場合、現実世界での死が待っていることを覚えておいてくださいね。それではご武運をお祈りしています〉
最後まで読みきり玲華にもメッセージを見えるようにする。
読み進める彼女の顔も次第に引きつった表情に変わっていった。
「なにこれ…どういうこと?愛海が望んだ事ってどういう意味?」
「分からない。それよりも氷の女王倒す以外方法無いとか馬鹿げてる。氷の女王がどれだけ強いか分かってるだけでもヤバいのに…」
公式が発表してる氷の女王に関する情報は大まかに分けて三つほどだ。
一つ、魔法攻撃の威力が桁外れであること。その上こちらの魔法攻撃は威力が大幅ダウンする効果付き。
二つ、所有HPがものすごく高い。馬鹿げてるほどに高い。
三つ、途中脱出、リタイア不能エリアに指定されていてどちらかが倒れるまで戦うしか無い。
つまりはチート級に強いのだ。これだけでも凄いのだが未発表の部分もあるそうで初見で倒すことなど不可能に近い。普通であれば何度も挑み攻略して行くのが定石なのだがそれも出来ないときた。
「これ、詰んでない?」
「うん、詰んでる」
このメッセージのよって得られた情報は莫大なものだが残酷な現状も突きつけられた。
今日だけで一週間分の体力を使ったような気がする。
いきなり知らない世界に飛ばされたと思ったら最恐の敵を倒せと言われ、当たり前といえば当たり前だが疲労は思っている以上に溜まっている。
「玲…ルラはこれからどうするの?宿泊まり?」
「そうだね…そうなるかも」
玲華のアバターであるルラはマイホームを持っていなかったはずだ。
このゲームではその日分の宿泊料だけ払えばその次にログインするまでの期間はお金は取られないシステムになっている。
だたし今後毎日宿を利用するとなるとかなりの出費にはなる。
「ひと部屋余ってるから現実世界に戻るまではこの家に泊まって良いよ。ルラさえ良ければだけどね」
「良いの!?では、お言葉に甘えます」
「あいよ。案内するね」
今日のところはここで終わりにして明日からのここでの生活の為に休むことにしよう。
明日からのことを思うと気が重たくなるがやるべき事はやるしかない。
そう決意して仮想の眠りについた。
ーどう…幸せになれた?
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