フューチャー・ディスカッション
* * *
「言ってくれたのに!」
高崎はようやく文部のマンションに到着した。
文部の部屋の番号を押してインターホンをかける。
案の定返答はない。
2度、3度とかける。
やはり返答はない。
「もんぶ……」
高崎は泣きそうな顔で呟いた。
こんなことで縁が切れてしまうかと思うとなんだか泣けてくる。
「いやだからその『もんぶ』はやめて下さい。小学校の頃の呼ばれ方みたいで懐かしいですけどちょっとモヤります」
「もんぶ?!」
眼鏡の奥にやや疲れたような目をした文部が両手に高級そうな袋を持って後ろから現れた。タクシーが役目は果たしたと言わんばかりに排気ガスを後ろに残して去っていく。
「何で?!一人暮らしと研究止められたんじゃないの?!」
怒ったような声と半泣きの表情のまま、高崎は叫んだ。
文部はかなりびっくりしたようなレアな表情で返す。
「何でですか、ちょっと怒られてバックドア閉められただけですよ」
「だってバレたんでしょ?!」
「ええ、父は父で人工生物圏でモンテカルロ実験をスパコンクラスタで大規模にやってたらしくて、妙な負荷があるなあとさっくりバレました」
「じゃあ『約束は守れない』って?!」
「いやバックドア閉じられましたらがんばるくんだけでやるしか無くて、小説完成には3年かかるって言ったじゃないですか」
「そっちかー……」
高崎は脱力した声と緊張が抜けた表情で呟いた。今更になって自転車を全力で漕いだ汗がじわっと湧いてくる。
「まあ少し上がっていって下さい」
文部はマンションの扉を慣れた手付きで開け、高崎はよろよろとした足取りで文部についていった。
* * *
「それでどうしましょうか。手つかずのバックドアはまだあるにはあるのですが」
「いやもういいよ、そんなことして迷惑かけられないし」
「ではどうするので?」
少し考えた高崎は何かを思いついた目でふっと顔を上げた。
「私がアイデアと場面場面の文章書いて、もんぶがそれをつなげるってのは?」
「いえがんばるくんはまだ健在ですのである程度の短文なら」
「時間かかるじゃん、それにやっぱり自分の文章は自分で選んで作りたい」
「そもそもそれを私にやってくれ、と言ったのに矛盾してますね」
少し面白そうに文部は言う。高崎も少し笑う。
「まあ人間は進歩するってことでしょ。いや進化かな?」
「その誤用はいただけませんね」
「芋虫がちょうちょになるみたいな」
「だからそれは進化でなくて変態です」
顔を見合わせて二人は大笑いする。
文部はこんな顔や声で笑うんだ、と高崎は思った。
「あー笑いました……それでどんな話にします?」
「……小説を書いたことがない少女が、科学バカの少女に小説を自作するシステムを作ってもらう話なんてどう?」
「どこかで聞いた話ですね」
「んで最後に二人はテレビでぶん殴り合って場外に落とすゲームをやる」
「なんですか、そんなの私やったことありません」
高崎は文部を見て心底びっくりした顔をする。
「やったことないの?!てかこの日本にそれやったことない人がいるとは思ってなかった……」
「いえ世の中広いんでやったことないことくらいありますよ」
「じゃあ教えて上げるからうちに来なよ!」
文部はちらりと持っていた高級そうな袋を見る。
そして少し口元を笑顔にする。
「それは良いですね、それならこの親に持たされたケーキも無駄にならなさそうですし」
「へー、でももんぶケーキ苦手だとか言ってなかったっけ」
「いえ親に今回の顛末話したら『ぜひそのお友達にこれを』と」
「お友達」
「なんか『お前がそこまで成長するなんて』と泣いてました」
やや怪訝な顔をして文部はつぶやく。
「別にお友達ではないんですけどねえ」
「いやそこは友達でいようよ」
「まだ会ってさほど経ってないのですが」
「何、知らないの?」
にやり、と緩んだ顔で高崎は言う。
「一緒に何かをして、それを楽しんだら、もうそれは友達なんだよ」
おしまい
【書籍化決定】フューチャー・ディスカッション 逢坂ソフナ @sophnuts
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