第10話 ”偵察”

「その転移の宝珠ってのは……なんなんですかい?」

「魔導具よ。それも、結構高い奴……あっ」

「どうかしましたかい?」


 魔女はそういうと、なにかを思い出したようだった。

 ラッキーが問いかけると、髪を肩の後ろに払いながら言う。


「そういえば、自己紹介してなかったわね。あたしの名前はヴァシリッサよ」

「…………」

「アンタたちは?」


 なんでこの状況で自己紹介を? と全員が思ったことは間違いなかった。

 だが、張り詰めていた空気が少しゆるんだことを考えると、ヴァシリッサの選択も悪いものではなかった。

 口々に自己紹介をする。


 タスラムやアレックスが自己紹介を終えると、ヴァシリッサはリオンを見た。


「で、アンタは? そこの生意気な子供」

「……リオンだ。ちょっとした目的があって旅をしている。それで、ここにいるっていう魔法使いに会いにきた」

「あら、へえ……ふうん。あたしを頼りに来たってことね……」

「……ああ」


 こんな性格だと前もって知っていたら、絶対に会いにこなかったとも思う。

 いやいや、落ち着け、帰るまでの辛抱だぞ俺……とリオンが自分のイラだちを落ち着けていると、それを察したのかラッキーが会話に入ってきた。


「まあ、魔女様の高名は遠くまで届いているってことですね。……しかし、魔王軍残党はなんであれを奪いにこんな遠くまで来たのか、わかりますかい?」

「ああ……たぶん、戦の決着をつけるためでしょうね」

「戦の決着?」


 ヴァシリッサは首をかしげたアレックスに対してうなずいた。


「あれ、お師匠様から巣立ちの時にもらったんだけど、実は魔王軍の拠点に攻め入った時の戦利品なのよ。……その魔王軍もどこかから奪ってきたらしいけど、それがどこかは、もうわからないわね。おおかた、どこかの亡国からでしょう」

「……なるほど」


 いまのアレックスのなるほど、にはなにか別の意味が込められているように思えたリオンだが、それは後に聞くことにして黙る。

 会話に介入しない方が、ラッキーがうまくヴァシリッサを操縦してくれるように思えたからだ。

 そして、その考えは間違っていなかった。


「そいで、転移の宝珠があれば、なんで戦の決着がつけられるので?」

「なによアンタ。そんなこともわからないの?」

「いや、行商といっても学がないもので……魔女様のお知恵を貸していただければ」

「ふふん、良いわよ。貸してあげる」

「……ンンッ」


 上司を馬鹿にされて怒り心頭のタスラムが、話を進ませるために咳払いをした。

 ヴァシリッサはそれを聞いて少し眉をひそめたが、持ち上げられて気分が良いのかすぐに元の表情に戻る。


「まず、転移の宝珠には名前通り、転移の魔力がこめられているわ。行きたい場所を心のなかに思い浮かべることで、転移することができるの」

「……それで逃げられなかったのかい?」

「逃げる時間なかったのよ! 少し集中しなきゃだから、時間がいるの!!」


 疑問をあげたアレックスに噛みついた後、ヴァシリッサは腕を組んだ。


「……それで、基本単身でしか移動できないんだけど、あいつらたぶん軍勢引き連れて移動する手段も持ってるわね。たぶん、どこかの街中に奇襲でもしかけるつもりなんだと思う」

「はぁ!? どうしてンなこと黙ってやがった! すぐに止めなきゃなんねえだろうが!」

「そのためには儀式が必要だから、それで時間は稼げてるのよッ!! それに相手の本拠地もわかんないのにがむしゃらに動くわけにも――!」


「いや、わかるぞ。本拠地」


 口論に片足突っ込みかけていた二人が、リオンの言葉によってぴたりと止まった。ラッキーが驚いたようにこっちを見る。

 リオンはどこか上の空のアレックスをちょいちょいとつついた。


「たぶんだけど……アレックス」

「えっ? ……ああ、なんだい?」

「ここに来るとき、かなり大規模なゴブリンの巣を見つけたよな」

「そうだね。見つけたよ」


 方角は? と聞くと、アレックスはあっち、とベネジクトが去ったのとは真反対の方向を指さした。

 それを聞いて、ヴァシリッサが露骨に肩を落とす。


「真反対じゃない……」

「いや、真反対だから、たぶん合っていると思う」

「はあ?」


 怪訝な顔をするヴァシリッサ。

 少し間をおいて、考えをまとめてからリオンは言った。


「まず、ベネジクトは几帳面だ。根が真面目なんだろうな」

「……なんでそんなことがわかるのよ」

「行動だ。あの男は陽動で綺麗に街の半分を破壊していった。ゴブリンたちの様子を見るに、統制がとれているわけでもない。だから、それだけあの男が強く命令していたんだろうな」

「それだけじゃ、まだなんともいえないわよ」

「ああ、そうだな。だから戦闘についても言う。アレックスがどうなっているかを伝えてくれたんだが、魔法への対処法を聞く限り、ベネジクトはどうも正面から戦いたがっている節がある。撤退の時もそうだ」


 リオンはあの時の状況を整理することにした。腕を組んで、記憶を回想。

 一度くちびるを湿らせてから、話し始める。


「まず、あの時の流れは……ベネジクトがヴァシリッサの首をつかんだところをアレックスが狙撃、ヴァシリッサを盾にしたけど矢が回避したからつかみとる。両手がふさがった隙を狙ってタスラムが攻撃。だけど、それもヴァシリッサが盾になって止まる。そこでベネジクトが転移の宝珠を奪い、逃走……ここまででなにか間違っていることは?」

「ないけど……あたし、いや、なんでもないわ。うん」


 噛みつくこともなく、微妙な顔をするヴァシリッサ。年頃の乙女(推定)としては、肉の盾として連続で利用されたことは少し精神に来ているのだろう。

 彼女を横目に、リオンは話を進める。


「で、問題はここから先の撤退だ」

「撤退ィ? あの野郎が背中向けて逃げてっただけだろ?」

「ああ、いってしまえばそうなんだけど……」


 タスラムの疑問に同意を示しながらも、リオンは言葉を続ける。


「あの時、俺は斧を投げた。走っても追いつかないだろうと思ったからな。だけど、ベネジクトはその斧を避けなかったんだ。真正面から受け止めた」

「単純に避けられなかったんじゃないの?」

「真後ろを振り返って腕を伸ばして、飛んでくる斧の柄を握る余裕があった。それなのに、避けられなかったというのはありえない。だから、俺はあいつを真面目な奴だと認識した」


 ヴァシリッサは少し時間をかけて話を飲み込むと、ううんとうなった。


「で、真面目だから、隠蔽も真面目になるってこと?」

「そうだ。本拠地の位置をわからなくするために、真反対に行くだろうと推測した。……まあ、他にゴブリンの巣とか、怪しい場所があるなら話は別だけど」

「……ない、わね。少なくとも、私の耳には入ってない」

「…………。じゃあ、私が確認してこようか?」


 アレックスが手を上げる。

 タスラムが口を開いた。


「リオン、こいつァどんくらいできる。矢の腕は知ってるが……」

「これ以上ないくらいには」

「そういってもらえると、嬉しいね」

「誰か、近くの土地に詳しい奴をつけるか? 嬢ちゃん」


 ラッキーの気づかいに対し、アレックスは首を横に振った。


「いや、いらない。村人たちは復興に集中したいだろうしね。それに……死者をとむらう時間に水を差すわけにもいかないだろう?」

「……そうか」

「じゃあ、私は早速行ってくるよ。遅くとも、今日の夜には帰ってくる」

「わかった」


 そういうと、足早に(けれども音を立てることは一切なく)アレックスは部屋から出て行った。

 彼女(たぶん)が遠くに行ったあとに、タスラムが聞く。


「そんで、あのスカした感じの女。実際にはどれくらいなんだ?」

「……さっきと同じ。たぶん、これから先どんな達人と会っても……五指には入り続けると思う」

「けっ、ほんとかね?」


 タスラムはアレックスがエルフだと知ったらどんな反応をするんだろうな。

 リオンがそう思っていると、ラッキーがパンパンと手を叩いて注目を集めた。


「それじゃあ、あとは各自休息を摂って、万全の状態にするってことで良い……ですかね、魔女様」

「良いわよ。あたしも、休む必要あるし……あっ」

「今度ァなんだ?」

「あたし、寝るから。アンタら出ていきなさい」


 かくして、三人はヴァシリッサの部屋から追い出された。

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