廃墟の饗宴
涼格朱銀
廃墟の饗宴
ぼろぼろの店の入り口をくぐって見えたのは、カウンターの奥でごそごそ動いているボロ切れのようなものだった。差し込んでくる強い西日が作る影に隠れて、それが何かはよくわからない。
それでもしばらく見続けていると、徐々に目が慣れてきたのか、様子がわかるようになってきた。
それは屈んでいる人の背中だった。その人はカウンターの奥にある、火の焚かれた暖炉の側に屈んで、何かをしている。
やがてその人はこちらの気配に気付いたのか、立ち上がって振り返り、入り口の方を見やった。
西日が邪魔をして何も見えなかったが、それを右手で遮ると、店の入り口には少年が立っていた。入り口とはいっても、今ではただの木の枠でしかなかったが。かつてはその枠に収まっていたであろう扉はすでになく、取り付け用の金具が二つ、錆びついて枠に残っているだけだった。
少年の立ち姿は、ぼろぼろの木枠の入り口に妙に馴染んでいた。無精ひげを生やしているからか、少年というには大人びて見えるが、かといって青年というほどでもない。その頬や額には、ところどころ煤を擦ったような汚れが付いている。厚手のくたびれた布きれで身体をくるむようにし、丈夫そうな布地のナップザックを背負っている。
少年は入り口から店内を伺っていたが、やがて、カウンターの男に視線を戻した。
「あの、ここ、営業しているのでしょうか」
少年は呟くように言ったが、その声ははっきりと、よく通るものだった。
カウンターの男はしばらく少年を見つめていた。男も少年と似たり寄ったりの様子で、ボロ切れを纏い、無精ひげを生やしている。ところどころに煤汚れのようなものを付けているのも似ている。ただ、こちらは少年と呼べるような幼さの残る印象はなく、青年期の終わり頃、といった印象だった。
男はやがて、ふと、視線を横に流した。その先には、窓ガラスのない窓際に並ぶ小さい丸テーブルの席があり、少年の立つ入り口から数えて二つ目のテーブルに、新聞を開いている人がいた。店内には特に視線を遮るものはなく、少年はもっと早く、その存在に気付いても良さそうだったが、微動だにせず、西日を受けて半身に強い陰影を作っている姿は彫像のようで、あまりにその場に溶け込んでいたために見落とされたようだった。
その姿は広げられた新聞に隠れてほとんど見えなかったが、黒い山高帽だけが覗いている。使い込まれた様子でくたびれてはいたが、上等なもののようで、ぼろぼろの店内には少し不釣り合いにも見える。
山高帽はカウンターの男の視線に気付いたようで、少し新聞を下ろし、両目だけ覗かせてカウンターの男を見返した。それから、新聞越しに少年を見やる。眉間にしわを寄せ、見上げるように少年をにらみつけ、いかにも「自分は不機嫌である」といいだけな、やや芝居がかった、気取った様子を作っている。少年は特に感情を表すでもなく、なんとなくぼうっとした感じで、山高帽に視線を返していた。
やがて山高帽は、興味を失った、とでも言いたげに少年から目を離し、再び新聞を持ち上げた。
そして唐突に、ぽつりと言う。
「閉店営業だよ」
その声色は低く落ち着いた渋みのあるものだったが、挙動と同じく、やや演技がかった調子だった。声を作って、ぶっきらぼうを装いたいらしいことがうかがえた。
少年はそのまま、広げられた新聞をしばらく見つめ、それからカウンターの男を見て、やがて床に視線を落とした。店の床の木はところどころ痛んでいるようだったが、それでも今のところ、抜けてしまうほどの決定的な破綻はしていないようだった。
と、ほぼ同時にふたつの笑い声があがる。山高帽の男の含み笑いは、手に持つ新聞が波打つ音で、ほとんどかき消された。カウンターの男は声を立てながらも控えめな笑いだった。
一人残された少年は、笑い声につられて顔を上げ、しかし、特に表情を変えるでもなく、ただ、二人の中間あたりの、誰も座っていないカウンター席のあたりをぼんやりと見て、相変わらず突っ立ったままだった。
ひとしきり笑ったところで、カウンターの男がたしなめるように言う。
「わかるように言ってやらんとダメだろう」
新聞はまだ小刻みに波打って、乾いた音を立てている。カウンターの男もまだ少し口元が笑っていたが、ともかく少年に視線を戻し、言った。
「まあ、つまり、俺はここの店主じゃないし、だいたいここの店主が誰かも知らないんだが、酒やら缶詰やらがあるんで、勝手にやってるだけなんだ」
「はあ」
少年は曖昧な返事をした。それから少し考えて、もう一度尋ねた。
「では、あの、立ち去った方がいいでしょうか」
「いや、いいさ。よければ座りなよ。何か作ろう。大したものはできないけどね」
カウンターの男は手の仕草で、少年を入り口に一番近いカウンターの席へと案内した。それに従って、ようやく少年は入り口から動きだし、席に着く。ナップザックを背中から下ろすと、しばらく周囲を見渡してから、隣の椅子に置いた。少年の席はL字型のカウンターの短い棒の方にあり、彼が入ってきた入り口に背を向け、店内全体ををよく見渡せる。
店内は手狭だった。黒っぽい木目のL字カウンターの他には、窓際の丸テーブルの席がいくつかある。窓とはいっても、今では窓ガラスはすでになく、入り口と同様に単なる木の枠でしかなくなってはいたが。入り口のドアも窓ガラスも無い店内には少し肌寒い空気が流れ込んできていたが、幸いというべきか、いまのところ風はほとんど吹いておらず、店内に風が吹き込んで、山高帽の男の広げた新聞を飛ばしてしまうようなことはなかった。
店内で一番目立つものは、カウンター奥の中央にある暖炉だった。暖炉では火が焚かれていて、その上には鉄の棒が渡されている。そこにはいくつかフックが掛けられており、そのうちのひとつには、やかんが引っ掛けられていた。
暖炉を挟んで、入り口側には棚があり、奥には調理台が見える。棚には食器やワインボトルなどが並んでいる。食器の多くは割れたり欠けたりしていたが、使えるものもまだいくらか残っていた。カウンターの男はその棚から、割れていない皿やコップをいくつか選んでいた。
「酒はいける? ワインのお湯割りくらいなら出せるんだけど」
カウンターの男が棚の方を向いたまま尋ねる。
「ああ、お酒はちょっと……喉が渇いてしまいますし」
「それなら心配ないよ。この店の裏に井戸があって、水もきれいなんだ。好きなだけ飲めるよ」
カウンターの男は食器を探す手を止めて奥の調理台に行き、プラスチック製の透明なピッチャーを持ってきて、それとガラスのコップを少年の前に置いた。
「濾過して煮沸してあるから、安心して飲めるよ」
少年はしばらくピッチャーを見つめていたが、やがてナップザックから水筒を取り出し、それに水を注いだ。
「で、ワインはどうする?」
「いえ、遠慮しておきます」
「そう? じゃあ、少し待っててくれ。大したものはできないけどね。さっき言ったように」
カウンターの男は棚のところへ戻り、今度はしゃがんで下の戸棚を探った。
店の天井には電気式の照明器具がいくつか吊り下げられていたが、明かりは付いていなかった。代わりに、ガラスのはまっていない大きな窓枠から西日が差し込み、店内を照らしている。窓枠の外では崩落したビルや高架道路の残骸が山を作っており、そこへ傾いた太陽が沈もうとしているところだった。
「君はどこへ行くんだ?」
唐突に山高帽の男が声を発した。男は新聞を下ろし、折り目に沿って丁寧に畳もうとしていた。それでようやく、彼の姿が見えるようになった。
男は黒スーツに灰色の外套を着た格好で、黒の山高帽とよく合った服装をしていた。ただし、スラックスの裾から覗く靴だけは無骨なブーツで、そこが外見の調和を大きく損なってはいた。スーツは上等な仕立てのもののようだったが、ところどころ汚れや破れがあり、年期の入った服装であることはカウンターの男や少年とさほど差はない。ただ、ひげをきれいに剃ってあるところから、多少なりとも身なりに気を遣っているらしいところは覗える。服装や仕草から、それなりに歳を重ねている雰囲気があったが、顔立ちを見ると、カウンターの男と大差ない印象でもあった。
少年は水筒をナップザックにしまうと、今度はコップに水を注いだ。コップに口を付けて少し飲み、注ぎ足して、コップとピッチャーを置き、それからしばらく様子を見ていたが、山高帽の男がこちらを見ているところから、さきほどの言葉が、自分への質問だったと判断したらしい。やがて答える。
「実家に帰ろうと思っています」
「そうか」
山高帽の男は畳んだ新聞をテーブルの上に置いた。テーブルには他に、銅色のワインカップが置かれている。テーブルの下にはカーキーが煤けて黒味を増した色の登山リュックのようなものがあったが、それはスーツ姿の彼には似つかわしくないものに見えた。
男は自分の置いた新聞に視線を落とし、腕を組む。
「ここから遠いのか?」
「どうでしょう。何日かかるか、よくわからないですが」
「そうか。……まあ、そうだろうな」
山高帽の男は腕を組んだまま、しばらく畳んだ新聞を見つめていた。やがてワインカップに手を伸ばし、それを少し振ってみて、それから視線をカウンターへと向ける。
「ワインをくれないか」
「ん? ああ」
調理台で缶詰を開けていたカウンターの男は、その作業を中断すると、濡れた布を手にして、暖炉の火にかけていたやかんの取っ手を掴んで取り出した。それをカウンターに置くと、棚へ行ってワインボトルを一本引き抜き、どこから取り出したのか、ソムリエナイフで手際よく封を切り、コルク栓を抜いた。
「じゃあ、これで適当にやってくれ」
ワインボトルをやかんの隣に置き、調理台へと戻っていく。
山高帽の男は何か不満だったらしく、渋い表情をして口を開きかけたが、結局は黙って席を立ち、カップを持ってカウンターへとやってきた。そしてワインボトルを傾け、カップに半分ほど注ぐ。そしてカップを持ち上げると、気取った様子で琥珀色の液体を夕日に透かして鑑賞し、匂いを嗅いだ。
それから改めてカップをカウンターに置き、布がまとわりついたままのやかんの取っ手を慎重に持ち上げる。
「ついでに、こっちにも何か用意してくれないか? 肴無しではちと寂しい」
お湯をカップに注ぎながら言う彼に、いつの間にか調理台のほうから戻ってきていたカウンターの男が、皿を差し出した。それを見て、彼は驚きの声をあげ、少しお湯をカウンターにこぼした。
「すごいじゃないか。まさかこんなに凝ったものを出してくるとはな」
皿の中央には蟹の棒肉をあぶって焦げ目をつけたものが盛りつけられ、その周囲には緑がかった灰色の球体が敷かれていた。それをさらに囲うようにして緑色のソースがかかっている。
「まあ、缶詰を開けて盛りつけただけだから、見た目だけの代物だけどね」
謙遜したようなことを言いつつも、カウンターの男は緩んだ表情を隠そうともしていなかった。
「いや、そうじゃないだろ」
山高帽の男は、片手に受け取った皿、もう片方にカップを持ち、こぼさないように慎重に席に戻ろうとしていたが、その間も喋るのを止めようとはしなかった。
「だいたいソースは缶詰そのまんまじゃないはずだ」
「あ、そうそう。ソースは缶詰の枝豆を潰して、出汁パックで味付けしてる。牛乳か何かがあったら、もっとそれっぽいものが作れたんだけどね」
カウンターの男はもう一皿を調理台から持ってきて、少年のカウンターに置いた。その脇に、ナイフとフォークが入ったケースも置く。
「とりあえず前菜ね」
「ありがとうございます」
少年は少し頭を下げた。
「そっちもフォークとかないだろ」
カウンターの男はケースを振って音を出し、それからワインボトルのそばにケースを置いた。
「はいよ」
山高帽の男はテーブルに置いたワインカップと皿の位置を微妙に調整しているところだった。それからカウンターに引き返す。
「確かに缶詰を開けただけの料理だと言えばそうかも知れんし、ひとつひとつの手間は大したものじゃないかも知れんが」
ケースを掴んで席に着き、ケースを置くと、やはりその位置も調整する。
「手間のかけ方が上手いんだよ。……本当にこの店の店主じゃないのか? 実は料理屋とかやってただろ」
「いや、やってない。こういうのは単なる趣味だったんだ」
カウンターの男は再び調理台で、缶詰を開ける作業に戻っていた。
「家で飲みたいけど、居酒屋並みの肴は欲しかったんで、だったら自分で作れないかってね」
「いっそ、ここで店をやったらどうだ」
フォークを使って蟹にソースを絡めながら、山高帽の男が言う。
「誰かが缶詰を配給してくれるなら考えてもいいよ」
「なんで缶詰限定なんだよ」
「缶詰料理専門店って、新しくないか? 流行ると思うんだよな」
「強盗には大人気だろ。お持ち帰りに便利だからな」
そしてまた、二人して笑う。
カウンターの男は手早くなにやらアルミホイルに包んだものを三つ作り、フライパンに乗せると暖炉の火にかけ始めた。
一方、山高帽の男は、笑いが収まったところで、蟹をようやく口に運んだ。と、大げさにがっかりした声をあげる。
「なんだ。この丸いのは山椒か。キャビアかと思ったのに」
「缶詰なんか使ってる食い物屋に、そんなもん置いてないだろ、普通」
「キャビアだって缶詰に入ってるじゃないか。たいがい」
文句を言いつつも、山高帽の男は蟹と一緒に山盛り山椒をすくって口に運んでは、カップを傾けていた。
やがて、火にかけていたフライパンが音を立て、香ばしい匂いが漂いだした。
「魚の香草焼きなのは匂いでわかる」
ワインと蟹の合間に、山高帽の男が言う。
「というか、ずいぶん豪華な感じだな。匂いからして」
山高帽の男は手を止め、ワインを置き、改めて鼻を鳴らして匂いをかいだ。
「チーズか。よくそんなのあったな」
「キャビアより贅沢かもしれんよ。今となっては」
フライパンから目を離さず、淡々とした調子でカウンターの男が言った。
「それは言えてる」
山高帽の男は口元で笑いながら眉を上げ、冗談めかして言う。
「しかし、それを言うなら、缶詰自体が贅沢品だと言えるな」
その言葉に、カウンターの男は少しだけ視線を山高帽の男にやった。
「そう言われるとなんというか、今、ものすごい悪事を働いている気分になる」
「怖じ気づいたか?」
山高帽の男はワインを傾けながら、上目遣いにカウンターの男を見やった。カウンターの男はすでにフライパンに視線を戻していたが、それに合わせるように鼻で笑った。
「いや、むしろ楽しくなってきた。缶詰専門料理屋なんて馬鹿馬鹿しいと思ってたけど、そう考えると違法酒場みたいでいいな。この店の雰囲気にも合ってる」
「なんだ、本気で経営する気になったか?」
「いや、やる気はともかく、そもそも無理だって。缶詰が手に入らないだろうに。……まあ、ともかく、皿を持ってってくれ」
カウンターの男はフライパンの中身を皿に手際よく盛りつけると、ひと皿はワインボトルのそばに置き、もうひと皿は少年へと持っていった。皿の上にはホイル包みが乗っている。
山高帽の男は席を立ち、カウンターへ来て皿に手を伸ばした。
「あっと、まだそこにいてくれ。何度も往復するのも面倒だろ」
カウンターの男は調理台の方から山高帽を制止した。そしてすぐに、オリーブと、小さく賽の目に切ったチーズを盛った小鉢を差し出す。
「とりあえずこれで終わり。足りなかったらまた作るから」
「ほいよ」
山高帽の男は小鉢を受け取り、皿と一緒にテーブルへと持って帰る。
カウンターの男は同じものを盛った鉢を少年の方にも持っていき、それから手早く、自分の皿の盛りつけにかかった。
「おう、サンマだな」
早速ホイル包みをナイフで開いた山高帽の男が声をあげる。サンマにチーズと輪切りにしたオリーブと乾燥ハーブをかけてホイルに包み、焼いた品だった。
「見た感じ、水煮じゃなくて蒲焼き缶のなんだろうけど、タレ漬けでもないな、これ」
「塩焼き缶なんだってさ。蒲焼き缶だったら別の料理にしただろうな」
「砕いたピーナッツをまぶしているのはいいアイデアだな。やっぱり上手いよ」
山高帽の男はチーズをたっぷり絡めたサンマを頬張り、満足げに何度も頷いてみせた。それからカップを手にワインで追いかけようとし、ワインの残りが少ないことに気がついた。とりあえず残ったワインを飲み干し、席を立つ。ワインボトルの隣では、カウンターの男が自分の皿を並べているところだったが、山高帽の男がやってくるのを見て苦笑いした。
「結局、往復するのか。いっそ、カウンターに来たらどうだ? それか、ボトルごと持っていくとか」
「まあ、気にしないでくれ。お前さんの方こそ、こっちに来て座ったらいいんじゃないのか? イスとかないだろ、そっち」
「立っている方が落ち着くんでね。気が向いたらそうするよ」
「まあ、それでいいならいいんだが」
今度は匂いを嗅ぐなどの余計なことをするでもなく、手早くワインのお湯割りを作り、山高帽の男は帰っていく。入れ替わりに、カウンターの男が自分のカップにワインとお湯を注いだ。
席に戻り、まずはチーズをたっぷりと絡めたサンマを存分に堪能した山高帽の男は、ワインを一口飲み、わざとらしく咳払いをし、改まった様子で声を発した。
「さて、諸君。宴もたけなわとなったわけだが」
「まだ何も食ってないんだが」
カウンターの男の横槍は無視して、山高帽の男は続ける。
「諸君、今宵はどのように飲むのがいいだろうか? 私は実のところ、昨日の酒がまだ残っていて、休養が必要だと感じている。そのことは諸君らの多くも同じだろう。では、どのように飲むべきだろうか?」
「……なんだそりゃ」
休養が必要だ、と言いながらワインで喉を潤す山高帽の男にうんざりした様子で、カウンターの男が聞き返す。
「……うん。まあ、つまり、対話が必要だと思うわけだが」
ややトーンダウンしつつも、気取った様子は崩さずに山高帽の男が言う。
「……なんだそりゃ」
カウンターの男は返答に詰まった挙げ句、同じ言葉を繰り返した。
「酒の最高のつまみは楽しい会話だと言いたいわけだが、そんなに変な主張だったか?」
「いや、それはわかる。そうじゃなくて、それと今の演説みたいなのはどういう関係があるんだ」
「……問題は」
山高帽の男は、カウンターの男に何か返事をしようと少し考えてみたものの、結局、今のやりとりは無かったことにしたらしかった。
「問題は、何について話すか、ということなんだ。せっかくワインのお湯割りなどという高尚な飲み方をしているのだから、話題も高尚であるべきだろう。どこの野球チームが勝ったとか、そんなくだらない話題で神聖な時間を無駄にすべきではない」
「いまどき野球なんて、どこかでやっているのか?」
サンマを口に運びつつも、カウンターの男は律儀に言葉を挟んだ。
「喩えの話だよ。このご時世に野球をやっているとしたら、釘バットで殴り合うとか、野蛮な行為くらいしかあるまい」
「それなら見たことありますよ」
唐突に少年が話に加わってきて、山高帽の男は驚いたようだった。一方、カウンターの男の方は単純に少年の話に興味をそそられたようで、聞き返す。
「そうなの?」
「ええ。ちょうどこんな感じの飲食店の廃屋みたいなところで、二人が言い争っていたんです。たぶん、店で見つけたものの分け方で揉めたんでしょう。結局、殴り合って決めることにしたみたいですけど、片方が釘を打ったバットを使ってました」
「もう片方は?」
「普通の木製のバットでした」
「ほう。で、結局どっちが勝ったの?」
「お互い何度か当ててましたけど、勝ったのは普通のバットの方でしたね」
「へえ。それは面白い」
「釘を打っている方が当たったら痛いでしょうけど、結局、いいところに当たったら、どっちでも同じですし」
「……君たち、そんな話題で盛り上がってしまうのかね」
山高帽の男は、心底軽蔑したようなまなざしで二人を見つめた。それに対して、やたらと楽しげにカウンターの男が言い返す。
「野球の話題は高尚だろう。国民的スポーツだぞ」
一方で、少年は特に表情を変えるでもなく、山高帽の男の方を向いて、言った。
「どんな話題がいいんですか? 神への賛辞でも論じるべきでしょうか」
「え? ああいや、そういうつもりはない。それこそ場違いではないかね。――まあ、こういう時勢だからこそ、神について語るべきとも言えようが」
山高帽の男は、椅子の背もたれに寄りかかり、ガラスのない窓の方を見やった。
太陽の姿は瓦礫の山に隠れ、燈色の空には紺色がまだらに混ざり始め、いくつかの星が見えはじめている。西日はいつの間にか弱くなり、それでも余韻のような光が店内に淡く届いていた。
少しの間、少年は山高帽の男の様子を伺っていたが、やがて、皿に残った最後のサンマの一片を口に運び、それからオリーブとチーズのグラスに取りかかった。カウンターの男は、サンマの合間にワインを傾け、二杯目を注ぎ、オリーブをかじってはワインをちびちび飲む。
「まあ、ともかく、神を論じるのは止めておこう」
しばしの間があった後、窓の方を見たまま、山高帽の男が言う。それからまた、しばらく窓の方を向いていたが、やがて椅子に座り直して姿勢を改め、店内の方に向き直った。
「宗教とスポーツと政治の話題は避けるべきという、先人の知恵もあるからな」
「だったら何の話をするんだ?」
「そう、それが問題なんだ。我々は出会ったばかりの間柄で、共通の価値を持った集まりということもない。仮に、もし我々が神学者であれば、神について論じてもいいのだろうが」
山高帽の男は言葉を切り、ワインを飲み干して立ち上がり、三度目か四度目だか、カウンターにやってきて、空けたカップにワインを注ぎに来る。
「一応聞いておくが、君らは神学者じゃないよな」
「違うよ」
「違います」
「うん。まあ、そうだろうな。ちょっと期待したが。ともかく、そういうわけで、共通の話題がない。……まあ、君らは野蛮な終末的スポーツの話題でも盛り上がれるらしいが」
「それならなんだ、自己紹介でもするか?」
山高帽の男がワインのお湯割りを作るのを、特に何の感慨もなく見つめながら、カウンターの男が言った。だが、やかんのお湯をカップに注ぐのを見ていて、思い出したように言葉を続ける。
「そのお湯、もうぬるくないか。沸かし直すか?」
言われて山高帽の男は、その場でカップに口をつける。
「私はこれでいいが、確かにぬるくはなってきているな。君の好みで構わんよ」
「確かコーヒー用のポットがあったな。あれでひとつ沸かしておこう」
カウンターの男は調理台のあたりを探りに行く。その背中に山高帽の男が言った。
「ああ、ついでにボトルも1本開けてくれ。もうほとんど入ってない」
「わかった」
棚を探りながらカウンターの男が言った。
「ワインって、お湯で割るものなのですか?」
少年が、オリーブとチーズの入ったグラスを見つめながら、誰にともなく呟くように尋ねた。独り言のような口ぶりだったが、妙によく通る声だったので、カウンターの男も山高帽の男にも、はっきりと聞き取れた。席に戻り、蟹をつまみにワインを傾けていた山高帽の男は、背もたれに身体を預けさせ、カップを持ち上げ、表情を作ると、答えた。
「まあ、酒はどう飲むのが正解というものでもないからな。いい酒を嗜むなら、そのまま飲むのが一番だろうが、食事と会話を嗜む場で泥酔するのは無粋というものだろう。そこで、あえてアルコール度数を下げて、ほどほどに楽しむというのが粋というものなのだ」
「ワインはストレートで、冷やして飲む以外あり得ないとか言ってたじゃないか」
棚を探りながらも、カウンターの男が横槍を入れる。そしてその姿勢のまま少年の方を向いて、続けた。
「おまえがやってくる前に、ワインをどう飲むかで一悶着あったんだ。お湯割りを提案した時はだいぶ馬鹿にされたもんだがな」
「いいワインを水浸しにするのは忍びなかったのだよ」
山高帽の男は気取った調子でワインカップを持ち上げ、澄ました顔で言う。その様子はカウンターの男からは見えていなかったはずだが、山高帽の男がカップに口を付けた絶妙の間で、彼は露骨な舌打ちをした。
「通を気取る連中は、酒を割るのを極端に嫌うんだよな。ウイスキーの水割りは特に馬鹿にする。薄めることで繊細な味わいや香りに気付くこともあるのにな。……あったあった」
調理台の足下の物入れの奥に目的のものを見つけ、カウンターの男は這いつくばるようにしてそれを引っ張り出した。蓋を開け、暖炉の火の明かりを当てて中を確認すると、調理台に置いてあった金属製のバケツから少し水を注いですすぎ、それからもう一度、今度はたっぷりと水を注いで、暖炉のフックに引っ掛けた。
「ああ、そうだ。ついでに汁物でも作るか。鯖缶を入れてあっためるだけだけど。ねぎとかあったら良かったんだけど、今ある香草じゃきついしなあ」
誰にともなく呟きながら、カウンターの男は手早く鍋と鯖缶を手元に寄せ、缶を開けては中身を鍋に入れ始める。
その作業を続けながら、カウンターの男が言った。
「で、なんだったっけ? 酒の話じゃなかっただろう」
その言葉に、山高帽の男は妙に真面目な表情になった。気取った調子で持っていたワインカップを置き、腕を組む。
「そう。酒の話はもういい。酒の話題は避けるべきという、先人の知恵もあるからな」
「先人は一体何の話題なら良かったんだ?」
手は止めず、からかうような調子でカウンターの男が言う。一方で山高帽の男は、真面目な表情を崩さずに言った。
「まあ、問題はそこだ。先程からそう言っているのだが。一応その質問に答えておくと、先人は当たり障りのないことを話題にすべきだと言っている。意見が衝突しないような、ね。だから君が先程提案した……なんだったか? 自己紹介? それはまあ、それには適っているかもしれない。だが、よく考えてみてくれ。他人の身の上話なんて、聞いていて面白いか? 話している本人は面白いかもしれないが、聞いている方は気を遣うだけだぞ」
「はっきり言うなあ」
「はっきり言うさ。だいたい、辛気くさい話を聞きながら飲み食いしたいか? 我々が身の上話なんかしたら、辛気くさいに決まっているぞ。さもなくば虚しい昔話だ」
「じゃあ、何がいいのさ」
カウンターの男は暖炉に鍋をかけて火加減を確認すると、調理台に行き、使用済みの開いたサンマ缶にオリーブ油を注ぎ始めた。
「問題はそこだ。この場にふさわしい話題とは何か」
山高帽の男は腕を組んだまま、視線をテーブルに落としていた。が、カウンターの男がなにやらモップを手にしたのに気付いて、そちらの方に目をやった。
「掃除でもするのか?」
「いや、暗くなってきたから、ランプでも作ろうかと」
カウンターの男は懐から鞘付きの厚手のナイフを取り出して、モップの毛を三本、削ぐようにして切り落とした。それをオリーブ油を注いだサンマ缶に一本ずつ差し込んで、そのうちひとつを暖炉のそばに持って行き、モップの毛に火を付けた。それを自分のテーブルに置くと、残り二つも調理台から持ってきて、火を移す。そして、そのうちひとつを少年の席へと持って行った。
「なんでも手際よく作るもんだな」
山高帽の男は感心したような、呆れたような声でそう言うと、席を立ち、カウンターへやってきた。そして、ふたつあるサンマ缶ランプのひとつを手に取る。と、そこで何やら難しい顔をしながら動かなくなってしまった。
「ん? ひとつはおまえのだよ。合ってる」
少年の席からの帰り際に、棚からワインを引っ張り出していたカウンターの男の声に、山高帽の男は我に返ったらしかった。後ろ手に、空いた手を振ってみせる。
「あ、いや、それはわかってる」
席に戻り、自分のテーブルの端に缶を置き、それを見つめながら、背もたれに身体を預けて、再び腕を組んだ。
「一応言っておくが、私は別に、何かこういう話題に持っていきたいというものがあるわけじゃないんだ。本当に答えを持っていない」
「そもそも、そんなの決める必要あるのか? 会議じゃあるまいし」
カウンターの男はソムリエナイフでワインの封を切りながら言う。
「話題がないと黙ってしまうじゃないか」
「黙ったって別にいいと思うんだがな。のべつくまなく喋り続けたからいいってものでもないだろう」
「それを言うならのべつ幕なしだろう」
「え? そうなの?」
コルク栓を抜こうとしていたカウンターの男の手が止まる。山高帽の男はカウンターの男の驚きように一瞬だけ動揺したようだったが、すぐに鷹揚な様子で手を振ってみせた。
「まあ、意味はわかるからいいんだが。……ともかく。普通の酒の席なら、たまに沈黙がある方が情緒があるだろう。だが、この状況でみんな黙ったら、寒々しいだけだと思わんか?」
「それはなんとも言えないけど……けどまあ、そのうちわかる気がする」
山高帽の男は、カウンターの男の言った意味を理解できなかったようで、彼がボトルの栓を抜き、手品のようにソムリエナイフをどこだかに納め、ついでに自分のカップにワインをつぎ足している様子をぼやっと見つめていた。
やがて、山高帽の男はようやく意味を呑み込んだようで頷こうとした。が、その途中で、さらにそれの意味するところを悟り、縦に振ろうとした首をそのままうなだれ、大きくため息を吐いた。
山高帽の男はうつむいたまま動かず、カウンターの男は蟹とワインに集中し、少年は暖炉の火を見つめながらオリーブを囓っている。そのため店内にはしばらく、薪の爆ぜる音と、食器の立てる音だけが響くことになった。周囲には虫の音もなく、風はときおり肌寒く吹き付け、サンマ缶ランプの火を揺らしはしたものの、各人の耳のそばを通るときに微かな音を聞かせるのみだった。その間にも辺りは昏くなっていく。空には無数の星が瞬いているものの月はなく、店内を照らすほどの明かりにはならない。その役割は今は西日から、暖炉とサンマ缶ランプの火へと交代していった。店内のほとんどは暗がりとなり、暖炉の周辺と、三人のいる場所だけが点々と照らされている。
コーヒーポットのふたが音を立て始め、それを聞きつけたカウンターの男はワインカップを置くと、ふきんを手に暖炉の側へと向かった。しかし、実際に覗きこんだのは鍋の方で、具材と一緒に煮られているおたまの取っ手をふきん越しにつかみ、かき回した。その手は止めずに、ふと、山高帽の男の方を見る。彼は相変わらず、鼻が付きそうなほど机と顔を近づけて、うつむいている。
カウンターの男は目線を鍋に戻し、おたまでスープをすくって味見した。それから、鍋を火から下ろし、調理台に置いた。調理台にはすでに陶器製のスープ用のカップがみっつ用意されており、カウンターの男はスープをすくって、ひとつずつにそれを入れていく。そして、例によってひとつを少年のところへ持って行き、残りふたつはワインボトルのそばに置いた。それからようやく、コーヒーポットを火から下ろし、これもワインボトルの近くの、やかんの隣に置く。
ずっとうつむいたままだった山高帽の男は、しかし、スープを置く音にはしっかり反応して、何事もなかったかのように席を立ち、カウンターへやってきて、自分の分のスープを席へと持って帰った。
「スプーンはあります?」
少年が尋ねた。
「ん? ああ、そうか」
カウンターの男はカップに口を付けてスープを飲んでいたのだが、それを置き、棚へと向かった。しかし、棚の引き戸を開けてすぐに、暗くてよく見えないことに気付き、自分の席に戻ってサンマ缶ランプを持ってきて、その明かりをかざしつつ中を伺う。
そのとき、咳払いが店内に響いた。
「さて、諸君。宴もたけなわとなったわけだが」
山高帽の男は、紅茶でも飲んでいるかのような手つきでスープカップを持ち上げながら、ゆっくりと店内を見回した。少年はスープに視線を落としたままで、カウンターの男は棚を探っている。二人の様子をどう受け取ったのか、ともかく山高帽の男は続けた。
「本日の素晴らしい食事に報いるためにも、我々にはもう幾何かの知性の花添えが必要だと思う。そこでだ。……少年よ」
山高帽の男はスープカップを置いて席を立ち、身を乗り出すようにして少年を見据えた。少年はしばらくスープに目を落としたままだったが、山高帽の視線に気付いて顔を向けた。
「君は何をもって自身の存在を正当とするかね?」
問われた少年は数秒ほど、山高帽の男を見つめ返したまま動かなかった。しかしやがて、何かをすくうような仕草で右手をカウンターの男の方へ伸ばすと、ぽつりと、しかし、はっきりした口調で答えた。
「彼が入店を許可したことによってです」
山高帽の男は微動だにしなかった。少年はしばらくカウンターの男に手を伸ばした格好のまま様子を見ていたが、やがて手を戻し、その手でフォークを取ると、再び皿の魚と格闘し始めた。
それでも山高帽の男はじっと少年を見つめていたが、やがて、舌打ちをひとつした。
「意外とやるな」
「そもそもこんな状況で、存在が正当かどうかなんて意味があるのか?」
棚を探りつつも、カウンターの男が呆れた声をあげる。山高帽の男は姿勢は崩さず、目線だけそちらに向け、しごく真面目な声で言った。
「意味はある。様式美というやつだ」
「なんだそりゃ」
その問いは無視して、山高帽は乗りだした身体を元に戻し、背もたれに自身を投げ出すようにして椅子に座り直した。
「ああ。あったあった」
ようやくスープ用のスプーンを探し当てたカウンターの男は、早速少年のところへ持っていった。
「そっちは……いらないか」
カウンターの男は山高帽の男の方にスプーンを振ってみせたが、紅茶を飲むようにして啜っているのを見て、それを下ろし、自分の席へと戻った。一息つき、カップに残っていたワインを飲み干す。
「まあ、様式美だかなんだかしらないが、そういえば気になることはある」
ワインカップを置き、交代にスープカップを持ち上げつつ、カウンターの男が言った。
「ほう。ついに脳みそが知的な活動を始めたのか?」
冗談めかしつつも、やや期待した様子で視線を送る山高帽の男に、カウンターの男はスープカップを持っていない方の手を振った。
「いや、悪いが知的なんとかは期待しないでくれ。そういう話じゃなくて、これからどうするつもりなのか、ということさ」
「これから? そっちの少年は、故郷に帰ると言ってたじゃないか」
「いや、そういう話じゃなくて」
カウンターの男はスープをひと口してそれを置き、さきほど火から下ろしたコーヒーポットのお湯の方を使って、ワインのお湯割りを作り始めた。
お湯を注ぎ、ワインボトルを傾けながら、再び口を開く。
「もう日も落ちてるだろ? 今夜どうするつもりなのか、ってことさ」
「そんなの、酔いつぶれるか、朝まで飲み明かすかしかないだろう」
「うん、まあ、結果的にはそうなるんだろうけど。この店に来たときにはどう考えていたんだ?」
「よくわからん」
「うん」
カウンターの男は作ったお湯割りの味見をし、しばし考えた後に少しワインを注ぎ足した。
「なんというかなあ。もともとここでゆっくりする気はなかったんじゃないかと思うんだ。いくらなんでも、営業しているとは思ってなかっただろ」
「可能性はあると思ったよ」
「本当か? いや、そこはどっちでもいいか。とにかく、最初から朝まで飲み明かすつもりで来たわけじゃないだろ、ということさ」
「……飲み明かす気で来たんだか」
山高帽の男は、珍しく遠慮がちな調子で言った。
カウンターの男の、ワインカップを持ち上げ、口元へ持っていこうとする手が途中で止まった。そのまま首だけ動かして、山高帽の男を見る。
「……そうなの?」
「お前さんが来たとき、もうここで飲んでただろう?」
「ああ、うん。そうなのか」
カウンターの男は無駄に何度か頷き、それから思い出したように手にしていたカップの中身を半分ほど飲んだ。
「まあ、そういうことなら」
山高帽の男は、ややぎこちない調子で言葉を発した。
「お前さんはそもそもなぜここに来たんだ? 飲みに来たわけでないことはわかったが」
「ん? ああ、そう。酒があるとは思ってなかった」
カウンターの男は、ワインを注ぎ足しながら言った。
「単に何か残ってないか見に来ただけだよ。さして期待したわけじゃなかったけど、煙突が見えたから、薪でもあれば助かるって」
「ふむ。ではまあ、様式美として尋ねておくが、お前さんこそこれからどうするつもりなんだ?」
カウンターの男はすぐ口を開こうとしたが、それから首をひねり、手にしたワインカップを覗き込みながら考え始めた。しばらくそうした後、あおるようにしてワインを流し込み、カップをカウンターに置いて一息ついた後、言った。
「確かにそう言われたら、酔いつぶれるか、朝まで飲み明かすしかないな」
「そうだろう。考えるまでもない」
口にするのも馬鹿馬鹿しい、といった調子で山高帽の男が言った。
「ただ、なんというかなあ、そういうことを言いたいんじゃなくて。質問の仕方が悪いんだろうけど」
カウンターの男は頭を掻きながら、口の中で呟く。山高帽の男はスープをちびちびと飲みながらその様子を伺っていた。しばらくそうして待ってみたものの、カウンターの男から次の言葉が出ることはなく、やがて山高帽の方が、スープカップに口を付けたまま言った。
「スープはまだあるのか?」
「一杯ずつは残ってるよ」
カップにこもって聞き取りにくい声だったが、悩ましげな様子はそのままに、カウンターの男はすぐに返事をした。それを聞いて、山高帽の男がスープカップとワインカップを持って席を立つ。そしていつものごとく、カウンターまでやってきた。
そのとき、場違いに甲高い金属音が店内に響いた。カウンターのイスの脚を蹴ってしまったらしい。山高帽の男は姿勢を崩し、前のめりになる。
「おっと」
そのままカウンターに倒れ込みそうになったが、両手に持ったカップをカウンターに押さえつけるようにして立て直す。
カウンターの男は何事も無かったように、置かれたカップの片方を持って調理台へ向かった。山高帽の男も特にどういうこともなく、ワインのお湯割りを作り始める。
「そっちはどう? いる?」
スープで満たしたカップを返しつつ、カウンターの男は少年の方を見て言った。暖炉からの明かりの加減で、少年からは彼がどちらを向いているかもわからなかったが、ともかく少年は視線を返した。
「お願いします」
カウンターの男は、少年がカウンターに置いたカップを取りに行き、それにスープをすくって返した。それから自分のカップを持っていき、鍋をひっくり返して注いだ。
「で、結局どうなんだ?」
いつの間にか自分の席に戻っていた山高帽の男が問う。
「どうって?」
鍋をおたまでかすりながら、カウンターの男が聞き返す。
「さっきの話だよ。これからどうするのか、という問いの真意はなんだったんだ?」
「ああ。改めてそう聞かれると、なんともなあ。別にいいよ。気にしないでくれ」
「残念だ」
山高帽の男はため息をつき、大げさに肩を落とした。手にしたカップからスープをこぼさないように気をつけながらの大げさではあったが。もっとも、大げさであろうとなかろうと、この暗がりの中で、そのジェスチャーがカウンターの男から見えたかどうかは怪しいところではあった。
ともかくカウンターの男は、その言葉や、仕草については反応を示さず、スープをすすりながら定位置へと戻った。そしてスープカップを置くと、調理台の奥の方へと引っ込んだ。
「どこへ行くんだ?」
山高帽の男の声が、店内に響く。しかし、それに対しての返事は無く、物音もしない。少年が使うスプーンの音と、暖炉の薪の音だけが聞こえる。
しばらく山高帽の男は、店の奥の方をじっと見つめていたが、やがて、誰にともなくつぶやいた。
「なんだ。知的活動が行き詰まったから、ホラーにでも鞍替えする気かね」
「誰がホラーだ」
その声は突然、山高帽の男のそばの、真っ暗な窓の外から聞こえた。慌てた声と同時に、ワインカップが床に落ちた音が聞こえる。
「な、なんで外にいるんだ!」
少年はカウンターの男の声にも、ワインカップの落ちる音にも動じず、スープをスプーンで口に運ぶ動作を止めなかったが、突然大声を上げた山高帽の男の声にだけは少し肩を震わせた。
「いや、さすがに立ったままも辛くなったんで」
カウンターの男の姿は二人からは見えなかったが、声の様子は普段通りだった。その声の位置から、入り口の方へと歩いていることがわかった。やがて店の入り口にその姿が、暖炉の火の間接的な明かりを受けて薄暗く浮かび上がる。
「カウンター席に移ろうかなと」
「だったら一番奥に跳ね上げがあるじゃないか! なんでわざわざ外から回り込んでくるんだ!」
「はねあげ?」
カウンターの男は首を傾げながら、ワインボトルのそばの席へと腰をかけた。
「カウンターテーブルが一部持ち上がる部分のことだよ! ……まさか気づいてなかったとは」
言いながら、ようやく驚きから立ち直ったらしい山高帽の男は、意味も無く衿を直し、それから、落としたカップを拾った。そして、ひとつ深いため息をつき、立ち上がってカップにワインを入れ直しに来る。今度は転びかけないように、足下を探りながら歩いているらしく、靴底が床を擦る音が聞こえる。
そうしてワインボトルのところへやってきた山高帽の男は、しばらく迷った後、コーヒーポットのお湯をカップに注いだ。
「しかしなんだ」
お湯の後にワインを注ぎながら言う。
「お前さんに脅かされたせいか知らんが、なんだか薄ら寒くなってきたような気がするな」
「寒いんだったらこっちに来たらどうだ? 暖炉が近いからマシだと思うんだが」
カウンターの奥側よりに並べてあった、自分の皿やカップ、缶詰のランプなどを、ひとつずつ引き寄せて並べ直しながら、カウンターの男が言った。
「いや、構わんよ。この席の方が落ち着くんでな」
そう言って、山高帽の男は来たときと同じように、足下を探りながら自分の席へと戻っていった。いつもの椅子に腰掛け、カウンターの男の背中にワインカップを振ってみせる。
「むしろ、お前さんこそこっちに来たらどうだ? 星空に背を向けるなんてもったいないぞ」
「いいよ別に」
缶詰のランプの位置を調整する手を止めず、振り向きもせず、カウンターの男は言った。
「無粋だねえ」
山高帽の男は深い溜め息をつき、それから、窓枠越しに空を見上げた。
カウンターの男は、皿などの並べ直しが終わると、ワインカップを手に取った。そのまま口元に持っていこうとしたが、その動作を途中でやめ、カップを覗き込み、中身が入っていないことに気づいた。首を傾げつつ、空いている方の手でボトルを手にし、カップに注ぐ。半分ほど注いだところで、ボトルを手にしたままカップから一口飲み、飲んだ分を注ぎ足したところでボトルからコーヒーポットに持ち替え、カップの縁ぎりぎりまでお湯を注いだ。一口啜ってから慎重にカップを置き、それからポットも置く。空いた両手を組んでストレッチらしきものをして、それからフォークを掴んだ。そして、順繰りに自分の作った料理を口に運んでは自画自賛気に頷き、追いかけてワインをあおり、また頷いている。
すでに出されたものを食べ終えている少年は、水をちびちびと飲みながら、じっと暖炉の火を見つめている。
注いだワインのお湯割りが早々になくなり、カウンターの男は、さきほどと同じ手順で注ぎ直す。味見に一口啜ろうとして、ふと、その動きを止めた。見ると、ワインボトルややかんを挟んだカウンターの席に、山高帽の男がスープとワインのカップを置いて座ろうとしている。
「粋はどうした。もう終わりか」
ワインを口に持って行きかけた中途半端な姿勢のまま、カウンターの男が言った。
「あの席は気に入っているんだが。背中を向けられたんじゃ話もできないだろ」
半分ほど中身が残っているカップにワインを注ぎ足しながら、山高帽の男は言った。
「話すことなんかあるのか?」
「ぼくたちは語らなければならない。語り得る全てのものが語り尽くされ、語るべきことがすでに何もないと自覚しながら、それでもなお語らなければならないのさ」
台本を読み上げているような口調で山高帽の男が言った。そして、何食わぬ顔でワインをすすりながら、目の端で、隣に座るカウンターの男の様子を窺う。カウンターの男は、最後にひとつ残った蟹の身を名残惜しそうにフォークで突いている。山高帽の男はワインカップを置き、咳払いをした。
「本日は良い天気ですね」
「そうですね。少し寒いですが」
蟹を頬張ったまま、カウンターの男は言った。
「めっきり冷え込んできましたね。少し前までは暑いと感じるくらいでしたのに」
「季節の流れを感じますね」
「月がきれいですね」
「そうですね」
山高帽の男はため息をついた。
蟹を平らげたカウンターの男は、皿をフォークで掠りながら、山高帽の男の方を見やった。
「そもそも、初対面同士がいきなり突っ込んだ話題をしようとするところに無理があるんじゃないか? 目隠しをしてキャッチボールをするようなものだろ」
山高帽の男は首を振った。
「そこはジャムと喩えてほしいものだね」
「ジャム? それはどうだろう。適切なたとえか?」
「これ以上適切な言葉はないだろう。知らない者同士が廃墟のバーに集って、一夜限りの音楽を奏でるんだ。素晴らしいとは思わないかね」
「なんでもかんでも適当に混ぜれば素晴らしくなる、というものでもないだろう。今の状況は闇鍋に近いぞ」
「なんという風情のなさかね。絶望したよ」
山高帽の男は両手で顔を覆った。そしてそのまま、特に絶望に打ちひしがれている素振りのない声で続ける。
「まあ、闇鍋ついでに、ここでダークホースを召喚してみるか」
そして、顔を覆ったまま少年の方を向いた。
「さあ、先生のご登場だ。君、何かこの場の知的レベルを高める高尚な発言はないかね」
少年は皿やスプーンを重ねて隅の方に置き、ピッチャーでコップに水を注いでいた。水を注ぎ終え、ピッチャーを置き、コップの水を一口して、それから、山高帽の男の方に目をやった。
「特に思いつきません」
そして暖炉の方に目を移し、コップの水をちびちびと飲む。
山高帽の男は顔を覆ったまま少年の方を向いていた。しばらくして、顔の向きを目の前のワインカップまで戻し、くぐもった声で言った。
「なかなか含蓄のある発言だったな」
カウンターの男は何かを言いかけたが、首を振って思いとどまり、言い直した。
「お前さんが気に入ったのなら良かったよ」
山高帽の男は深いため息で返した。
「そもそも、そんなに話題を選ぶ必要があるか? あそこの草がうまいとか、森で熊に出会ったとか、そんな話じゃダメなのか?」
「うん。いや、なんだな。……こういう時だからこそ、高尚な話題を肴に飲みたいと思わんか? それでこそ、この奇跡の出会いを祝するにふさわしいと思うのだが」
「……高尚な話題って、具体的になんなんだ? 哲学か? 文学? 数学?」
カウンターの男に問われ、山高帽の男は顔を覆ったまま唸りだした。そんな彼を、なんとも言えない表情で見つめながら、カウンターの男はカップにワインを注ぎ、ちびちびと口を付ける。しばらくして、口を付けたまま言った。
「俺は別に文学とかに詳しいわけじゃないんだが、むかし、読書感想文の課題で、『吾輩は猫である』を読んだことがあるんだな。あれでアンドレアデアサルトがどうとか、なんか高尚そうなことを延々喋ってるんだが、賢そうな話題のわりには空虚というか、何言ってるのか全然わからんかった。つまり、なんというか、高尚な話題が高尚な会話になるわけでもないんじゃないかと思うんだが」
「アンドレア・デル・サルトだ。あれは自然主義文学を皮肉った話題なんだな。空虚というわけじゃない」
山高帽の男はぼそりと言った。言いながら、顔を覆うのをやめて、その手をワインカップに延ばした。
「だがまあ、言いたいことはわかった。……まあ、私は、お前さんが言いたかったこととは別の形で解釈してしまった気はするが。それは別に構わない。ともかく、まあ、わかったよ。確かに、ここで文学だの哲学だの神学だのを話題にしても、高尚どころか単なる間抜けかもしれない。それよりはバットで殴り合った連中の話の方が、かえって知的なのかもしれんな」
「いや、さすがにそれは知的とは思わんが」
「さっきは高尚とか言ってなかったか? まあいい。まあ、だから、ここは静かに飲むとしよう。この瞬間をただ愛でることこそ、真に知的と言えるのかもしれん」
山高帽の男はカップを掲げ、誰にともなくグラスを合わせる仕草をした。
カウンターの男は何か言いたげにしていたが、やがて諦め、ちびちび飲みを続けた……ように見せかけて、唐突に言い出した。
「ダークマターって本当に存在すると思うか?」
山高帽の男はカップを掲げたまま、カウンターの男の方を見やる。
「間接的には、あるとされる観測結果はいろいろ出ていたらしいですね。実際に観測できたとされる結果は、知る限りでは一件だけだったらしいですが」
答えたのは少年だった。暖炉の方を向きながら、独り言をつぶやくようにしているが、よく通る声ははっきりと聞き取れた。
「俺にはあれは、天動説のエカントみたいなものなんじゃないかと思えてならないんだが、どうなんだ? 宇宙物理学は専門外だからよくわからんのだが」
「僕もよく知りませんけど、どうなんでしょうね。計算結果に合わせてモデルを組むと、事実から遠ざかるような気はしますが。他によりよいモデルがない以上は、それを使うしかないのも事実じゃないですか?」
「いや、いやいやいや。君たちおかしいぞ」
山高帽の男は、掲げていたカップを机に叩き付けるように置いた。
「何がだ。月がきれいな夜に、宇宙の話をして何が悪い」
カウンターの男は努めて平然と言ったが、口の端のにやにや笑いはどうしても止めきれないようだった。
「月なんか出てないだろ! 出ていてもここからじゃ見えないだろうに。まったく、どうなってるんだこの酒場は。信じられん」
山高帽の男は、カップに残っていたワインを一気に飲み干すと、そのままカウンターに突っ伏した。まもなくして、寝息が聞こえだす。
「やれやれ。ようやく静かになるのか?」
喉の奥で笑いながら、カウンターの男はワインの瓶を振った。そして、残っている分を自分のカップに注ぐ。それからお湯を多めに注いだ。
「ここは本当に、あなたの店じゃないんですか?」
少年の声に、カウンターの男はそちらを見やった。少年は相変わらず、暖炉の火を見つめている。
「ん? ああ。そうだよ。飲食店で働いたこともない」
「そうですか」
「なに、店のマスター役が似合っていた? 自分で飲んだくれるマスターもないと思うが」
「いえ、それはそれとして」
少年はふと、カウンターの棚を指さした。かつては酒瓶が並んでいたのだろうが、いまではまばらに数本、置かれているといった感じの箇所だった。
「あれ、良ければ持っていこうと思うのですが」
「飲まないんじゃないの」
「飲みませんが、アルコールは何かと役に立つので」
カウンターの男は棚を見上げたが、少年が何の酒を指さしているかはよく分からなかった。
「好きにしたらいいよ。そもそも許可する立場でもないけど」
「そうですか」
少年は立ち上がると、店の奥まで歩いていき、端にある跳ね上げを持ち上げてカウンターの中に入った。そして、少し背伸びをして目当ての瓶を手にとった。どこから取り出したのか、それをぼろ布でくるむと、ナップザックの中に丁寧に収め、ナップザックの入り口の紐を縛った。
「それでは私はこれで失礼しますね」
ナップザックを背負いながら、少年は言った。
「あれ、もう行くのか。朝まで待たないのか」
「ええ。それほど危険もなさそうですし」
「月明かりもないし、どうかね。日が出るまで待ったほうがいいと思うが」
「いえ、なんとかなりますよ」
そうしたやり取りをしている間にも少年は入り口へと向かっていた。そしてそこで振り返り、言った。
「それでは、ごちそうさまでした」
「ああ、またのご来店を。そう言うべきかはわからんが」
暗くてよく見えなかったが、少年は口元に手を持っていったように見えた。そして、後ろ足で数歩下がった。それで、カウンターの男からは見えなくなった。
山高帽の男が目覚めたのは、空が明るくなってしばらくしてからだった。突っ伏したときのままの大勢で、首だけ動かして周囲を見ると、隣でカウンターの男が変わらずカップを傾けていた。
「まだ飲んでるのか。本当に飲み明かすとはな」
「水だよ。少し熱めのぬるま湯と言ったほうがいいかもしれないが」
カウンターの男はやかんを持ち上げると、山高帽の男のカップに「ぬるま湯」を注いでやった。山高帽の男はそれを掴むと、息を吹きかけながら少しずつ飲んだ。
半分ほど飲んだところでカップを置き、姿勢を正して、改めて店内を見渡す。そして言った。
「少年はもう帰ったのか」
「とっくにな。夜のうちにもうお帰りだよ」
「ちぇっ、結局そんなところまであいつがいいところを持っていくのか」
「いいところ?」
「主役ってことだ。まあ、あいつは結局、演説をぶったり、事件を解決したりはしなかったけどな。まあいいさ、その辺は突っ込まないでくれ」
「はあ」
「ともかく、お店ごっこはおしまいだ。我々も撤収しようじゃないか」
山高帽の男は腰を上げると、身なりを整えながら自分の元の席の下に置いてあった荷物などを点検し始めた。カウンターの男も、今度は跳ね上げからカウンターに戻ると、中に置かれていた自分の荷物を背負い、それから火かき棒を取って、暖炉の灰をかき回した。
「やかんの水だか熱めのぬるま湯だかはもらっていいか」
声に振り返ると、山高帽の男は、やかんを左右に振っていた。すでに彼の水筒はふたを開けてテーブルに用意されている。
「いいよ」
返事を聞くと、その水筒に、やかんの水を注いで蓋をした。そして荷袋にその水筒を押し込むとき、思い出したような声をあげた。
「そうそう。その暖炉に燃えかすはないか? 長細いやつ」
「長細い? どのくらいの?」
「どんなのでもいいよ。あまり大きくない方がいいかな」
カウンターの男は火かき棒で灰の中を探し、手首から指先くらいの長さの消し炭を拾い上げて見せた。
「ああ、それでいい」
山高帽の男が手を差し出したので、カウンターの男は、その手に炭を乗せる。
「やかんの水は残ってるか?」
「暖炉にかけるんだろ? そのくらいは充分残ってるぞ」
カウンターの男はやかんを手にした。そして、暖炉の灰にかけようとして、そこで手を止める。
「と、いうわけでかけるわけだが、本当にいいか?」
「いいよ。やってくれ」
暖炉の後始末を終えると、二人は店の入り口から外に出た。
「うわ。まぶし」
先に出たカウンターの男が声をあげる。店の入り口は太陽に向かってはいなかったが、先ほどまで暗い店内にいたので、余計に眩しく感じられたらしい。
しばらくは目の周りを手で覆っていた彼だったが、しばらくして慣れてきたようで、手を外した。
「さて。俺はこれから西に向かう予定……」
カウンターの男の声を遮って、山高帽の男の小さい叫び声がした。見ると、彼は先ほどの消し炭を手に、店の入り口付近の壁に向かっていた。
「何やってるんだ? というか、どうした?」
山高帽の男は無言で、手にした炭で店の壁を指した。見ると、アルファベットに似ている文字が、炭で書かれている。
「あの少年だよ。やりやがったな、畜生」
「いや、なにがちくしょうか知らないが。何て書いてあるんだ?」
「これは古代ギリシャ語だろう。読めないが、何て書いてあるかはわかる」
「もしかして、同じことをやるつもりだったのか? その炭で」
「ああ。だが、私は英語で書くつもりだった。ギリシャ語なんか知らないからな。やられたよ」
何だかくやしがっている山高帽の男は放っておいて、カウンターの男は荷物を背負い直す。
「じゃあ、まあ、俺はもう行くから」
「いやいや、まてまて。私も行くさ」
「なんだ、そっちも西に用があるのか?」
「いや、私は南だ」
「なんだそりゃ」
カウンターの男は一息つくと、改めて言った。
「じゃあ、それでは」
「ああ、さらばだ」
そして二人は、それぞれ別々の道を歩いて行った。
廃墟の饗宴 涼格朱銀 @ryokaku
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