現在に生きる忍者達

無月兄

第1話

 忍者。それは、日本に古くから存在し、常に歴史の影で暗躍し続けてきた武装集団。

 その活動は直接的な戦闘だけでなく、諜報、暗躍なと多岐に渡り、時に歴史の行く末をも左右したと言う。


 そして時は流れ、元号が令和へと変わった今でも、忍者の歴史は途絶えてはいなかった。

 これは、現在に生きる忍者達と、彼らが直面している、忍者の歴史上最大の危機へと立ち向かった記録である。





 日も落ちようかと言う頃、芹沢隼人せりさわはやとがその家の門をくぐると、お手伝いさんらしき人に広間へと案内される。ここは、その道では名の知れた、代々続く忍者の名家の家であった。そして、そこを訪ねる芹沢も、同じく忍者である。


 彼だけではない。今この家には、令和の世に暗躍する、何人もの忍者が集まっていた。


「皆様、今宵はお集まりいただきありがとうございます。知っての通り、今や忍者と言う存在そのものの存亡を揺るがす、ある重大な危機がおきています。皆様にはそれについて話し合うため、ここまで来ていただきました」


 主催者の言葉に、広間に集まった全員が緊張の面持ちで頷く。これは一人だ二人の忍びで何とかできるものではなく、全忍者が総力をあげて解決しなければならない問題だ。だからこそ、これだけの人数が集まった。

 そして主催者は、ゆっくりとその問題を口にする。


「忍者の後継者不足。これについて、各々存分に意見を言い合ってもらいたい」


 そう告げられたとたん、会場全体から深いため息が漏れる。誰もが皆、事の大きさに頭を抱えているようだった。


「まず、忍者の存在はバレてはいけない。この掟があるのが問題だ。おかげて、ハローワークに求人だって出せやしない」

「しかし存在をオープンにしてしまったら、それこそ忍者としてのアイデンティティーに関わる。だいいち、忍者になるには幼少の頃からの修行が必須だ。やはり今まで通り、親から子に教えていくしかないだろう!」


 そうなのだ。忍者はその秘匿性と技術習得の困難さ故、忍者の家の子が密かに受け継いでいくと言うのが普通だ。

 だが、それには問題があった。


 苦い記憶を思い出しながら、芹沢は重々しく口を開く。


「私はこの前、小学四年生の娘に、忍者なんて時代遅れだと言われました」

「あっ、うちも言われた!」

「うちもだ。忍者なんて継ぎたくないって。子どもの将来を決めつけるなんて毒親だって!」


 芹沢の言葉に、何人もが口々に同意する。近年、職業選択の自由を叫び、忍者にならない若者が増えてきている。これこそが、今忍者業界が直面している後継者不足の根源だった。


 ある一人の忍者はこう語る。


「うちの子は、力も技も兼ね備えた優秀な忍びになると思っていたんだ。だかある日、オレはその技術を野球に活かすとか言い出して野球部に入部。とうとう甲子園に出て今やドラフト候補だ。もう忍者やれなんて言えねーよ!」


 それはそれで凄い事だと思うのだが、彼はどうしても忍者にしたかったらしく、心中複雑なようだ。


「うちの息子は、時代もののテーマパークで忍者ショーをやると言っている」


 そう言ったのははるばる九州の佐賀県からやって来た忍者だった。


「忍者ショー? なんでまたそんなことに?」

「ショーの演者が減って大変なんだそうだ。以前は5人で演じていたが、今や人数が減って二人だけ。それでもクオリティを落とすわけにはいかないと頑張っていてな。それを知った息子が、だったら俺が何とかすると言い出したんだ。子どもの頃から何度も連れていった思い出の場所だから、放ってはおけなかったんだろう」


 そのテーマパークも、担い手がいないと言う意味では我々本物の忍者に通じるものがある。どこも大変なんだな。


 そう言えばうちの娘は、この前ユーチューバーになりたいと言ってたな。しかも、忍法を使うところを配信しようとする始末。因みにタイトルは『忍んでみた』だ。

 なんとか全力で阻止したから良かったものの、もし本当に実行していたらと思うとゾッとする。


「と言うわけで、どうすれば子ども達を忍者になりたいと思わせるかが、今後の課題になるだろう」


 しかし、お前は将来忍者になるんだと小さい頃から言い聞かせたとしても、他の職につきたがる者は後を絶たない。

 忍者になりたいと思わせるなんて、そんな上手い方法があるのだろうか。


 すると、一人がサッと手を上げた。


「小さな頃から、『忍者ハットリくん』のマンガを読ませると言うのはどうでしょう。『キャプテン翼』や『SLAM DUNK』が流行ったおかげで、サッカーやバスケをやる人が増えたでしょう。忍者でもそれをやるんですよ」

「「おぉーっ!」」


 その瞬間、全体がにわかに活気づく。中には、「俺、もあの時は忍者かバスケかで迷ったからな」と懐かしそうに言う者もいた。


 だが、それに一人が待ったをかけた。


「最近の子には、『ハットリくん』よりも『NARUTO -ナルト-』の方がいいんじゃないのか?」

「それを言うなら、スーパー戦隊の忍者ものだってあるぞ」


 どうやら、それぞれに思い入れのある忍者作品があるようだ。さらには、こんな意見まで出てくる。


「忍者マンガを見せるのはいいとして、もっと違った方向でアプローチをかけてはどうだろう。『忍恋』や『手裏剣とプリーツ』のように、恋愛要素の強い作品を読ませる。そうすることで、忍者になったらモテるぞと騙すんだ」


 果たして、我が子を騙してまで忍者の道に引きずり込むのが正しい事かは分からない。だがそれだけみんな必死なのだ。

 しかし、その言葉が新たな火種を生んだ。


「ちょっと待て。さっき言った二つは、両方とも少女マンガだろ。女の子はともかく、男はそんなもの見ないぞ」

「何を言うか。男が少女マンガ見て何が悪い。男女差別だ! そんな偏見は捨てろ!」

「なんだと!」


 それからはもう、みんな好き勝手に、自らの押しの忍者マンガを上げていく。それぞれに拘りがあるようで、誰も一歩も引くことはなかった。


 だから、話し合いに決着がつくこともなかった。







 夜もすっかり更けた頃、芹沢隼人は一人自宅へと向かう。結局、それぞれの判断で我が子に忍者を買い与えると言うことで、今宵の集まりは幕を閉じた。果たしてこれで、本当に忍者の後継者不足がなんとかなるかは分からない。多分、焼け石に水だろう。

 しかし、こう言う小さな努力を重ねる事こそが、大きな問題を打ち破る力になると信じている。


 とりあえず、今度娘が喜びそうな忍者マンガを調べてみよう。今はまだ忍者になるか決めかねているけど、あの子には確かな才能がある。それを存分にいかしてほしい。


 がんばれ忍者マンガ。忍者の未来は、マンガ家達の努力にかかっている。

 …………かもしれない。







 ※お読みくださってありがとうございます。

 こちらは拙作『小学生だけど忍者修行にはげんでます』の執筆途中で思い浮かんだものの、都合により入れられなかったネタを書いたものになります。


 本編は、タイトル通り小学生の忍者が、芹沢隼人の娘、芹沢真昼が活躍する物語となっています。


https://kakuyomu.jp/works/1177354054890668012

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現在に生きる忍者達 無月兄 @tukuyomimutuki

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