コンクルージョン

* * *


高崎は汗まみれの服がだんだんと気持ち悪くなってきたので、翌日再来する予定を約して早々に自宅に帰宅した。

親の小言を聞き流しつつご飯を食べてシャワーを浴び、いつものよれよれ部屋着に着替え、スマホを充電ケーブルにつないだところで、早朝起きの上肉体労働がこたえたのかベッドに寝落ちした。


なのでスマホが早朝の4時頃数回振動したことに気が付かなかった。


「あー、よく寝た……って今何時よ」


階段下からは高校球児が白球を追う声がぼんやり聞こえた。


「おかーさーん!おきたー!あさごはんはー!」


高崎は階段をパタパタと降り、顔と歯を磨き、ありあわせの朝食というか昼食というかを食べ、再び自室に戻った。


「あれなんかSMSの通知がある」


チカチカと通知ランプが点滅しているスマホをささっと起こす。

未読マークに3の数字があった。


「あ、やべ、何時に行くとか言ってなかった。もんぶ怒ってるかな」


アイコンをタッチして広げると、文部らしい要点だけのメッセージが投下されていた。


『ばれました』

『呼び出されたので行ってきます』

『約束を守れない可能性が高いです』


高崎の顔から血の気が一気に引いた。


『最悪一人暮らしとか、私が一人でやってる研究も止められるかもしれませんが』


昨日の文部の物騒なセリフが脳裏によぎる。


「ちょ……ちょっとまってよ……」


スマホをスリープして、思い直してスマホを再び起こし、

『大丈夫なの?』

『どうなってるか教えて』

と平文で書く。数分待つも既読にはならない。通話もするがそれにも返答がない。


部屋着のままスマホだけ持って高崎は玄関を飛び出し、家の駐車場に斜めに止めていた自転車を駆って文部のマンションへ向かった。

もはや猶予はない、と本気で焦りを覚えた顔で。


* * *


高崎は昔からゲームが好きだった。最初は一人でやるテレビゲーム。あまり面白みのない限りのある現実世界に比べ、ゲームの創作世界はいかにバリエーションのあることか。それを友達と共有できるパーティーゲームにもハマった。だんだんと遊ぶ場所が少なくなる現実世界に比べ、いかに広大な舞台で遊べることか。


しかしそんな趣味は肯定されることはなかった。親は何も言わなかったが、口さがない先生や『大人になった』友達は言う。時間つぶし。現実の代替物。違う、違うと説明しても、彼らは『可愛そうな逃避者』の視線を変えることはなかった。せいぜい賛同してくれるのはツイの顔も知らぬフォロワーだけ。


高校に入り非電源ゲーム部があったのは僥倖だった。彼らはゲームの楽しみを知っている、現実にもう一つ彩りを加えるゲームの楽しみを。


でもゲームはどうやったって小説や映画や漫画に比べ、特に厚手の本に比べて著しく下に見られている。だから高崎は厚手の本を積み上げている文部が羨みの対象であると同時に癪だった。『あの子だって好き勝手にやってるじゃないか』と。


今回の小説を書いてくれ、という頼みも『今更私にそんな高尚なことは出来ない』というのと『あの子を少し困らせてやれ』と『どうせ適当にでっち上げられるでしょ』の考えが混ざり合ってのことだった。


でも文部はそんな『高尚な』人ではなかった。自分の楽しみのために、自分に正直なだけな子供みたいな子だった。


そして、文部は高崎の『ゲーム』だって自分の『学問』と同じだ、と言ってくれた。

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