第59話 原繁
紀元前680年
春、宋が北杏の会盟に背いた。具体的にどのように背いたというのは不明ではある。もしかしたら櫟にいる厲公を支援しようとしなかったためかもしれない。これによって斉、陳、曹が宋を攻めた。
斉の桓公は以前ならば直ぐに攻めたが管仲にこの度の戦を行うべきか聞いた。
「会盟に背いた以上宋には非が有ります。それにも関わらず、攻めないのは盟主とは言えません」
管仲の意見に頷くと桓公は軍を動かした。
斉は周にもこのことを伝えた。すると周は夏、大夫・単伯を援軍として派遣してきた。
諸侯に攻められた宋は諸侯と和睦した。宋は諸侯と和睦した以上は厲公を援助しなくてはいけなくなった。
六月、援助を受けた厲公は鄭に侵攻を始めた。鄭に祭仲がいないことも鄭に侵攻した大きな理由であろう。
鄭を攻める上で大陵を攻めた。そこで厲公は大夫・傅瑕を捕らえた。彼は厲公に囚われたことで、このままでは殺されると考えた。そんな彼は厲公に言った。
「もし、私を開放させていただければ君を国にお入れいたしましょう」
策謀家と言って良い厲公は彼を利用して国を得る方が得と判断し、彼と盟を結ぶと、釈放した。彼には兵をほとんど与えてない。彼としては成功してもしなくても良いのだ。厲公はそういう人である。
釈放された傅瑕は鄭の首都に戻ると鄭君である子儀と彼の二人の子を殺し、厲公を招き復位させた。
実はこの六年前。鄭の南門内で、城内の蛇と城外の蛇とが闘い、城内の蛇が死んだことがあった。そして、六年後、厲公が鄭に入った。このことから魯の荘公は申繻に聞いた。
「こんな妖変が起こるものだろうか?」
荘公はこのことで厲公が国に帰れたのではないかと疑問に思ったのである。つまり、妖変とは未来を予知しているものではないかと思ったのだろう。これに申繻はこう答えた。
「このような妖変は人の嫌うところですが、このようなことは己の気から生じるもの。妖は人から生じます。人に隙が無ければ妖は生じませんが、人が常道を失うことで生じます。それしか妖変はありません」
彼は厲公が帰国できたことはこのこととは関係は無く、人の将来とはこのようなもので決まるものではないと荘公をたしなめたのである。妖変のようなことを起きないようにする。それが国君の仕事なのだ。
厲公は鄭に入ることができたが、彼が最初に行ったことは血なまぐさく、そして、冷酷であった。
彼は自分を国に入れてくれた傅瑕に言った。
「汝は国君に仕える身でありながら二心があった」
傅瑕は厲公が復位できた功労者であった。それにも関わらず、厲公は彼を処刑したのである。傅瑕は死に臨んで呟いた。
「大きな徳を受けながらもそれに背いたのだ。こうなっても仕方ない」
傅瑕を殺したのは彼が功労者であるため、これに褒美を与えなくてはいけなくなる。しかしながら傅瑕は国君を殺している。そんな彼に賞を与えるとなれば、法を歪めなければならず、法のことを考えると彼を処刑しなくてはならない。結果、厲公は功労者である彼を殺した。しかしながらこの行為は冷酷であったと言わざる負えなかった。
傅瑕の後に厲公がその牙を向けたのは原繁である。彼は父・荘公の代から仕え、祭仲に近かった人である。
「傅瑕は二心を持っていた。そのため周の規定に従い、罪に伏させた。今後、私を受け入れて、二心を持たない者ならば、上大夫にしよう。私は伯父(原繁のこと)と国事を図ろうと思うものの、私が櫟にいる間は貴方は国のことを知らせず、私に配慮もしてくれなかった。残念なことだ」
厲公に対して原繁はこう答えた。
「先君・桓公は私の祖先に宗廟の守臣足るよう命じました。社稷を守る方がいるにも関わらず、心が外にある、これ以上に二心があることはないでしょう。社稷を守る者がいたら、国民は全てその臣足るのです。臣に二心があってはならない、これは天の定めです。子儀は即位されてから十四年になります。それにも関わらず、君を国に招こうとするのは二心を持っているということではないと言えましょうか。先君・荘公の御子息はまだ八人います。もしそれぞれが官爵を餌にして裏切りを誘ったとしたら、あなたはどうするつもりでしょうか。私は君の仰せに従います」
原繁はそう言ってから首を吊り、死んだ。しかしながら彼の言葉は厲公に届いたかどうか。
厲公のような冷酷さをもった人はもうひとりいる。楚の文王である。そんな彼はある一人の女性に対し、悩んでいた。息嬀である。
息侯の妻であった彼女は文王の妻となっていた。
何故、彼女が文王の元にいるのか。それは以前の莘の戦で捕虜となった蔡の恵侯が関わっている。
彼は捕虜となったことで息侯を恨んだ。そのため文王に息侯の妻である息嬀の美貌を語り、楚に息へ侵攻させようとしたのである。
それを聞くうちに文王は彼女を欲しいと思った。彼は欲しいと思ったものを何としても得たいと考えて実行する人である。ここでも彼は実行に移した。
文王は息に入り、息侯が文王をもてなしたところを刺客を持って襲い、殺害すると息を滅ぼして息嬀を手に入れた。
それから時が過ぎ、文王との間に息嬀は二人の子を産んだ。しかし、彼女は文王と一言も喋ろうとしなかった。そのため彼は彼女にその理由を聞いた。すると彼女はこう答えた。
「私は一婦人に過ぎないのにも関わらず、二人の夫につかえることになりました。死ぬこともできなかったのに、何を話すことがありますか?」
楚の文王は彼女の言葉から恵侯に騙されたことを悟り、激怒した。恵侯は捕虜の身分から開放されており、国に戻っていた。
七月、楚は蔡に侵攻した。
春秋遥かに 大田牛二 @sironn
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