最終話 ”出発”
二階で特にやることもない。
なので、リオンたち三人は酒場の一階に降りることにした。
酒場の一階は突然の襲撃に慌てふためいたのか、壊れた椅子やテーブルが散乱していた。
一度ゴブリンが侵入したのを、タスラムが押し返したのだろうか。明らかに刃物で叩き斬られたような壊れ方のものもある。
村中の被害状況を確認しに行っているのだろうか、来た時はたくさんいた人は、今はもうほとんどいなかった。
「……で、だ」
タスラムが適当な椅子に腰掛け、言った。
「テメェには色々と聞きてえことが山ほどある」
「ああ、俺もあるな。色々」
「……俺もある」
あの後、どうやって切り抜けたのか、本当に聞きたい。
だが、言い出しっぺの法則で、タスラムが最初の質問者になることになった。
「質問は二つだ。谷底に落ちたお前がなんで生きてここに来ることができたのか、あのエルフの女はなんなのか、なんで装備がねえのか……聞かせてもらうぜ」
「質問三つになってるんだけど」
「うるせえっ! ゴタゴタ言わずに聞かせやがれっ!」
「……わかったよ」
近くの柱に背を預けながら、リオンは手早く頭のなかをまとめた。
なにせ、語ることが多い。今日一日で凄まじい数の出来事をこなしている。
記憶に若干の乱れがあったため、それを取り戻すのにも少しの時間を要した。
「えーっと。まず、谷底に落ちたのが、なんで生きているのか、だったな」
「おう」
「それは、装備がない理由と一緒に答えられる……谷底に川があっただろう?」
「……あったか?」
「あったな。かなり深い川だったけど……あの高さからなら、たぶん叩きつけられただけで、もう助からないだろうと思ったんだが……気を悪くしたら申し訳ないな」
「いや、まあ事実だし……」
ラッキーの謝罪にそう返し、リオンは話を続けた。
「あの時、落下途中でゴブリンを突き放して、剣で勢いをなんとか殺そうとしたんだよ。だけど、折れて……そのまま水面に叩きつけられて、気絶した。その衝撃で装備も全部ぶっ壊れた。おんぼろ装備だったのがかえって幸いしたらしい」
「……よく生き残れたな、って思ったけど。そういうことだったのか」
「まだ質問は終わっちゃいねえぜ? あのエルフ、なんなんだ?」
「ああ、それは……ちょっと待て」
リオンは思わず会話を中断した。
ああん? と怪訝そうにするタスラムに問いかける。
「タスラム」
「なんだ?」
「なんでアレックスがエルフだって知っているんだ?」
「なんでもなにも、ベネジクト……だったか? あの黒将軍サマが言ってたぜ。それに、エルフが魔法の矢を使うってのは、有名な話だ」
「そうなのか」
目を丸くしたリオンを、タスラムは急かした。
「で、そのエルフサマと、テメェはどうやって知り合った? エルフっつうのは普通、故郷の森に引きこもってるもんだろうが。変な魔法も使うっていうし……早い話、信頼ならねえ」
「……俺が川を漂って死にかけてたところを助けてくれたんだよ」
「そうか」
ラッキーがそう相づちを打ってから、リオンに問いを投げかけた。
「なんか、対価とか要求されなかったか?」
「いや、特に……でも、俺を連れて行ったら行商から割り引きしてもらえるんじゃないか、っていうのは言ってたな」
「つまり、予期せぬ幸運って奴か」
「――その通りだよ。リオンは本当に幸運だ」
「!?」
タスラムがにわかに殺気立ち、テーブルに立てかけていた大剣を手に取った。
一方、リオンはアレックスに頭を撫でられた状態で呆然としていた。
ラッキーも、あんぐりと口を開けている。
――まったく察知できなかった。
「……マント被ったままだから、となりに立たれるとすごく怖いんだけど」
「ったく、驚かすような真似するんじゃねえ!」
「おや、不評だね、傭兵。君が疑っていた私の腕前を見せてあげただけなのに」
フードの下で、アレックスがいたずらっぽく笑った気配がした。
それが見えたのか、ぐぬぬ……と唸るタスラム。
「だからって別に脅かすこたあ……いや、なんでもねえ」
「脅かすこたあ、なんだって?」
「なんでもねえっつったんだよ!」
タスラムが怒鳴ると、遠くで事態を見守っていた村人たちが飛び上がった。
アレックスがそれを見てさらに笑い――リオンは気づいた。いたずらっぽい笑いから意地悪い笑いに変わっている。
リオンが気づいたことに気づいたのか、アレックスがこっそり囁いた。
「まあ、根無し草の私にも、誇りってものはあるんだよ」
「…………」
自分の力を疑問視されたことに、かなり怒っていたらしい。
問題は、アレックスが出て行った後に話していたはずなのに、なぜ話した内容をアレックスが知っているかだが……そこら辺は純粋な聴覚か、ベネジクトとの戦いで通信に使っていた魔法の応用とかだろう。真正面から訪ねても、教えることはなさそうだ。
そう考えていると、再起動を果たしたラッキーがアレックスに話しかけた。
「あー、嬢ちゃん」
「なんだい?」
「嬢ちゃんが帰ってきたってことは、調査の方は……」
「ああ、終わったよ」
あっけらかんと、アレックスは答えた。
目を見張る三人に、簡潔に告げる。
「でも、今回は私の運が良かっただけだね。相手が帰ってくるところに偶然居合わせたんだ」
「チッ、黒ってわけかよ。――巣穴があるってこたぁ、ゴブリンどもがうようよ出てくるぜ。戦える奴はいねえのか?」
「……さっき死んでた木こりや狩人がそうだったんだろうな」
リオンは考えた。
自分、タスラム、ラッキー、アレックス、そしてヴァシリッサ。
知り合いはこれだけで、戦士としてはラッキーは除外される。
村人たちは復興で忙しいだろうし、実質、戦えるのは四人とみて良いだろう。
自分もいつPTSDとかがぶり返すかわからない。不安定だ。
いや、それよりも先に。
「……俺は新しい装備を調達しないとだな」
「ああー、それもそうだな。……でも、お前に合う大きさの鎧なんて俺の馬車にはないぞ?」
「ゴブリンたちがつけていた鎧はどうだい? 似たような背の高さの奴がいたはずだ」
「え」
「お、名案だなそれ」
「え゛」
いや、ゴブリンとはいえ、死者の遺留品を使うのは……と思ったリオンだが、ラッキーやアレックス的には問題ないらしい。
タスラムも文句はないようで、軽く酒をあおっている。
戦いに差し支えないのだろうかと思ったが、野暮だ。傭兵なので、戦いのことは当然考えているのだろう。
で、要するに。
この案を止める人間は、今この場にはいないわけで――
▼ ▼ ▼ ▼
翌日。
村の前で、一日休んで体調を回復させたヴァシリッサは鼻をつまんでいた。
「……ねえ、アンタ。リオンだっけ?」
「…………なんだ」
「臭いんだけど」
「………………」
「いやあ、よく洗ったんだけどね」
ちょっと目をそらしながら、申し訳なさそうに言うアレックス。
そう、本当によく洗った。井戸水を何度くみ上げたかは、もう覚えていないくらいに水も使って洗った。だけど、臭いが落ちなかったのだ。
「あー、その、なんだ。坊、意外に連中に気づかれにくいかもしれないぜ? なあ、タスラム」
「臭い消しとか、なかったんですかね? 旦那」
「ちょうど切らしててな……ほら、ゴブリン相手に振りかけて」
「ああ、あん時の」
「…………」
あまりの悪臭に、もはや悟ったような眼差しになるリオン。
タスラムとラッキーがなにか話しているようだったが、もはや耳には入らなかった。それほどまでにゴブリンの臭いはキツかったのだ。
本当に、酷いとしか言い様がない臭いである。
「……まあ、いいわ。さっさと行くわよ。私が知らない術式を相手が知ってる可能性もあるしね。もともと、向こうが研究してたものだったんだから」
「早め早めに行っておいた方が良いってわけか」
「近くの村に増援頼むのにも、何日もかかるわけだしな。傭兵がいるような都市なら、十日は確実にかかる」
「いま、俺たちで解決するしかねえ、ってこってすかい」
そういって、地面に置いてあった大剣を担ぐタスラム。
アレックスも準備に余念はないようで、やたら上手い口笛を吹いている。
ヴァシリッサは――リオンからかなり距離をとっていた。やはり、年頃の娘は悪臭に対する嫌悪感が強いらしい。
「――じゃあ、行くか」
リオンも、ゴブリンから奪った装備に身を包み、新しい両手剣(こっちはラッキーから譲ってもらったもの)を持って、準備は万端だ。
少なくとも、昨日の棍棒に比べたら雲泥の差である。
不安はあるし、不満や懸念もある。
だけど、仲間がいるからどうにかなるだろう、とリオンは思った。
そして、帰るための一歩をリオンは踏み出した。
――この後、リオンたちがどうなるかは、誰も知らない。
おしまい
【作者から読者のみなさま方へ】
大変、申し訳ありません。
「異世界転生したけど、10年で飽きた」に関してはこれでおしまいです。
中途半端な結末だと、自分でもそう思いますが、これでおしまいです。
理由につきましては、執筆体力の枯渇です。
当初、この作品は大長編を予定しておりました。
10万、30万文字では収まりそうもない。とてつもなく長い奴です。
しかし、書き始めてから「やっぱり、これでは長すぎる」とカット。急遽、本編のラスボスに据えるはずだったキャラクターを引っ張りだし、そしてそれでも長すぎて……
最終的に、自分の許容文字数を越えました。
執筆への意欲、そして気力が尽きたのです。
このまま無理に続けてしまうと、確実に中途半端なところで力尽きる。エタって(エターナル更新停止の略称)しまいます。
私にはエタりの前科があるので、カクヨムにおいては今回で二度目となります。
それは嫌だったので、強引だろうと一つの終止符を打つことにしました。
それが、今回の話になります。
リオンが元の世界へ帰還するための手がかりを見つけ、それを手にするため、仲間たちと一緒に魔王軍の幹部が根城とする洞窟へと向かう――つまり「俺たちの戦いはここからだ」エンドです。
本当は、もっとしっかりした決着をつけたかったです。
私自身としましても、大変不本意な結果に終わってしまいました。
申し訳ありません。
本当に、ごめんなさい。
読んでくれて、ありがとうございました。
異世界転生したけど、10年で飽きた 木彫りの熊 @foooooo
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