PMG&B

naka-motoo

Peace Making Girl & Boy

 ふたりの逢瀬はひと晩の海を越えて。

 タンカーに乗って。


「会いたかった」

「僕もだよ」


 2人が出会ったのは日本語を母国語とする小説投稿サイト。

 その中にあるワナビが投稿していた『ある少女のブログ』という中編。


 いじめ根絶のための研究をする女子高生とその仲間として彼女を支える同級の男子と『天使』たちの友情といじめを滅し尽くそうという静かな闘志の小説。


 少女は母国語でそれを読み、最新話が更新されるごとに応援コメントを残した。

 海の向こうの少年は翻訳ツールでそれを読み、英語で応援コメントを書き込んだ。


 少女と少年もそれぞれの国で『いじめ』に遭っていた。


 最初同じ小説をフォローする2人の感性が同じであることをそれぞれが感じ、それが小説の投稿更新に合わせた毎日の文通のようになり、それから互いの『いじめ』に関する苦悩を励まし合うようになり、最後には恋をつぶやく手段となった。


「会いたい」


 そう書いたのは少年が先。

 そして少女はすかさず呼応する。


「会いに行くよ。この小さな海を渡って」


 少女は様々な産業の素材や商品が世界を行き来する小さな港の通関をくぐり、やっぱり小さなタンカーに便乗した。

 船長は快く乗せてくれた。


「向こうの国に着いたらローディングのバースに着岸する。彼氏にそう伝えときな」


 いじめに国境はない。


 とても逆説的な、けれどもそれが少女と少年の共通項であり互いを女子男子と意識する以前の同志のようなココロのシンクロをもたらしていた。


 今、ふたりの国は、敵対している。

 その原因は、決してふたりではない。

 それぞれの国に、いや、世界中の国にずっと昔から巣食い続けている、『いじめる側の人間』たち。


 いじめるように弱きひとたちを虐げ。

 いじめるようにテロを起こし。

 いじめるように戦争で相手の国をうち滅ぼす。


 そのためには、自国の人間をいじめることだって厭わない。

 そういう卑怯な、武士だとか騎士だとか勇者だとかは決して呼べない、世界共通の『いじめる側の人間』たちが、虐殺やそれ以上の深甚なことをごく普通のひとたちに対して為す。


 それぞれの国でいじめに遭うふたりが敵の訳がなかった。


 少女は海を渡るタンカーの中でひと晩じゅう嘔吐した。

 そもそも彼女が初めていじめに遭ったのはもっと小さき頃に学校のバス旅行で乗り物酔いして嘔吐したこと。

 無思慮で子供そのものの同級たちは彼女を汚物を指すあだ名で呼ばわった。

 その彼女がタンカーで荒れる海を渡る。

 それほどまでにして会いたかった。


『会えたなら、どうなっても構わない』


 それが少女の渇望だった。


「おい。着くよ。そんで、日が昇るよ」


 海は凪いでいた。

 船長に呼ばれてタンカーのブリッジに上がると、製油所のローディング・バースの、その重厚なフォルムが朝日の逆光で輪郭を黒く太い線としてくっきりと描き出されて、そして少女は見つけた。


 ひとつの、細い、シルエットを。


 アイコンしか見たことがなかったが、一目でわかった。


「行きなよ」


 デッキに降りて船首のフェンスに早歩きで近づいて、少年の顔を覗き込んだ。

 少年は朝日が直射する彼女の顔を見上げる。


 船長が静かにバースに船を着けた。


 タラップを降りて少年に向かって静かに歩く少女。

 少年は自分の方から近づくことはせず、少女の到着を待った。


 2人は両手をまっすぐに体の脇に下げて、それから互いの右手の肘から先をゆっくりと上げる。


 右手に左手を添えて。


「嬉しい・・・」

「僕もだよ」


 抱擁しなくても。

 くちづけなくても。


 握りあう手の平から、お互いの熱と、いじめられているその苦悩と、『わたしはあなたが、ほんとに、好き』というその気持ちを、滝が流れるように速く、性急に、けれどもとてもおおらかな尽きない湧水のごとき枯れない水源のように、ふたりはいつまでも微笑み合っていた。

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