蔓の先に見たものは

花岡 柊

蔓の先に見たものは

 深夜。自室の布団で静かに寝ていたら、何か物音がして目が覚めた。幾つかの軽そうな物が、コロコロと転がる音が聞こえてきたんだ。

 何の音だろう?

 そう思っても睡魔に襲われている私は、遠のく意識の中で、コロコロ、コロコロ。という小さな物音を子守唄のように聞きながら眠りに落ちていった。

 どれくらい経っただろう。コロコロという音が気にならなくなった頃、今度は天井裏からカサカサと何やら生き物の気配がした。

 何か迷うように天井を這うような物音は、意識がしっかりと覚醒していたなら恐怖にさえ感じていたかもしれない。けれど、最近続いていた残業のおかげが、恐怖を感じるよりも眠りを邪魔されることに僅かなイラつきさえ覚えていた。

 ネズミ? この家も、もう随分と古いからなぁ。ネズミが住み着いていても、少しもおかしくないよね。一匹? 二匹?

 ネズミって、住み着いていたとしたらどれくらいの数が潜んでいるものなのだろう。夏に現れる黒光りしているGなら、一匹いたら百匹はいるらしいよね。

 Gの事を考えたら、ネズミよりもはるかに気持ちが悪く、布団の中でブルブルと身震いしてしまう。

 とにかく、今はネズミよね。明日お母さんに、屋根裏にいるかも知れないって教えなくちゃ。ネズミ駆除って、すぐに来てもらえるのかな?

 平屋の実家は、築五十年と古く。廊下も壁もかなり痛みが激しい。一昨年、お母さんのたっての願いで台所だけは、キッチンと呼べるようなリフォームをしていたけれど、それ以外はいまだ古く。大切に使わなければ、いつどんな弊害が起きるかわかったものじゃない。

 特に屋根裏なんて、そうそう覗き込むよな場所でもないから、どんな状況になっているのか皆目見当もつかない。なんなら、見たことのない地球外生命体の住処にだってなっている可能性もある。

 なんて考えてしまうのは、夏休みにやって来た、従兄弟のチビが天井を指差し。「宇宙人が居るー!」なんて叫んだのを思い出したからかも知れない。

 あんまり宇宙人、宇宙人と騒ぐものだから、体力が有り余っているのかと近所の公園まで連れ出したんだよね。夏場のあの暑い最中、公園で無邪気に遊ぶ従兄弟は可愛かったけれど、私自身は炎天下の暑さに朦朧としてしまうくらいだったわ。何度、従兄弟と一緒に水分補給をしたことか。飲んでも飲んでも干からびそうだった。

 それにしても、うちの天井裏に本当に宇宙人がいたりしたら、従兄弟は喜ぶだろうか。テレビでよく見かける、頭でっかちで眼ばかり大きなあの生き物が、うちの天井裏に侵入しているかも、と考えたらちょっと笑える。何語かもわからない言葉で話しかけられて、連れ去られたりして。

 夜空を覆うくらいの大きなUFOと、目のぎょろりとした全身シルバーな宇宙人を想像してみたけれど、さっき想像したGの方がよっぽど恐怖を覚える。

 身近すぎるのよ、あいつは。

 すばやく移動するやつの姿を想像し、また身震いする。

 眠さにぼんやりとする脳内で、そんなくだらない思考を繰り広げているうちに、私はまた睡魔に襲われた。

 そうして、漸く深い眠りに落ちていった。


 翌朝目が覚めると、昨夜の物音のせいで何と無く目覚めはスッキリとしなかった。

「寝足りない……」

 大きな欠伸を何度も繰り返して、ようやく布団から出て立ち上がると、足の裏に激痛が走った。

「痛いっ!!」

 慌てて足をどける。どうやら、何かを踏んづけたらしい。見ると、それは小さな豆だった。

 ん? なんで、豆?

 まだ覚めきらないぼんやりとした思考で、踏みつけた豆に手を伸ばす。手に取り拾ってゴミ箱へ捨てようとしたら、あっちにもこっちにも落ちていることに気がついた。

 もう、なんなのよ。これもネズミのしわざ?

 まさか、Gが豆をあちこちに散らばすなんて事、しないよね?

 できればGではなくネズミであって欲しいと、落ちている豆に不安な視線を向けた。

 朝から面倒ごとに巻き込まれたサラリーマンの如くしかめっ面をしながら、辺りに散らばっている豆達を拾いゴミ箱へ捨てる。その後、キッチンにいる母親に、天井裏にいるだろうネズミ駆除の話をした。


 仕事から戻り、着替えるために自室へと向かった。はやく重たいビジネスバッグを肩から下ろし、戦闘服のスーツを脱ぎたい。

 疲れに溜息をつきながら自室のドアを開けて私は息を呑む。

「なっ。なに、これっ!?」

 驚く私の目の前では、うねうねとした植物の蔓が部屋中を駆け巡っていた。

 何が起きたのか全く解らないながらも、今朝床の上にいくつも落ちていた豆達の存在が頭を掠めた。

 拾い忘れた豆が、半日のうちに育った?

 まさか、ね……。

 自分の考えが飛躍しすぎていて、引き攣りながらも鼻で笑ってしまう。

 飛躍しすぎた考えもさることながら、今目の前にある光景は飛躍どころの騒ぎではない。部屋中を駆け巡るように伸びている蔓の先を目で追って行くと、一度は天井に向かって伸びたようなのだけれど、その天井が邪魔をしているのに気がついたかのごとく、蔓はUターンして最終的に床へと向かっているのが判った。

 部屋中を伸びた蔓の先端は、どうやら床板を突き破って家の床下を這っているみたいだった。

「嘘でしょ……。ていうか、床板突き破るくらいなら天井突き破りなさいよ」

 蔓に突っ込みを入れても仕方ないのだけれど、言わずにはいられない。

 ていうか、屋根裏のネズミどころの騒ぎじゃない。

 確かに築五十年でメチャクチャ古い家だけれど、植物に床板突き破られるってどういうことよ。

 ていうか、この巨大植物は、一体何!?

 こういう場合は、古典的に何度も目をごしごし擦ってみたり、頬を抓ってみたりするべきかしら?

 衝撃的、かつ現実的ではない光景にたじろいでいたら、上からガサゴソと物音がした。

 きっと、ネズミだろう。だけど、今はそれどころじゃない。

 私は少しの間、ネズミの居る天井を睨むように見上げていたけれど、視線を直ぐに突き破られた床へと移す。

 このよく判らない伸び放題の植物と、床下の崩壊をどうすればいいものやら。

 人間、キャパを越えると探究心に駆られるのだろうか。持っていたバッグを廊下に放置し、着ていたジャケットを脱ぐ。それから蔓を掻き分けるように部屋の中へと踏み込み、突き破られて壊された床のそばに行って穴を覗き込んだ。

 中は当然薄暗くて、広く続く空間が伸びる蔓に影を落としていた。

「どこまで伸びてんのよ」

 独り言を呟き、蔓の先が何処まで伸びてしまったのかと好奇心に足を踏み入れた。

 従兄弟のチビが居たら、きっと喜んで一緒についてきたことだろう。

「探検だー」なんて言って。

 想像したら、なんだか幼い頃に戻ったような気持ちになってワクワクとしてきた。

 入り込んだ薄暗い床下は、少しかび臭くて埃っぽい。伸びた蔓に手を添えて、四つんばいになりながら進んでいく。

 時折、蔓にできた鞘らしき物に手が触れると、それはポキリと簡単に蔓から落ちて、コロコロと中の種がこぼれて転がるような音が聞こえた。

 薄闇でよく見えない中、触れるたびにコロコロと転がる物など気にしてもいられず、私は足を進める。

 少しすると、先の方にぼんやりとした薄明かりが見えた。

 ん? 床下に、明かり?

 庭先の方まで来ちゃったかな?

 躊躇うことなく、私はそのまま進んでいく。

 もしかしたらこの蔓の先は庭に出て、そこから空に向かって天高く伸びているかもしれない。

 幼い頃に読んだ、絵本の世界を想像してしまう。

 スーツが汚れることなどお構いなしに明かり目指して進んで行くと、庭にはたどり着かず床に穴が開いていた。

 明かりは、そこから漏れているものだった。

 え? ここ、床下だよね? 何で下から明かりが?

 不思議に思って近づき、私は一円玉ほどあるその穴を覗き込んでみた。

 そこには、天井を睨みつける私が居た――――。

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