ひとつの文章で意味が重複しているものが〝二重表現〟……有名どころでは「頭痛が痛い」というやつですね。〝頭痛〟がすでに〝頭が痛い〟という意味なので、そこに〝痛い〟をつなげるのは意味の重複……すなわち〝二重表現〟となり、国語的にはアウト。公文書を始め、業務上の正式文書や会議の場などで用いるのもNGなのが一般常識です。
しかし、物語での表現では、どうなんでしょう?
例えば先の「頭痛が痛い」というのは、日常会話なら〝頭痛〟を痛みの種類と捉え、それが〝痛い〟という流れで普通に理解できるし、そのように口にしている人も多い。なので〝台詞ならキャラやシーン次第〟……〝地の文だと一人称ならグレーゾーン〟……〝三人称視点なら原則アウト〟……というのが一般的でした。しかし、最近はその辺だいぶアバウトな感じ。少なくとも書き手や読み手さんは気にしていない印象があります。
また「全力を全て出し切る」とか「全弾全て撃ち尽くし」など〝意味を強調する〟という意図で描く人も多いようです。あえて意味を重ねる「凄く凄く速い」とか「大大大ピンチ」とか「とてもとても強そうだ」みたいな表現と同様の感覚なのでしょうし、実際、読んでいて同様に受け取れる例も多いです。
〝二重表現〟は正式な文法としては明確に誤りですが、小説の表現としては必ずしも誤りと切り捨てられないのかな……とも思います。
最近の若い書き手さんや読み手さんは、そもそも二重表現に違和感を持たない人も多いようです。それこそ、二十年前くらいには「向きが真逆だ」なんて書いたら「真逆なんて日本語はないです」と怒られましたが、今では普通に〝真逆〟で通じるようになりました。同じく、二重表現の認識も変わっているのかも知れません。