第9話 ”転移の宝珠”

「む……気づかれたか」


 遠方からの視線を感じ、ベネジクトは作戦のミスを悟った。

 舌打ちをした後、自らの前に立つ――いまにも崩れ落ちそうな女に向き直る。


「どけ、魔女よ。貴様に用はない」

「アンタがあたしに用がなかったとしても、あたしがアンタに用があんのよ……!」

「フン、おろかなことだ。負けるとわかっている戦に手を出すとはな」


 そう言いながらも、彼の表情に余裕はない。

 かつてならば悠然と構えていられただろうが、あいにく彼の状況も切迫しているのだ。その表情に、わずかな焦りが見える。


 それに気づいた女は、ニヤリと笑った。

 体勢を立て直した際に、胸元にあるペンダントが光を浴び、輝く。


「あら、”落星の魔術師”の自慢の配下……”黒将軍”サマが、こぉんな木っ端魔女の前で、なぁにを慌ててるのかしら? いままで、ただの噂だと思ってたけど、まさか……魔王軍が跡継ぎ問題でどうにかなったのも、本当のことだったり?」

「……殺すか」

「あ、ヤバっ」


 煽り過ぎた。

 というか、こいつ激怒しても平静を崩さない奴だ。と気づき、魔女は己の失敗を知る。舌打ちしながら、身振り手振りを用いて術式を構築し始めた。


「――認めよう」

「…………ッ!」

「貴様を生かしておく余裕は、私には既にない――ッ!!」

「”破壊風”――!」


 幸運なことに、魔女の術式構築速度は高かった。

 相手の持つ片手剣が自分の首に届く前に、術式を完成させる。


 それと同時に、放つ。


 大気が甲高い悲鳴をあげた。

 意図的にかき乱された世界の法則が、致命的なズレとして形を伴って現れる。

 本来あり得ない、攻撃性を持った風がベネジクトに襲いかかった――!


「この程度のそよ風――!」


 しかし、彼は退かない。

 逆に、風を切り裂かんと剣を振るい――


「~~~~っ!」


 金属の共鳴音が鳴り響く。

 頭に響くそれを受け、既にずたぼろの体で膝を突く魔女。


「――これで終わりだ」

「ガッ!?」


 直後、彼女はベネジクトに首をつかまれた。ペンダントが揺れる。

 そのままつり上げられ――少し高い視点で、彼女は見る。ベネジクトの剣が、砕け散り、地面に散乱しているところを。


(まさか、こいつ剣を犠牲にして――!)

「風の魔術は基本、流動性が高い。貴様はそれを逆手に取って、物にはすぐ寄るようにしているようだが――それをまた、逆手に取らせてもらった」

「…………!」


 そうだとしても、風の軌道を見切る観察眼に、その軌道のど真ん中に剣を配置する技量、焦りながらもそれを思いつく頭脳――まともではない。

 この男がくぐり抜けてきた修羅場を想像して、魔女は胸の底が冷えたような感覚を覚えた。


「ゴブリンよ。家のなかはどうだ?」

『あ、ありまぜん……』

『ごっぢもねえでず』

『がげもびがりも……ァガッ!?』


 最後のゴブリンがそういった直後、影も形もだろうがと、周りのゴブリンからぶん殴られる。

 統率もなにもあったものではなかった。

 だが、ベネジクトは気にも留めなかった。


 静かに、魔女を見据える。

 彼女が首にかけた、ペンダントを見る。


「どうやら、家のなかにはないようだな」

「…………」

「だが、貴様のその勝ち誇った表情が気に障る」

「っ」

「それは、そう、どこか絶対安全な場所にある、という風ではない……なにか思いも寄らない手段で相手の裏をかいてやった、という顔だ――このペンダント、もらっていくぞ!」


 ベネジクトは、魔女の胸元にあるペンダントに手を伸ばし――


「むぅ――ッ!?」


 突如、魔女を自分の盾にするように、飛来してきた矢の方に向けた。

 だが、その矢は複雑な軌道を描いて魔女を回避、ベネジクトの心臓を狙ってくる。


「チィッ! この矢――エルフか!」


 仕方なく、つかんで止める。

 矢は推進力を失う。しかし、これで両手がふさがり――


「もらったぜえ――!」


 そこに、隠れていたタスラムの一撃が――入らない。


「なんのッ!」

「…………っ」

「う、ぉお!?」


 先ほどと同じように、大剣の軌道上に魔女を置いたのだ。

 タスラムがギリギリで剣を止めた隙に、ペンダントを引きちぎり、身をひるがえして逃げていくベネジクト。


「――――ッ!」


 だが、数秒後。

 ベネジクトはなにかに気づき、魔女の方を振り返り――凄まじい勢いで飛来してきた斧を受け止めた。


「ぐぅ……!?」


 踏ん張ろうとし、それでも斧の勢いの方が強かったのか、少し後ずさるベネジクト。苦しげな表情を浮かべながらも、斧の勢いを止め――追ってきたリオンに対してそれを投げ返す。


「――――うわッ!」


 それを、同じように柄をつかんで止めようとするリオン。

 だが、勢いが強すぎて受け止め切れず、どさりと倒れ込んだ。


「ついてこい、ゴブリンども――!?」

『…………』


 斧を受け止めていた、一瞬の隙を狙撃されたのだろう。

 頭や、胸から矢を生やした部下たちを見て、ベネジクトは一瞬言葉を失った後。


「……クソッ!!」


 今度こそ、村から出て行った。

 淡く緑に輝く、ペンダントを握りしめて。



 ▼  ▼  ▼  ▼



「……魔王軍残党?」


 その単語を聞いた時、リオンはちょっとした既視感を覚えた。

 たしか、誰かがそんなことを言っていたような気がする。魔王軍が壊滅したとか、弱体化したとか――そんな感じのことを。


(ああ、酒場の店主が……)


 しかし、ここでそれを思い出すとは……と、周囲を見回すリオン。

 急遽、部屋を貸してもらうことになった酒場の二階だ。


 そこのベッドで、ついさっきまで気絶していた魔女は言った。


「たぶん、そうよ。魔王軍のなかでゴタゴタがあって、大幅に弱体化したって噂、聞いたことあるでしょ?」

「おー、そんくらいはあるな。てっきり、いつもの偽情報だと思ってた」

「私も旅の途中で聞いて、そう思っていたけど、あの黒将軍まで出てきたとなると、真実とみて良いんじゃないかな」

「……一つ、質問良いか。黒将軍って誰」


 そこで質問をしたリオンに、初めて魔女の視線が向いた。

 その顔が不機嫌そうに歪む。


「田舎の子どもにまで剣持たせてるの? アンタら行商って」

「…………。アンタが俺と、そして、俺の仲間に対してなにを思おうが、それはアンタの勝手だけど、よく事情を知りもしないで語る奴は、昔から馬鹿だって相場が決まってるぞ」

「なッ!」


 リオンの言葉に、魔女が顔を真っ赤にした。

 タスラムは噴き出しそうになったが、この局面で噴き出したら先方の機嫌がさらに悪くなる。そう感知し、一生懸命こらえる。

 一目見たら笑いをこらえていることがわかるタスラムを隠すようにして、ラッキーが前に出た。


「まあ、魔女様。ここはこらえて。たしかに子供ですが、この坊。腕はたしかですぜ。ご明察通り、田舎から出てきたんで……少し、世間知らずなのは間違いないですがね」

「……そう、まあいいわ。子供に怒るほど器が小さいわけじゃないもの」

「…………」


 リオンとしては、完全に上から目線の相手にまたなにか言いたい気持ちもあったが、そうしてしまうとラッキーの苦労が報われない。そう考えて、黙っていた。

 魔女はそれを見てなにを思ったのか、勝ち誇ったような顔をする。


「そうね、教えてあげましょう。黒将軍っていうのは、魔王軍の重鎮とされていた男よ。”落星の魔術師”の腹心だったと言われているわ。……かなりの力量を持っていることは確かよ」

「そりゃ、天下の魔法使い様が負けるくらいだしな」

「平地でやってれば勝てたわよ!」


 タスラムに向かって枕が飛んだ。

 その隙に、リオンは窓際に立つアレックスに忍び寄る。


「……魔法使いって、あまり実戦しないのか?」

「……人による。私が知っている限りでは、魔法都市出身のは理論派で、実戦が苦手な人が多いね」

「……なるほど」


 ラッキーがなだめすかしている魔女を見て、リオンは納得した。

 自分が死にかけた後であの反応。あれは完全に自分が死なないと信じているゆえのものだ。


 つまり、転生してすぐの、調子に乗っていたころの自分に似ている。

 リオンは口元を「へ」の字にゆがめた。


 そんなリオンを尻目に、アレックスが手を上げた。


「質問、いいですか?」

「なによ! ……怪しい奴ね、室内でフードとらないの?」

「失礼。昔、顔に火傷を負ったもので――なにが奪われたんですか? 我々には遠目にしか見えなかったのですが」


 さらっと嘘をつきながら、飛ばした質問。

 それを受けると、魔女は顔をしかめた。


「お師匠様からもらった…………の宝珠よ」

「師匠からもらったなに?」


 魔女は拳を握りしめながら、言った。

 なかばやけくそ気味に、叫ぶようにして。



「お師匠様からもらった! よ!!」



「……転移の宝珠?」


 リオンが思わずそう呟き……自分と同じ呟きを、アレックスも口にしたことに気づいた。アレックスを見ると、しまったと言った様子で目をそらす。

 だが、その仕草をリオンは気に留めもしなかった。


 転移の宝珠。

 その宝珠の持つ力が、名前負けしていないのならば……



 リオンは、元の世界に帰れるかもしれないからだ。

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