第46話 うちの妹は相変わらず残念だ
火尾木村の自宅に帰り着いてから────。
居間のコタツに陣取った俺は、いつかに同じく考え込んでいた。
テーマは〝世界平和〟について。
もちろん世界ってのは俺にとっての世界って意味で、つまりは俺の手の届く範囲の話であり、要するに日常生活の平穏ってことだ。
差し当たっては、最近の深空君事情をエゴサしてみたんだが……相変わらずって感じですな。
登河母との悶着と、ケータイショップでの事件を中心に、有ること無いこと好き勝手に言われまくってる。
けど、幸いなことにアルルに関わるネタは見当たらなかった。少なくとも、詐欺師の関係者が現れたとか、詐欺師の息子が女と同棲しているとかいう情報は出回っていない。
警察の情報規制は活きているらしい。なら、問題は登河雪江がどっから情報を得たのかってことだよな……。
当人は警察に聞いたと言っているようだけど、心神喪失状態の言動がどれだけ当てになるかはわからない。
それでも、誰かが情報を流したのは確かだ。
一応、このことは戌亥刑事にも伝えてあるが、特に何かわかったという連絡は無い。いや、仮にわかっていても連絡はくれないだろうけどな。別に、向こうで対処してくれるんならそれで結構だ。こっちはこっちの世界が平和ならそれでいいんだ。
「アオツグ、お風呂の準備ができたので先に入らせてもらうぞ」
「ん? ああ……」
風呂場から響いたアルルの声。
しまった、風呂の掃除しようとしてたのに忘れてた。黙々と調べものしてる間に、アルルがやってくれたようだ。
スマホの時刻表示は……うお、午後七時過ぎてる。思ったより考え込んでたな。
紅姫はまだ来てない。
今日も部活だったのか、それとも準備に手間取ってるのか。一応連絡してみようか……そう思い、顔を上げたんだが、
玄関戸の隙間から誰かが覗き込んでいた。
「…………ッ!?」
バッチリ眼が合い、俺はビクつき息を呑む。
暗がりから泣きそうな顔でこちらを凝視している少女……ていうか、紅姫か? ……紅姫だよな?
少なくとも見た目は紅姫なんだが、状況がホラー過ぎて妖怪の可能性も否定し切れん。
「……何やってんだ?」
「うぅぅ……アオに~ぃ……」
呼びかけると、紅姫は玄関戸を押し開け、ズルズルと這いずるように中に入って来る。もはや妖怪以外の何モノでもない動きだな。
「アオ兄……怒ってる?」
居間の上がり縁に顎を乗せて半泣きに呻く姿は、まさに行き倒れ寸前の子犬の様相。どうやら、我が愚妹に間違い無いようだ。
「怒ってはいないが、ちょっと引いてる。何だオマエ、俺に怒られるようなことしたのか?」
「だってオレ……昼休みに……」
ああ、その件か。
「アルルに事情は聞いてる。別にオマエが弁当持ってきてくれってワガママ言ったわけじゃないんだろ? なら、怒ることなんか無い」
笑顔で宥めつつ、武士ポニーを撫でてやる……って、冷てえな! いったいいつから覗き込んでたんだコイツ!?
「……えっと、でもオレ……アル姉にいろいろ話しちゃって……学校でのアオ兄とのこと……その……」
紅姫はいかにも後ろめたそうにポツポツと。断片的ながらも、ま、概ね了解した。
あの時、俺はアルルの呼びかけを封じて走り去った。
当然ながらアルルはその理由を問い、紅姫は答えてしまったようだ。
俺が村の外では紅姫と接触しないことを、その事情を説明してしまったわけだ。まあ、仕方ないだろう。
てことは、帰りの車内でアルルが言いたげにしてたのは、そのことだったのか?
……たぶん、そうだろうな。
「うぅ……ごめんアオ兄、オレ、ごまかそうと思ったんだけど……ぜんぜんダメだったんだよぉ」
「ああ、泣くな泣くな、もともとオマエにそんなの期待してねえよ。俺が先にちゃんと言い含めとくべきだったんだ。オマエのせいじゃない」
「……ぅぅ……ホントに?」
「本当だ。それにアルルなら身内だ。無理に秘密にする必要も無い」
「……じゃあ、怒ってない?」
「だから怒ってないって」
「うあぁ゛……ありがどぉアオ゛に゛ぃ゛~」
泣きベソかきながらゾンビのように抱きついてくる紅姫。色々感極まってんのはわかるが、もうちょい可憐に振る舞えんのかオマエは。
本当に、残念な娘だ。
一応は受け止めつつも、とりあえず鼻水は勘弁なので重ねたティッシュを押しつける。やや乱暴に鼻を拭ってやれば、ニシシシと照れくさそうに身をすくめる紅姫。
そんな仕種は、まあ、可愛くないこともない気がしないでもない。
「そら、とりあえず風呂入れ。このままじゃ風邪引くぞ。今ならアルルも入ってるから……」
「マジで!? やった♪ アル姉といっしょにフロだぁ!」
歓声を上げて立ち上がる。
やれやれだが、元気になって何よりだ。
「アオ兄もいっしょに入るか?」
無邪気に何言ってんだオマエは。
「……〝男女七歳にして同衾せず〟って知ってるか妹よ」
「うん、知らない!」
ハハハ、こやつめ。
「男も女も七歳超えたら恥を知れって意味だ」
「なら心配ないぞ、恥は知ってる! だってオレ、アオ兄以外の男に裸見られんのはぜってえイヤだからな!」
自信満々で宣言するが、それは根本的な部分がお子様のまま成長していないってことだ妹よ。
いい加減に兄離れしてくれ、本当、頼むから。
「とにかく、紳士淑女は異性と風呂とか入りません。いいからさっさと行け、マジで身体冷えてんだからちゃんと温まって来いよ」
「そっかー……あ! じゃあフロでアル姉に甘えられるのは、淑女のオレだけってことか? 紳士のアオ兄はアウト?」
「そうだな」
「やったー! ザマァだなアオ兄、オレたちがフロでキャッキャウフフしてるのを指くわえて見てるがいい!」
「いや、見てたらマズいだろ」
「ニシシシ♪ それじゃあオレはフロ行く! わーいアル姉♪ オッパイさわらせてくれー♪」
「だから淑女になれっつってんだろうが! このセクハラ娘!」
兄の叫びも虚しく、妹様は一目散に風呂場に突撃していった。
ったく、まあ、アルルなら紅姫が暴走しても軽く取り押さえられるだろうし、大丈夫だろう。
…………大丈夫か?
何かアルルのヤツ、普通に触らせそうな気がして心配だな。
……………………。
……いや、わかってる。
心配だからって俺が様子見にいったら完全にギルティだ。セクハラどころか立派にノゾキ魔、性犯罪者だ。
わかっている。
ああ、わかっているとも。
早速に風呂場から響いてくるアルルと紅姫の声。宣言通りにキャッキャウフフと戯れまくっているのが良くわかる。
わかってしまう。
特に紅姫、アルルの裸について事細かに実況するな。
俺は大きく深呼吸をしつつ、頭の中で素数を数えた。
脳裏に並べる孤独な数字たちが、乱れた精神を静かに律してくれる。
大丈夫、俺は冷静だ。
紳士たれ!
「……ぅわぁ! スゲーなアル姉のオッパイ、お湯に浮いてる!」
……何……だと……!
「……ふよふよスベスベで……うひゃぁ……」
………………。
………………………………いや、大丈夫だ。
大丈夫、まだ慌てるような時間じゃない。
百万パワーも両手に構えて二倍ジャンプして三倍回れば千二百万パワーになれるんだ! とにかく、紳士たれ!
……何言ってんだ俺は?
……そして、何してんだ紅姫は?
なおも風呂場から響いてくる愚妹の歓声に、俺は再度の深呼吸。
おもむろにテレビを点けてボリュームアップした。
バラエティの喧噪は、ひとまず風呂場から響く攻撃を蹴散らしてくれたものの、それで脳内も鎮静してくれれば苦労しない。
いや本当に、俺が日々どんだけ神経すり減らしてアルルのナチュラル・ハニートラップに抗ってると思ってるんだ。普通ならとっくに理性が屈して取り返し着かないことになってるぞ。
そこに関してはマジで褒めて欲しい。
それとも逆に情け無いのか?
据え膳食わぬは男の恥……いやいや、アルルに据え膳の自覚が無いのが問題だろう。これで手え出したら、それこそただの暴漢だ。
俺は改めて全集中の気概で理性を強化する。
けど、そうか、これから当分はこういう毎日が続くわけか、それはそれは……大丈夫か俺?
とりあえず、明日から風呂はひとりずつ入るよう、意地でも徹底させようと思いました。
ヴァルキリーおかあさん アズサヨシタカ @AzusaYoshitaka
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ヴァルキリーおかあさんの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます